第2991話 はるかな過去編 ――黒き森――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて騎士として、そして勇者として活躍していた当時のカイトと遭遇。時乃からの助言により、彼を筆頭にした八人の英傑たちと会合する事を目的として、冒険者としての活動を再開させる。
というわけで、そんな彼らはカイトからの要請により彼と共に黒き森という特殊な森に住まう魔女の元へと荷物の護衛を請け負う事になり、黒き森の中を進んでいた。
「ふむ……動物たちもそうだが、魔物も出ないんだな。護衛をやってる気がしない」
「この森は魔物にとって天敵も同然なんです……この森の木は太陽光を吸収し、特殊な波長を有する魔力を放つ。天然の結界のような役割を持っているのです」
「そのとおりです」
瞬の言葉に応じたセレスティアの説明に、案内の少女もまた頷いた。一同が少女と合流しておよそ半日。もう少ししたら昼休憩を挟むか、という相談をしていた頃の事だ。
基本草原等では数時間に一度は魔物と遭遇しても不思議はなかったのだが、この森に入ってからというもの魔物の気配どころか痕跡さえなかった。瞬が不思議に思うのも無理もなかった。
「ですのでこの森で魔術を使うには、主人のような超級の腕を持つ必要がある。生半可な腕では初級の魔術でさえ使えないでしょう」
「ふむ……」
確かに使えない。瞬は少女の言葉に試しに何かしらの簡単な魔術を使ってみようとして、そのどれもが発動に失敗する事を理解する。
「なるほど。確かに使えないな……」
「この森は基本魔族達も攻め入らん。自らに不利な領域になってしまうからな。いや、我らよりも奴らの方が更に不利と言っても良いだろう。如何せん、奴らの方が魔術に長けている事は事実だからな」
「自分達の得意分野を潰されるのに、わざわざそこに攻め入りたくないというわけですか」
「基本的にはな」
基本的には。イミナは瞬の言葉にそう告げる。実際、絶対に攻め込まないわけではなくエルフ達を攻撃する際には攻め入るらしい。が、エルフ達もこの森が自分達に有利である事を知っているからか中々釣りだせず、戦いは膠着状態に陥る事も珍しくないらしかった。と、そんな話を聞いてソラがふと疑問を口にする。
「火攻めとかはやらないんっすか? 木が特殊な力場を生んでるんだったら、木そのものを焼き払えば良いんじゃ」
「お、お前は恐ろしい事を考えるな……まぁ、そうだが」
「この木は太陽光を吸収するからか、普通の木に比べて火に強いんですよ。だから枯れ草やらを燃やせても、木々を完全に焼き払う事は難しい。何より、この広さですからね。最深部にまで燃え移る前に、どこかで雨を降らされて消し止められてしまう」
「なるほど……」
ソラの発言にできるなら、と認めたイミナの言葉を引き継いで、セレスティアが説明を行う。ここらは魔力の属性やらに関わる話で、やはり魔術に長けた魔族達にとっては有利にならないところらしかった。と、今度はそんな会話を聞いていたカイトが口を開いた。
「ま、そういうわけでこの森は安全圏といえば安全圏なんだが……まぁ、見てわかる通り魔物どころか獣達一匹見当たらない。そして光源も特殊なものを使わないと行軍さえ難しい」
「はぐれたら一巻の終わり、か」
「そ。行軍で単独行動はそうは無いだろうが……どうにせよこの暗闇の中で遠巻きに射掛けられれば魔族達でも厳しい物があるだろうさ」
「この暗闇の中でまともに遠距離攻撃なんてできるのか?」
流石にまだ最深部ではないので一寸先は闇とまではいかずとももうすでにかなり薄暗く、『幽艷石』のランタンがなければ足元も覚束ないような暗さだ。そんな中では確かに歩みも遅くならざるを得ないだろうが、それでも動く相手を狙い撃てるとは瞬には到底思えなかった。
「エルフ達には森の加護があるからな……ある程度の場所なら目で見えずとも視る事はできる。実際、この森に入ってからずっとエルフ達の目はあるしな」
「「え?」」
全く感じなかった。カイトの言葉にソラも瞬も驚きを露わにする。とはいえ、気付けなかったのは二人だけだったようだ。彼の言葉にイミナも応ずる。
「当たり前だ。この森はエルフの住処……入って見付からないわけがない」
「そうだな……といっても今回はサルファ経由で行く事が事前に話してあったし、そもそもオレも居るからな。万が一に備えた護衛みたいな感じ、か」
「なるほど……ってか、それなら姿を見せてくれりゃ良いのに」
居る事がわからないほどに見事な隠形であるが、ソラ達は味方だ。なら姿を見せてくれても、というソラの意見はわからないでもない。とはいえ、これはやはりエネフィアのマクダウェル領に居るからこその感想ではあっただろう。
