第2952話 はるかな過去編 ――腕試し――
何処とも知れぬ空間。何処とも知れぬ時間軸に飛ばされてしまうという時の異常現象。それに巻き込まれ、セレスティア達の時代の過去の世界に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代を生きていたカイトとセレスティアの祖先にしてカイトの親友かつ唯一の好敵手であるレックス・レジディアという青年と会合を果たす。
そうして会合を果たした彼らはレックスの思惑もあり拠点を融通してもらうと、カイトの紹介でこの世界にも存在していたという冒険者協会――エネフィアの冒険者ユニオンのようなもの――に案内されると、そこでおやっさんと呼ばれる壮年の冒険者と共に協会の奥へと通される事になっていた。
「よっしゃ……ここはまぁ、お前らみたいなぺーぺーの新人がどの程度の腕を持つか、って試すための場所だ」
「試すための場所って……なんも無いっすけど」
協会の奥にあったのは、おおよそ50メートル四方の何もない開けた場だ。天井もそれなりには広く、どこにこんなスペースがと思われるほどだった。そんな空間の中央におやっさんは立っており、それ以外には何もなかった。というわけで、おおよその意図は察しながらも見たままを告げたソラにおやっさんは笑う。
「俺が居るだろ、俺が」
「あはは。そうっすねー」
「つまりは、そういう事なんでしょう?」
「つまりは、そういう事だ」
察しろ。そう言わんばかりの様子で帯びていた大きめの両手剣を叩くおやっさんに、ソラも瞬も笑う。そうして二人も察していると理解したおやっさんはため息を吐いた。
「まぁ……そういう事なんだが。さっきお前さんらがカイトと話していた通り、やっぱ若いのに早死されると堪えるんだわ、俺らも。組織としてもそうだし、個人としてもな……なんで王都に来たヤツはまず俺が腕試しやって、どの程度の腕かは理解しておきてぇんだわ」
「「……」」
おそらく多くの若い冒険者が戻ってこないのを見てきたからだろう。おやっさんの大きな体躯が少しだけ小さく二人には見えた。そして同時に、エネフィアのランク制度がある程度の安全策として役立っていた事も理解する。
「まぁ、こんなのやんのウチだけなんだけどよ。いや、てかこんな場所確保出来たのは陛下のおかげってか……そいつぁ良いか。兎にも角にも俺の手元に来たヤツぐらいは、なんとかしてやりてぇんだわ。だからま、あんま満足にはしゃぎ回れないおっさんの憂さ晴らしだと思って付き合ってくれや」
「「はい」」
おそらくおやっさんにはおやっさんの苦悩があるのだろう。それを察したソラ達は何処か似合わぬ儚い笑顔で笑うおやっさんの言葉に応じて、少しだけ彼から距離を取ってそれぞれの武器――冒険者協会に来るとあって持ってきていた――を構える。
おやっさんの実力が如何程かはわからないが、少なくとも二人が見た限りでは内包している力は相当な物だと思われた。ならば胸を借りるつもりで挑むつもりだった。そうして、自身の意図を理解してくれたと察したおやっさんがカイトを見る。
「カイト。合図は頼むわ」
「あいよ、おやっさん……はじめ!」
おやっさんに頼まれたカイトが一瞬だけ息を呑んで、それを号令と共に吐き出す。そうして戦いが開始されるのであるが、初手はどちらも様子見を選択した。
『ソラ……どう見る?』
『やばいっすね。多分、結構強いっす』
『だな……』
流石に本気では戦わないだろうが、それでも相当な猛者だ。二人はおやっさんが自分達の基準に当てはめればランクSの冒険者に相当する事を見抜いていた。現状彼らが有する特殊能力を使わなければランクAの壁の上に居る二人では勝てない相手と言えた。というわけで、二人は少しだけどうするべきか悩んでいた。
『どうする? 俺としちゃ別に全力で挑んでも良いが』
『いや、やめておいた方が良いっしょ。流石にこの世界がどういう世界なのかわからない所が多すぎる』
『か……』
瞬としてはいつ如何なる場合でも全力で、というのを信条とするわけであるが、同時にそれが長い目で見て正しいとは限らない事も理解している。そして自分よりソラの方が大局的な視点を持っているだろう事も。なので現状がまだ不明瞭な事を踏まえ、ソラの意見に従う事にしたようだ。というわけで、それならと瞬が提案した。
