第2939話 はるかな過去編 ――新たな日々へ――
謎の現象に巻き込まれ、セレスティア達の世界の過去の時代に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは商隊を救出した事に端を発しかつてのカイトの戦友にして親友にして、唯一彼が対等と認めるレックス・レジディアという青年と会合。彼の導きを受けて、この時代のカイトとの会合に成功する。
とはいえ、そんな彼は当然の事ながらもソラ達を知るわけもなく、しかしレックスの助言もありなんとか助けを貰う事には成功。状況が改善されるまでの間の拠点を用意して貰える事になっていた。
というわけで、その拠点を探してもらえるまでの間一同はカイトが率いていたという『青の騎士団』の拠点にある客室を臨時的に使わせてもらう事になり、カイトの従兄弟叔父であるラシードに案内されてそちらに入っていた。
「ここが客室だ……まぁ、しばらくの間だけど大将が部屋見付けてくるまで好きにしてくれや」
「すいません、何から何まで……」
「あぁ、良いって良いって……それに礼を言うならレックス殿下にしておいてくれ。俺らは殿下の頼みを受け手探してるってだけだからな」
「はぁ……」
ソラの礼に対して、ラシードは一つ首を振る。案内された客室であるが、どうやらこれはエネフィアの冒険者のパーティが使う部屋に近い様子だった。入ってすぐに談話室があり、そこからいくつかの寝室に繋がる形だ。というわけでラシードから部屋の簡単な使い方をレクチャーして貰う一同であったが、そこでふと瞬が疑問を呈する。
「ラシードさん。一つ良いですか?」
「なんだ?」
「台所はわかりましたけど……食材はどうすれば?」
「ああ、それか。いや、確かにそりゃそうだよな。おたくら好き勝手に出歩けるわけじゃないし……」
当たり前というか何を今更の話であるが、瞬らはここでは身分証明さえ出来ない根無し草だ。今回はレックスの同行者という形で王城に入れたが、普通なら入る事なぞ出来るわけもない。
というわけで出たが最後王城に戻れるわけもなく、買い出しに出掛けられるわけもなかった。もちろん、そんな形なので王城から食材が支給される事もない。施設を与えられてもどうすれば、というのは当然の話であった。というわけでそういえばと思ったラシードは少し考え、口を開いた。
「そうだな。それに関しちゃなんとかする。まぁ、どうせ陛下にゃもうバレてるんだろうから、なんとかなるだろう」
「大丈夫なんですか、それ」
「大丈夫大丈夫。殿下が招き入れ、ウチの大将が許可したってんなら陛下は何も仰っしゃらない。会わせろぐらいは言ってくるかもだけどな」
それはそれでかなり有り難くないんだが。瞬はラシードの言葉にそう思う。とはいえ、王様にバレても追い出されないだけまだ有り難いといえば有り難かった。というわけで何も言われないならそれで良いが、それはそれで良いのだろうかと思わないでもない瞬は生返事だ。
「は、はぁ……」
「まぁ、兄さんらが気にするべきなのはそれよりこれからどうするか。どうやってここからあんたらの時代に戻るか、って所だろう。大精霊様のお力をお借りするにしても、色々とやらにゃならん事は多いぞ。普通に移動したりする程度なら大丈夫だろうが、魔族達が居る領域を突っ切ったりするならもっと鍛えないとダメだしな」
「魔族?」
「ん? 兄さんら、未来から来たなら歴史は勉強してんだろ?」
なら今がどういう状況かわかってるはずだ。小首を傾げる瞬に、ラシードが何を今更という様子で問いかける。とはいえ、そんな彼はすぐにあ、っとなる。
「あ……そうか。すまん。兄さんらの時代じゃほぼ魔族は居ないのかもなのか。まぁ、魔族共は強いぞ。もし可能性がある、ってんならまた俺らの所に来なよ。支援は出来ないが、鍛えてはやるからよ。兄さんらの様子じゃ転移術とかも使えないだろ? あれが無いと高位の魔族相手にゃ話になんねぇからな」
「て、転移術……」
それが高位の魔族と戦う上で前提になるらしい。その高位の魔族が如何なる者かはわからない瞬であったが、転移術の困難さは彼らだからこそ理解出来る。そしてならば今の自分達でさえ到底勝てないような猛者だというのはよく理解できた。というわけで、鍛えてくれるというのならと瞬はその申し出を有り難く考える事にする。
「その時にはお願いします」
「あいよ……で、飯に関しちゃこっちでなんとかしてやるよ。兄さんらも見ず知らずの土地で何もわからない奴らから飯を振る舞われるのは怖いだろ?」
「ああ、いえ……そういう事は……」
「あはは……ま、そういうしか無いってのはわかるけどよ」
流石に自分の前で信用できません、というのは言えないだろう。瞬の返答にラシードはそう笑う。というわけで一通り説明やら今後についての話が終わった所で、ラシードは食材の手配をしてくれるという事で去っていった。そうして彼を見送って、ソラが一息つく。
「ふぅ……なんとかなってはいる、って所っすか」
「そう……だな。良くも悪くもカイトとレックスさんが居てくださったのが幸いしたか」
「そうっすねぇ……」
何が目的で自分たちを助けてくれたかはわからないが、兎にも角にもレックスと出会えカイトとある種の再会を果たせた事は幸いだっただろう。一同はそう思う。そしてどうやら、そう思っていたのは彼らだけではなかったらしい。なんとか最悪は免れそうだ、と安堵していた一同の所に声が響いた。
