第2932話 はるかな過去編 ――王都――
執務室で仕事をしている最中に起きた謎の現象により、未知の場所に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは困惑を横にして一旦近くで起きていた魔物と商隊の戦いに介入したわけであるが、そこに更にやって来た騎士達との会話からこの世界がセレスティア達の世界の、しかも過去の世界である事を知らされる事になる。
そんな状況に困惑を得る一同であったが、色々と疑問は残る事になりはしたものの、この時代のカイトとの合流を目指してひとまずは商隊と共にシンフォニア王国の王都を目指す事になっていた。
「……」
「何を考えてらっしゃるのですか?」
「んー……さっきの旅人のこと」
赤揃いの鎧を身に纏う騎士の一人の問いかけに、改めて黒馬に跨がり商隊を守る様に動く自らの騎士団から少し離れていたレックスはソラ達の乗る馬車を見ながら答える。これに、騎士は僅かな警戒を露わにする。
「まさか……奴らで?」
「あぁ、違う違う。それは無い無い……魔族が化けてるなら俺がわからないはずないだろ。そこまで幸せボケしてないって」
「はははは。それは良かった……では何か?」
やはり騎士は身内だからだろう。レックスは先の王族としての優雅な笑顔ではなく、普通の若者としての笑顔が浮かんでいた。そんな彼は自身が気になっている事を口にする。
「あのさっきの赤い髪の子が気になってな」
「ああ、先程の……確かに美しい少女ではありましたな」
「まぁな……って、勿論だから気になるってわけじゃないぞ?」
「存じております……では何が?」
基本的な話として、騎士達とレックスであればおおよそ全性能はレックスが数段上回っている。というわけで、騎士の再度の問いかけにレックスは隠す事なく答えてくれた。
「いや、実はあの子……最初レイラに見えたんだ」
「レイラ様に? いや、そういえば確かに……」
レイラというのはレックスと同じくレジディア王国の王族に属する女の子の事で、早い話がこちらもまたセレスティアの祖先と言って良い。レックスと騎士が似ていると思ったのも無理はなかった。
「もしや殿下が急いで駆け出されたのも?」
「ああ。流石に身内が襲われてるとなると、急がないとな」
「ですがレイラ様は」
「そう。そもそも王都に居るはずだから、こっちには居ないはず……そこらも気になってたから聞こうとは思ったけど、別人だった。でも妙に似すぎてるんだよ」
それでずっと考えていたのか。騎士はそう思う。事実、彼も指摘されて思い出してみれば妙なほどにレジディア王族の血筋を感じさせる様子があった。これについては事実そうなのだから当然だが、逆にだからこそ二人は違和感を感じずにはおれなかった。
「まさか……どこかの落胤で?」
「それは俺もわからないが……うん。多分違うな」
「はぁ……」
自身の数歩先で物を考えるレックスだ。彼がそういうのであればおそらくそうなのだろう。騎士は少しだけ楽しげに笑うレックスの返答に生返事だ。そんな彼に、レックスは告げた。
「彼らに色々とおかしな点は多いんだ……例えばさっきのソラと名乗った少年。あいつの持ってた武器見たか?」
「申し訳ございません。彼とはまだ」
「そ……彼の持っていた剣は間違いなく神剣だ」
「神剣……」
「神剣使いの少年なんて俺らが知らない事あるか? 更に言えば瞬という少年。彼が手にしていた槍は魔槍の類だ。こっちもこっちで腕利きだ……さっきの赤髪の少女なんて俺らが聞いた事がない方がおかしいほどの腕利きだ。武器に至っちゃ概念系だぞ」
ここまでとんでもない集団なのに、俺達は知らないんだ。レックスは自身の感じている何よりもの違和感について口にする。そうして、彼ははっきりと明言する。
「な? 考えれば考えるほどおかしい。俺とカイトは戦力という戦力をかき集めた……なのに彼らを知らない。色々とおかしすぎるんだ」
「……どうお考えで?」
「んー……最後に一つだけ確認出来れば、答えは見える」
「そ、そうですか」
どうやらもうレックスには答えがいくつかに絞れていたらしい。相変わらずといえば相変わらずなのであるが、騎士は彼の知性に舌を巻くしかなかった。
というわけで、まさかと思いながらもそうであったら面白いな、と上機嫌なレックスはその答えを確かめるべく楽しげに笑いながら愛馬に跨って進んでいくのだった。
さてレックスに答えまでたどり着かれているなぞ知る由もないソラ達はというと、キャラバンの申し出に乗っかる形で馬車に同乗させて貰っていた。そんな馬車の中で、瞬がふと問いかける。
「にしても……この世界。この時代のカイトか……どんな人物だったんだ?」
「彼もまた勇者でした。これより向かう……いえ、すでにここもそうですが、故国を滅ぼされただ一人放浪。諸国を巡ること一年……レックス様と共にたった二人で魔王を打倒した伝説の勇者。そしてその数年後。青の騎士団を率いて大魔王の侵攻を阻止し、それを打倒した八人の一人」
「魔王、か」
これだけ聞けば物語の勇者のようではあるが。いつものカイトの口ぶりからしておそらく違うのだろう。瞬は常日頃から勇者なぞ単なる肩書と口にするカイトを思い出し、そう思う。と、そんな彼にセレスティアは続ける。
「ただ……詳しい事はあまりわかっていない、と言っても良いかもしれません」
「どういう事だ?」
