第2946話 はるかな過去編 ――東棟――
『時空流異門』。異なる時間軸。異なる空間に流されてしまうという非常に稀な現象。それに巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはその時代に存在していたというカイトやその親友にして唯一の好敵手であり、セレスティアの祖先でもあるレックス・レジディアという青年と会合を果たす事となる。
そこから紆余曲折を経てこの時代のカイトが仕えていたシンフォニア王国の王様との会合を経てひとまず拠点の確保と自由を約束して貰う事に成功したソラ達は、ここでの拠点が見付かるまでの間ひとまず王城にて世話になる事になっていた。
というわけで会議があるというレックスと別れ改めて王城の客室に向かう事になったのであるが、その前に客室があるという棟屋と同じ棟屋にあるという別室に立ち寄っていた。
「良し……例の物はここに収められている。後は頼めるな?」
「はい……ただおそらく時間は掛かるかと」
「それは構わないだろう。どうにせよ両軍とも、しばらくは動けないだろうからな。何よりオレ達とて即座に行動開始とはならないし出来ない……ってのは誰よりわかってるか」
「そうですね……惜しむらくは、という所ですが」
カイトの確認に対して、サルファは困ったように笑いながら同意する。というわけで一頻り話を交わした所で、サルファは改めて目の前の封印を見る。
「こちらはいつもどおり姉さんが?」
「ああ……流石なものだろう?」
「ええ……強固過ぎるほどに。これ、力技じゃどうやっても解除出来ませんよ。下手したらこの城が吹き飛んでも無事じゃないですか?」
サルファが見るのは、東棟の地下に続く階段だ。そこには強固な封印が施されており、その強固さは並外れた魔眼の使い手として知られる彼をして苦笑せざるを得ないものであったようだ。そしてカイトもまた苦笑を浮かべた。
「あはは……いや、マジでな。とはいえ、オレの全力にも応じられるあいつの結界と封印だ。万が一暴走が起きても問題無いだろう。無論、お前の眼もある。暴走したとて問題はないと思われるがな」
「ええ……暴走は起こしませんし、起こさせません。起きない程度であればあまり良くないのではありますが」
「そうだな……っと。長々と話したい所だが、ノワも待ってるだろ?」
「あ……そうですね。彼女をあまり長く待たせるわけにもいかない。では、失礼します」
ノワとは何者かはわからないが、兎にも角にもサルファはそんな女性を待たせているらしい。カイトの指摘にサルファは少し慌てた様子を見せてカイトが解除した封印の中へと入っていく。
「……後は頼んだ。良し。じゃあ、行こうか」
「は、はぁ……何なんですか? この強固な結界というか封印というかは……」
「君達が守った物の一つ……という所か。この中に収められている物が重要な物でね。詳しくは教えられないが、あの商隊はこの中の物を運ぶためにこの王城へやってきた、というわけさ」
「なぜわざわざここまで? レジディアという国じゃダメだったんですか?」
少しだけ苦笑するカイトに対して、瞬が重ねて問いかける。中の何かにはさほど興味はないが、ここまで強固な封印が施されるのは何故か、と気になったようだ。
「うん? ああ、そうか……確か君達は未来から来ていたか。なら、あいつの事も知らんか。いや、どうだろう……セレス。君はヒメアの事は?」
「っ……ええ。存じております。この時代……いえ、未来においてさえ並ぶ者のいない防御・回復系の魔術の使い手と」
一瞬だけセレスティアの顔が歪んだものの、それは考え込んでいたカイトにはバレなかったようだ。そしてそのおかげかこの言葉にカイトは苦笑の色を深めるだけだった。
「あー……やっぱり? まぁ、あいつの結界の腕は正直ぶっ飛んでるからなぁ」
「実際は如何程のものだったのか、と皆思っておりましたが……今の封印を見て納得せざるを得なかったです」
「あはは……あれでもまだ本気ではないんだ。本気だとあいつが居ないと入れなくなっちまうからな。かといってあいつが常に一緒に居るわけにもいかんから、しょうがない」
「あ、あははは……」
あれで本気でないんですか。あまりの強固さにこれは何が収められているんだ、と後の世の住人であるセレスティアが思うほどであったにも関わらず、これで本気ではなかったらしい。巫女として同様に優れた封印系の魔術の使い手でもある彼女もこれには苦笑を浮かべるしかなかった。
