第282話 意外な事実
アウラの帰還が正式に認められ、皇帝レオンハルトがそれを認めてから数日。当たり前だが、アウラにも仕事が持ち込まれ、今までの様に冒険部で生徒達からの質問に受け答え出来る様にはならなくなる。
その御蔭もあって、今まではその警備に忙しかったアル達冒険部に派遣されている面々にも何時もの平穏が訪れていた……はずだった。
「あぁーーー!」
その日、偶然執務室に詰めていたティーネが絶叫を上げる。それに、思わず全員が一気に彼女に注目する。
「し、しまった……」
「ど、どうしたのですか、ティーネ?」
いきなりの絶叫から絶望を滲ませたティーネに、リィルが苦笑しながら問いかける。彼女はここ当分は何もなかった為、ここで待機しているか、地下で鍛錬をしていた為、偶然ここに居合わせたのだった。そうしてティーネは一同の注目を浴びながら、リィルに対して口を開いた。
「森の音楽会、知ってる……?」
「ええ。まだ幼い頃に何度か父が呼ばれたので、一緒に行きました」
「あ、そういえば来た、って写真が送られてきてたっけ……」
「だ、出さないでください!」
ガサゴソと大昔の写真を引っ張りだそうとしたティーネに、かなり慌て気味に思わずリィルが止める。彼女とて、自身の子供の頃の写真を見られるのは気恥ずかしかった。とは言え、止められる直前に、ティーネは止まったが。
「って、そうじゃないの。ごめん、ちょっとクズハ様の所に行って来る」
「はぁ……」
そそくさとティーネは立ち上がると、窓から飛び出て直ぐ近くの公爵邸へと移動を始める。どうやらかなり急いでいるらしい。
そうして数分後には、偶然来客がなかった上にアウラという追加人員を得られた事で時間に空きが創れる様になったクズハと面会することが出来た。
「えっと……すいません、クズハ様……というわけなんです」
「それは仕方がありませんね……まあ、私も招待されていますし、向かうつもりでもありましたが……はぁ……そちらは流石にどうしようもない……いえ、冒険部の方々はどうなんですか?」
クズハの問いかけを受けて、ティーネは少し急ぎ足で此方に向かったか、と少し頬を赤らめて答えた。
「あ、いえ、すいません。まだ聞いていませんでした」
「なら、聞いてください。丁度今、お兄様とお姉様以外は全員いらっしゃるのでしょう?」
「はい」
「私の出発は当日にしていますが、冒険部の皆さんの足では明日には出発しないといけないでしょう……フィーネ。準備の手筈だけ整えてあげてください。地域交流には公爵家も一枚噛んでいます。アウラのお披露目もありますし、なるべく色々と不備の無い様に」
「かしこまりました」
クズハの指示を受けて、ティーネとフィーネの二人は執務室を後にした所で、フィーネが苦言を呈した。
彼女は里に帰れば、里の古株の一人だ。それ故、同じ族長筋のティーネが意外とおっちょこちょいである事をよく知っていたのだった。
「全く……ティーネ。貴方はもう少し手早く行動なさいな」
「ごめんなさい……」
「とりあえず、ご主人様のお言葉が確かなら、桜さんや瑞樹さんにまずはご相談なさい。あの二人は良家の子女。かなり多彩な芸事を習得されているはずですので、力になってくださるはずです」
「はい……」
見た目相応にしょんぼりした様子のティーネに指示を下して、フィーネは別々に行動を始める。それを受けてティーネもトボトボと冒険部へと戻るのだった。
行きは大慌てで帰りはトボトボと帰ってきたティーネだったが、執務室に入ると現在執務室を留守にしているティナを除いた上層部の面々を集めて緊急で依頼の説明を行った。
「と、言うわけなのよ……ごめん、力を貸して」
「はぁ……音楽会への参加、ですか?」
「エルフの里……森の中の幻想的な里、と伺っていますわね」
桜と瑞樹が聞いた内容を口ずさむ。今回、ティーネが忘れていたのは音楽会に出来れば冒険部の面々からも何人か参加してほしい、という要請だったのである。とは言え、これは観客と言う意味ではなく、出演者として、ということだった。
「演目も自由で、使用楽器も自由……ただ、問題は……」
「この開催日、ですね」
瑞樹が苦笑して、桜も苦笑する。そう、なぜティーネここまで焦っていたのかというと、とどのつまり開催日が最早笑いしか出ないぐらいに近い事、だった。既に開催まで5日に迫っていて、移動も含めれば満足に練習する時間なんて存在していなかったのである。
「やっぱり無理?」
「おっしゃ! じゃあ、俺が歌うぜ!」
「俺も!」
てへ、と舌を出して笑うティーネに対して、翔が率先して名乗りを上げる。それにソラも続く。そんな男子二人に対して、事情を良く知る魅衣がため息を吐いた。
「はぁ……あんたらカラオケと勘違いしてない?」
「……いや、まあそうだけど」
「うん」