「あ、あはは……まぁ、あちらのマクダウェル領のエルフ達を見ているとそう思わなくもないでしょうが……これが普通ですよ」
「そうかなぁ……俺ら、あんま外のエルフ達と関わった事ないからよくわかんねぇなぁ……」
「そっちのエルフ達はどんななんだよ……」
どうやら未来のオレの領地のエルフ達はソラ達がこちらの一般的なエルフを不思議に思うほどには友好的らしい。そう理解は出来たカイトであるが、それであるがゆえにどんなエルフか想像が出来なかったようだ。
「結構皆友好的だけど……まぁ、総じて真面目な性格な人は多いかな。お前とかクズハさん曰く変人も多いけど、って話だけど」
「どんなのだ……」
エルフと言えば生真面目を通し越してバカ真面目とさえ言えるのが一般的なエルフの性格。そう認識しているカイトにとって、変人と言われるエルフが想像出来なかったらしい。
まぁ、この二人に聞けば変人しかいない、と言いそうなものではあるがそれは彼らの知りえぬ事であった。というわけで、その後も二つの世界のエルフ達の事や魔女達の事等を話し合いながら、一同は黒き森を進んでいくのだった。
さて一同が森の外を出発しておよそ八時間ほど。すでに外でも夕暮れを過ぎて周囲が暗くなっているだろう時間帯だ。その頃には、一同は完全に暗闇に包まれる事になっていた。
「……これ、マジ怖いっすね。いや、つーかホラー映画?」
「何も知らされてなければ人魂だな、これは……」
これはもう笑うしかない。ソラも瞬も自分達の周りでゆらゆらと揺らめく三つの青白い輝きを見ながら、思わず苦笑する。この三つはカイト、セレスティア、イミナの三人がはぐれないように携帯している『幽艷石』のランタンのきらめきだ。
そしてランタンというようにその輝きは灯火に似ており、妖しく揺らめく青白く炎が周囲を舞っているような様子があったのだ。というわけで、ソラは少し不安になったらしい。カイトに声を掛ける。
「というか、ランタンを携帯しながら姿が見えないってマジか……カイト。そこに居るんだよな?」
「居るさ。そっちからは見えないだろうけどな」
「こっちは見えてるのか?」
「オレはな。この森で何度も訓練したし。エルフ達ほどじゃあないが、ある程度は見える」
訓練でなんとかなるものなのだろうか。ソラはランタンの青白い炎がある方向からカイトの声だけが響くのを聞きながら、そう思う。幸いな事と言えばまだ音は聞こえる事だろう。話をする分には問題なかった。と、そんな彼の横。今度は瞬が問いかける。
「というか、これ……この森普通に通り抜けられるのか? 一人だと気が狂いそうだ」
「実際、迂闊に入って気が狂ったヤツは何人か居るらしいな。運が良ければエルフ達に救助されるが」
「運が悪ければ?」
「そりゃ、この森の養分になるだけだ……運の良いヤツはな」
「「おぉう……」」
運の悪いヤツがどうなるかは聞かない方が良さそうだ。ソラも瞬もカイトの言葉に頬を引き攣らせる。というわけで、眼の前まで持っていった自らの手もほぼ見えないような暗闇の中で様々な話を繰り広げながら進むこと更に一時間ほど。もう一時間もせず完全に日は落ちるだろう頃だ。ソラと瞬はふと周囲がわずかに見えるようになってきた事に気が付いた。
「む?」
「どうしたんっすか?」
「いや、わずかだが見えるようになってきた……目が慣れたか?」
「あれ? そういや……さっきより少し遠くまで見えるようになりましたね」
先程までは目の前まで持っていった手が見えなかったほどだったが、今はぼんやりとだが同じ荷車に乗るソラの輪郭がわかる程度にはなっていた。これに二人は目が慣れたのかと思ったわけであるが、そういうわけではなかった。
「いや……もう少しすると到着する。最深部でも一部の空間は若干明るくてな。まぁ、単に木々の隙間が出来ているからというだけだが」
「そういうことなのか」
カイトの言葉に瞬は少しだけ残念そうにため息を吐く。こればかりは自然が作り出しているものなので仕方がないというところだろう。木々が密集しているといってもその密度にはムラがあるわけで、その隙間に、エルフ達も魔女ノワールも住んでいるとの事であった。
そうして進むこと更に数分。カイトの言う通り、一歩進むごとに一気に明るくなっていきついには夜闇が周囲を照らす程度に明るくなる。そしてその先には、レンガで出来た少し大きなお屋敷が現れた。
「ふぅ……なんとか今回も迷わず到着出来たか」
「ここが?」
「ああ……大魔女ノワールの館だ」
「主人を呼んでまいります。少々、お待ち下さい」
カイトの言葉に応ずるように、案内の少女が荷車の御者席から降りて腰を折る。こうして、一同はついにカイトと同じく八英傑の一人と讃えられるノワールの住居にたどり着く事になるのだった。
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