第2979話 はるかな過去編 ――もう一つの実家――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代で活躍していた当時のカイトやその親友らと遭遇。元の時代に戻れるまで、この時代にて冒険者として活動を行う事になっていた。
というわけでその一環としてカイトから持ち込まれた依頼によりソラ、瞬、セレスティア、イミナの四人に加えカイトとクロードのマクダウェル兄弟の六人は黒き森とやらへと向けて王都を出発。数日を掛けてマクダウェル領に到着していた。そうしてエネフィアとは異なりさほど広くないマクダウェル領内を進むこと暫く。一同は小さく纏まった品の良い街にたどり着いていた。
「これが……この時代の」
「今は確か移封になった、って話だったな。何があったかまでは気にならんが、どこらに移動したんだ?」
「今は……そうですね。えっと、確か……」
「ハーモニアです」
「あ、そうです。ちょうどこの時代だとハーモニアの付近です」
この時代はなんと呼ばれていたんだったか。それを思い出そうとしていた所に出された助け舟に、イミナがぽむと手を叩いてそのまま告げる。なお、助け舟を出したのは当然セレスティアだ。どうやらここらの歴史に関する話は巫女かつ王女として彼女の方が詳しくわかっているらしかった。
「ハーモニアっていうと……統一王朝の王都か。あそこを復興させたのか。というか、よく出来たな……」
「相当困難だった、とは伝え聞いております」
「だろうな。ハーモニアは異界の扉が開いた爆心地みたいなもんだ。今じゃもはや魔王城なんて呼ぶヤツさえ居る始末だ……生存者は絶望的だろう」
統一王朝の王都がそっくりそのまま敵に利用された形。カイトはそれをわかっていればこそ、ため息しか出なかった。そしてそれはクロードも同様だった。
「あそこが無事であれば、もう少し楽だったのですが」
「奴らがそんな甘い戦略を練ってくれるとは思わんな」
「ですね……」
当然であるが、この時代における最大の要所だ。それを敵に押さえられている状況に、カイトもクロードもため息ばかりであった。と、そんな彼にソラが興味本位で問いかける。
「その、ハーモニア? 統一王朝の王都だった、ってのはわかったんだけど、何か重要な場所なのか?」
「ああ、ハーモニアはこの大陸の中心にあるんです。地脈、龍脈……それらの収束する地であり、同時に霊的にも最大のバックアップが受けられる。他にも名だたる霊峰がいくつも近くにある事から、攻め込みもしにくい。無論、霊峰なので各種の守りも万全です。しかもしかも。これらを共鳴させる事でハーモニアの守りを更に底上げできるおまけ付きです」
若干やけっぱちになっていないか。問いかけたソラはクロードの語りにそう思う。とはいえ、事実そうなりたくもなるぐらいには厄介な状況だったらしい。というわけでそれに関してはひとまず気にしない事にして、ソラが確認する。
「とどのつまり、攻めにくく守りやすい要所。しかも大陸のど真ん中だから何処へでも侵攻が可能……ってわけ?」
「そういうことです。かつてまだ魔族の侵攻なぞ伝説でしかなかった時代。とある国が総戦力で攻めかかった事があったそうですが、霊峰を越える事さえ出来なかったそうです。魔王達が押さえた今、どうなる事やらという状況ですね」
「「うわぁ……」」
こちらは迂闊に手が出せないのに、向こうは練りに練った策略で好き放題出来ているのだ。どう考えても最悪の状況でしかなかった現状に、ソラも瞬も頬を引きつらせる。そんな彼らに、カイトは頭を掻きながら告げた。
「ま、それはなんとかするしなんとかするしかない……そのための今回でもあるからな」
「そうですね……ですがそう上手く行くでしょうか」
「上手く行くでしょうか、じゃなくて上手くやるしかない……なんとかなってくれ、って思ってるのも事実だけどな」
どうやらカイト達も状況が人類側に圧倒的に不利である事はわかっているらしい。色々と手は凝らしている様子だが、どれも上手く行っていない様子だった。と、そんな彼らに、今度は瞬が問いかける。
「一応確認なんだが。そのハーモニアは何処らへんにあるんだ?」
