第2936話 はるかな過去編 ――白き姫――
冬も近づいたある日の事。冬前最後の大依頼を請け負ってその支度に勤しんでいたソラ達であったが、不可思議な現象に巻き込まれ謎の場所に飛ばされてしまう。そうして飛ばされたのはセレスティア達の世界の更に過去の時代であった。
そんな状況に困惑しながらも付近で起きた商隊への襲撃に介入した事により、セレスティアの祖先にしてかつてのカイトの好敵手であるレックスと会合。彼の導きを受け、この時代のカイトに会うべくシンフォニア王国の王都へとやって来ていた。そうして出会ったのは、カイト率いる『青の騎士団』の副団長であるラシードという壮年の騎士であった。
「ってな具合で今団長はレックス殿下の報告を聞いててな。ちょいと時間が掛かっちまうってわけさ」
「報告……そういえば殿下も仰っしゃられてたんですけど、なにか良い報告が、って……なんなんですか?」
「ああ、そいつか……あー。まぁ、誰もが予想してるだろうあれだ」
あはははは。笑いながらわかるだろう、というラシードであるが流石にこの世界の住人でさえないソラ達には一切わかるはずもなかった。そしてこの様子だ。何かを聞く事も難しかった。と、そんなわけで愛想笑いを浮かべる一同であるが、ラシードは唐突にため息を吐いた。
「ま……そうなるとヤバいっちゃヤバいんだがねぇ」
「ヤバい?」
「っと……すまないな。今のは忘れてくれや。まぁ、もしお前さんらが騎士団に所属するなら、聞く事もあるだろうけどな」
やれやれ。そんな様子でラシードは肩を竦める。と、そんな事をしていると、王城の方から割れんばかりの拍手が響いてきた。
「何だ?」
「ああ、やっぱり例の件だったか」
「ってことは朗報、って事で良いんですか?」
「そりゃそうさ。朗報は朗報だ……なんだけどなぁ……」
いよいよこれは本気で面倒が起きるパターンを考えにゃならなそうだ。ラシードは割れんばかりの拍手と喝采を遠くに聞きながら、険しい顔だった。どうやら先の懸念事項が気になって仕方がないらしい。と、そんな彼にイミナが問いかける。
「……何かあられたのですか?」
「うん? お前さん、出身どこ?」
「私はシンフォニアですが……それがなにか?」
「それはわかってる。言葉がシンフォニア訛りだし……でも王都じゃないだろ? そっちの嬢ちゃんに関しちゃレジディア出身だろうしな。そっちの兄さんらは……そういや訛りないな。いや、こりゃどうでも良いか。取り敢えず姉さんは王都じゃない。こりゃ間違いない」
どうやらラシードには訛りから二人がそれぞれシンフォニアとレジディアの出身である事を見抜いていたらしい。そしてこれはイミナもわからないではないとわかっていたようだ。頷いた。
「まぁ……そうですが」
「なら、知らないってだけさ。王都に長く居りゃ必然聞いた事があるだろうからな」
「はぁ……」
どうやらラシードの懸案事項は王都ではかなり有名な話であったらしい。そしてこういった話は普通は話されない。なのでラシードも誰が聞いているかわからない、と口にはしなかった。
「ま、そりゃ良いや。取り敢えず姉さんとお嬢ちゃんはどこ出身かわかるんだけど、兄さんらは? 珍しい装備だらけみたいだが」
「あ、俺達は東の方の島国出身です。連合王国とかよりもっと東の……」
「ああ、海を越えた先にあるっていう? あ、名前がなんか珍しいのってそれで?」
「あ、はい。そうなんですよー」
完全に咄嗟に口を突いて出たでまかせだったのだが、どうやら幸運にも上手く行ったらしい。ソラは驚いた様子を見せたラシードに大慌てでそれを肯定する。これにラシードは感心した様に頷いた。
「へー……兄さんら、よくもまぁ、このご時世にわざわざこの大陸に渡ってきたもんだ。まぁ、殿下が連れてきた、ってんだから伝説の龍の一族かと思ったけどな」
「伝説の龍の一族?」
「ああ。伝説……創世龍の伝説に記された一族だ。創世の龍の血を引く二つの龍神の一族。その片方で出てくる名前は兄さんらみたいな名前だったもんでさ。殿下ならあり得るかも、って思ってた所だ」
「いや、まさか。そりゃないですよ」
「だろうな。伝説の一族ならそんな弱いわけないだろうし」
「ぐっ……」
そりゃそうなんっすけど。ソラはラシードの何気ない一言に思わず言葉を詰まらせる。とはいえ、ラシードに悪意がなかったこともまた事実だし、彼も何も悪口として言いたかったわけではないらしい。ソラの様子にすぐに謝罪する。
「あぁ、悪い悪い。何も兄さんが弱いって話じゃない。ただ神様ならもっと強いんだろう、ってだけだ。完全に憶測だけどな。これで兄さんらがもっと力を隠してました、ってなら俺は笑い者なんだけどさ」
「あ、あはは……」
すんません。多分測られた分が全部だと思います。ソラは楽しげに笑うラシードに内心でそう思いながら、愛想笑いを浮かべるしかなかった。と、そんなこんなでそこからは穏やかな雰囲気で話が進んでいくわけであるが、扉が唐突に開かれた。
「カイトー。戻ってるー?」
「「「っ」」」
「っと……姫殿下」
