第2929話 はるかな過去編 ――眠る――
秋の季節も終わりが近付き、四半期の決算が近付いてきた事や殺し屋ギルドの情報を掴んだ事等により暫くの間マクダウェル公爵邸にて決済処理を進める事になっていたカイト。そんな彼は暫くの疲れが蓄積したのか、幻聴を聞いてしまう事になる。
が、これについては体調管理を魔術で行う上で起きる事態であったし、間は悪かったものの不調の兆候と判断した彼はティナの助言もあり本体の精密検査を行うべく数日の眠りに就く事になっていた。
というわけで、ソラに自身の状況と今後を考え数日の間眠る事を告げた後。彼は眠るための場所を確保する事になっていた。
「ふぅ……やっぱここが一番かね」
今回カイトが行うのは通常は常時で展開している体調管理を行う魔術等を全部停止させ、メンテナンスを行うための睡眠だ。なのでそれに合わせて多くの防御用の魔術も停止してしまう事になり、基本的には自宅でさえやらないという魔術師は少なくなかった。そしてカイトも多くの来訪者があるマクダウェル公爵邸は使っておらず、選んだのは『もう一人のカイト』の屋敷だった。
「えっと……やっべ。久しぶり過ぎて使い方忘れちまってるな……」
前にティナ達が来た時にも述べられているが、この屋敷はかつてカイトが過ごした物よりはるかに手が加えられており、地球と比較してさえ数世代以上も先の文明の技術が用いられている。
なので一見すると品の良い単なる住宅に見えて、その実オーパーツの塊だ。というわけで屋敷の一室にはそれらを制御する制御室のような所があり、念のためそれらを起動するつもりだった。
「えっと……警備ロボットの運転開始……各種センサーオッケー……えっと……こっちは……なんだ? ああ、時空震の防衛システムか。こいつはオンにしとかないとな……後は……大半オンで良いか。いや、通信システムはオフのままで……良いか? まぁ、誰も送っては来れない状況だけど」
まだエネフィアの魔術文明でも地球の科学文明でも解き明かされていない現象やらにも対応出来るシステムの数々に対して、カイトは封印しておいたその当時の知識を頼りに起動していく。
実はカイトはこれら多くの現代では未知の技術や理論の多くを他者に教えられるレベルには理解している。が、それを良い事と思わなかったが故、必要な時以外は封印し彼自身でも取り出せない様にしていたのだ。
「ん。こんなもんか」
現状、自身の敵対者達がここに来れる事は無いだろうが、だからと言って警戒しなくて良いわけではない。というわけで備え付けられている多くの防衛システムを立ち上げると、彼は一つ頷いて作業を終わらせる。
「うん。良い天気……いや、良い天気にしてるだけなんだけど」
先程までエネフィアでは夕暮れ時であったのだが、この空間はカイトが制御しない限り――勿論この制御室では出来ないが――時間経過は起きない。
なので昼日中の状態が維持されており、常春の気候もあって木陰で昼寝をするにはちょうどよかった。とはいえ、今やりたいのは昼寝ではない。なので彼は外に出て、時間を変更する事にする。
「さて……どういう状況にするかね……」
「おや、主様。こっちに来るとは珍しい。何事じゃ?」
「ん? ああ、時乃か」
後ろから掛けられた声にそちらを振り向けば、立っていたのは時乃だ。基本この家にも大精霊達は好き勝手に顕現する。しかもマクダウェル公爵邸等とは違ってバレてはマズい者に見られる心配もないので、時乃ら高位の四人組も好き勝手に顕現出来るのであった。そう言っても、顕現しても動き回るかは話が別ではあるのだが。
「何してるんだ? そっちは」
「やはり時には主様の精神世界ではなく実世界で彷徨きたい事もある。後この家、娯楽が山ほどあるからの」
「こればっかりはな」
なにせ今は滅んだ文明が作り上げた娯楽等が山ほどあるのだ。しかも収蔵されている文明は一つや二つではない。一生を掛けても遊び尽くせぬほどの娯楽がこの家には保管されており、例えばテレビドラマを見るだけでも一生が終わるほどだった。というわけでそういった娯楽を楽しむ際にはこの家に来た方が楽らしく、時乃はよくこの家に顕現していたのであった。
「で、主様は? すまぬが見ておらんでの」
「オレはフルメンテ。流石に暫くの無理が祟って色々とガタが来ちまったらしくてな。数日掛けてメンテナンスだ」
「時間、弄ろうか?」
