第2969話 はるかな過去編 ――活動開始――
『時空流異門』という現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラや瞬達。そんな彼らはこの時代のカイトやその親友にして唯一の好敵手であるレックス・レジディアらとの会合を経ながら、元の時代に戻るべくこの世界にも存在していた冒険者としての活動を開始する。
というわけでそんな彼らは一旦冒険者としての活動に必要な様々な支度に奔走し、ようやく本格的な活動に移れるようになっていた。
「じゃあ、今回の依頼は頼んます」
「ああ。そっちこそ、色々とすまんな」
「いや、大丈夫っすよ。初手から全戦力投入、ってわけにもいかないでしょうし」
「そうだな」
薬草の採取の依頼を請け負った日の夜だ。一応ソラと瞬の二人は明日から本格的な冒険者活動の開始という事もあり、改めてミーティングを行っていた。というわけで、瞬は昨日ソラから聞いた話を改めて確認する。
「一応王城に図書館があるんだったか」
「この王都にいくつかある図書館の内、一番大きい物だそうっすね。ただ王城なんて自由に出入りは出来ないみたいですし、本の持ち出しも厳禁って事っすね」
「製紙技術はあるんだな」
「みたいっすね……まぁ、おそらくって所なのかもしれないっすけど」
ソラが思い出すのは、カイトから時折話を聞く外なる神や『星神』の事だ。彼らは文明の裁定者。否定された場合は文明がリセットされるのであるが、跡形もなく抹消される事は少ないらしい。
時折旧文明の遺産のようにその時代の技術が見付かる事があり、この世界における製紙技術もそうなのではとソラは思ったようだ。そんな彼の言葉に、こちらはルークからも聞いていた瞬は内心そうかもと思いながら若干怪訝な様子だった。
「どうなんだろうな……そういう世界を問わない統一的なシステムがある、という事だったが」
「さぁ……どうなんっしょ」
「結局は推測の粋を出ないか」
「すね……まぁ、そりゃ兎も角。図書館がありましたんで、ひとまずそこで色々と情報を仕入れておきますよ」
「すまん。頼んだ」
ソラの改めての方針に、瞬は一つ礼を述べる。今回の薬草採取の仕事であるが、ソラと由利の二人は留守番だ。理由は彼が述べた通り、王城にある図書館にてこの世界の情報を更に詳しく調査するためだ。
本来ならそれを全員でできればとも思うのであるが、やはり生きていくにはお金が必要だ。なので二人――正確にはセレスティアとナナミも残留だが――が調査を行ったり、冒険者活動を開始する事で見えてきた必要な物資の調達に走る事になったのであった。
「うっす……ああ、そうだ。そういやさっきの薬草の精製キット。なんとか探しておきますよ。保管容器は多分すぐ見付かるとは思うんっすけど……」
「頼む。回復薬も買えるは買えるだろうが……」
「まぁ……この世界の状況から安くはないっすからねぇ」
今更の話であるが、この世界は現在戦国乱世の真っ只中。その上で魔族まで暴れている状況だ。回復薬なぞどれだけあっても足りないのが現状で、一応売りは出されているがおいそれと手が出せる金額ではなかった。
「今更だが……本当にカイトに色々と学ばせて貰って助かったな」
「マジっすね。回復薬なんて冒険者活動やってると必須アイテムですし」
「まぁな……」
元々は外に出てどうしても回復薬が足りなくなった場合や危険性の低い小遣い稼ぎ、という事で学んでいた回復薬の精製方法の取得であるが、流石にこの状況下ではかなり役に立つ結果となっていた。
まぁ、流石に道具も無いのでまだ出来ないが、その道具は回復薬がある以上、そして冒険者という職業がある以上どこかで販売されているのでは、というのが二人の見立てだった。それを探すのも、残留するソラ達の仕事の一つになっていた。というわけで、種々の話を行った所でソラが一つ頷く。
「良し。こんな所っすかね」
「そうだな……良し。じゃあ、悪いが色々と頼む」
「いえ、こっちこそ仕事頼んます。ある程度体制が整ったら、俺らも一緒に行けるとは思うんで」
「わかっている……暫くは交代交代でやっていくしかないか」
