第2980話 はるかな過去編 ――我が家――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて騎士として活躍していたカイトや、その親友にして唯一の好敵手と言われるレックス・レジディア。カイトの義理の弟であるクロード・マクダウェルらと会合を果たしていた。
そんな中で改めて元の時代に戻るべく冒険者として行動を開始した一同であったが、今はカイトの要請を受けて彼とクロードと共に黒き森と言われるエルフ達の住処まで竜車の護送を担う事になっていた。というわけでその道中。マクダウェル領を訪れていた。
「はー……ここがマクダウェル邸……」
たどり着いたマクダウェル邸であるが、当然であるが公爵邸のように巨大な館ではない。そもそもあれがあそこまで巨大になっているのは自治体の公的施設も兼ね備えている事、公爵という立場からそれ相応の大きさにしなければならなかった事等がある。
無論使用人達が寝泊まりするスペースも必要だし、成り立ちの関係から研究室もある。で、結果としてあれだけの大きさになっていた。というわけでそれを見知っていればこじんまりとした様子に思えるマクダウェル邸を見るソラに、カイトは一つ頷いた。
「ああ……未来のオレがどういう建物を作ってるのかは知らんが。この時代のオレの実家はここだ」
「へー……でもなんていうか、品の良さってのは変わらないな。それは言える」
「そうか」
「おう……っと、何か手伝う事はあるか?」
「ん? ああ、いや。とりあえずは良い。一旦そのまま待機しておいてくれ」
クロードと共に竜車の左右に回り込んで何かをしているらしいカイトであるが、ソラの問いかけに首を振る。これにソラは頷きつつ、一つ問いかけた。
「わかった……でもそういえば。数日ここで待機って事だけど。急がなくて良いのか?」
「いや、急げるなら急ぎたいが……ちょっと理由があってな。どうしてもどこかで数日待機しないといけないんだ」
「理由?」
「使う予定の街道をさる貴族が使う事になっててな。鉢合わせたくない……いや、別に悪い貴族じゃないんだが」
「前に言ってた貴族達にはバレないようにしないといけない、ってヤツか?」
元々一同が朝早くに出立したのは貴族達に積荷の存在やカイトが動いた事を気取られないようにするためだ。それなのに貴族と正面から遭遇してしまっては元も子もなかった。
「そ……折角バレないように動いているのにオレの姿が目的されてちゃ元も子もない。何より、オレというかエドナはまぁ、なんていうか……わかりやすいだろ?」
「あー……」
余人ならいざ知らず、カイトは白馬というか天馬に跨った騎士だ。ソラ達でさえ遠目にも彼だとわかるのだ。この世界で生活する者たちなら何をか言わんや、だろう。
しかも、この世界でカイトは王国騎士の中でも最も有名と言って良い。貴族達が知らないわけがなく、遠目なら別人ではと言えても正面から遭遇しては言い訳も出来なかった。
「というわけで、色々と考えるのならここで通り過ぎるのを待って、入れ替わりにとした方が良かったんだ」
「ふーん……でも別に悪い人じゃないんだろ?」
「ああ……だがどこで誰が聞いているかもわからん。貴族の護衛は多いからな。どこで誰が入り込んでいるかわからん限り、会わんで良いなら会わん方が良い」
「なるほどな……」
元々今起きている戦いの最大の問題点はどこに魔族が入り込んでいるかわからず、国々同士で疑心暗鬼になってしまっている点にある。一応カイト達の尽力により七竜の同盟の中枢に魔族が入り込んでいない事はわかっているが、それはあくまでも中枢。末端がどうなっているかは、別の問題であった。
「そういうこと……さりとてここで入れ違わないと、今度は王都で気にする事になる。なら、ここで数日待機が一番良かった」
「ふーん……その貴族は何をしに王都に向かうんだ?」
「いや、普通に定例会みたいなもんだそうだ。だから元々街道を使う事はわかっていた、ってわけだ」
