第2965話 遥かな過去編 ――訓練――
カイトの休眠中に発生した『時空流異門』に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代に勇者でありながら騎士として活動していたカイトと会合。更にその親友にして唯一の好敵手であるレックス・レジディアというセレスティアのご先祖様や、カイトの義理の弟であるクロード・マクダウェルと会合する。
そんな彼らとの会合をきっかけとして改めて元の世界に戻るべく冒険者としての活動を再開するわけであるが、その一日目で彼らはカイトの騎士団の訓練に参加する事になっていた。というわけで、彼らは同じくこの時代に騎士として生きていたアルとルーファウスの二人に、同じくカイトの率いる騎士団の少女騎士二人を加え集団戦を行っていた。
「ふぅ……」
ソラの支援により魔術の効果範囲から逃れ、瞬は一度だけ深呼吸する。そうして思うのは、アルもルーファウスも自分が知る二人とは違うという事であった。
(ルーファウスが氷で、アルが炎……真逆か。いや、もしやするとこの過去世が影響して真逆になっているのか……?)
当人達にしか、否。当人達にさえわからないかもしれないが。瞬はそう思う。が、彼はすぐに気を取り直す。
(戦い方こそ殆ど違うが、根幹は同じだろう。であれば、後はそれを起点として戦い方を考えるまでだ)
やりにくいが、有り難いといえば当人達の性格はさほど違わないという所だろう。瞬はそう思う。
(剣技にせよ何にせよ未知だが……戦い方の選択にはその人の性格が大きく滲む。なら……良し。アルをベースにルーファウスを考えれば良いだけだ)
それなら何度かやらされた事がある。瞬はアルとにらみ合いを続けながら、炎を主体として戦うアルと戦った時の事を思い出す。どうせなら逆の戦い方をしてみろ。カイトが命じて二人にさせていたのだ。そしてそれなら、彼は自分の方に有利な部分があると地面を踏みしめた。
「おっと」
来るか。炎を操るアルは瞬が先程より力強く踏み込んだのを見て、少女騎士の悪態を意識からシャットアウトする。
「っ」
さっきより数段速い。アルは一瞬で自身に肉薄する瞬に、本能的に本気であれば自身を上回る事を理解する。が、アル自身は師団長と戦える実力者で、ルーファウスと二人なら余裕で上回るとされているのだ。この程度の速度を見切れぬわけがなかった。
「ふっ」
「おっと!」
衝撃波さえ生まぬ鋭い刺突に、アルは剣戟を合わせて受け流す。直撃すればただでは済まない。そんな一撃だった。そんな彼に瞬は持ち前の速度を活かして、蹴りを叩き込んだ。
「はぁ!」
「っ、速さは十分! でもね!」
重さが足りない。アルは続けざまに放たれた蹴撃に地面をしっかり踏みしめ防御を選択する。それに、瞬は僅かにほくそ笑む。
「っ」
しまった。アルは敢えて軽くする事で自身のカウンターを無力化。踏み台にする目論見だった事に気付いて、即座に振り返る。そうして斜め上を見ると、案の定瞬が身を翻しこちらを狙うように槍を構えていた。
「おぉおおおお!」
「ちっ」
威力を落としていたのは敢えてというわけか。アルは普通では回避がままならない現状を理解し、これが瞬の意図した所であると認識する。そんな彼に、瞬は容赦なく槍を振り下ろした。
「はぁ!」
「はぁ!」
瞬が槍を投げ放った一瞬の後。アルが気合を入れて炎を蓄積。槍に向けて巨大な火球として投げ放つ。そうして一瞬の拮抗が生まれるわけであるが、両者の実力差はそこまで明白というわけでもなかったようだ。準備不足の差もあり、槍が火球に飲み込まれたかに見えた一瞬の後に内側から弾け飛び、そのままアルへと急降下していく。が、火球がかき消えた瞬間だ。瞬は大きく目を見開いた。
「ごっ!?」
「悪いね! でも格好つけてられる相手じゃないみたいだ!」
「ぐっ! なんだと!?」
一撃で昏倒はしなかったものの、瞬は気合を入れて暗転しそうになる意識を必死でつなぎとめる。そうして振り向いた瞬であったが、すでにそこにはアルの姿はなかった。
「はぁ! っ」
「っ、盾か!?」
「先輩! 一旦引いて下さい!」
「すまん!」
瞬には何が起きたかはわからないが、一瞬にしてアルは瞬の後ろに回り込んでいたらしい。瞬は自身の背後に生み出された半透明の盾がアルの攻撃を防いだのを知覚しながら、その場を離脱する。が、やはり何が起きたかわからないままでは戦いようがない。故に攻めあぐねる瞬に、ソラが即座に説明を入れてくれた。
『転移術っすね……それで一瞬で消えてたんっす』
『転移術……』
近接戦主体の戦士でありながら、そしてここまで若くありながら、この時代のアルはすでに転移術を使えているらしい。瞬は改めて思い知らされるアルフォンス・エドウィンの実力に息を呑む。
『でも見た限り、先輩のが速度は上っすね。まぁ、最終的にはあっちのが全員上でしょうけど』
『だろう……ソラ。切り札を切って良いか?』
『俺に聞くんっすか!?』
『一応の筋としてな』
どうやら瞬はこの状況下でのリーダーはソラであるべきと考えているようだ。まぁ、確かに大局的な視点であればソラの方が上だ。なので判断は間違いではなかっただろう。というわけで、問われたソラは笑った。
『問題ないっしょ。今後俺らと敵対する事ないでしょうし』
