第2931話 はるかな過去編 ――赤き英雄――
どこか遠くの異世界に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らは困惑を得てはいたものの、近くで起きた戦いの気配に困惑や疑問を横に置いて魔物の群れに襲撃されていたキャラバンの救援を行う事とする。
というわけでキャラバンの救援を行った彼らであったが、その最中。エネフィアでも上位層に居るはずの彼らよりはるかに強い騎士団の介入により、戦いは終了する事になっていた。そんな光景を目の当たりにして愕然とする瞬に、声が掛けられた。
「……兄さん、殿下の戦いを見るのは初めてか?」
「え、あ……えっと」
「ああ。キャラバンの護衛隊の副隊長を務めてるサイモン・クレイトンだ。助かったよ」
「っと……いえ。偶然近くを通り掛かったものですから」
「そうか。幸運だったよ。思ったより群れが多かったからな」
瞬と握手を交わして、クレイトンは笑う。キャラバンの戦士達も中々の猛者だったが、如何せん魔物の数が多かった。しかも瞬達が知る同種の魔物達より一段階ほど強く、キャラバンの戦士達が強かろうと時間が掛かっても無理はなかった。
「で、兄さん……っと。殿下」
「っ」
クレイトンが跪くのを見て、瞬も慌ててそれに合わせる様に跪く。殿下、と呼ばれているのなら即ち王族に他ならない。ここがどこでこれからどうすれば良いかもわからない以上、ひとまずは跪いておくのが吉と思ったのだ。そうして跪いた三人――当然セレスティアも跪いている――の所に、黒馬に跨った真紅の男が現れる。
「クレイトンさん。ご無事ですか?」
「ありがとうございます。私に問題はありません。またキャラバンもこの者たちの助力もあり、被害は最小限に抑えられました」
「伺っています……彼らは?」
「旅の者……という事でしたが」
「えっと……瞬・一条です」
そういえばまだ名乗ってさえいなかった。瞬はクレイトンの言葉に続ける形で名を名乗る。それに真紅の男は王族の男にありがちな柔和で優雅な笑顔を浮かべて頷いた。
「そうでしたか……そちらは……」
「セレス・リオーネと申します。お見知りおきを」
「リオーネ……」
どこか驚いた様子で、セレスティアの名乗りに真紅の男が目を見開く。が、そんな表情は一瞬で鳴りを潜め、彼はすぐに頭を下げた。
「失礼しました。旅の方よ。我が国の商隊を助けて下さり感謝致します」
「あ、いえ……偶然付近を通り掛かったものですから。助けになれたのなら、幸いです」
「ありがとうございます」
どうやらこの真紅の男は王族の一角に名を連ねているのに間違いないらしい。我が国の商隊、と口にした事から瞬は内心でそう理解する。と、そんな彼の横。同じ様に跪いていたセレスティアが口を開いた。
「レジディア殿下」
「なんでしょう」
「殿下は軍を率いてらっしゃったのですが……近くで戦いが?」
「ああ、なるほど……これは失礼しました」
あれ。瞬は真紅の男が名乗った覚えはなかったのだが、と思う。まるで自分は知られていて当然。そんな様子さえあったし、この様子だとキャラバンの者たちが知っていた事から改めて名乗るまでもないと思っていたのかもしれない。
それはそれで礼儀としてどうなのだ、と思わないでもない瞬であったが、兎にも角にも名乗っていないはずなのにセレスティアは名前を知っていた様子だった。しかもそんな彼女の問いかけに、真紅の男は何かを理解したのか優雅に笑って首を振る。
「いえ、そういうわけではありません。確かにこのご時世で同盟国とはいえ他国で軍を率いていればまた戦いか、と思われても仕方がありませんね。私の立場もありますし……」
「申し訳ございません」
「いえ。貴方のご疑問は当然の物です」
なるほど。そう持っていったのか。瞬は色々と疑問はあったものの、真紅の男とセレスティアのやり取りでこの商隊と真紅の男は別国の出身で、そして今が戦乱の時代なのだと理解する。この二つを理解できていられるだけで色々と変わってくるのだ。というわけでセレスティアの疑問を当然と受け入れた真紅の男であったが、そのまま首を振る。
「ですが、此度は戦いのために友の国に参ったわけではありません。私事ではありますが、必ずや皆様にも吉報をお届け出来るかと」