『聞こえ……か?』
「「「え?」」」
『む……調律が上手く……か。吾の声……』
響く声はか細く、ところどころにノイズが走っているかのようにぶつ切りだ。そのせいなのかはたまた別の要因か、老人か若者か。それどころか男か女かさえわからない状態だ。が、相手の方もそれはわかっているらしく、何度か語り掛けようとしてはなにかを行っている様子があった。
そうして一同が困惑する事しばらく。何度かの調整の後、かなり小さな声ではあったもののはっきりとした言葉として聞き取れるようになる。
『むぅ……音を上げようとすると今度はノイズが入るか……まぁ、仕方がない。主様を中継機としてはいるが、その主様にも下手に繋がれぬ特殊な時代じゃからのう……では、改めて。聞こえておるか? 聞こえておるな?』
「あ、あぁ……誰なんだ?」
少なくとも声に敵意はないし、なにか害を為すという様子もない。そんな謎の声にソラが問いかける。
『大精霊の一角……と考えよ。間違いではない』
「大精霊?」
でも聞き慣れない声だ。ソラは一応は全員を紹介されていると思っていればこそ、響く時乃の声に困惑を隠せなかった。が、これに瞬が口を挟んだ。
「そういえば大精霊達は世界によって性格や姿が変わるんじゃなかったか? 俺達が知っているのはあくまでもエネフィアの姿……なら、これはこっちの声なんじゃないか?」
「あ、なるほど……」
『……まぁ、それで良い。兎にも角にも主様……お主らの知る時代の主様と誼を結ぶ大精霊の一柱じゃ』
実際には時乃を筆頭にした高位の四人はどの世界、どの時代においても姿も性格も変わらないのだが、ここで時の大精霊等の存在を語るわけにもいかない時乃はひとまずその誤解をそのままとしておく事にしたようだ。そして彼女自身、長話が出来る状況でもなかった。
『兎にも角にも時間が無い。手短に話す……その時代はかなり特殊で、吾の助力が上手くいかぬ。声があまり届かぬのもそれ故じゃ』
「特殊?」
『うむ……詳しくは長くなるので省くが、かなり特殊じゃ。幸いな事に本来は起き得ぬが起きた事象であるがゆえにお主らの存在が弾き出される等は無いがの。その意味では一安心という所じゃろう』
「お、おぉ……」
何がなんだかはさっぱりであるが、兎にも角にも自分達が即座にどうこうなるというわけではないらしい。ソラは時乃の言葉にそう理解する。というわけで、彼は最も重要な事を問いかける。
「なぁ……俺達はこの時代から戻れるのか?」
『それは戻れる。お主達がその時代におれるのはあくまでもその時代にお主らが存在せねばならぬから、と考えても良い……いや、ここらの議論はそれこそ卵が先か鶏が先かの議論になってくるので省くがのう』
「存在しなければならない?」
『聞き流せ。兎にも角にもその時代、その場所にお主らは存在せねばならぬ……まぁ、幸い趨勢に影響するほどの事ではないのでおらぬでも良いのじゃろうが。が、おらねばならぬ以上、そこにおらねばならんじゃろう』
よくはわからないが、兎にも角にも自分達はこの時代に来なければならなかったという事なのだろう。ソラは時乃の言葉をそう理解する。
「あ、あぁ……取り敢えず戻れる……で良いんだよな?」
『うむ。再度になるが、それは間違いない……が、申し訳ないが、すぐには戻せぬ』
「どうして?」
『先にも言うたが、その時代は非常に特殊じゃ。そも、現状のお主らは時渡りという非常に稀な状況になっておる。本来、そのような事は起きぬのじゃが……まぁ、色々とあると思え。そして色々とイレギュラーな事象が起きておるが故、すぐには時を渡らせられぬのじゃ』
確かに時を渡る事が可能かと言われればソラ達にも不可能に近いだろうということは理解出来る。そしてそれが大精霊達にとっても同じだ、と言われればまぁ、わからないではなかった。というわけで、戻れるは戻れるが色々と難しいのだとソラは認識。それなら、と話を進める。
「ならどうすれば良いんだ?」
『しばらく待て。どれぐらいかは……うむ。すまぬ。言えぬ。お主らはわからぬじゃろうが、いわばその世界の未来に属する話になる。それを言うてしまいお主らが下手を打つと、今度こそ戻れぬようになる。更にはより悪い事態にも』
「より悪い事態……?」
『世界の崩壊じゃ。その時代は本当にめんど……いや、厄介な時代での。下手を打つと世界が……エネフィアや地球だけではなく、お主らに無関係な全ての世界丸ごと滅びかねん。故に教え、未来が、因果が書き換わらぬように教えられん』
「……」
どうやら自分達はそんな時代に来てしまったらしい。一同は時乃の言葉にそう思う。と、そこでまで語った所でか細く聞こえていた声が更に掠れてきた。
『む……ダメ……か。これ以上は……ちっ。流石に存在せぬ時代……取り敢えず! なんとか生き延びよ! ただ主様を中継機としておる関係で離れると捕捉できなくなる! 良いな! 主様からあまり遠くへ行くではないぞ!』
最後はかなりノイズ塗れではあったものの、兎にも角にもカイトの傍からあまり遠くへ行くなという事ではあったらしい。そうして、それを伝えると時乃の声は再度聞こえなくなってしまうのだった。
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