早めに体制を整えないとな。ソラの言葉に瞬はそう思う。何も別に瞬達だけが依頼に出るわけではなく、今回は瞬達だけというに過ぎなかった。なので次回はソラと由利、セレスティアが依頼に出る予定になっており、瞬らが入れ替わりに調べ物やらをする事になっていた。というわけで、簡単なミーティングを終えた二人は明日に備え今日はもう休む事にするのだった。
さて明けて翌日の朝。瞬はソラに後を任せると、朝食を摂って王都を離れる事にしていた。そんな道中、やはり気になったのはこの世界の状況の事であった。
「イミナさん。そういえばこの時代には大精霊の契約者等は居なかったんですか?」
「それか……いや、それに関しては我々の間でも時折議論にはなっていた」
「やはり彼らが?」
「そういうことだな」
瞬の呈した疑問はリィルも同じ疑問を持っていたらしい。カイト達が契約者に追々なっていたのでは、と考えていた彼女の言葉にイミナが同意する。が、議論になっていたというように情報は少なかった。というわけで、彼女は改めてそれに言及する。
「残念ながらこの世界は私達の時代からすると700年も昔なんだ。しかも先に言った通り、シンフォニア王国はこれから300年後に内乱が起きて、この王都は荒れ果てる事になってな。そこでこの時代の多くの資料は失われてしまっているんだ」
「確か王都も王都でなくなるんですよね?」
「ああ。学園都市に変わる……そして更にそこから200年後……我々からすると200年前か。第二統一王朝が発足する。この時、廃城の賢者と謳われたカイト様達もまたどこかへと旅立たれてしまわれた」
カイト達がどこかへ去る。これについてはそもそも瞬らが転生したカイトと出会っている以上、詳しい話を知らないでも瞬とリィルの二人にも当然の話であった。
「その時に遺されたのが、セレスの使っていた大剣と」
「ああ。レックス様の愛用されていた大剣だな。これについては実際に見た事だろう」
「ええ……あれは間違いなく並の武器ではなかった」
イミナの問いかけに、リィルはレックスの事を思い出しながら頷いた。彼が背負っていた大剣であるが、当然これは封印される前のものだ。なので本来の性能を有しており、それは見ただけでわかるほどのものだった。そんな彼女にイミナも頷いた。
「ああ……話は逸れたが、そういうわけでカイト様達の話も口伝でしか伝わっていないし、資料の多くも失われて久しい。契約者に関して居たか居なかったか、という事は殆どわかっていないんだ」
「そうですか……居れば力になってもらえれば、と思ったんですが」
「そうだな……まぁ、それでも幸いなのは初手でカイト様やレックス様とお会い出来た事だろう。彼らと出会えた事で黒き森の賢者と歌われるサルファ様や彼の婚約者であらせられる大魔女ノワール様らにご助力を頂ける可能性が生まれた」
「はぁ……」
自身の言葉に応じたイミナが出した二つの名は瞬の知らないもの――サルファの話はソラが話していなかった――だった。が、おおよそこの時代のカイトの仲間の一人なのだとは理解出来たようだ。
「騎士団の方ですか?」
「ん? ああ、いや。すまん。お二方は騎士団ではなく、七竜の同盟に属される方々だ。サルファ様はエルフ達の王族。ノワール様は隠者とも言われる魔女だな。共に優れた技術をお持ちになられており、また優れた知識もお持ちだ。もしご助力頂ければ、必ず途轍も無い力になるだろう」
「はぁ……」
ということはレックスさんと似たような立場という事なのだろう。瞬はイミナの言葉をそう理解しておく。実際それに間違いはなかった。と、そんなわけでこの世界の状況を改めて話し合いながら歩いて行く三人であるが、唐突にリィルが口を開いた。
「二人共……一度会話は終わりです」
「「む?」」
「……」
小首を傾げる二人に、リィルは無言――不機嫌というわけではなく相手に気付かれるから――である方角を指し示す。それに二人もそちらに魔物が居て、眠っている事に気が付いた。
「……どうする?」
「仕留めておきましょう……今なら先手を取れる」
「そうするか」
瞬の問いかけを受けたリィルの言葉に、イミナもまた同意する。そうして、三人は一度話をやめて戦いに臨む事になるのだった。
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