「ん? ああ、えっと……シンフォニアは大陸全体で見れば東部にある王国だから……あっちの方角だな」
「あっちか……もし魔族達が攻めてくるならあちらから、と考えれば良いか」
「あー……それか。そう簡単に話が進んでくれりゃ、今頃オレらも楽だったんだけどな」
魔界へ続く扉とやらと魔族達の拠点が西側にあるのであれば、そちらを警戒しておくべきか。瞬は今後の活動に際した指針として確認していたらしい。そう理解したカイトであったが、そんな彼は十年近くにも渡って魔族達と戦い続ければこそ苦笑いを浮かべていた。
「違うのか?」
「違う……前に魔族達は普通に転移術を使える事は言ったな? その中には大規模な軍勢を転移させられるような魔族も居てな。勿論、地脈を利用しているからどこでも移動出来るわけではない、とか色々と条件はあるみたいだが」
「でも移動させられる事には変わりない、と」
「そういうことだな。今のところ、東部側はなんとか全てせき止める事が出来ているが……さらに東。海側になるとどうなるかはわからん」
「最悪は背後から挟み撃ちか……」
流石にそこまで行けば事前に気付けそうなものだが。瞬はそう思う。そしてこれにカイトもまたうなずいた。
「そうだな……網の目のように巡る地脈を迂回すればウチやらレジディアやらを介さず移動することなんて容易だろう。今は領内でなんとか不意打ちを食らわないのが精一杯。その精一杯も裏切り者が居ればおじゃんになる程度のものだ」
「なんというか、大変だな……」
「大変だ、本当にな」
大変と言うしかない現状に、カイトが苦笑気味に笑う。というわけでそんな話をしながらも進むこと暫く。一同は街に入り――事前に早馬が走っていたので普通に通れた――、更に街を進んで中心にある一軒の大きな館にたどり着いた。そんな館を見て、イミナが目を見開いた。
「これは……」
「どうした?」
「いえ、驚きました。まるっきり私の実家と同じです」
「似てるではなく?」
「ええ……本当に瓜二つです。まさか本当だったとは……」
クロードの問いかけに答えるイミナは心底驚いていた様子で館を見る。そうして彼女が何をそんな驚いていたかを教えてくれた。
「元々私の実家……今の? 未来のマクダウェル邸はこの屋敷の大半を再利用していると言われていたのです。ですが誰もが……現当主である父を含めそんな手間の掛かる事をするか、と疑わしいものと思っていたのですが……まさか本当だとは」
「そ、それはまた……」
「す、酔狂というかなんというかですね……」
マクダウェル領が移封されハーモニアの近くになっている事は先に語られている通りだが、それに合わせてこの建物ごと持っていっていたとは。イミナの言葉にカイトもクロードも子孫達がしたこととはいえ呆れ返っていた。と、そんな彼女に瞬が問いかける。
「単に同じ拵えにしただけでは?」
「いえ、それは有りえません。この庭園にある石柱の傷……これはクロード様が幼少期に付けられた物と聞いています。若干風化していますが……何度も見たものですから、間違いないかと」
「うぐっ! な、なんで残したの……」
「あははは」
まさかそれまでそのままになっていたなんて。クロードは幼少期に誤って付けた傷がそのまま残されていた事にかなり恥ずかしそうだった。その一方でカイトは楽しげだが、そんな彼らに声が掛けられた。
「カイト。クロード……戻りましたね」
「「お母様」」
声を掛けたのは、クロードによく似た貴婦人だ。そんな彼女を見るなりカイトもクロードも地面に降りて頭を下げる。
「ただいま戻りました」
「ええ……元気そうで何よりです。陛下より話は伺っております……仕事とはいえ数日居れるのだとか」
「ええ。久方ぶりに三人で夕食を囲めそうですね」
母の言葉にカイトが喜色を滲ませる。これに貴婦人もどこか厳しい眼差しの中に、柔らかな色を滲ませる。
「そうね……兎にも角にもまずはお役目を果たしなさい。貴方達は、マクダウェルの騎士なのだから」
「「はい!」」
母の言葉に、カイトとクロードが騎士として応ずる。こうして、一同はマクダウェル家へと到着するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




