第2970話 はるかな過去編 ――群生地――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラや瞬達。そんな彼らはこの時代のカイトやその親友にして唯一の好敵手と言われるレックス・レジディア。カイトの義理の弟であるクロード・マクダウェルらとの会合を果たしていた。
そんな彼らとの出会いを経て一同は元の世界元の時代に戻るべく、この世界にも存在していた――ただしユニオンではなく協会という名だったが――冒険者としての活動を開始する。というわけで情報収集をソラに任せた瞬はリィル、イミナと共に王都から一日の距離にあるという薬草の群生地を目指していた。
「よっと」
まだ自分の実力は通用しないわけではないらしい。瞬は速度重視の魔物と言われる狼型の魔物を追い抜いて、内心そう思う。狼型の魔物と一言で言っても、やはり多種多様だ。
見た目が似ていてもこの世界のこの時代では別の名前や性質を持つ事も十分に有り得たため、油断せず<<雷炎武>>を使って戦っていた。
なお、流石に今は暴走した時が怖いので、彼はいつも以上に鬼族としての力は使わないようにしていたようだ。それで追い抜けているので速さとしては十分なものだろう。
「はぁ!」
狼型の魔物の前に割り込んで、瞬はその眉間に槍を突き立てる。元々狼型の魔物自身がかなりの速度で疾走していた事もあり、切っ先を置くようにするだけで喉元まで貫通していた。
そうして更に炎を流し込んで一息に消し炭にすると、彼はそのまま跳躍。一瞬周囲を見回して、残る敵の中でも比較的自身に近い一体に向け槍を投げつける。
「ふぅ……」
十数体の魔物の群れだったが、なんとか三人でやりきれそうか。瞬は着地と同時に呼吸を整えつつ、内心にそう思う。狼型の魔物は基本群れで行動しているのがエネフィアでは一般的だったのだが、どうやらそれはこの世界でも大差なかった。
無論そうなるとそうなるで今度は群れになぶり殺しにされる可能性もあるので危険度が増すわけであるが、彼らの実力なら三人で十分にさばき切れる様子であった。というわけでそんな自分達の現状を見つつ、瞬は一瞬だけ考える。
(危険度の高いエリア以外は、いつも通りツーマンセル、もしくはスリーマンセルでなんとかなりそうか。だが……流石に支援が無いのは厳しいな)
やはり冒険部の最大の利点と言うとその所属人数の多さにあると言えるだろう。下手な中堅規模のギルドとは比べ物にならないほどの人員が所属しているわけで、援護や支援は事欠かない。
が、今回飛ばされた面子は総じて幹部格ではあるものの全員が魔術師ではないという点が明確な弱点として存在していた。それが今回の戦闘では明白に現れていたと瞬は考えていた。
(支援か……通常、狼型の魔物と集団戦を挑む場合は魔術師が足止めし、弓兵達が遠距離攻撃で間引き。残った相手を俺達が仕留めるのが安牌。魔術師が居ない以上、足止めが難しい……その点、何かを考えねばならないが……)
これは追々ソラとしっかり話し合う必要がありそうか。瞬は色々な相手と戦って初めて見えてきた今の自分達の弱点に対してそう判断する。というわけで今後の課題等を考える彼に、リィルが念話を飛ばす。
『瞬。何か気になる事でも?』
『ああ、いや……単に今の自分達には魔術師が居ないという事が気になってな』
『ああ、なるほど……確かにこういった相手なら貴方は良いでしょうがセレスティアなら困ったやもしれませんね。まぁ、彼女がこの程度の相手に苦戦を強いられる事は無いでしょうが』
やはりセレスティアはどうしても大剣士という事があり、連撃より一撃一撃の攻撃力に戦いの主軸が置かれている。こういった素早い動きで相手を翻弄する魔物は苦手とされており、魔術師の支援は必須と言えた。
『そうだな……とはいえ、仲間を増やす事も出来ん。色々と今までの自分達と別を考える必要がありそうか、と』
