第2984話 はるかな過去編 ――名産品――
『時空流異門』に巻き込まれ、過去の時代のセレスティア達の世界に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて騎士として活躍していたカイトと会合を果たすと、再び元の時代に戻るべく冒険者としての活動を開始させる。
というわけで冒険者活動の一環としてカイトからの要請で彼と共に黒き森というエルフ達の住まう森を目指す事になった一同であったが、その最中。貴族達と鉢合わせたくないという要望により、この世界にも存在していたマクダウェル領にて数日を過ごす事になっていた。
(本当になんていうか……普通っちゃ普通だよな……いや、治世にカイトが関わってない、っていうのならそれが普通なのかもしれないけど……)
マクダウェル領マクダウェル。それがこの街の名だ。ソラはてっきりこの世界の記憶が影響しているのならこの街の名がマクスウェルなのかと思ったわけであるが、そうではなかった。そしてそんな街であるが、ソラの思う通り取り立てて変哲もない街といって良いだろう。
(名産品は……やっぱ先輩が言ってた通り、薬草か。王都だと結構手に入りにくい値段だったけど……)
やはり産地が近いと、それなりには価格が抑えられるらしい。ソラは王都に比べ比較的安価――といってもエネフィア基準だとまだ高いが――で提供されている薬草の数々を見ながら、そう思う。
ちなみに時代が時代なので流石に希少価値の高い薬草については一般での直接的な流通はご法度とされており、売られているのは比較的入手し易い薬草ばかりだ。というわけで、そんな薬草類を見ながらソラはどうするか考える。
(うーん……ここらの品種だとどれだけ頑張って精錬しても確か中級ぐらいの品質になるんだっけか……値段考えりゃあんま効率は良くないよな……でも王都だとこれの二割増しぐらいの値段にはなるからなぁ……うーん……やっぱ栽培、考えた方が良いのかなぁ……)
冒険部では薬草の調達は基本は購入に頼っているが、一部の希少価値の高い薬草は現地調達を行ったりユリィ指導の元で栽培していたりもする。規模が規模なので希少価値の高い薬草を買うとなると、費用が馬鹿にならないからだ。
(薬草の栽培キット、手に入るかカイトに相談してみるか……いや、この時代のカイトに聞いてもわかんね、って言われる可能性あるけど……というかそもそも栽培キットなんてあるのか?)
やはりここまで何日か付き合いをしてみると、自分達の知るカイトとこの時代のカイトが色々と異なっている事がわかってきたらしい。その多くはやはり知識に関する所で、未来のカイトは博識と言われる事がよくわかるようになっていた。というわけで、暫くマクダウェルの東町を見て回ったソラであるが、その甲斐あってか有益な情報を手に入れるに至っていた。
「ってことは、奥様が?」
「ええ。元々この地には薬草の群生地が多い事は多かったのですが……それを栽培したり調合したり、という所は奥様の手腕が大きい」
「なるほど……」
偶然立ち寄った薬屋で聞いたのは、この街が薬草類を名産とするに至った経緯だ。それによるとどうやらカイトの養母であるイザベルは元々各種の回復薬や治療薬の勉学をしていたそうだ。
その影響がありマクダウェル領では薬学が発達し名産品として薬草を扱うようになった、との事であった。そしてそうなると色々な所で薬草が使われていたようだ。
「じゃあここらのは薬膳料理……って感じっすかね」
「おぉ、珍しい言葉をご存知ですね。ええ。ここらの薬草パンとかは全部それに端を発するものですよ」
「へー……」
ソラが見ていたのは薬草を練り込んだ生地を使って作られた薬草パンなるものだ。まぁ、所詮はパンなので回復薬のような即効性の高い治療効果は無いものの、ある程度の治癒能力の向上は見られるらしい。回復薬にはならない程度の品質の薬草の有効活用の一つだった。というわけで薬屋のスタッフが感心するソラに続けた。
「どうしても回復薬を使いたくはない程度の怪我があるでしょう? そういう場合にこれを食べておけば、治りが早くなるっていう寸法です」
「なるほど……」
「お一つ、お買いになられますか? 意外と苦味とかもないので、食べやすいですよ」
「そうっすね……じゃあ、一つ」
薬屋でパンを買うというのは何なんだろう。ソラはそう思いながらも、せっかくなので一つ買ってみる事にしたようだ。同時にこれは使い道の無い薬草の活用方法として使えそうだったので、気になっていた事もある。というわけで薬草パンを一つ買って店を後にする。
(お……ホントだ。なんていうか……香草をまぶしたパンっぽいな。バターとかでもうちょっと惣菜パンに寄せればもっと食べやすそうか?)
