第2996話 闇で蠢く者編 ――人形使い――
冬前最後の大依頼をソラ達に任せ、自身は単身いつもの様に受け手の少ない面倒だったり厄介だったりする依頼の攻略に臨んでいたカイト。そんな彼はユニオンから情報が抜かれた結果、道中で殺し屋ギルドから刺客を差し向けられる事になってしまっていた。
というわけで依頼を攻略しながらも殺し屋ギルドの刺客達と交戦。それらすべてを捕縛した彼はすべての依頼を終わらせると、今度は殺し屋ギルドとつながりのある裏組織を壊滅させ、ついに今まで謎に包まれていた殺し屋ギルドの下部組織の情報を入手する事に成功する。
そこから更にユニオンや情報屋ギルドのシステムから情報が抜かれている事を掴んだわけであるが、そこでレヴィから提案を受ける形でユニオンのシステムの改修について検討を行う事になっていた。
「というわけなんだ……可能そうか?」
「ふむ……まぁ、大本は余が拵えたシステムを使っておるので余なら可能じゃが。が、お主も言うた通り、いくらなんでも改修データの作成にせよ検証にせよ一朝一夕で出来るものではない。無論これまたお主が言うた通り、エネフィア全土に跨る組織じゃ。そして通信網は地球とは比べ物にならんほどに進んでおらん。アップデートは数日掛かるぞ」
「それは向こうも承知済みでの依頼だ。ただ最深部の情報がもし抜かれているとなると、流石にこれは動くに動けん。優先的に動くしかない……どれぐらいで出来そうだ?」
実際、カイトとしてもこれ以上情報が抜かれ自身の不在の間に冒険部に被害が及ぶ事は有り難くない。その可能性が出てしまった以上、今のままでは遠征に出られない事もまた事実であった。というわけで、そんな彼の問いかけにティナは少しだけ思案を巡らせる。
「そうじゃのう……まぁ、まず改修データの作成に一週間は欲しい。これに関しては大本もあるし、前にウチでやっておるのでさほど問題はなかろう。常時のアップデートもやっとるしのう。ただ、ユニオンのデータはマクダウェル家の物よりも莫大じゃ。検証にも同じぐらいの日数……いや、更に長い時間は必要じゃろう。止まったら各所に影響が出てしまうからのう」
「検証の環境作成は?」
「む……そういえばそれも作らねばならんか。ユニオンのバックアップを借りられれば良いが……そこらの調整も必要になるか」
「そっちは必須だな。まぁ、向こうが言い出した以上、拒否はせんだろう」
前に『リーナイト』襲撃の際にも触れられているが、万が一何かがあった時に備えてユニオンではいくつかの場所に情報をバックアップしている。これだけ大規模な組織が何があっても運営が止まらないのはそれが秘訣とも言える。それを借りてアップデートの検証を行おう、という事だった。
「それは当然じゃ。これらの話はすべてユニオン側の全面的な協力があっての話じゃ。無けりゃやらん」
「そりゃそうだわ。なかったらオレも蹴ってる」
「そうせい……で、その上でおおよそのう……再度確認するが、遠征に関してはこれの後にする、という事で良いんだな?」
「幸いまだオレみたいな超古株やユニオン全体で見た時の大幹部にしか冬の一月予定というのは知らされていない。正式発表には至っていないから、伸ばすは伸ばせる」
「半分ぐらいはお主の身内みたいなもんじゃのう」
「言うな。だからやれる」
良くも悪くもユニオン全体でみた場合の大幹部の半数はカイトの正体を知っている。となると今回の一件とそれへの対策を、とした場合全員がそれはそうだ、と納得するだけだ。
「やれやれ……段々のびのびになっていく気がするんだがね」
「仕方があるまい。本来はやれぬのを無理やりやろうとしておるんじゃ。多少の無茶は生ずる……それともお主一人でやるか?」
「やっても良いが、やりたくはないな」
正直冒険者としてなら未踏の地である暗黒大陸には行ってみたいが、他方その前後を考えればやりたくなかった。というわけで今の自分を何処か嗤う様に笑うカイトは一転して気を取り直した。
「一ヶ月と少し。検証やらデータの作成やら……必須は三週間程度。それに余裕を加えて一週間……最低限それは必要じゃろう。少しに関しては余としてもデータ量の想像がつかんが故、それを見てからじゃ。それだけ時間が欲しい」
「一ヶ月と少し、か……」
早いと言えば早い。もともとがティナが作成したシステムが根幹にあるので出来る事であるが、逆に言えばそれだけの時間が無いと彼女としても出来ないほどにユニオンのシステムが巨大であるという事だった。そして彼女の注文はまだ続く。
「で、無論バックアップを更にバックアップする物が必要じゃ。それらは当然用意させい。こちらでは用意はせんぞ。そんな時間も暇もない」
「当然だな。他には?」
「人員も供出させい……が、これはプログラムの構築というよりも、実作業におけるサポート係じゃな。おそらく余でも全体は見れぬほどにデータは多かろう。エラーの発生を確認すればそれを停止させ原因を確認。余に報告する……そんな人員が必要じゃ」
「何人ぐらいだ?」
「データ量を確認してからしか出せぬ。それ次第じゃ」
それはそうか。ティナの言い分は正しい。カイトはその言葉の正しさを理解して、一つ頷く。