ノックもなく入ってきたのは、本来の姿のティナと並び立ってさえ見劣りしない金髪碧眼の美女だ。その美しさはもはや数多の美女達を突き放す領域で、数多の美姫達を見てきたはずのソラ達でさえ息を呑み呼吸を忘れるほどであった。
と、そんな彼女を見るなりラシードは即座に椅子から降りて跪く。が、一方の彼女はラシード以外も居た事に驚いた様子を見せて問いかけた。
「……あれ? もしかして……」
「……はい」
「し、失礼しました……」
どうやらこの美女は自分がノックもせずに入ってきた事をわかっていたらしい。というわけで、らしからぬ行為を見ず知らずの者たちに見られ非常に恥ずかしげだった。そうして彼女は気を取り直す様に、一つ咳払いする。
「ん、んん……ヒメア・セレスティア・シンフォニア。大変失礼いたしました。どうか、お忘れくださいますよう」
「「っ!?」」
その名は。セレスティアとイミナの二人はヒメアと名乗った美姫の名乗りに、思わず目を見開いて息を呑む。そうして二人が大慌てで跪いた。
「申し訳ございません。姫殿下とは思いもよらず……」
「如何な処罰も覚悟しております。何なりとお命じ下さい」
「いえ、構いません。唐突に入ってきたのは私の方。謝罪すべきは私です」
セレスティアの謝罪とイミナの言葉に、ヒメアははっきりと首を振る。そうして今の一幕は完全になかった事として、ヒメアはラシードに問いかけた。
「ラシード。我が騎士にして貴公らの団長は?」
「まだお戻りになっておりません。が、姫殿下がいらっしゃっている所を見ますに、もう暫くかと」
「そうでしたか。お騒がせ致しました」
「いえ……何か御用が?」
「少々、内密な話となります。客が来ている場で話すのは相応しくありません」
すげぇ。今の一幕がありながら完全に平静を取り戻してる。ソラはヒメアが完全に王族としての威厳を取り戻して話している様子を見て思わず感心する。
「かしこまりました。そうお伝えしておきましょう」
「ありがとうございます。では、失礼致します」
流石に先程の今であのままこの場に居座るのは良い事ではないとヒメアは判断したらしい。その場を後にして去っていく。と、部屋を後にしようとする彼女へと、ラシードが跪いたまま声を掛けた。
「……姫殿下」
「……何か?」
「あまり迂闊な事をなさいませんよう」
「……なんの事でしょう」
「……」
貴方が一番わかっているはずだ。ラシードはヒメアの問いかけに対して無言を貫く。そうして次の瞬間だ。ソラ達は思わず息を呑む。
「……心得ております。では、今度こそ失礼致します」
きぃ、ぱたん。小さな音と共に開いた扉が、同じく小さな音を立てて閉じられる。そうしてひりつくような沈黙の中。ラシードはやれやれと口を開いた。
「はぁ……すまないな、兄さんら。ちょいとお目付け役の仕事ってのがあってな。知ってるだろうが団長と姫殿下は幼馴染でな。陛下からちょっと姫殿下のお目付け役も頼まれちまってんのさ。ああして時々お小言やらないといけない、ってのは面倒なんだがねぇ」
今のはお小言程度で迸る殺気じゃなかった。ソラ達は僅かにヒメアから溢れていた殺気についてそう思う。が、これ以上は聞くな、というラシードの背に一同は何も言えなかった。と、そんな彼が場の空気を一変する様に笑った。
「っと、そうだ。兄さんら、悪かったな。姫殿下……ああ、ヒメア様はああやって時々ウチの所にひょっこり顔を出すから、気にしないでやってくれ。ヒメア様もストレスが色々と溜まってるんだよ」
「は、はぁ……」
どうやらソラ達が跪かなかったのは跪かなかったのではなく跪けなかったと思われた――事実そうだったのだが――らしい。
と、そんなわけで場の空気が一変する前に、再び扉がノックもされず開く事になった。が、次に入ってきたのはソラ達がよく見知った人物とつい先ごろ知り合ったばかりの青年――ただし浮かぶ顔は全く違ったが――だった。
「はぁ……うっぜぇ。マジでうっぜぇ」
「そう言うなよダチ公! やっとだぞ!? 今日一日ぐらい良いだろ!?」
「だからってオレに絡むなや!」
「お前に絡まないで誰に絡むんだよ! ほら、お前も最後の一歩を踏み出せ!」
「出来るかぁ!」
「お、やる気はあるのね」
「っぅぅぅぅ!」
ソラ達がよく見知った人物ことカイトは友人とのふざけ合いを楽しむレックスの言葉に顔を真っ赤に染め上げる。
「てんめぇ!」
「うぉ! おまっ! 王族だなんだ言うなら俺も王族だぞ!」
「知るか!」
「「「……」」」
部屋に入ってきたのに何故か他の面々を置き去りにして行われるじゃれ合いに、ソラ達は誰もが呆気にとられる。そうしてじゃれ合いにしては殺意高めの殴り合いが繰り広げられるわけであるが、その前にラシードが口を挟んだ。
「あー……団長? 殿下も。客来てますぜ?」
「あ?」
「あ、忘れてた」
どうやら呼んでおいてレックスはソラ達の事を完全に失念していたらしい。というわけでじゃれ合いは終わり、改めてソラ達はカイトと会合を果たす事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




