第2957話 はるかな過去編 ――状況把握――
かつて存在していたセレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代にて騎士として生きていたカイトとその親友にして好敵手たるレックス・レジディアというセレスティアのご先祖さま達との会合を果たす事になっていた。
そんな中で元の世界に戻るべくこの世界にも存在していた冒険者としての活動を開始したソラ達であったが、彼らはこの世界の敵の状況を察知するべくひとまず王都東の草原地帯にて最弱の魔物であるゴブリン種の討伐に関する依頼を請け負っていた。というわけで、依頼開始からおよそ二時間ほど。小休止や強いと思われる魔物との幾度かの交戦を経て、昼過ぎには一定の満足が出来る状況になっていた。
「ふぅ……リィル。そちらは戦ってみてどうだ?」
『所感としては、やはりこの世界の魔物の方が知っている魔物より強いですね。ただ……もしやすると、これがかつてバランタイン様達が生き抜いていた時代の魔物の実力なのかもしれません』
「そういえば……確かにカイトも今の魔物の方が数段弱いような事を言っていたな……」
リィルの言葉に瞬はそういえば、とカイトが時折こぼしていた事を思い出す。基本圧倒的最強を誇る彼なのでどんな魔物だろうと雑魚扱いしてしまえるわけであるが、世界中を旅していたが故に多くの魔物と交戦経験がある。
なのでその経験から魔物が弱くなった事を口にしており、そしてそれはティナも同じだった。が、その時彼らは同時にその原因についても口にしており、これを嘆くではなく喜ばしいと受け入れいていた。というわけで、その理由を瞬は思い出す。
「確か……戦中だったからだろう、という事だったか」
『ええ。魔術などの魔力を用いた戦闘を行う事により、人為的に地中の魔力を吸い上げている事になります。故に大気中に満ちる魔力濃度は戦争状態の場所の方が濃くなり、結果として魔物の強さも数も飛躍的に増加してしまう……学術的にも認められている話です』
「それがあるからこそ、エネフィアでは全面戦争は起こしにくいのだったか……」
全面戦争なぞしてしまえば大地の中の地脈から大きく魔力を吸い上げる。そうなると個人が使う比較ではないほどに大気中に満ちる魔力は多くなってしまうのだ。そうなってしまえば自国まで荒れてしまう。全面戦争を起こしにくい、と言われる理由の一つだった。
「とはいえ、逆に言えばそれを狙う輩が現れてしまえば一気に厄介にもなる、というわけか」
『そういうことですね。そういう面で言えば、この世界の魔族とやらは非常に厄介な手合です』
「疑心暗鬼状態、か……」
本当に厄介な奴らだ。瞬はリィルの言葉を聞きながら、盛大にため息を吐く。と、そんな彼がソラに問いかける。
「ソラ。お前から見てこの世界の魔族はどうなんだ?」
「どうって……戦略って意味っすか?」
「そうだな」
「そうっすね……もう物凄い見事かつ用意周到にやったんだろうなー、ってぐらいしか。各国の幹部に魔族が入り込んじまってるかも、ってなった時点で同盟も協定も信用が出来ない。相手がいつ裏切っても不思議じゃない、って状況っすからね。しかもまとめ役がよりにもよって魔族の手で崩壊してるから、抑え込める力もない……いっそ魔族が入り込んで崩壊じゃない、ってなってた方が良かったんでしょうね」
「この乱世を終わらせたというカイト達は相変わらずというべきなのかもな」
「あはは。そっすね……あいつ何回こんなのやらされてたんっしょ」
「さぁな」
生まれ変わってはエネフィアで百年の戦争を終わらせ。その次には地球でも戦乱が待っているという。カイトが戦乱を招いているのか、それとも戦乱を終わらせるべくカイトが呼ばれる事になったのか。誰にもわからない事だった。と、ソラの言葉に笑った瞬だったが、ふと気付いた。
「……そうか。下手をすると今より更に強くなる可能性もあるのか」
「あ……」
「……色々と注意した方が良いのかもしれんな」
「……そうっすね」
おそらくエネフィアに比べ魔物が強いのは戦争が原因なのだろうが、セレスティア曰くまだこれでも終盤ではないだろうとの事であった。となると今後も更に魔物が強くなっていく可能性は大いにあった。というわけで、今後に備え改めて気を引き締めた二人であったが、そんな所に由利が通信を入れた。
『ソラー。何か軍? っぽいのが近付いてきてるよー』
「え? 軍……あっちか」
由利から間借りした視界によって、ソラにも確かに何か軍らしき集団が近付いている事を理解する。とはいえ、そんな軍の一団が掲げる旗にソラは見覚えがあった。
「あれ……? あれって確かカイトの所にあった旗っぽくね?」
「む? どっちの方角だ?」
「あっちっす」
「ふむ……」
