第2961話 遥かな過去編 ――訓練――
セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて勇者でありながらも騎士として生きていたカイトとその親友にして唯一の好敵手と言われるレックス・レジディアというセレスティアのご先祖様、そしてこの時代のカイトの弟であるクロード・マクダウェルらと会合を果たす事になっていた。
というわけでそんな彼らとの出会いを経てカイトの率いる騎士団の訓練に参加させて貰う事になった一同であったが、若い騎士達の訓練の観察後。アルやルーファウス達と模擬戦をさせて貰う事になっていた。というわけで今はソラ達の模擬戦の前に、セレスティアとイミナがクロードと模擬戦をする事になっていた。
「良し……」
「ふぅ……」
「雷光のクロード卿……ですね」
クロード達が設営した拠点から草原に出た後。簡易の結界で覆われた一角に入った所でセレスティアが改めてクロードを見る。四騎士の中でも最も若い、それどころかアルやルーファウスらとさほど変わらない若年の騎士。それがクロードだ。そして同時に、イミナのご先祖様でもあった。
「ええ……マクダウェル家において最優と言われる騎士の一角……お手合わせ願えるとは光栄です」
「ですね……でもだからと油断はなりませんよ」
「無論、そのつもりです」
相手はカイトの影に隠れこの時代ではあまり有名にはなっていないが、四騎士と言われるだけの事はあり後世ではかなり有名になっている。油断出来るわけがなかった。というわけでやる気を漲らせるイミナに、セレスティアが少しだけ笑って問いかけた。
「……ひさしぶりに本気で、やりますか?」
「どうでしょう……クロード卿が本気でやってくださるのなら、という所でしょうか」
「そうですか……なら、私はなるべく手出しはしないようにします。本気を出されるなら別、ですが」
「そうですね……流石に軍団長級と互角に戦える相手に一人はまだ厳しい」
とんとんとん、と屈伸するように飛び跳ねながら、イミナはセレスティアの問いかけに笑って答える。先にクロードは騎士団の何人かは軍団長級と単独で戦えると言っていた。その時彼自身は自身が戦えるとは言っていなかったが、イミナ達は彼も戦える一人だと思っていた。
そしてそうなると二人以上の猛者――イミナで師団長と互角――である事は確実で、間違っても一人で戦える相手ではなかった。というわけで数度の屈伸の後、カイトが合図を下した。
「じゃ、お互いに準備は良いな? では、はじめ!」
「「「お願いします」」」
ぺこり。三者が同時に頭を下げる。そうして両者が顔を上げて数秒。改めてとんとんとん、と地面を軽く蹴って跳躍していたイミナが着地と同時に消えた。
「ん」
速い。クロードは空中から殴りつける形で自らの眼前に迫るイミナの拳を見て、そう思う。が、そんな彼には余裕が見て取れていた。というわけで、彼は眼前に迫っていた拳を容易く叩き落とす。
「ふっ」
「っ」
やはりこの程度ではどうにもならないか。イミナはぱんっ、という音と共に自らの拳がはたき落とされたのを見て、僅かに笑みが浮かぶのが抑えられなかった。
一般兵ならこれで頭蓋骨が砕け散り、戦闘終了になっていたほどの速度だ。それを平然といなすのである。彼女らの時代の一般兵では到底相手にならないだろう実力者だった。そしてそれなら、と地面に足を着けた彼女はそのままハイキックの要領で回し蹴りを繰り出した。
「っと」
繰り出されるハイキックに、クロードは後ろに僅かに跳躍。その一瞬だけ、セレスティアを見る。
(セレスティア様は……動く様子はない。なるほど)
どうやら今はまだ自分の騎士に全てを任せるというわけか。クロードはセレスティアが優雅に微笑むだけの様子を見て、こちらには手出しする必要無しと判断する。というわけで、彼はセレスティアを意識から除外して地面に着地。自身の子孫の女騎士にのみ意識を集中させる。
