第2978話 はるかな過去編 ――マクダウェル領――
『時空流異門』に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラや瞬達。そんな彼らは王国随一の騎士として、そして勇者と謳われていたカイトやその親友にして唯一の好敵手と言われるレックス・レジディアらと遭遇。なんとかこの世界で生き延びる術を手に入れていた。
というわけで冒険者としてこの世界での活動を開始したソラ達であるが、そこでカイトからの申し出により黒き森というエルフ達が住む森にまで何かを護送する事になっていた。そうして、出発してから数日。一同は草原を進んでいた。
「なんだかこうして草原で馬に乗っていると懐かしい気がしてきますね」
「そうですね……そういえば我々が飛ばされたのも、行軍の最中でしたか」
「ええ……皆、無事であれば良いのですが」
イミナの言葉に、セレスティアは少しだけ当時の事を思い出す。そんな彼女に、カイトは問いかけた。
「そちらもそちらで大変らしいな」
「ええ……申し訳ありません。皆様が手にしてくださった平和を守り通す事が出来ず……」
「しょうがないさ」
肩を落とすセレスティアに、カイトは苦笑混じりに笑うだけだ。そうして、そんな彼が告げた。
「そんな事を言ってしまえば、それこそオレ達なんて未然に防ぐ事が出来た侵攻を防げなかった。そんな偉そうにゃ言えないさ」
「結局、魔族共の戦略はいつもこちらの一歩先を行っていた……のかもしれません」
「だろうなぁ……後は人類側の慢心もあるだろう。オレ達に至っては、一度は勝たされた。それが話をおかしくさせた」
一夜にして一国を滅ぼした魔王がたった二人の少年により撃破された。その事実は人類側にとってとんでもない英雄の誕生を与え士気を向上させた共に、同時に為政者達に対して慢心を生じさせる事になってもしまっていた。
「勝たされた、ですか?」
「勝たされた、で良いだろ。それでボロボロになっちまって情けない話だけどさ……どうにせよ、この状況を見れば勝たされたと考えた方が良い」
「それでも、勝った事は事実なのだと思います」
おそらく尖兵として差し向けられた魔王とて捨て駒になるつもりはなかっただろう。それに勝ってしまった結果本体である大魔王達が動く事になったわけだ。
そして人類側からすればほぼ無傷の勝利と言い得る状況だからこそ生じた慢心とその結果による被害を鑑み、カイトは勝たされたと言ったのだろう。というわけでそんな事を話しながら馬で進むこと暫く。のどかな田園風景が広がるようになってきていた。
「ん?」
「畑……ですね。麦畑……といっても、まだ小麦色にはなっていませんが」
「そろそろかな……二人共、そろそろ下りる準備をしておいてくれ」
「おう……そろそろなのか?」
「ああ……懐かしき我が家だ」
瞬の問いかけに、カイトは嬉しそうに笑う。もう実家と王都であれば王都住まいの方が遥かに長くなった彼であるが、それでも実家を実家として嬉しく思う事はあるらしい。というわけで、そんな彼の言葉にソラと瞬が馬車の外に顔を出した。
ちなみに今回馬に乗って移動しているのはカイト、セレスティア、イミナの三人。ソラと瞬は馬車の中で待機だ。これは二人が騎馬戦をマスターしていない――竜騎士部隊がある以上当然だが――事が大きな要因としてあった。
更にはソラは防御能力が高く、瞬は単体の速度が馬を遥かに凌駕している事。そして彼の投槍の射程距離を活かす事を考えた場合、二人には馬車で最終的な防衛線となって貰った方が良いと判断したのである。
「なんていうか……本当にのどかな街っていうか村、っていうかなんだな」
「一応は未亡人が治める街だからな。軍事関連はなるべく起きないように配慮はされている。それに今はどうしても本来マクダウェル領を守るべき直下の騎士団が別に動いてしまっている。治安維持が難しい事も加味して、魔物は本当に弱い魔物しか出ない一等地だ。更には領地の警備は王国軍の中でも陛下直属の部隊だ」