「私達からするともう何百年も昔の人物ですので……我々が知る伝説は<<廃城の賢者>>の伝説が大半」
「<<廃城の賢者>>?」
聞き慣れない二つ名が出てきた。瞬は勇者とは何も関わりのなさそうな名前に小首を傾げる。
「ええ……これよりおよそ三百年後。シンフォニア王国は一度荒廃する事となります。いえ、シンフォニア王国のみならず、レジディア王国を含めた七竜の同盟国すべてが、ですが……」
「同盟……そういえば先程のレックス殿下も友の国と言っていたな。あれは同盟国という意味なのか」
「おそらくそうでもあるでしょうし、カイト様の国という事でもあるのでしょう。レックス様とカイト様は親友と伝えられていますので」
カイト様、か。瞬は本来セレスティアはカイトの事を呼び捨てなぞではなく様付けで呼ぶ様に教育されていたのだろうと理解する。それはそうだろう。なにせこの世界におけるカイトは何度も世界を救った大英雄。そして彼女はそれが遺した武器を聖遺物として取り扱う巫女なのだ。本来はそれが正しかった。
「兎にも角にもその荒廃に伴い、これより向かう王都は崩壊。王城は廃城となりました。そこに唯一人いらっしゃった事から、<<廃城の賢者>>と呼ばれる様になられたとの事です」
「カイトが居ながら、滅んだのか」
「居れば……そうですね」
「なにかあったのか?」
「……ええ。私やイミナはそれを知れる立場でしたから」
この時代のカイトの末路はセレスティアら巫女やそれに連なる者たちにとってはあまりに有名で、そしてあまりに酷い事だった。故に彼女はこれ以上語るべきか判断しかね、これ以上は語るべきではないと決めたようだ。何より状況がわからなすぎる。下手に歴史が改変される事態が起き得ると困るのは彼女らかもしれないのだ。
「いえ、それは良いでしょう。兎にも角にもこれより向かう王都にいらっしゃるはずです。まだ騎士だった頃の彼が」
「そうか……」
どういう人物かはわからないが、騎士かつ勇者というのだ。話ができそうであるなら良いのだが。瞬はそう思うばかりだ。そうしてこの時代のカイトについての情報を聞きながら、馬車に揺られる事数時間。
一同には何時頃に飛ばされたかはわからなかったのだが、どうやらまだ朝方の時間帯だったらしい。魔物達との数度の交戦を経て、昼頃には王都が見えてくる事となった。
「到着だ! 積荷を降ろすぞ!」
「よっしゃ! 仕事の開始だ!」
王都に着くと共に、商隊の男達が声を荒げて一斉に作業を開始する。そしてそれを横目に、クレイトンがやって来た。
「兄さんら、助かったよ。なんとか無事に王都までたどり着けた」
「いえ……お役に立てたなら幸いです」
クレイトンの感謝の言葉にソラが一つ首を振る。と、そんな彼にクレイトンが一つの小袋を差し出した。
「ほら、これ。隊長からだ。道中世話になった礼だとよ」
「良いんですか?」
おそらくエネフィアとこの世界の貨幣は全く違うだろう。下手をすると数百年後のセレスティア達が持ち合わせる貨幣も違うかもしれない。そう考えこれからどうするか悩んでいたソラにとって、これは有り難い申し出だった。というわけで受け取った彼にクレイトンが小声で教えてくれた。
「まぁ、ここだけの話。実はこのキャラバンには王家への献上品もあってな。あれになにかがあったら一大事だったんだ。受け取ってくれや」
「そうなんですか?」
「ああ。レックス殿下が同行してくださったのもそこらがあったんだ」
単に一緒の行き先だから同行してくれたわけではなかったのか。ソラはそう思う。と、そんな事を話していると件のレックスがこちらに近づいてきた。
「皆さん、よろしいですか?」
「殿下」
「ええ……皆さんはこれからどちらへ?」
やはりそれを問われるよな。ソラはレックスの問いかけに内心そう思う。ここまでの道中でソラは瞬から勧誘された事を聞いている。それを考えれば、おそらくレックスとしてはこの時代のカイトに引き合わせたいのだと想像できた。それは彼らにとって渡りに船の話ではあるのだが、理由を問われれば説明する事も難しい。なので彼はすぐに当たり障りのない話を口にする。
「取り敢えずは宿を探せればと」
「ああ、それは確かに重要ですね……それでしたらどうでしょう。今宵の宿については私の方で手配させて頂きましょうか? 我が国の商隊が世話になった。一泊ぐらい世話をさせて頂ければ」
「え、いえ……そこまで世話になるわけには」
「構いませんよ。それにここらの地理には詳しくないでしょう? 下手にぼったくられるより良いかと」
「は、はぁ……」
やはりレックスは王族らしい強引さを持ち合わせていたらしい。柔和な笑みの裏に、そんな強さが見え隠れしていた。というわけで、これ以上断り続けるのもレックスの面子を潰す事になるとソラはお言葉に甘えさせてもらう事にする。
「えっと……それでご負担にならないのでしたら」
「はい……ただ案内に関しては流石に私は出来ない。人を手配します。このまま私達と一緒に来て貰えますか?」
「わかりました」
そもそも王族たるレックスがそのまま案内してくれるとはソラも思っていない。そしてここは他国だ。無闇矢鱈と出歩くわけにもいかないのだろう。ソラはそう理解すると、ひとまずはレックスの指示に従う事にする。というわけで、一同はレックスに従って王都の中央。王城へと向かう事になるのだった。
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