瞬はソラと異なり、槍を投げる関係から弓兵ほどとまではいかずとも自力でそれなりに遠くまで見通せる。なのでソラが指さした方角を見て、瞬も見覚えがある事を認めた。
「あれは……確かにカイトが率いている騎士団の旗の横にあったな。確か……四つの騎士団のそれぞれの旗だという事だったか」
「あ、そういやそうっすね」
それで見覚えがあったのか。瞬の言葉にソラは近付いてくる軍の集団の旗についてを思い出す。先に語られているが、カイトの率いる『青の騎士団』は元々シンフォニア王国に存在していた四つの騎士団を一つに纏めたものだ。なので『青の騎士団』の旗とは別に各騎士団の旗も一緒に置かれていたのであった。そしてその四つの内、今回近付いてきている旗について瞬が思い出して目を見開く。
「あれは……そうだ。マクダウェル家の旗だ」
「ってことはカイトが?」
「いや……確かイミナさん曰く、この時代のカイトは雷迅卿の旗は使っていないらしい。あれを使うとなると……ああ。確か弟のクロードだったはずだ」
「えっと……ああ、四騎士の一人で一番若手だった人でしたっけ」
現状、カイトが率いる四騎士でソラ達が出会っているのはルクスの前世であるルクス一人だ。他三人は紹介されておらず、遠目に見ただけであった。
と、そんな風に遠目に見ていたわけであるが、隠れていない以上こちらから見れるという事は同時に向こうからも見れるというわけでもある。軍の方から若い騎士が二人、馬に乗って近付いてきた。
「おーい!」
「冒険者ですかー!?」
「あ、はーい! そうですけどー!」
魔物が居る場所で大声を上げるのはどうかと思わないでもないが、すでにここら近辺の魔物はソラ達によって壊滅済みだ。なので騎士達の言葉にソラが声を張り上げる。というわけでこちらに敵意が無い事が向こうにも伝わったのか、若い二人の騎士が馬の足を早めこちらに近寄る。
「ふぅ……ああ、すいません。お騒がせします」
「いえ……どうしたんっすか?」
「いえ。事前に通達を出していたと思うのですが……本日午後よりここら一帯は軍の演習で封鎖される事になります。なので付近にいらっしゃる方へお声がけを」
「あ、そうだったんっすか。すいません」
おそらくそうだろうなとは思ったが。ソラ達側も騎士達側も通達が行き届いていないだろう事を理解しつつ、お互いに喧嘩腰にならない事に安堵していた。というわけで、それならと騎士も受け入れた。
「いえ。まだ時間は暫くありますし、姫様の結界もあるので問題は無いかと思われますが……まぁ、その……団長も来られるので余波がとんでもない事になるかと」
「「……あー」」
あのカイトも参加するのであれば、訓練であれ余波はとんでもない事になりそうだ。ソラも瞬も若い騎士の言葉に乾いた笑いを浮かべる。そしてこれでおおよそは理解してくれたらしい、と若い騎士達は頭を下げた。
「では、失礼します……っと、失礼」
どうやら立ち去ろうとした所で、念話か何かでの通信が入ってきたらしい。再び馬に跨がろうとした所で、騎士二人は手を止める。
「え? いや、でも……いや、良いですけど」
「彼らを……? いや、まぁ……確かに聞いてくれそうではありますけど」
「「?」」
時折チラチラとこちらを見る様子から、自分達についてを話しているらしい。ソラも瞬も何もしていないとは思いつつも、少しだけ居心地が悪かった。というわけで、暫く。立ち去る事も出来ず通信が終わるのを待つのであるが、ようやく騎士の片方が口を開いた。
「すいません。クロード卿が貴方達にお会いしたい、と」
「よろしければ一緒に来て貰えませんか? クロード卿がそういうのってものすごく珍しい事なので……」
どこか困ったような顔で二人の騎士がソラと瞬に懇願する。どうやらその意図がわかりかねたようだ。
「クロードっていうと……クロード・マクダウェル?」
「ええ。団長の弟の、です」
「団長はよくあるんですが……クロードがっていうのは珍しいんです」
本当に珍しい事らしく、騎士の片方は思わず身内だけの時の呼び方になってしまっていたようだ。それほどまでに珍しい事態なら、そして呼んでいるのがこの時代のカイトの弟なら二人としても興味があった。というわけで、二人の騎士の申し出にソラは一度瞬を見て、彼が頷いたのを受けて応ずる事にした。
「わかりました。でも他にも遠くで待機してくれてるんで、そいつらも呼んで良いですか? 下手すると連行されてるみたいに思われるんで」
「あ、勿論です」
「すんません」
何が目的かはわからないが、少なくともカイトの弟かつイミナのご先祖様ならさほど警戒する必要もないだろう。ソラも瞬もそう判断していた。というわけで、二人は周囲で待機してくれていた面子に声を掛け、カイトの弟の待つ陣地を目指す事にするのだった。
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