「そうでしたか。楽しみにしております」
「ありがとうございます……にしても、不思議な方だ。初めてあった気がしない」
「ありがとうございます。ですが残念ながら、お会いしたのは初めてです」
「私も、そう思います。これでも記憶力は良いので……っと、そうだ。失礼しました。私はレックス・レジディア。レジディア王国第一王子。以後、お見知りおきを」
今まですっかり名乗っていなかった。レックスと名乗った真紅の男はやはり王族らしく、優雅に一礼する。これにセレスティアが僅かに気配を揺らしたのを、瞬は確かに感じ取った。そして勿論彼が気づいた以上レックスも気付いただろうが、彼はそれを気にせず話を進める。
「それで皆さんはこれからどちらへ?」
「王都へ向かおうと思い、旅をしておりました」
「もしや……募集を見て下さりましたか? それならば有り難い。皆さんほどの腕を持つ戦士が来てくれるなら、友も私もこれ以上ない喜びです」
「え?」
そこまでは考えてなかったぞ。喜色を浮かべるレックスの言葉に、今までこの世界の常識を知っていて当然と応じていたはずのセレスティアはここで初めて困惑を露わにする。
とはいえ、やはり役者が違うらしい。レックスはそんな様子にまるでそうに違いない、という様子を見せながら驚きを見せつつ問いかける。
「違うのですか?」
「あ、いえ……申し訳ありません。募集に関しては我々もそこまで深く考えておらず……まさか殿下にそこまで熱心に勧誘して頂けるとは。思わず驚いてしまいました」
「そうでしたか」
今の流れで相手が王族も第一王子で断れるわけがない。瞬はレックスが役者を見せ自分達を引き込もうとしている事を理解する。しかもたちが悪いのは、最後は自由意志だと暗に告げている所だろう。断れない様にしつつ、断っても良いと言っていた。断れるはずもないのに、だ。
「良ければどうですか? 皆さんでしたら我が騎士団でも問題は」
「殿下。流石にマクダウェル卿にも陛下にも立場がございます。募集をしているのを理解されているのでしたら、他国での勧誘はお控え下さい」
「っと……これは失礼しました」
他国の住人を平然と勧誘しないで欲しい。どうやらこの国の者らしい騎士の言葉にレックスは一つ謝罪する。
「いえ……差し出がましい事を申しました。お許しを」
「いえ、貴殿の言葉が正しくあります。私こそ申し訳ない……ですが、皆さんが募集に参加してくださるのを期待しているのは事実です。是非、御一考下さい」
騎士に改めて謝罪したレックスであるが、その後再度今の勧誘の言葉に嘘偽りはない、と口にする。そうして彼はお目付け役らしい騎士と共に去っていく。それを見届け、今度はクレイトンが口を開いた。
「ふぅ……いやぁ、嬢ちゃんすまねぇな。流石に殿下を前にしちゃ俺も緊張しちまって」
「いえ……私もこの通りです」
「うお……そりゃそうか。殿下だもんなぁ……」
手が震えその手も汗でぐっしょりと濡れているのを見て、クレイトンは仕方がないとため息を吐いた。今までまるで平然と話をしていた様に見えたセレスティアであるが、その実物凄い緊張していたようだ。逆に瞬の方が緊張していなかったほどである。と、そんなクレイトンの言葉に、瞬が思わず問いかける。
「殿下だもんな?」
「おまっ……当たり前だろ? 殿下だぞ? まさかシンフォニア王国でお会い出来るなんて……これ以上ない光栄だ」
どうやら悪名が轟いているというわけではないらしい。クレイトンの目に宿る歓喜の色に瞬はそれを理解する。そしてこれにセレスティアも同意した。
「そうです。まさかへ……殿下とお会い出来るとは」
「お前さん、気が早いタイプか?」
「あはは……」
「だけどわかるよ。このまま殿下が王様になってくれれば、レジディアも安泰だ。こんな時代だが……それだけで希望が持てる」
どうやらレックスは相当国民から信頼されているらしい。陛下と呼びそうになったセレスティアに笑いながら、クレイトンは自分も同じ意見だと口にする。と、そんな彼はすぐに気を取り直した。
「っと……そうだ。話がそれちまったな。お前さんら、これから王都に向かうんだろ? どうだ? 一緒に来るか? 助けてもらった礼……というわけじゃないが、馬車に席を用意するぞ」