つまりそれだけ優遇されたってわけか。ソラはカイトの功績とその養父の功績二つを加味された事を理解する。と、そんな話をしていると遠くから馬に乗った若い兵士が近付いてくる。そんな彼は口を開き声を大にしようとして、カイトの顔を見て目を丸くする。
「止ま……マクダウェル卿。それにクロード様も。どうされたのですか? 急に……お戻りになられるとは伺っておりませんでしたが」
「ああ……おそらく母上より今日このルートで客が来ると言われていたと思うが」
「確かに、イザベル様より仰せつかっておりますが……まさか卿らが?」
どうやらこの兵士は客が来るのでこの近辺で待機するように言われていたらしい。これにカイトは一つ頷いた。
「ああ……すまないな。どうしてもオレの名もクロードの名も出せなかった。陛下の密命なんだ。オレ達ならもしバレても里帰りで通じるからな。とはいえ、母上に戻ったと伝えて貰って良いか? オレもクロードもこの馬車を離れられないからな」
「陛下の……かしこまりました。急ぎ大奥様とイザベル様にお伝えして参ります」
彼ら兄弟が密命を受け舞い戻る事は不思議でもなんでもなかったようだ。というわけでカイトの言葉を受けた兵士は踵を返し、馬を走らせていく。そんな光景に、瞬が少しだけ驚きを露わにする。
「えらくすんなり話が進んだな」
「当たり前だ。カイト様もクロード様もアルヴァ陛下の信頼と信望をこの国で誰より受けられている騎士だ。密命を授かるなぞ、珍しい事でもなんでも無いだろう」
「ま、まぁ……そうであるとは思っているが。流石にそう言われると恥ずかしいな……」
おそらく事実を見ればそう言って過言ではないのだろうが、流石のカイトもこうまで公言されては恥ずかしいものがあったらしい。イミナの言葉にかなり恥ずかしげだった。そしてそれはクロードもまたそうだったようだ。彼もまた恥ずかしげに笑いながら、告げた。
「あはは……それにしても本当に久しぶりですね」
「何ヶ月ぶり、って感じか。数日泊まるってのは」
「そうですね……日帰りなら何度かしていますが……そういえば兄さん、もう年単位で泊まってないんじゃないですか?」
地竜の引く馬車で数日の距離という事はすなわち、兄弟ほどの猛者であれば急げば一日も掛からない距離という事だ。まぁ、元々それを踏まえて与えられた領地だったわけであるが、やはり騎士としての仕事もあるので足繁く帰れるわけではない。
特にカイトは主人であるヒメアの護衛から王都そのものの防衛も担う重要な騎士だ。何日も王都を空けられるわけもなく、長時間の滞在が出来るのは下手をすると年単位でなかったようだ。
「そうかなぁ……いや、そうか……? いや、今年の新年の挨拶の時に帰った気がするぞ」
「あれ? 確か今年は姫様もレックスさんも一緒だったので帰ったような……」
「それ去年じゃね? 確か去年は……」
どうやらこの兄弟は年末年始にさえ戻れないほどに忙しいらしい。いつぶりだろう、と話す二人の会話に、一同はそう思う。と、そんなこんなな話をしながら進むこと暫く。未来のカイトが治めるマクダウェル領マクスウェルとは比べ物にならないほどに小さな、しかし品の良い街が姿を現した。
「お、見えてきたな」
「へー……うわ、なんか違和感」
「何が?」
「いや、前に言ったけどマクダウェル領マクスウェルって世界一の大都市だからさ。なんっていうか……うん。言い方悪いけど雑多っていう感じがあってさ。こんな品の良い街じゃなかった」
「いや、マジで言い方悪いな……」
言いたいことはわかったらしいが、それでも言い方はあるだろう。カイトはソラの言葉にそう思う。とはいえ、ソラの言わんとする所もわからないではなく、高級住宅街という感じだった。そうして、一同はそんなマクダウェル領マクダウェル――マクスウェルではない――に到着するのだった。
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