第2956話 はるかな過去編 ――草原――
『時空流異門』。何処とも知れぬ時間。何処とも知れぬ空間に飛ばされてしまうという時と時間の異常現象。それに巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の世界に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代を騎士として生きていたカイトや、その親友にして唯一の好敵手でありセレスティアの祖先でもあるレックス・レジディアという青年と会合を果たす。
そんな彼らの思惑もありカイトの仕えるシンフォニア王国の王都にて拠点を確保する事に成功した一同であったが、今後の活動を行うべくこの世界にも存在していた冒険者として登録すると王都の東の草原にてゴブリン討伐の依頼を請け負う事になっていた。
「良し……由利。悪いんだけど、そこから周辺の警戒だけお願いな」
『んー。一応、周辺何も無いよー』
「あいよ」
スマホ型通信機とヘッドセット型通信機がそのまま使えて助かった。ソラは由利の返答を聞きながら、そう思う。これらについては基本何があっても良いように常に持っていたわけであるが、そのおかげで遠距離通信が出来ないだけで同一の戦場であればいつも通りの活動が出来るようになっていた。そんな彼の横で、瞬もまたリィルと通話していた。
「リィル……そちらは問題なさそうか?」
『ええ……飛空術も問題なく使えますし、周囲に人影もなさそうですね……まぁ、魔物はチラホラ居るみたいですが』
「そうか……まぁ、それについては何も気にする必要もない普通の事か」
『ですね……ふっ』
瞬の問いかけに答えると共に、僅かに息を吐く音が瞬の耳に響く。リィルは現在空中を飛翔し、周囲の警戒に努めてくれていた。そこで鳥型の魔物に遭遇した様子だったのだが、彼女の敵ではなかったようだ。というわけで、支援体制が問題無い事を確認したソラと瞬は一つ頷きを交わす。
「問題はないみたいだ」
「こっちもっすね……取り敢えず実感として、どんなもんかしっかり感じとかないと」
「ああ」
一応王都に来るまでに数度キャラバンと共に戦闘を繰り広げていたソラ達であったが、あれはやはりキャラバンの支援もあったのでイマイチ敵の実力がはっきりとわかったものではなかった。
というわけで、おおよその基準として最弱の魔物と言われるゴブリン種と戦って、この世界の基準を実感として身に着けておくつもりだった。
「良し……じゃあ、やるか」
「うっす」
兎にも角にも実際に戦わない事には何も始まらない。二人はそう判断すると、改めてしっかりとそれぞれの武器を握りしめる。そうして周囲の警戒をしながら待つこと暫く。由利が連絡を入れてきた。
『ソラー。東側』
「おっし……あれか」
今回由利に来てもらっているのは言うまでもなく広範囲に渡って周囲の警戒をしてもらうためだ。というわけで彼女の声に従って東側を見てみると、草原の草むらに隠れるように動く小さな影を発見する。
「先輩」
「ああ……ふぅ」
おそらく弱い事は弱いだろう。ソラの言葉を受けた瞬はそう思いながら、深く地面に腰を落とす。そうして腰を落とした彼は地面を蹴ると、ゴブリン種の前に躍り出る。
(赤いゴブリン? 見た事のないタイプのゴブリンか)
近付いて見えたゴブリンであるが、浅黒く赤い肌を持つ見た事のないゴブリンだった。そして見たことがないだけでなく、その実力としても彼らが知る一番の基本となるゴブリンより強かったようだ。
『ゲギャ!?』
「っ」
確かにまだ<<雷炎武>>は使っていなかったが、それでもエネフィアのゴブリン種では反応出来ない領域での速度だったはずだ。
瞬は自身が前に出ると同時に即座に武器を構える赤いゴブリンに、反応された事を理解する。そして相手は魔物。容赦する意味も必要もない。故に彼はこちらに気付いた様子の赤いゴブリンに向け、容赦なく槍を突き出した。
「ふっ!」
『ギャッ!』
「何?」