元々予定されていたから、ここで通り過ぎるのを待てた。カイトはソラにそう告げる。そんな彼は話しながらも竜車に問題が無い事を確認。一つ頷いた。
「よし……クロード。こっち側は問題なさそうだ。そっちは?」
「こちらも問題なさそうです。まぁ、問題が出る素材じゃないので大丈夫だとは思いましたが」
「そうだな……良し。じゃ、久しぶりに数日ここでお休みとするか」
「はい」
やはり兄弟にとって、数ヶ月ぶりの実家での休暇だ。二人の背中が嬉しそうだったのは、気の所為ではなかっただろう。というわけで、そんな二人に案内され一同は館の中に入る。
「終わりましたか?」
「はい、お母様」
「そうですか……御婆様もお待ちです。まずは元気な顔を見せてあげなさい」
「「はい」」
先にやってきた若い兵士がカイトへと大奥様と言っていたように、この館では先代のマクダウェル卿の妻にして二人の母であるイザベルと二人にとっては祖母となる先々代のマクダウェル卿の妻が住んでいる。というわけでそちらにも顔を見せに行く必要があったらしい。とはいえ、その前にとカイトが母へと告げた。
「とはいえ、先にこの者たちに屋敷で休ませたく」
「護衛の者たちですね。そうですね。客室を使わせてあげなさい」
「はい」
兄弟は挨拶に向かう必要があるが、それはあくまでも兄弟に限った話だ。イザベルからしてみればどこの馬の骨ともわからぬソラ達が義母にあうのを良い事とは思わないだろう。というわけで一同は先に客室に通されるわけであるが、そこでイミナが神妙な顔だった。
「どうしました?」
「いえ……なんというかまさか自分が客室を使う事になるとは、と」
「ああ、なるほど……私は時々使うので何も思いませんでしたが」
「ええ……にしても……本当にそのままです」
先にイミナも言っていたが、どうやらこのマクダウェル邸に関してはこの時代の物がそっくりそのまま移設されていたらしい。なので内装を幾らかアップデートしているが装いそのものは変化しておらず、彼女らからしてみればいきなじ自分の時代に舞い戻ったかのようだったのだろう。というわけで、それを思い出したカイトが面白げだった。
「そうか。そういえばイミナはマクダウェルだったな……ってことは自分の部屋がこの屋敷に、ってわけか」
「はい……一応は」
「まぁ、申し訳ないが流石に自分の部屋はこの時代にはない。というわけでこの部屋を使ってくれ」
「大丈夫です。一度泊まってみたいとは思っていましたし」
「ああ、それはわからないでもないな……使うと母さまに怒られるからやらないけどさ」
ここはあくまでも客室。客が使うためのものだ。一応使用人が居るので使っても元に戻せるが、手間を掛けさせて良いわけではないだろう。というわけで使うとイザベルから怒られるのでカイトもしていなかったようだ。
「あはは……あ、そうだ。そういえば……一つお伺いしたかったのですが」
「ん? なんだ?」
「開祖様の絵は飾られていないのですか? 私の時代には開祖様の絵画がエントランスに掛かっていたのですが」
「開祖様の絵……っていうとあれか。あるけど……あれ、飾ってるのか?」
「ええ……何か違和感でも?」
「あれ、大きくないか?」
どうやらカイトは自分が思い起こしている物とイミナが思い出している物が一緒か訝しんでいたらしい。そんな様子でイミナに問いかける。これに、彼女は一つ頷いた。
「え、ええ……だからエントランスに」
「はー……酔狂な。まぁ、あれなら大広間に立て掛けてるが。あれをエントランスにねぇ」
「大広間というと……」
「ああ。まぁ、初代様に見守られながら晩飯ってのもなんかおかしな気もするけどさ」
あはは。イミナに対してカイトが今更だが、と楽しげに笑う。そうして、この日から数日に渡って一同は王都に向かう貴族が街道を通り過ぎるまでマクダウェル邸にて待機する事になるのだった。
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