「ああ、大丈夫だ。時間は確保したし、どっちかっていうと本体をここに置いておきたいだけだし」
「なるほど。親機子機でやるつもりか」
「そういうこと。親機は行動停止状態になるから、色々考えたらここが一番良いかとな」
ここは現時点ではリル以外の誰も来れなかった場所だ。しかもそれだって今回の様に各種の防衛システムを展開していなかったから来れた、という所もある。今回は防衛システムも展開しているため、本体を隠すには一番良いだろう。
「まー、そういうわけだから夜にさせて貰うぞ」
「良いぞ。これから全員でホラゲー大会になっとるから、どちらかと言えば有り難いぐらいじゃ。取り敢えず地球のから攻めるか、となっとる」
「なんでホラゲー大会? 確かにお前らに季節感覚は無いのはわかってるけど」
「いや、どこぞの世界で契約者がホラゲーやっとったらしくての。時間は掛かるがどうせ吾らには無関係。それならやるか、と」
「さよか」
他人のプレイを見て自分達もホラーゲームをやりたくなったわけか。カイトはその気持ちはわからないでもない、と呆れながらも笑うだけだ。
「まぁ、それならオレが寝てる事だけは言っておいてくれ……メンテナンス、強調しておいてくれよ」
「そうしよう。流石に体調管理の最中に騒がせるのは吾らとしても本意ではない」
「先に、頼むな? 後で言うと絶対聞いてないヤツ出るから」
「ずいぶん信頼されておるもんじゃ」
「悪い意味でな……」
一応各部屋の防音対策は未来の技術でしっかりとされているが、中に入ってしまえば一緒だ。というわけでカイトが居るとなると一緒に騒ぐだろう事が想像される以上、ホラゲー大会とやらが始まる前のテンションが低い間に言い含めておくのがベストだった。
というわけで楽しげに笑いながら談話室に向かっていく時乃を見送り、カイトは異空間の様子を夜に変更。月明かりと星明かりの照らす夜を演出する。
「良し……これで大丈夫。んー……ここ暫く忙しかったからなぁ……」
やっぱり色々と疲れてたかもしれない。カイトはこちらに来て休む用意――その中には当然常用している魔術の停止もある――を整えていると聞こえなくなっていた耳鳴りに似た音にそう判断する。
(まぁ……しょうがないか。ここ暫くは本当に忙しかったからな。流石に誕生日の主役が顔色が悪い所は見せられないし、ゆっくり休むしかないか)
今回開かれるパーティはカイトの誕生日会。彼が主役だ。その主役が顔色を悪くしていれば参加者達も楽しむに楽しめない。それを考えても、今このタイミングで兆候が起きた事は良かったのかもしれなかった。というわけで、彼は自室に戻るとそのままお香を焚きながらゆっくりと眠りに就くのだった。
さてカイトが眠りに就き分身が行動を開始した翌日。その間は無理しない様にしよう、と決めたソラ達はというとかなり早い段階で支度を終えて出立に備えて訓練を行っていた。
「マジでお祭り騒ぎって感じっすね」
「だな……いつもこんな状況なのか?」
「そうですね……例年こんなものでしたでしょうか」
瞬の問いかけに、近頃は腕の差も大分埋まってきた事で模擬戦に参加する様になったリィルが頷いた。と、そんな彼女に続けてアルは首を振った。
「いや、でも今年は去年より大きいと思うよ。ちらりと本邸の人に聞いたけど、去年より20%ぐらい屋台が多くなるって話らしいし」
「それは……凄いですね」
「20%は凄いのか?」
「今年から参加の君達はわからないだろうけど……例年でもあれだからね」
「ええ……普通の時でさえあれですので」
わからない。ソラも瞬もどうやら意図的に隠しているのだろう――明らかにそんな笑みが浮かんでいた――アルとリィルの様子にそう思う。とはいえ、実際こういうものは事前情報なく見てもらいたいという気持ちはわからないではなかったので、彼らも楽しみにしておく事にする。
「まぁ……それなら楽しみにしておくか」
「そうっすね……あ、そうだ。ルーファウス」
「ん? なんだ、ソラ殿」
「ああ、いや……教国って24日はどうなってるんだ? あれって勇者カイト生誕の日で祝日になってるんだよな?」
現在は和睦が成立しカイトもルクスも敵視されない状況になっているが、かつて教国では二人は敵と見做されていたのだ。ならそのカイトの誕生日として制定された祝日はどういう扱いになっていたのかとソラは気になったらしい。