『それは……そうだろうな』
なにせカイトやアル達なのだ。この時代の、という前提は入るが根っこが変わらない事はわかる。ならば、二人としても敵対は有り得ないと断言する事が出来た。
『なら……』
『うっす……どぞ』
「よし」
相手が本気で向かってくるのであれば、こちらも後先考えず本気で立ち向かうまで。瞬は今までの自分が自分らしくないと理解していればこそ、改めて自分らしさを取り戻すべく吼える。
「おぉおおおおお!」
「っ……」
本気で来るらしい。再び転移術で肉薄しようとしていたアルは、瞬が巨大な電の柱を放ち雄叫びを上げたのを受けて、僅かに身構える。そうして、今度は彼が困惑する番だった。
「!? ぐっ!」
「よし……さぁ、再開だ」
「それは……うそ!?」
無理もない。瞬は自身の幼馴染が秘中の秘として使う纏いと似た力を使う事に驚愕するアルに、そう思う。が、これに瞬は容赦なく攻め込んだ。
「はぁ!」
「っぅ!」
速度もそうだが、威力も桁違いに増大した。アルは瞬の一撃を真正面から受け止めて吹き飛ばされながら、苦い顔でそう思う。とはいえ、伊達に彼も今まで数々の魔族と戦ってきたわけではない。格上の相手からの一撃なぞ何十何百と受け止めてきたのだ。故に地面を抉るようにして減速を掛けながらも、その視線は瞬を捉え続けていた。
「おぉおおおお!」
「っ」
来る。雄叫びを上げながら猛烈な速度で肉薄する瞬に、アルは腹に力を込める。そうして彼が覚悟を決めた刹那。瞬が槍を構えて激突する。
「はぁ!」
「ふっ!」
完璧なタイミングで、アルは超音速の先端を盾で打ち払う。そうして僅かに拮抗が生ずるわけであるが、その数瞬後。アルが雄叫びを上げた。
「おぉおおおお!」
「っ!」
弾かれる。瞬は自らの手にする槍が業火を纏うアルにより吹き飛ばされそうになっていると理解。そしてそれなら、と彼はすぐに槍を消失させた。
「っ!? とぉ!?」
「悪いな!」
今更言うまでもないが、アルはかなり全力で瞬の槍を打ち払っていた。そこに槍が消滅したのだ。後少しで押し込める、と考えていた事もありアルの左手が大きく空振るのは当然だった。というわけで空振った所に、少しだけいたずらっぽい笑みで瞬が一歩を踏み込む。
「はっ!」
「ぐっ! っぅ!」
残念ながら左手のジャブしか打ち込めなかったが、それでも一撃は一撃。瞬の拳はアルの障壁を貫通し、彼の腹を打ち据える。そうして僅かに浮かび上がった瞬間。アルの姿が掻き消える。
「っ、後ろか!」
「っ! どういうこと!?」
背後への転移が見切られた。アルは振り向きざまに回し蹴りを放った瞬に大きく目を見開く。今の瞬に転移術を見切れる感覚が無いのは先程の一幕で明らかになっていた。にも関わらず、即座に察知されたのだ。何が起きた、と困惑するのも無理はない。
が、その原因は流石におおよそ理解出来ていたらしい。見切られたと察した瞬間には彼は再度転移術で跳躍。距離を離す。
「っ……ふぅ」
なるほど。極至近距離への転移はしない方が良さそうだ。アルは一度呼吸を整え、周囲を見回し自身の事を探している様子を見てそう判断する。まぁ、このからくりは言うまでもなくいつもの<<雷炎武>>によるセンサー効果だ。なので至近距離しか通用しないのであった。と、そんな所にルーファウスが念話を飛ばしてきた。
『手を貸すか?』
『貸して欲しい、じゃなくて?』
『抜かせ。まだまだ大丈夫だ』
『支援は貰ってるみたいだけどね』
ルーファウスの返答に、アルは少し笑う。あの少女騎士らは確かに近接戦闘も出来るが、メインは支援だ。瞬達の実力がアルとルーファウスの二人を上回る事は無いと見ていたカイトであるが、念を入れて支援役を配置していたのであった。
『私も支援する? そろそろソラさんも動きそうだから嫌だけど』
『多分動くだろうね……いいよ、今は。多分押し勝てる事は押し勝てるだろうし。そうなると、ソラ……だったっけ。彼の方も出てくるだろうね』
全てはそれからという所になりそうかな。アルは瞬とにらみ合いを続けながら、改めて気を引き締める。このまま戦っても勝てるだろうが、ソラまで加わると勝敗はわからなくなるだろう。彼自身、そう判断していた。
「ふー……はっ」
ぼぅ。アルの身体から炎が溢れ出す。そうして炎を纏った彼が今度は地面を蹴って、瞬に真正面から突進する。
「おぉおおお!」
「はぁっ! っ!?」
「悪いね! 僕らには後ろにも目があるのさ!」
アルの身体から吹き出した炎がまるで意思を持っているかのように蠢いて、瞬を狙い澄まして打ち払う。そうして横から打ち払われた所に、アルが転移で追撃を仕掛けた。
「っ」
「はぁ!」
「ちぃ!」
転移術は本当に厄介だ。瞬は自身の吹き飛ばされる軌道上に置くように放たれる斬撃を槍を地面に突き立てる事で回避する。そうしてそのままの勢いでアルを飛び越え、瞬は地面に着地。
即座に槍を生み出し、振り向いてアルを正面に捉える。それに対して自身の攻撃を防がれた事を知覚したアルもまた即座に身を翻し次の一撃を放っていた。
「「ぐっ!」」
両者同時に苦悶の声を上げる。そうして再度二人はお互いの一撃により大きく吹き飛ばされ、戦いは再び仕切り直しとなるのだった。
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