二人は照れながら魅衣の問いかけを認める。実は意外なのだが、この二人は良くカラオケに出掛ける。おまけに、これがまた上手かった。更におまけに二人共ノリが良いので、色々な楽曲を網羅している。それこそ、お上品にデュオでバラードでも歌わせておけば問題は無いだろう。
そこの所は良く一緒に行く魅衣や由利も認められる。だが、それとこれとは別だ。若者向けのカラオケとお上品な音楽会とでは品格が違う。なので、桜が苦笑しながら別のプランを探る事にした。
「えっと……そういえば前にカイトくんが……ああ、ありました。丁度今度の旅行で向こうで芸事を、ということでバンドを結成させていたんですけど……これではダメですか?」
桜がカイトの執務机を漁り幾つかのリストを探しだす。が、それを提示されて、ティーネは少しだけ顔を歪めた。
「ごめん、それ無理なのよ。だって、それ、半分男居るでしょ? 今回のイベントは出演者は女性限定なのよ……」
「って、ことは俺らも無理か……」
「な……」
意外とカラオケ好きな二人が結構な落胆を見せる。そんな二人は放っておいて、プランに駄目だしを食らった二人を除く一同は別案を考え始める。
「はぁ……やっぱり無理か」
「えっと……なんでも良いんですか?」
「まあ、音楽なら……それに加えて何か見世物でもあると、なお良いわ」
桜の問いかけに、ティーネが答える。件の音楽会は既に数百年以上実施されている歴史ある物で、当たり前だがティーネはその詳細を知っている。まあ、かなりぶっちゃけるとそれを忘れているのはどうなのか、というレベルの催し物だった。
「……なら、魅衣さん。日舞はどうですか?」
「な、なんで私?」
この時点で、魅衣は非常に嫌な予感がしていたらしい。顔にその怯えは見せなかったものの、口調にどもりが出ていた。
「いえ、確か2年前の日舞のコンクールで優勝されて」
「なんで知ってんの!?」
やっぱりか、と思う心半分、なぜ、と思う心半分に魅衣が桜に問いかける。というのも、この情報はカイト達中学時代の面々にさえ語っていない事だったのだ。
それこそ、一同の仲が深まった今でさえ、親友と言える由利やティナにもこの情報は教えていない。事実流石にそんなコンクールの出場についての情報まで押さえていないカイトさえも知らない情報だったのである。
「いえ、あの大会は私もいましたから」
「うそ!? 名前なかったわよ!?」
「いえ、妹の付き添いで」
「あ……」
どうやら桜の妹が出演していた事は魅衣も把握していたらしい。合点がいったらしく、口をポカン、と開けた。ちなみに、最終選考まで残った相手が桜の妹なので魅衣が知っていたのはある種当然だった。
とは言え、当たり前だが全員の目の前で日舞を踊るつもりなんて無い魅衣はなんとか逃れようと必死で頭を走らせる。が、そんな思いはさておいて、なんとかなりそうだ、と思ったティーネが魅衣の手を握る。
「ねえ、魅衣。お願い。今度北町のカフェでパフェ奢るから」
「う、ぐ……でも、ここ当分練習してないし……」
久しぶりに踊りたい、という感情は無いでもないらしい。少しだけ乗り気でなさそうだった。と、そこで執務室の扉が轟音を立てて開いた。
「何!?」
「話は聞かせて貰ったぞ! 余の出番じゃな!」
「ティナちゃん!?」
そうして開け放たれた扉の先にはティナが仁王立ちしていた。実はティナはカイトが出発してからと言うもの彼が試験を行った魔導機に関する調整とその中身と思える謎の存在の調査に忙しく、今も然りで執務室には殆ど居座っていなかったのである。
が、流石にカイト不在で何かあってはいけないと使い魔にも似た存在を執務室に潜ませていた所、面白そうな情報を聞きつけて天岩戸から出て来た、というわけであった。
「ふふふ……ティーネよ! しばし待っておれ! 多少強引じゃが、直ぐに見れるレベルにまで回復させてやろう!」
「え、ちょ、ちょっと、ティナちゃん!?」
むんず、と魅衣の手を引っ掴むと強引にティナは再びどこかへ消え去ろうとする。が、その前に当たり前だが止められた。
「ちょ、ちょっとで良いから、何をするのか教えて?」
「む、おお! スマヌな!実は新型の魔道具の実験台を探し」
「嫌」
「大丈夫じゃ! 既に安全の確保はカイトで終了しておる! 他にもクズハもやっておるからな! 安心して良いぞ!」
どうやら自らの説明を遮った魅衣の嫌というセリフはなかった事にされたらしい。ティナは魅衣の答えを無視して転移術で消え去った。が、1分程で直ぐに戻ってきた。
「良し……それでじゃ、スマヌ。一つ忘れておった。琴や三味線は誰がやるんじゃ?」
「いえ……それ以前にやるかどうかも決定していなかったんですが……」
帰ってきたティナに対して、桜が苦笑しながら告げる。そもそもそれはどうだ、という提案の段階だったのだ。まさに魔王の強引さで全てを強引に決定してしまったティナの手腕には、一同思わず乾いた笑いしか出せなかった。