「まー、そういうわけだ。あいつ……ウチの姫様が使う結界で封印しておきたくてな。そうなると色々と考えるとあいつが一番馴染むシンフォニアの王城が良かった、ってわけ」
「はぁ……」
「まぁ、それはそれで良いだろう。君達が気にする事でもないしな……さ、こっちだ。ひとまず客室に案内しよう」
どうにせよ、ここに来たのは単にサルファの行き先が瞬達の行き先の途中にあったからに過ぎない。これ以上話しても答える事が出来ない事もあり、カイトはこの話題を切り上げて改めて道案内を再開する事にしたようだ。
というわけで改めて王城の本丸の東棟を歩いて行くわけであるが、そうして通されたのは品の良い客室であった。が、通された部屋を見てセレスティアとイミナが目を丸くしていた。
「ここは……」
「ここが、客室になる。東棟だから日当たりは抜群だ。昔ここで住んでたオレが保証する……どうした?」
「あ、いえ……実は私も未来の時代にここに来た事があったのです。それで妙に懐かしいというか変な気持ちが。変な話ですが」
「私も同じです……まさかここに案内されるなんて」
不思議な縁があるものだ。先に少しだけ触れられているが、この王城は後の世には遷都やらを経て廃城と化している。そこに帰り着いたカイトが比較的無事だった東棟に住んでいたわけであるが、それ故にこの今の王都が復興し学園都市となった後もこの東棟に関しては修繕こそされたものの外観や内装はほぼそのままだったのである。というわけで不思議な感覚を得ていた二人に、カイトは楽しげに笑う。
「そうなのか……それは面白いな。数百年先の未来にもこの部屋はあるのか」
「ええ……でもそれなら有り難くはあります。ある意味、住み慣れた場所のようなものですから」
「そうか……ま、城下町の方で拠点が見付かるまでの間だが好きにしてくれ。宿の手配、とは言ったが実際には空き家の手配になるだろうからな」
先に宿の手配を望み出たソラであったが、それはあくまでもあの場で申し出るのに丁度よいからそう申し出たに過ぎない。実際にはカイトらの意見も反映され空き家やら長期滞在が可能な宿が手配される事になっているので、そこらの手配も踏まえるとどうしても最低数日。下手をすれば何週間かここでの滞在は余儀なくされるのであった。というわけで、これにセレスティアは改めて頭を下げる。
「ありがとうございます……あ、そうだ。確か貴方は上で?」
「え? そうだが……え? もしかしてそんなのまで未来じゃ伝わってんの?」
「え、あ……はぁ。まぁ……」
セレスティアの言葉に恥ずかしげな表情を浮かべるカイトに、セレスティアは少し困惑気味に頷いた。まぁ、彼女らからすると廃城の賢者が元の部屋に住んでいた事はあまりに有名だったわけであるが、カイトからすると自分の私室の場所まで未来に伝わっていた事になるわけだ。恥ずかしげなのは無理もない事だろう。
「いや、まぁ、そうなんだが……流石に自分の部屋の在り処まで知られているのは恥ずかしいな。レックスのは?」
「あちらも勿論。貴方方が去られた後もそのままにされています」
「もしかして……観光名所みたいな感じ?」
「少し違うは違いますが……似たようなものではあります。無論誰でも彼でも入れるわけではありませんが。私やイミナは貴方方の子孫ゆえに、とお考え下さい。ここを知っているのもそれ故です」
「……歴史に名を残すって良い事ばっかりじゃないみたいだぜ、ダチ公……」
歴史に名を残す大英雄になるんだ。親友が大昔の子供の頃に口癖のように何度も口にしていた言葉を思い出し、カイトは苦い顔で笑う。というわけでもうこの話は努めて考えないようにしよう、と彼は首を振って気を取り直す。
「これ以上は考えない事にしよう……まぁ、そういうわけだから。オレは上に居るから、また後で案内する。取り敢えず何か足りない物が無いか確認してくれ。また後で人を寄越すから」
「ありがとうございます」
兎にも角にもまずは十分に泊まれるようにする必要がある。というわけで、恥ずかしげなカイトは少しだけ逃げるように客室を後にして、一方のセレスティア達は改めて客室の中を確認する事にするのだった。
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