第2990話 はるかな過去編 ――黒き森――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代において勇者兼騎士として活躍していたカイトや、その義理の弟であるクロード・マクダウェルと遭遇。彼らの協力を受けつつも、元の時代元の世界に戻るべく冒険者としての活動を開始させる。
というわけで、その最中にカイトからの要請で黒き森というエルフ達の住まう森へと竜車の護送を行う事になった一同であったが、マクダウェル領での数日の停滞を挟みながらも黒き森に到着。マクダウェル領滞在中に別件が入ったというクロードと別れ、黒き森の端で一夜を明かしていた。
「なんというか……真っ暗だな。少し先ももう見えない」
「この森は特殊な森でな。いや、正確に言うのならこの木自体が、か」
「この木って黒檀とかじゃないよな? なんなんだ?」
瞬の言葉に応じたカイトに、ソラが興味深い様子で問いかける。昨日到着した時もそんな印象は受けたが、この木は黒檀よりも遥かに濃い黒の表皮を持っていた。中がどうなのかはわからないが、その黒さはまるで吸い込まれそうなほどであった。
「ナイトメア・ブラック……悪夢の黒と呼ぶヤツはそう呼ぶがな。普段は黒き森の木というのが一般的か」
「学名とか無いのか?」
「学名?」
「ああ、いや……学者達が使ってる名前とか?」
「知らねぇな……まぁ、サルファあたりなら知ってるだろうが、黒き森の木って言えば一発でわかるからそれで十分だろ」
どうやらカイトは特に興味がないらしい。漆黒の木を見ながら、そう興味なさげに答える。というわけで、興味なさげに切って捨てた彼はそのままハンドベルを取り出した。
「ま、良いや。とりあえず迎えを寄越してもらわないと話が始まらん。ベルを鳴らすから、周囲を警戒してくれ」
「あ、おう」
すでに朝食も食べ終えているし、今は出発前に一休みとしていたところだ。日も登りきっているので出発するには良い時間帯で、しかしここから一日掛かるのであればそろそろ出発していなければならないだろう時間だった。というわけで周囲を警戒させつつ、カイトは昨日配下の騎士から受け取ったハンドベルを鳴らす。
「わ……」
「これは……」
どんな音が鳴り響くのか。そう思ったソラ達であるが、鳴り響いたのは非常に澄んだきれいな音だ。それはまるで聖堂の鐘を思わせる清浄さで、耳にした者を厳かな気分にさせる音色だった。とはいえ、驚きはそれ故ではなく、それがまるでどこまでも染み渡るかのような音だったからだ。
「このベルはノワ特製だ。この光も音も全てを飲み込む黒き森の中でも使えるようにされているものだ」
「光も音も飲み込む?」
「ああ……気を付けろよ。ここではぐれてしまうと、合流はほぼ無理だ。ま、エルフ達みたいに森の声が聞けるなら話は違うがな」
「つまり俺達は無理、と」
「エルフや妖精族ってわけでもなさそうだからな」
瞬の言葉にカイトは笑う。とどのつまり、この森でははぐれたが最後声も届かず助けを求める事も出来ず自力でなんとかしなければならないらしい。
確かに、これは安易に近づかない方が良さそうなところだった。とはいえ、仕事であるなら赴くのが冒険者。そして今は道案内も居るのだ。というわけでベルの音が鳴り響いて少し。音もなく、闇の中から小柄な少女が姿を現した。
「カイト様。おまたせいたしました……クロード様のお姿が見えませんが」
「クロードは魔族の件で出る事になった……詳しくは主人に直接話そう。問題はないと思うが。ここで駄弁ると到着が遅くなっちまうからな」
「かしこまりました……荷物の方は」
「ここだ。サルファが固め姫様が封印を施している。中身は問題無い」
少女の問いかけを受けて、カイトは荷車から降ろしておいた荷物を指し示す。一抱えほどの木箱。それが、今回の荷物だ。というわけでそれを見て少女が一つ頷いた。
「では、少々お待ち下さい」
「ああ」
カイトの応諾を受けて、少女はこちらに背を向ける。そうして少しすると、少女が現れた闇の中からからからと小さな音が鳴り響く。
「……荷車?」
「だが……何が引いているんだ?」
現れたのは先にソラらが乗ってきたと同じような荷車だ。しかしそれは先のように地竜に牽引されているわけではなく、ただ独りでに走っていた。
「何も。主人が改良した荷車ですので」
「「は、はぁ……」」
どうやらこれはノワールが開発したか改造したかのゴーレムの一種らしい。ソラ達は何も無いのに独りでに走る荷車に困惑するばかりだ。とはいえ、それはカイトにとっては慣れたものなのか彼は何も気にせず荷車に荷物を運び込む。
「よいしょっと……これでよし。ランタンは一応用意しているが、必要か?」
「いえ。先の一件で主人が改良を施しているので、乗っている間は問題ありません」
「そうか……お、ここに備え付けたのか」
何があったかはわからないが、どうやら何かがあってノワールはこの荷車にランタンと同じシステムを備え付けたらしい。カイトが荷車の前の方を見て感心したように頷いていた。そんな彼であったが、すぐに首を振る。
