第2949話 はるかな過去編 ――城下町――
時の異常に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはこの時代を生き抜いていたカイトやその親友達と会合を果たすわけであるが、そこから紆余曲折を経てかつてのカイトが仕えていたシンフォニア王国の王様より直々に活動の自由と拠点の確保を約束される事になる。
というわけで、シンフォニア王国により保護されて数日後。彼らはようやく城下町に下りる事を許される事になっていた。そうして下りた城下町であるが、そこはマクダウェル領マクスウェルさながらの活気に満ち溢れていた。
「おー……本当に戦争中なのか? この国……」
「確かに……戦争中と聞いていたからもっと活気が無いのかと思ったが……」
ソラのつぶやきに、瞬もまた同じ様な感想を抱く。とはいえ、これは無理もなかったのかもしれない。二人が戦争について聞くとなると、それは大半がマクダウェル家の関係者たちからだ。
つまりそれは戦争も最終盤。カイトが集結させる直前に生を受けた者たちが大半で、最も悲惨な時代しか知らない者たちだとも言えた。無論、悲惨である事には間違いないのでそれでも問題はなかったが、この活気あふれる城下町の様子から印象がガラリと変わってしまうのもまた無理はなかった。
「シンフォニアは前線からかなり遠かったと聞いています。更には一度目の侵攻戦で大きな被害を受けた事から、最も対抗策が整っていた国でもある。活気溢れているのはそういう準備があったからこそ、なのでしょう」
「先のマクダウェル卿……カイト様のお父君と陛下が多くの貴族を説得し、重い腰を上げさせたのだ。その結果、備蓄も十分に確保出来た上に食糧難に備えた数々の施策も行われていたと聞く」
「そ、それはそうなんだが……少し恥ずかしいな」
まるで我が事のように鼻高々に語るイミナに、カイトはかなり恥ずかしげだった。とはいえ、同時に誇らしい事は彼もまた一緒だった。
「だが……ああ。父さんと陛下が必死に声を掛けてくれたおかげで、ウチやレジディア、七竜の同盟はここまで耐える事が出来ている。いや、父さんの言葉がなければ、今頃この大陸は魔族共の手中にあった」
「存じております……見事な啖呵だった、と」
「あはは……未来ってのは怖いな」
あの場での事はほとんど知られていないはずなのに。カイトはかつて自らの養父が再度の魔族の侵攻に対して楽観視していた多くの貴族達を前に言い放った言葉を思い出し、同時にイミナの時代にはそれが広く伝わっている事に苦笑する。そうして苦笑した彼は一転、気を引き締める。
「……ああ。だからオレは負けられない。父さんはマクダウェルの騎士として、舐めた事をしてくれた魔族共にマクダウェルの騎士が健在である事を示したんだ。ならば息子であるオレが……いや、オレとクロードの二人が奴らを追い返す。それがマクダウェルの騎士としての、幾度となく魔界の侵攻を阻止してきたオレ達の役目だ」
「……」
マクダウェルの騎士の役目。まっすぐにそう口にしたカイトに、イミナはこれこそが自分達の誇りなのだと押し黙る。そうして少しだけ沈黙が舞い降りるわけであるが、口を開いたのはなんとリィルであった。
「カイト……さん。一つ良いですか?」
「ん? なんだ? 一つと言わず何個でも良いが」
「もし魔族が悪人だけではないのなら、貴方はどうしますか?」
「ん? 魔族が悪人だけでないなら、って……そもそも悪人だけじゃないだろ」
「「「え?」」」
こんな時代かつ魔族の侵攻に何度も遭ってきた世界だ。そしてカイトこそこの時代に勇者と呼ばれ、二度も侵攻を阻止してきた男なのだ。魔族に偏見を抱いていても不思議はないはずなのに、あまりにあっさり悪人だけではないと口にしていた。
「ああ、そっか。そういえば君たちは知らないのか。あははは……あれ? イミナ……は知ってるのか?」
「え、あ……はい。勿論。すいません。私もあまりに当然の事なので普通にスルーしていました」
「どういうことですか?」
「ああ。マクダウェル家の開祖である騎士マクダウェル。この彼だが、半人半魔だと言われているんだ。実際クロードには膨大な魔力が受け継がれているし、マクダウェルの騎士は力を最大まで発揮した時には特殊な紋様が浮かび上がる。魔族の中にはそういう種族も居るしな」
それで魔族憎しとならなかったわけか。一同はリィルの問いかけに笑いながら答えたカイトにそう理解する。というわけで、そんな彼が苦笑気味に告げた。
「ま……そんな具合でチラホラ噂には聞くんだ。平和を好む魔族も居るってな……残念ながらオレはお目にかかった事はないが……もしそんな魔族が居るのなら、戦わないでも済むのかもな」
「では殲滅戦なぞ考えていないと」
「おいおい……オレは確かにマクダウェル家の生まれじゃないが、心はマクダウェルの騎士だぞ? 滅するべきは魔族ではない。悪しきを滅してこその騎士。そして騎士とは生まれや血筋で選ばれるものではない。騎士とは自らの行いにて騎士である事を示すものだ」
「「「っ!」」」
カイトがカイトであるのなら。そしてルクスがルクスであるのなら、おそらくこの二人が再び出会い親友となったのは何も偶然ではなかったのだろう。