「ああ、それか……一応は祝日だ。名前は違ったが」
「やっぱそうなんのか」
「まぁな……後はこんなお祭り騒ぎ、という感じでもない。あくまでも祝日の一つ……という所だった」
流石に一度制定され広く広まってしまった祝日を今更なかった事にするのは教国も躊躇われたらしい。なのでカイトの生誕祭は別の名前となって残っているらしかった。これに関してはソラもそうだろうな、とは思っていた様子だった。
「あー……それはそうだろうなぁ……」
「あ、そうだ。そういえばソラ。あの一撃、かなり威力があったみたいだけどあれって……」
「ああ、あれは剣戟に試しで重力乗せてみてさ。今はまだ重いな、ぐらいだけど……」
やはり訓練の後だ。各々気になった点や改良した方が良さそうな点を口にしていく。というわけでそれらがある程度終わったところで一同はシャワーを浴びて、各々戻るべき所に戻る事にする。
そしてソラと瞬の戻るべき場所といえば、当然執務室だ。が、戻った執務室にはカイトの分身と由利、ナナミしかいなかった。
「ただいまー……あれ? こんだけ? 桜ちゃんとかは?」
「まぁな……椿は本邸の方で詰めてるし、桜は遠征の関係で早めにやっとかないといけない天桜関連の書類の処理で天桜。瑞樹はそれに同行。二人の戻りは明日の午後だ……後はティナは言うまでもないし、その他も定例会やらでって感じだな」
「あ、そっか。月末だもんな……」
一瞬失念していたが、月末に忙しいのはカイト達だけではない。ソラ達も十分に忙しい。彼らの場合は月に一度統率している部隊の会議があり、それが月末に纏まっていた。
ちなみにソラと瞬は遠征の関係ですでに終わらせていた。そして遠征になると出ていく面子が増えるため、カイトに後を任せて順次その会議に入っていたのである。と、そんな彼であるがどうやら来客対応中だったようだ。彼と話していた人物がソラと瞬に頭を下げる。
「お二人共、お久しぶりです」
「ああ、セレスティアにイミナさんか……どうしたんだ?」
「少しカイトさんから請け負った仕事で報告に」
「オレはオレで事務処理やらがあったし、セレスなら良いかと思ってな」
やって来ていたのはセレスティアとイミナの二人だ。二人はカイトからレクトールが請け負った依頼に関する報告を仲介する役を担ってくれており、その定期的な報告で来てくれていたのである。というわけで、カイトがセレスティアと。瞬がイミナと話す一方。ソラは由利と話していたナナミに問いかける。
「で、ナナミはどして?」
「皆訓練の後は疲れると思って。持ってきてあげたわ」
「おぉ! ありがとー!」
差し出されたレモネードに、ソラが目を見開いて喜色を露わにする。やはり訓練後とあって疲れはある。甘めに調整されたレモネードは有り難かった。というわけで一休みしてから事務仕事に戻るかと考えた彼であるが、そこに今度はリィルが一人で入ってきた。そんな彼女に訝しみながら、瞬が問いかける。
「ん? リィル……アルは?」
「ええ、その事で。マクダウェル邸より呼ばれましたので、アルは外に。今日は戻れないだろう、との事でした」
「ああ、多分例の件だな。遠征……ユニオンの遠征で持っていく装備でいくつか大型の物があるから、その調整だろう」
「何か色々とまた持っていくのか?」
「何が起きるかわからんからな。色々な状況に対応出来る様にはしてるよ」
瞬の問いかけに、カイトは一つそう告げる。と、そんな彼であったがふと顔を顰める。
「どうした?」
「いや……音が……ふむ。思った以上に本体側の状況が悪かったかな……?」
どうやらまた幻聴が聞こえたらしい。心配そうな瞬の問いかけにしかめっ面ながらも首を振る。が、そんな彼は次の瞬間、目を見開く事になった。
「っ! 全員、急いでこの部屋を出ろ!」
「「「は?」」」
「良いから出ろ! っ、ダメか!」
唐突なカイトの怒声に、その場の一同は一体何を言い出すんだと困惑を露わにする。当たり前だろう。これが敵襲等による危機を感じるならまだしも、魔力の高まりも何も無いのだ。
そして悪かったのは、カイトがメンテナンスに入ってしまって本来なら間に合うはずの彼の検知が間に合わなかった事だろう。そうして、次の瞬間。ソラ達は何ら一切の予兆もなく、全く別の所へ飛ばされる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