弾かれた。瞬は自身の槍を弾かれ軌道を逸らされ、目を見開く。確かに容赦はしなかったが、同時に全力でもなかった。敵の力量を見極めるために敢えて手を抜いたのだ。
なので不可能ではないとは頭では理解しつつも、最弱と言われるゴブリン種に今の一撃を普通に弾かれた事は驚きに値したのである。とはいえ、それならそれで彼としても赤いゴブリンの実力をそういうものと認識。即座に先より一つ上の段階で蹴りを繰り出した。
「はっ!」
ごりゅ。嫌な音が響いて、同時に瞬の足に何かが砕け散る感触が返ってくる。と、そんな彼の真後ろに、ソラが現れる。そしてそれと同時に、また別の赤いゴブリンの剣戟が迸って金属音が鳴り響いた。
「っと!」
「ソラ。だいたいランクC下位程度だ」
「なるほど……確かにそんなぐらいっすね」
別の赤いゴブリンの剣戟を受け止め、ソラは自身が感じる攻撃の重さもそれぐらいと納得する。この赤いゴブリンが亜種なのかこちらの世界での最低値に位置するのかはわからないが、この赤いゴブリンの数を考えると割りと厄介と言えたかもしれなかった。というわけで、剣戟を受け止めたソラは放たれた小ぶりな剣を弾くと、がら空きの胴体に向けて<<偉大なる太陽>>を繰り出す。
「っと……なんとかなりそうはなりそうっすか」
「だな」
これが最低値なら今後の活動が恐ろしくはあるが、依頼受注時に比較的安全と教えてくれたこの草原でなら普通に活動は出来そうだ。ソラも瞬も自分達の実力が通用しそうな事を理解し、僅かな安堵を浮かべる。というわけで、由利の支援を受けながらこの見慣れぬ赤いゴブリンの一団をあっという間に殲滅する二人であるが、それも終わった頃に再び由利が連絡を入れる。
『ソラ……南側。すぐに分かる』
「……青い……オーガ?」
「む?」
由利の声音は戦闘時の物になっており、それにソラも瞬も今度の相手は比較的油断してはならなそうだと認識する。そして事実、遠目にでもこの青いオーガは先の赤いゴブリンより数段上の力を持っている事が認識出来た。
「『青いオーガ』か」
「そのまんまっすね」
「それ以外に言いようがあるか?」
「ま、無いっすけど……でも多分、割りと強いっすよ、あれ」
「だろうな……」
どの程度の実力かはまだはっきりとはわからないが、少なくともエネフィアのオーガの単なる色違いというわけではなさそうだ。瞬は『青いオーガ』を見ながら気を引き締める。そうして横のソラと頷きを交わすと、先程同様に地面を蹴って『青いオーガ』に肉薄する。
「はぁ! っ」
まぁ、これは普通に弾かれるか。瞬は元々こちらを認識されていた事もあり、自身の様子見の一撃がナタのように大振りな剣で普通に弾かれた事に納得しかなかった。というわけで彼の攻撃を弾いた『青いオーガ』はそのまま、瞬を真っ二つにせんとナタを振るう。
『ガァアアアアア!』
「っと! それはさせねぇよ! ぐっ!」
やっぱ思ったよりちょっと強いな。ソラは振るわれた『青いオーガ』の一撃を受け止め、僅かに顔を顰める。そうして舞い上がる土煙を切り裂いて、瞬が『青いオーガ』の内側に潜り込む。
「はっ!」
どごんっ。流石に肉薄しすぎたからか、瞬は槍ではなく拳での一撃を選択したようだ。そして完全に直撃した形だ。『青いオーガ』の巨体が大きく浮き上がる。
「ソラ!」
「うっす! おぉおおおおお!」
瞬の意図を理解して、ソラは地面を踏みしめた反動を利用する形で大きく地面を蹴る。そうして狙うのは、空中に浮かび上がった『青いオーガ』だ。
「おらよ!」
どんっ、と大きな音が鳴り響き、浮き上がっていた『青いオーガ』の巨体が更に大きく上へと吹き飛ばされる。そうして吹き飛んでいく『青いオーガ』を見ながら、瞬は地面をしっかりと踏みしめて一度だけ深呼吸。雄叫びを上げた。
「おぉおおおおお!」
雄叫びと共に腕に魔力を収束させ、瞬が手にしていた槍を投げ放つ。そうして流星もかくやという勢いで放たれた槍によって、『青いオーガ』は跡形もなく消滅する事になるのだった。
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