かつて故国を追われ騎士の称号を剥奪されてなお騎士であり、騎士が何たるかをその行いを以って示し続けた男の在り方をリィル達もう一人のルクスを知る者は思い出す。
「な、なんだ?」
「いえ……妙に納得した、という所です」
「な、なんかよくわからんが……納得して貰えたなら結構だ」
「はい。とても」
だからこそカイトもまた聖剣と盾の使い手として選ばれたのかもしれない。このカイトが今のカイトの根底にあるのなら、勇者である彼もまた騎士であると言い切れるのだ。リィルは今更ながらカイトにも騎士の資格があるのだと納得していた。というわけでそんな一同に困惑気味ではあったが、そんな一同にカイトは少し恥ずかしげに告げた。
「まぁ……さっきの言葉は開祖のマクダウェル様のお言葉だ。やはり彼も謂れなき言葉を受けた事はあったらしい。だから、オレもそうあるべく努力してるし、シンフォニア王国の騎士はその言葉を胸に刻んでいる。ある意味、この国の騎士は皆マクダウェルの騎士と言っても良いかもな……未来でも、そうあって欲しいもんだ」
「必ず、そうなれるように尽力致します」
「おう、頑張れ。オレもそうなれるように頑張るからよ」
マクダウェルの騎士の在り方を改めて深く胸に刻み込んだイミナに、カイトは少しだけ恥ずかしげに告げる。そうして、そんな騎士としての在り方を語るという今のカイトを知る者たちからすると非常に珍しくも、この時代であればそれが当然のカイトと共に活気溢れる城下町を歩く事暫く。目的の空き家にたどり着いた。
「良し。ここが君たちの拠点だ。掃除とかは間に合っていないが……そこは許してくれ」
「いや……それで大丈夫だ。色々と確認しないといけない事もあるし」
「そうか……大変だろうが頑張ってくれ。ああ、一応家賃については問題ない。先日陛下が仰っしゃられていた通り、その点に関しては王国が持つ」
ソラの返答にカイトは改めて空き家を見る。空き家は豪邸とまではいかずとも、少し大きめの庭のある建物だ。大きめと言ってもマクダウェル家のような貴族が住んでいるだろうサイズではなく、多人数が暮らすには十分という程度だろう。そんな建物の外観を見ながら、カイトは更に説明を続けた。
「簡単に説明しておくと、ここは冒険者達が使っていた建物なんだが……まぁ、この建物を使っていた冒険者達は軒並みしょっぴかれてな。今は国が押収してる形になってるんだ」
「しょっぴかれた?」
「魔族共に内通していた貴族に与していたんだ。まぁ、早い話が王都で混乱を招こうとしたという所か。その拠点としてその貴族が用意したのが、というわけだな」
「なるほど……」
確かに貴族が用意していたのであれば、このサイズでも不思議はないかもしれない。しかも冒険者達というのだから、やはり多人数だ。ソラから見てこの規模は妥当と考えられた。
「ああ。それで押収したは良いけど取り壊すにも勿体ないしな、って話が出てた所だったんだ。それなら丁度よいって事で使ってくれってさ」
「そっか……改めてだけど……ありがとな。色々と」
「良いさ。未来で世話になってるっぽいからな」
「世話になってるっていうか世話されてるの俺らなんだけどさ……」
「そう言いつつ、オレは絶対に世話になってるさ」
多分その倍か三倍は世話になりっぱなしだよ、俺ら。ソラは笑うカイトに内心でそう返す。というわけで、彼は素直に受け入れる事にする。
「そか……なら恩に着る事にしておくよ」
「それで良い……まぁ、オレも城下町で近くを通った時には顔を見せる。また何かあったらその時にでも言ってくれ」
「あ、やっぱ城下町出歩いてるのか。街の人達も妙に親しげだったからそうだろうな、とは思ったけど」
「王城勤めではあるが、出入りは自由なんでな……って、やっぱり?」
「未来のお前も地位があっても平然と街を出歩いてるから」
「あ、あはは……」
それは成長していないと嘆けば良いのか、それとも変わらないと喜べば良いのだろうか。カイトはソラの返答になんとも言えない様子で笑うしか出来なかった。というわけで、彼は恥ずかしげに告げた。
「ま、まぁそういうわけだから、時々顔は出す。王都から出る事は無いんだろ?」
「基本はな。大精霊様からもお前の近くから離れるな、って言われてるし。ただ大精霊様を探す時にはちょっと離れるかも」
「それはもう仕方がないだろう。ん。まぁ、色々とあるだろうが、取り敢えず今日は部屋やらを整える必要もあるだろうし、何か必要な物は足りているかと確認しないといけないだろう。オレの方はこれからまた王城で仕事だが、夕方と明日も顔を出すようにはするから、何かあったらその時に言ってくれ」
どうやらカイトははじめ数日は世話役として動くように命ぜられたらしい。まぁ、準備の整わない内に襲撃され未来の技術が奪われても困る。なのでこの国最強のカイトが護衛を兼ねて差し向けらた、というわけであった。
「わかった。ありがとう」
「ああ……じゃあ、また夕方に」
「おう」
取り敢えず案内は終わったのだ。ならばカイトがこれ以上居る必要はないし、そもそも居る事も出来ない。というわけでカイトは去っていき、一方残ったソラ達はこの日と明日の二日に渡って空き家の大掃除に駆られる事になるのだった。
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