第2928話 はるか過去編 ――休養――
冬前最後の依頼をソラと瞬に任せたカイトは単身いつもの様に受け手の少ない困難だったり面倒だったりする依頼の攻略に臨む事になっていたわけであるが、その結果彼は今までに積もり積もった出来事から殺し屋ギルドによって刺客を差し向けられる事になっていた。
というわけで差し向けられた刺客に対処しながらもカイトは依頼を攻略。その後は差し向けられた刺客から殺し屋ギルドの情報を入手。その対応に追われる形で、秋の季節は終わりを迎えようとしていた。
「良し……む?」
「どうした?」
これで一段落したかな。そんな様子でペンを置いたカイトが急に首を傾げたのを見て、こちらはこちらで研究所の事務処理に対して決済を行うティナが小首を傾げる。
「ああ、いや……なんだろ。何か音が聞こえて……」
「音? 音なぞ何もしとりゃせんぞ。無論、魔術的な音も当然のう」
「そうか……? 疲れてるかな……」
日本でもそうであるが、やはり月末というのは色々な処理が立て込む事になる。それが巨大組織であるマクダウェル家であれば殊更だろう。しかもここに自身の誕生日まで加わる事になっているので、この時期は例年忙しくなるのであった。というわけでいくらカイトでも疲れても仕方がない。ティナはそう考え、少し伸びをする彼に告げた。
「まぁ、仕方がない事であるが。どうしても四季の決算期はお主が忙しゅうなってしまう。12ヶ月分の処理があるからのう……早めに休んでおれ。多少であれば余でフォローもできよう」
「はぁ……ああ、そうだな。流石にそうさせてもらった方が良いか」
体調は魔術で常時整えているので肉体的には万全に近いが、そうであるがゆえに精神的な疲労が蓄積した場合は厄介だ。魔力とは意思の力。精神的な疲労が蓄積されるとどんな達人だろうと魔術は乱れる。
多忙による精神的な疲労から魔術が上手く機能せず体調を崩してしまう、という事はエネフィアの為政者でよくある事だった。というわけで、カイトのみが聞こえているという音がこの予兆とティナは判断。カイトも自身より上の為政者かつ魔術師である彼女の助言に従う事にする。
「わかった。すまん……最悪は時間を弄って」
「やるな。魔術を使わぬ様に最低限に。精神の復調をさせた方が良かろうて」
「それはダメだろ」
「やるなら徹底的に、の方が良い。だましだましやるよりな」
「それはそうだが……客の出迎えが出来ん様になる可能性があるだろ? 最悪でも陛下が来られた際には起きておきたいのが実情だ」
「む……そうか。そこは考えておらんかったな……」
助言が最適である事はカイトも理解していたようだが、他方助言をしたティナの方はカイトの誕生日の来客対応を失念していたらしい。それもそうだと納得する。とはいえ、ならばと続くのも彼女であった。
「そうであるならそうであるで、分割でやるのも良いじゃろう。あまり推奨はせぬが」
「どういう事だ?」
「本体と分身という形で、本体は常時で睡眠。分身で動くような感じじゃ……時間が掛かるのが難点じゃが……パソコンのデフラグなどと思え。あれもパソコンを動かしながら最適化しておるじゃろ?」
「なるほどね……できなくはないな。確かに時間は掛かるが……」
それなら誕生日の前日ぐらいには起きられるか。数日本体は一切動けない事になってしまうが、今の事務処理も出来るし来客対応もある程度は出来る。万が一は本体を起こす事も出来るので、悪い選択ではなかった。
「まぁ、数日程度なら戦力的にも問題あるまい。それより冬に備え休んでおく方が良いやもしれんしな」
「それは確かにそうか……わかった。すまんが時間を貰うぞ」
「そうせい」
今やらねば今度はいつ出来るかわからないし、逆にここからに備えて休めた方が良い事は事実だ。というわけで、ティナの助言に素直に従う事にしたカイトはそれなら、と休む準備を行う事にする。
「……それ冬眠じゃね?」