『それならソラ。初手は頼んで良いか?』
『え? 俺っすか?』
『そうだ……お前同様、俺が最初にとあの人も思ってるはずだ』
おそらくこちらの力量をまだ見極めかねているが故に初手は譲るつもりなのだろう。瞬はおやっさんが動かない事をそう理解していた。
そして同時に、彼の視線というか気配の動きの比重がソラに比べて自身に向けられている事も理解。そこから彼の想定を見抜いて、それを上回るならどうするかと一瞬で考えたのである。そんな戦士ならではの指摘に、ソラが僅かに目を見開く。
『なるほど……了解っす。じゃあ、追撃は頼んます』
『ああ……<<雷炎武>>は使わないから、その点は注意してくれ』
『うっす』
エネフィアでは常用していたに等しい<<雷炎武>>であるが、あれは元々瞬が切り札として開発したものだ。この世界ではほぼ知られていないだろうと考え、彼は手札を温存する事にしたようだ。というわけで、そんな彼の言葉を聞きながらソラが地面を蹴る。
「はぁ!」
「っ!?」
おやっさんの顔に浮かんだのは、僅かな驚きだ。やはり瞬が見通していた通り、おやっさんも瞬が一番手を務めると思っていたらしい。僅かに虚を突く事が出来たようだ。が、やはり相手は一つ上の実力者。おやっさんはすぐに気を取り直す。そうして放たれる剣戟に、おやっさんは即座に両手剣を合わせた。
「ふっ」
「ぐっ!」
むちゃくちゃ重い。ソラは鋭く重い一撃を<<偉大なる太陽>>で受け止め、思わず顔を顰める。が、これにおやっさんは笑った。
「ほう……腕に多少は覚えがあるヤツとは思ってたが。俺の一撃を受け止めたか。良いな……じゃ、こんなのはどう、ってはやらせてくれねぇか!」
「おぉ!」
「良い速さじゃねぇか!」
一瞬で自身の背後に回り込んでいた瞬に、おやっさんはソラに叩き込もうとしていた蹴りの標的を瞬に切り替える。そうして瞬の放った槍に蹴りを叩き込んで軌道を変えると、今度は両手剣から左手を離して瞬へと殴り掛かる。
「っ」
引っ張られる。瞬はおやっさんの大きな手が迫り来るのを見ながら、自身が槍と共に引っ張られる感覚を得る。が、彼はすぐにその原因を理解。魔力で編んでいた槍の顕現を解除し、おやっさんの拳に向けて無数の槍を顕現させる。
「むぅ!?」
こいつは凄い技能を持ってやがる。おやっさんは瞬の放つ無数の槍に思わず目を見開く。特に彼の場合、この世界のカイトは魔力で武器を編む力は有していない――もしくは有していても鍛えていない――ためほぼほぼ想定していなかった一撃だ。完全に虚を突かれていた。が、そんな無数の槍に対して、彼はためらう事なく左手に魔力を収束させて殴りかかった。
「やっば! 先輩!」
「っ」
「すまん!」
瞬はソラが編み出した魔力の盾を足場にしてその場を離脱。その次の瞬間、彼の居た場所を魔力の拳が突き抜ける。そうして空振った自身の一撃に、おやっさんが笑った。
「まー、悪くねぇか」
「っ」
「させん!」
やべぇ。瞬から標的を自身に変えた事を理解したソラであったが、同様に標的が変わった事を察した瞬が即座に魔力で槍を編み出しておやっさんへと投射する。が、これにおやっさんが笑う。
「っと……一個良い事を教えてやるぜ。お前のこいつは俺が使う事も出来るんだよ!」
「いっつぅ!」
放たれる槍の一本を左手で引っ掴み放たれた一撃に、ソラは思わず顔を顰める。これで腕一本。彼の実力が窺い知れた。とはいえ、やはり彼とて他人が編んだ魔力の槍を強引に使っただけだ。全力には程遠かったし、ソラの腕も僅かにしびれる程度でしかなかった。というわけで自身の腕に伸し掛かった重みに対して、ソラは気合を入れて押し返した。
「おぉ!」
「っと!」
「先輩!」
「おう!」
ソラの意図を即座に理解した瞬は敢えて槍を消さず、ソラの声に応じて再度地面を蹴って空中に躍り出る。そうして彼が空中に舞い上がったと同時に、ソラが気合と共におやっさんを打ち上げた。が、これにおやっさんは上機嫌に笑っていた。
「やるじゃねぇか」
「ありがとうございます!」
「おう、良い返事だ! じゃ、来いや!」
自身に向けて放たれる鋭い一撃に両手剣を合わせ、おやっさんが吼える。そうしてそんな両者の戦いは十分程度に渡って繰り広げられる事になるのだった。
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