「珍しいな。あいつが様子見に回るなんて」
「見たいんでしょうね。自分の子孫がどんな実力なのか、と」
「そんなもんかね」
いつものクロードなら着地と同時に攻めに転じていたはずだ。再度イミナに攻め掛かられるクロードの様子にカイトが僅かな驚きを得て、その心情に対してルクスが言及する。
その一方、イミナの実力を見たいが故に敢えて攻めるに任せたクロードは今度は姿勢を低くして肉薄してきたイミナの一撃に対して身を捩る。
「っ」
回避された。イミナは自身の一撃が空振るのを知覚すると、即座に左手で追撃を仕掛ける。そうして放たれる無数の拳打に、クロードは僅かに舌を巻いた。
「師団長級……にはありますね」
「余裕ですね!」
「ええ、まだ」
「っ」
これが自身の祖先であるクロード・マクダウェルの実力。この時代では四騎士でも最弱と呼ばれる若輩の騎士であるが、後の世には偉大な騎士の一人として名を残すのだ。その実力を垣間見て、イミナは僅かに目を見開く。そうして無数の拳打を体捌き一つで回避してみせたクロードであったが、あるタイミングでイミナの拳に自身の拳を合わせる。
「ふっ」
「っ!?」
「ラッシュはもう結構ですよ……はっ!」
「ぐぅ!」
拳で自らの拳を止められて驚愕を露わにしたイミナであるが、そんな彼女をクロードは押し出すような形で吹き飛ばす。そうして吹き飛ばされたイミナであったが、流石に吹き飛ばされただけだ。即座に空中で姿勢を整えて着地。再度の攻撃に転じようとして、再度目を見開く。
「ふっ」
「っぅ!」
速く鋭い一撃。イミナは着地と同時に肉薄されていた事を理解すると、即座に身を捩る。が、その瞬間だ。クロードが背後に回り込んでいた。
「ぐっ!」
直撃。誰が見てもそうとしか言えないぐらいに綺麗にクロードの拳がイミナの背を打つ。そうして肺腑の空気が僅かに溢れるわけであるが、同時にイミナには痛みはなかった。
そういう一撃をクロードは放っていたのである。というわけで呼吸を乱されるだけに留まったが、そうであるが故に立て直しに僅かな時間を有するイミナにクロードは問いかける。
「剣は使わないのですか?」
「に、苦手でして……」
「え、あー……まぁ、苦手は誰にでもあるものかと。かく言う私や兄さんは拳が苦手ですから」
「も、申し訳ありません……あ、で、ですが! 兄は普通に剣を使えますので、私だけとお考え頂ければ!」
「あ、そ、そうですか」
大慌てで騎士でありながら拳が苦手なのは自分だけと明言するイミナに、クロードは僅かに気勢を削がれる。そんな彼に、慌てふためいていたイミナがしどろもどろになりながらクロードの腰の双剣を見る。
「あ、えっと……そういうわけですので剣を使って頂いて大丈夫です。素手で剣を持った兄や他の騎士達と稽古をする事は常日頃でしたので」
「そうですか……貴方に合わせるつもりではありましたが。そういう事でしたらそうしましょう」
あまり気を遣いすぎるのは逆にイミナに対して失礼か。クロードはイミナのおおよその実力を師団長級かそれより少し強い程度と理解。それなら自分達の所の若い騎士達のような手加減はさほど必要無いだろうと判断したようだ。腰に帯びているだけだった剣の内、右側の一振りを抜き放つ。
「……もう一振りは、使われないのですか?」
「期待、しています」
「……」
クロード卿は確か兄のカイトに影響され双剣士だったはずだ。そう伝えられていればこそ片方しか抜かなかったクロードに問いかけたイミナであるが、それに対するクロードは柔和に微笑むばかりだ。
そしてその意図を理解せぬほど、イミナは朴念仁ではない。というわけで、呼吸を整えた彼女はもう一段上にギアをセットして、再度クロードに攻め掛かるのだった。
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