「いや、時期的にそう見えても仕方がないんだが……違うわい」
休む準備、となるとやはりカイトが一番気がかりだったのは冒険部だ。こちらは現在カイトの誕生日翌々日に出る遠征隊の支度に大忙し。無論こちらも月末と期末の処理でも大忙し。状況を土壇場に教えるより、今教えておこうと判断したのであった。
「まぁ、さっきも言った通り事務処理には一切の問題はないが、戦闘力としてはどうしても落ちるんでな」
「その落ちるってどのぐらい?」
「んー……お前を指先一つで殺せるのが腕一本になるぐらい」
「基準がおかしい」
どれぐらい低下しているのかの想像が出来ない。ソラはカイトの言葉に思わずツッコミを入れる。
「最悪は武器の使用も視野に入れないとダメなぐらいには落ちる、ってわけだ」
「ふーん……でもなんでそんなのやらないとダメなんだ?」
「そうだな……これはお前にも教えておいた方が良いか。どうしても体調を魔術で整えるっていうのは無理があることなんだ。当然だろ? 本来はダウンするはずの状況を強引に大丈夫にしちまってるんだから……まぁ、それでも死ぬよりかは、って話だからみんなやるんだけど」
「そりゃそうなるよな」
冒険者は体調不良だから戦えない、となった瞬間に死ぬ日々を送っている。体調不良だから戦えないなら魔術で強引に大丈夫な状態に戻すか、そもそも体調不良にならない様に強制的に体調を維持させるしかない。
が、こんなものは自然の摂理に反している話だ。どこかに無理が出るのは当然の話だった。というわけでそんな当たり前といえば当たり前の話にソラも納得を示し、それにカイトも同意する。
「そ……そしてそれが限界に到達すると、幻覚やら幻聴やらの症状が現れてしまう事になって今度は日常生活に支障を来す様になる。今の幻聴はその兆候、ってのがリーシャやティナの見立てだ」
「うへぇ……魔術も万能じゃない、ってわけか……ってことは俺らもいつかは?」
「いつかは、そうなるかもな。だが今の段階じゃ問題はない。オレみたいに他にも色々な魔術を常時展開してるようなやつだと、相乗効果でダメージが増えちまうんだ。まぁ、実はそういうわけだから魔術師に多いんだが。オレも似たような事をやってるから、同様の症状が出ちまうんだ」
「なるほどなー……」
現状ソラもいくつかの魔術を常時展開し身を守っているが、果ては分身さえ使って事務処理を行っているカイトと比べるべくもない。おそらく展開している魔術の数は桁違いになるだろうし、実際にそうだ。
「で、長期間の眠りに就いて身体の調子を整えるってわけか」
「そ。ここらは神様達が長期間の眠りに就くのと一緒だ。短期間ってだけでな。難点はそれがコントロール出来ない、って所だが……」
「そりゃしゃーないだろ。わかった。あまり戦闘面じゃ無茶しない様にしとく。多分、俺らはどっかにお前が居てくれるから、ってのがあるからな。無茶して死にたくはないし」
「そうしてくれ。本体の状況次第じゃ本当に救援に出られん事になりかねん」
片腕一つで神の力を使える様になったソラを倒せる時点でも十分だが、それでも本来の彼の力には遠く及ばない。それはソラもわかったらしく、無茶はしない事を胸に刻んだようだ。
「おう……それで何日ぐらいなんだ?」
「わからん。さっきも話したが、パソコンの最適化処理みたいなものなんだ。だから最初に終了予想が立てられても、動きまくる事になる」
「そっか……でも誕生日までには終わるんだろ?」
「それは終わる。流石にそこまで時間は掛からん」
今までの経験上もあり、カイトはソラの問いかけにはっきりと断言する。これに関してはティナも同様の事を言っていたし、当然ではあった。というわけでカイトはその後も自身が休養を取る間の様々な事態に備えを残す事にして、展開している魔術と身体の最適化処理を開始するのだった。
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