「ぬぅ……なんじゃ。決まっておらんかったのか。とは言え、さしもの余もお琴と三味線は出来んなぁ……」
「えっと……何をやらせるつもりなんですか?」
「と言うか、その前に……日舞って何?」
凛の問いかけを遮って、アルがメモを片手に問いかける。日舞とは明らかに日本風な名前だったので、久しぶりに趣味の部分が疼いたらしい。どこか興味深げな顔で問いかける。ちなみに、凛とよく一緒に居るからか、彼もメモを取る癖がつき始めていた。
「日舞とはまんま日本舞踊の事じゃ。日本伝統の、まあ、いわばダンスじゃな。まあ、ダンスと言っても社交ダンスに似ておるが、あそこまではっちゃけておらず、優雅さが前に出た物じゃ」
「まあ、つっても俺達も見たことないけどな」
「姉さん、ちょっと僕有給申請してくるね」
「ああ、ちょっとアル! 待ちなさい!」
ソラの言葉を聞いてしゅた、と手を上げて窓から飛び降りたアルに対してリィルが止めようとしたが、その前にアルは立ち去っていた。どうやらソラでさえ見ていないということで滅多にない見られそうにない物だと気付いて、趣味を優先させる事にしたらしい。
そしてそれから5分後。アルがニコニコ笑顔で戻ってきた。が、そんなアル口から出た言葉は、表情を見た一同の予想外の答えだった。
「……ダメだったよ!」
「でしょうね……にしては嬉しそうですね」
「護衛扱いで貴賓席に行っても良いってさ」
つまりは仕事扱いだ、ということなのだろう。まあアルはもともと顔付きもあって社交界映するし、家柄も十分だ。クズハの意図としては護衛役兼公爵家の騎士として参加しろ、ということだった。
「じゃあ、私も護衛で行こっかな……一度エルフの里って見てみたかったし」
「まあ、そこらは後で考えれば良かろう。とりあえず、演目は『藤娘』じゃ」
「ぷっ」
凛の言葉に対してティナはまずは脇にどかしておいて、一同に演目を伝える。すると、ティナの予想通りに桜と瑞樹が反応してくれた。
「それは……また……」
「なんというか……あれですわね」
二人は今にも笑い転げたいと言わんばかりに笑いを堪えながらティナを見る。が、そこでふと気づく。
「……笑い事でもなかったですね」
「ですわね……」
そうして、二人は同時にため息を吐いた。が、当然だがこんな反応を出来るのは、日本の芸事にも詳しいお嬢様二人だからこそだ。理解出来ぬ他の一般庶民出身の面々――ソラは違うが、知識レベルは一緒である――は顔に満面の疑問を浮かべていた。
「えーっと、その『藤娘』って何?」
「あー、えっと……」
「じゃから、そういうのは演目まで待てば良かろう。時間が無いんじゃから、さっさと他の事を決めるぞ」
理解出来ない者達に何と説明したものか、と少し考えようとした瑞樹に対して、ティナが議論の先を急かす。そもそも彼女は彼女で自身の研究を抱えているし、事実として依頼の出発は明日だ。時間はなかった。
「でじゃ、誰か三味線や琴は出来んか?」
「あ、それでしたら、私が。御主人様にも頼まれて、時折披露させて戴いております」
「ふむ……椿一人か」
椿は以前にカイトの前で琴を爪弾いている。その際の腕前はカイトも認める程だ。丁度主も居ないしその間何かあったら手を貸してやってくれ、とカイトからも頼まれていた事もあって、彼女が立候補したのである。だが、流石に琴一人だと折角の音楽会なのに少し寂しいか、と思ったティナは、少しだけ眉の根をつけた。そんなティナを見て、桜が挙手する。
「あ、でしたら、私も和琴が出来ます。ただ、練習をここ暫くしていなかったので……」
「ふむ、構わんよ。ついてこい。以前作ったVRシミュレーターがようやく実機で使えるレベルまでなってのう。少々強引じゃが、練習する分には申し分無かろう」
桜の立候補に、ティナが頷く。魅衣の方も自分がやらされるのが所謂VRシミュレーターだと知って、それほど抵抗なく了承を示したのだった。
「ああ、なるほど。そういうことだったのですわね。でしたら、私も桜さんとご一緒させていただきますわ。私は三味線が出来ますし」
「おお、それは良いのう。三味線一人に和琴が二人。なかなか様になるでは無いか。ティーネ、これでよいかのう?」
「ええ、ありがとうございます! 三人もありがとう!」
ティナの言葉を受けて、ティーネが嬉しそうに頷いて、桜と瑞樹、そして椿に礼を言う。そうして、それを受けて三人もまたティナに連れられて消え去って、練習を行う事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第283話『本領発揮』
2015年12月2日 追記
・表記修正
『天岩戸出て来た』→『天岩戸から出て来た』
『フィーネ』→『ティーネ』:会話文でのミス