「え、あ……すいません。有り難いお話ですが、一度皆と話して良いですか? 流石に俺の一存じゃ決めれないので……」
「そうだな……悪かったな、呼び止めちまって。一応出発までに俺かあっちの隊長に声を掛けてくれれば、席を用意する」
どうやらセレスティアの応答のお陰で、瞬らは自身がこの世界の異邦人と思われなくて済んだらしい。それはそれで良かったが、セレスティアがここがどこかわかっているとも思えない。クレイトンの申し出は渡りに船と言って良かった。というわけでクレイトンが離れた所で、瞬は問いかける。
「セレス。ここがどこかわかったのか?」
「ええ……はぁ。ですがそれ故、あまり状況はよくありません」
「どういうことだ?」
「取り敢えず、一度皆と合流しましょう。これからどうするかを含め、話し合うべきかと」
「それは……そうだな」
色々と気になる点があるが、どうにせよ全員で話さねばならない事に間違いはない。というわけで瞬はセレスティアと共にソラ達と合流する。が、合流して早々にセレスティアはイミナに問いかける。
「イミナ……どう思いますか?」
「かと……素直に信じられない気持ちが半分、正直に言えば感動している気持ちが半分です」
「貴方もですか……ですが、あの旗を用いられているという事。そして募集を掛けているという事から、間違いないのだと」
「……」
どこか感極まった様子で、イミナはセレスティアの言葉に無言で同意する。そんな二人に、ソラが問いかける。
「ここは二人の世界なのか?」
「そう……ではあります。ですが……状況は良くない」
「さっきもそう言っていたな? 二人の世界なら助けも求められるんじゃないか?」
「いえ……おそらく私達の世界ですが、同時に過去の世界です。私も、そしてイミナもまだ生まれていない。それどころか私の国はまだ存在していない頃です」
「だがレジディアというのは……」
「同じ名です。連合王国時代のレジディア王国……という所でしょうか」
「「「連合王国時代……?」」」
色々とわからない事は多いが、兎にも角にもこの世界は過去の世界らしい。にわかには信じられない事であったが、今はそれを前提として話を進めるしかなかった。というわけでこの世界の歴史は全くわからないソラ達に、セレスティアがざっと教えてくれた。
「ええ。いくつもの国が連合を作って、一つの王家とでも言いますか……統一王国を作っていた時代があったのです。連王……そう呼ばれていたそうです。が、今はその連王が力を失い、レックス殿下を筆頭にした方々が立て直しに奔走されていた頃です」
「レックス……あ。そうだ……思い出した。確かあの人って……」
「ええ。私のご先祖様です」
「「「んなっ……」」」
それは確かに過去だろうとしか言い得ない。自身こそがこの世界が過去である証拠。そんな確たる証拠を出されて、何かを思い出したソラ以外の一同は思わず言葉を失う。
「って、先輩何驚いてるんっすか。先輩も会ったでしょ」
「え?」
「『リーナイト』っすよ。カイトが話があるから、って連れてきた人……似てないっすか?」
「そういえば……」
詳しくは瞬もよく知らないが、確かにカイトから前世の友だと紹介されたレックスに非常に似ていた。今はまだ若いが、後数年分年齢を重ねれば間違いなく彼だろう。そう思えた。と、それを思い出してそれならとはっとなる。
「ということは……まさかこの世界にカイトが居るのか?」
「あ、多分……」
おそらく自分達の知るカイトではないだろうが、少なくともこの世界のこの時代にはカイトだった男が居るらしい。それに二人は僅かな希望を取り戻す。
「どうする? キャラバンから良かったら王都に一緒に来るか、という事だったが」
「えっと……セレスちゃん。ここ、どこだと思う?」
「おそらくシンフォニア王国……カイトの国かと」
「やっぱか……ってことは王都には?」
「彼も、いらっしゃります。基本彼は王宮務めでもありましたので」
なら答えは決まった。セレスティアからの情報に、全員が同意する。そうして、ソラが代表して――キャラバンの隊長と話してた事も大きい――キャラバンの隊長に同行を申し出、彼らはキャラバンと共に王都へと向かう事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