「いや、良いか。とりあえず二人共、さっきと同じ様にこれに乗ってくれ」
「さっきと同じ様に護衛で良いのか?」
「ああ……で、二人はそのまま引き続き馬に乗って追従する形を」
「わかりました」
カイトの指示にセレスティアが一つ頷いて同意を示す。というわけでカイトもまたエドナに跨ると、ソラ達が荷車に乗り込んだのを受けて少女が御者席に相当する部分に乗り込んだ。
「あ、そこには乗る必要あるんっすね」
「別に必要ありませんが」
「あ、そう」
そっけないのか愛想が無いのか人見知りなのか。ソラは少女の返答に拍子抜けな印象を受けながらも、そう思う。というわけで一同がそれぞれの場所に配置についたと同時に馬車は緩やかに発進。黒き森の中へと入っていく。するとすぐにこの森が安易に踏み入れるべきではない、と言われている理由が理解できるようになる。
「すごいな……一気に暗くなった」
「この森の木は太陽の光を大量に吸収し、成長していくのです。そのためこの森の木々の背丈は高く、そして光を吸い込めるように真っ黒になった」
「へー……」
少女の言葉に瞬は興味深い様子で周囲を見回す。そんな中、ソラの方はというと荷車の前の方を興味深い様子で観察していた。
「このゆらゆら揺れてる蒼い光が、『幽艷石』の光なんっすか?」
「……」
「ああ、悪い。オレが教えた。別に隠してるものでもないだろ」
「はぁ……そうです。冥界の光とも言われる『幽艷石』の光はこの森の最深部でも唯一使える光源です。ランプ茸や苔等の一部の物も使えるは使えますが……」
「地面から抜くと意味ない、とかっすか?」
「……存外賢いですね」
「ちょっ……」
自分の事は一介の冒険者と思われていそうだ。ソラは案内の少女の言葉にそう思いながらも、少し苦笑気味に笑う。とはいえ、おかげで見直しては貰えたらしい。
「ええ。この森に生える一部の植物が発する光で生活する事は出来ますし、エルフ達はそれを活用して生活しているそうです」
「へー……でもこの『幽艷石』以外のランタンだとどうなるんですか?」
「こうなります」
ソラの問いかけは少女にはわかりきった問いかけだったらしい。彼女は胸の内から一つの小さな箱を取り出すと、その蓋を開く。すると一瞬だけ小さな輝きが生まれるも、まるで吸い込まれるように光が周囲の木々に飲まれていった。これにソラも瞬も目を丸くする。
「「なっ……」」
「おわかりですね。こうなります……先程も言いましたが、この森の木々は太陽の光を吸収している。ですがそれは光であればなんでも、であるそうです。そちらのお二人はどうやらこれらの事なぞ常識とばかりにご存知の様子ですが」
「あ、そうですね……ええ。存じ上げています」
「ふむ……」
どうやらこの少年らも少女と女性騎士の二人も普通の冒険者とは言えなさそうだ。少女はセレスティアもイミナも驚く様子を全く見せていなかった事から、そう判断したようだ。とはいえ、彼女はすぐにそれはそうだと思う事にする。
「カイト様がお連れになられた以上、そうではないかと思いましたが……どうやら普通の冒険者ではなさそうですね」
「ま、そうらしい。詳しくはノワにも話した方が良さそうだから、そっちに到着後話すよ。オレも詳しいところまではわからないから、お前やサルファの意見を聞いておきたいところでもある」
「サルファ様の……かしこまりました。となると、帰りは都に?」
「そうしたいと思っている」
都というのはエルフ達の住処の事らしい。基本的にサルファはそちらに住んでいるため、彼を尋ねるのであればそちらに向かわねばならなかった。というわけで、それを察したソラが問いかける。
「遠いのか?」
「遠くはない。が、ノワのところへ行ってサルファは厳しいな。おそらく行くのは明日か明後日か、というところだろう」
「明後日?」
「ああ。今回の件が長引いたら明後日ってところだ」
どうやら荷物を持っていって終わり、というわけではなかったらしい。まぁ、そういってもソラ達の依頼は荷物の護衛だけだ。なのでその後に関しては聞いていなかったといえば聞いていなかった事もあった。
「長引きそう……か?」
「それがわかれば苦労はしない……が、短くはならんだろうなぁ」
「そうか」
カイトの予想としては、明日の出発は厳しそうだと思っているらしい。彼の様子にソラはこの様子だと一泊か二泊はしなければならないだろうと判断する。と、そんなカイトがふと何かを思い出す。
「そういえばノワの方は大丈夫か? あいつがまた調剤やら調合に入ったとかだと時間が掛かるが」
「……それは私にもなんとも」
「まぁ……そりゃそうか。あいつも一つのことに熱中すると周りが見えなくなるからなぁ……」
最悪は更に掛かるかもしれないらしい。カイトの様子で、一同はそれを察する。そうして、そんな一同は益体もない話をしながら黒き森の中を進んでいくのだった。
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