後にソラが語った所によると、確かに薬草特有の苦味はあまり感じられないが決してなかったわけではなく、あくまでも薬草をそのまま食べたりするよりは食べやすいという程度との事であった。とはいえ、同時にこの活用方法はソラには有用と思われたようだ。
(どうしても使えない薬草ってのはある程度あっちまうからな……それを考えりゃ、この薬草パンを活用するってのは良いな……てか、もしかしてもうやってんのかな……)
今更といえば今更の話であるが、実はソラはあまり料理は出来ない。理由は単純で、彼がやろうとするとナナミが拗ねるからだ。戦闘力を有しない彼女にとって、こういった家事こそが役立てる場面だ。自分の役立てる場面が取られれば拗ねもするだろう。
更には由利も家事を得意としている事もあり、ソラもこの頃には手伝うのは皿運びぐらいにするべきと理解していた。なので料理は殆どやっておらず、いわゆる薬膳に関しては殆どわかっていなかった。とまぁ、それはさておき。ソラは薬草パン片手に更に街の散策を続ける。
(うーん……他にも薬草マンにハーブティー……総じて薬膳料理が結構多そうだな……健康になりそう)
それはどうでも良いか。ソラはマクダウェルの街の中を散策しながらそう思う。とはいえ、薬膳料理にせよ薬草の活用にせよ、こういったものは冒険者にとって死活問題の話だ。なので彼も決して興味がないわけではなく、それもあって本屋に立ち寄る事にしたようだ。
「えっと……」
ソラが探すのは、薬草の活用方法について言及された本だ。この街だけではないかもしれないがやはり時代が時代なので低品質の薬草もどうにかして有効活用していこうという様子が街の至る所で見受けられており、物資が潤沢に手に入らない状況の自分達も見習うべきだと判断したのである。
(絶対、どっかにあるとは思うんだよな……話聞いてる限りでもアルヴァ陛下って結構そういう事に理解があるらしいし……)
ソラが王都やマクダウェルで小耳に挟むアルヴァの評判であるが、血気盛んというか魔族との戦いに前のめりである――これは親友でもあった先代のマクダウェル卿を失った事も影響しているが――など若干の欠点は感じられたものの、総じては賢君と言われて良い人物と思われた。
なのでこういった有効活用を広く国民の間で共有して貰う事にも積極的なのではないか、とソラは考えたのである。というわけで、時間も限られている事からソラは書店の店員に聞いてみる事にする。
「ああ、薬膳とか薬草の活用に関する本ですか……それならこっちですね」
「ああ、すんません。ありがとうございます」
やはり聞いてみると、今の時代なので色々と薬草の有効活用に関する本は執筆されていたらしい。案内された一角には思ったより多くの本が収められていた。
「……げっ」
高い。ソラは本の値段を見て、そう思う。とはいえ、手に取ったのは薬草の図鑑だった事もあるだろう。まずは薬草の種類をしっかり把握しないと先に進めない。そう思って手に取ったのだが、やはり図鑑なので分厚い上に情報も多い。それ相応には値段が張ったのである。
(けど……これ買わない事には先に進めないよな……図鑑……図鑑……うん。これは帰って皆で話す事にしよう。それに知識とかなら黒き森って所にある可能性もあるだろうし)
流石に今の自分の手持ちで買うわけにもいかない値段だ。ソラは図鑑を本棚に戻しながら、そう判断する。今のソラ達には経費で使える金額もかなり限られている。おいそれと手が出せない値段だったようだ。というわけで、その後はソラは時間が許す限り薬草の活用方法に関する情報を集める事にするのだった。
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