『そうですね……とはいえ、今は目の前の敵に集中なさい。楽に勝てそうではありますが、油断は禁物です』
『そうだったな』
確かにこんな事は後でも考えられる事だ。瞬はリィルのたしなめにそう判断。改めて目の前の敵に集中する事にするのだった。
さて狼型の魔物との交戦から暫く。その後も幾度かの交戦を経つつ、その度問題点を洗い出しつつしながら進んでいたわけであるが、日が落ちる頃に彼らは薬草の群生地に到着していた。
「ここが群生地か……本気で駆け抜ければ半日ぐらいでは往復出来そうだが……」
「体力も魔力も厳しいでしょう。道中魔物に出くわす事もあるでしょうし」
「そうなるとやはり往復は厳しいか。意味もないだろうし」
どうしてもとなると往復出来ないわけではない距離ではあるだろうが、安全を考えると一日で往復するべきではないだろう。瞬はリィルの言葉を聞きながら、やるべきではないと考える。そしてそれにイミナもまた同意する。
「やるべきではないだろうな。我々としても訓練ベースでもそういった事はしない。もしやるとすると、カイト様のように超級の腕前を持つか、同様に特殊な足を持つかになってからになるだろう」
「ですか」
「何より補給も無いですしね」
「そういうことだな」
補給物資を手に入れるための原料の入手に補給が必要になるのでは、何のために薬草を取りに来たのかわかったものではない。三人はここで無理をする意味はないと意見を一致させたようだ。というわけで気を取り直して、瞬が周囲を観察する。
「それで、とりあえずは薬草の採取ですが……」
「ふむ……品種としてはエネフィアで回復薬に使われる薬草と似た様子がありますね……」
「同じだろう。我々もエネフィアに飛ばされてから薬草の植生に関してはほぼ同じ知識が活用出来た。逆もまた同様と考えて良いはずだ」
やはり軍学科で色々と薬草についても学んでいたリィルの言葉に、イミナは同じく彼女もまた軍学科で学んだ知識がエネフィアで役立っていた事を明言する。
「ふむ……二つの異なる世界で知識が通用する事に何か理由があるのかと気になる所ではありますが」
「そこらは私達がするべきではないだろう……偉い学者にでも任せておけば良い」
「そうですね」
笑うイミナの返答に、リィルもまた僅かに笑って同意する。確かに彼女らは騎士ではあるが大別すると軍人。世界の成り立ちや法則を考える事がお仕事なのではなく、戦い民を守る事が仕事だ。
考えたければどうぞ、ではあるが考える必要はあるかと言われれば誰もが首を振った。そして二人はそういった事を考えたい性分ではなかった。そしてそれは瞬もまたそうであった。
「別にどうでも良いだろう。もし知りたければカイトが存外答えを持っていそうだしな」
「それは……本当に有り得そうで返答に困りますね」
「ほ、本当にな……」
大精霊と繋がっているカイトであれば答えを持っているかも。そう口にする瞬の推測に、リィルもイミナも盛大に苦笑するしか出来なかった。そして実際、カイトは答え――世界は共通の基盤と言える物を持っている――を持ち合わせていた。とまぁ、それはさておき。知識が流用出来るなら、とリィルは気を取り直す。
「とはいえ、そういう事であれば薬草を探すのは困りそうではありませんね。この付近に川は?」
「無論ある……まぁ、今回の依頼の薬草は別だが、今後回復薬を作成する事を考えるとそちらも案内しておいた方が良いか」
何を当たり前な、という話であるがベースになる薬草次第で出来上がる回復薬の効能は異なる。なので川岸に生える薬草も今後必要になってくる事は十分考えられ、そこを案内しておく必要性は十分に認められた。というわけで、この後瞬とリィルは薬草の群生地付近一帯の地理を把握するべくイミナに案内を頼む事になるのだった。
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