「わかった……そこらはお前に任せる。ユニオンからの人員に関しては預言者がまた来ると言っていたから、あいつと直接やり取りしてくれ」
「良かろう……再度聞くが、最大のわがままを言って良いんじゃな?」
「ユニオンマスター権限で動かすだろ。そうせんと次に動けんからな」
正直バルフレアとしてみれば今言うなと言いたい所だろうがな。カイトはそう思いながらも、かといって発覚してしまった以上はやらねばなるまいと諦めていた。というわけで、後はティナに任せてカイトは次の所へ向かう事にするのだった。
さてティナとユニオンのシステムの改修に関して話を交わした後。カイトはというと、一人マクダウェル公爵邸を歩いて移動。客室に偽装した隔離室へと足を運んでいた。
「あ、カイト様。今日もお仕事ですか?」
「ああ。で、近くを通ったから顔を見せに来た」
隔離室に隔離されていたのは、先にカイトが保護した『人形使い』の少女だ。と言っても勿論先日の様に寝巻きでもないし、狂気も滲んでいない。あくまでも一介の令嬢という様子だった。
「何か問題はなさそうか? 医者からはここ数日の記憶が無いとは聞いたんだが……」
「ええ……すいません。お役に立てなくて……」
「ああ、良いんだ。飛空艇の墜落事故現場で発見した時は驚いたもんだが……あれだけの事故で逆によくもまぁ無事だったもんだ。お医者さんもびっくりしてただろう?」
「毎日しっかり食べて、しっかり運動してますので」
カイトの問いかけに対して、『人形使い』の少女は少し気丈に笑う。先に言われていた事であるが、彼女は眠らされて目覚めるまでの数日間の記憶がない。いや、寝ていた以上記憶がある方がおかしいだろう。
それに関してカイト達は殺し屋ギルドはそれを悟らせぬ様にしていたか嘘の記憶を植え込んだのではと推測しているが、今回彼女ははっきりと数日間の記憶が無い事を自覚している。それに対して、カイト達は事故のショックで記憶を失っているのではと言ったのであった。
「そうか……記憶が戻ってくれれば、墜落の原因がわかるかもなんだが……いや、オレが気にする事でもないんだけどな」
「は、はぁ……」
「取り敢えず、お医者さんは何が原因って?」
「あ……えっと、魔導炉の暴走により高濃度の魔力に晒されてしまい、それが記憶障害を引き起こしてしまったのではないかと」
「なるほど……魂の情報の抹消か。そうなると厄介だな……」
魔導炉の暴走により色々な弊害が起きる事は一般的に知られている。なのでそうならない様にいくつもの安全装置が組み込まれているのであるが、事故が起きればどうしようもない。それが起きた体にして、思い出せなくても仕方がないとしていたのである。
ちなみに、カイトは知らない様子を見せているが、実際に知らない。本当に知らない事で彼はリーシャらの意図を推測し、なるべく演技を行わないで良い様にしていたのである。
「……魂の情報の抹消については?」
「流石にそれは知っています」
「拗ねるなって……まぁ、そうなると本当にしょうがないだろう」
「……」
カイトの言葉に拗ねた様子を見せていた『人形使い』は落ち込んだ様子を見せる。自分の記憶が頼りなのに、その自分の記憶が消え去ってしまっているというのだ。特に事故で生き残った感を出されている彼女にとって、申し訳無さでいっぱいだったのだろう。そんな彼女に、カイトは再度呆れる様に盛大にため息を吐いた。
「あのな……気にしない方が良い。無理だろうが。だが君とて事故の被害者なんだ。保有している魔力量が多かったおかげで肉体は助かっただけ……肉体は、だ。その肉体だってオレが回復薬を使わなかったら危うかったんだぞ? 回復薬とて精神面に関しては効果無いしな。記憶以外にどんな影響が出ている事か。今日だってこの後精密検査だろう?」
「それは……」
どこか咎めるような様子のカイトに、『人形使い』は僅かに気圧される。ここら彼もやはり偽装工作に一役買っている関係上、下手に罪悪感を抱かれない様に注意を払っていた。というわけで、このまま彼は一気に叩き込む。
「そうやって自身が生き残ったのだから、と思うのは自分の肉体と精神が本当に無傷だった時にするべきだ。どんな影響が起きているかもわからない状況で落ち込むと精神面に影響が現れて、無事な部分の記憶さえ引きずられるかもしれんぞ。そっちの方が困るだろう」
「……はい」
ここで下手に気落ちした結果ただでさえ脆くなった記憶が更に抜け落ちては元も子もない。現状魂の記憶が蓄積されている部分が脆くなっている、と教えられていた『人形使い』は素直にそれを信じ、カイトの言葉に従う事にしたようだ。そんな彼女に、カイトも一つ頷く。
「ん、良し……まぁ、オレもまた顔を見せに来るよ。それが事故を唯一目撃したオレの仕事でもあるだろうしな」
「ありがとうございます」
「おう」
『人形使い』のお礼に、カイトは一つ笑みを見せる。今回彼女に教えた嘘としては、彼女が飛空艇の墜落現場に倒れていて墜落を目撃したカイトが発見。彼女をマクダウェル家に運び込んだ、という形にしていた。彼女以外は墜落の衝撃で死んでいて、彼女の従者ら――殺し屋ギルドの魔術師達――も一緒に死んだ事にしていた。そうして彼女と少しの雑談を交わすと、カイトは部屋を後にする。
「ふぅ……あまり嘘は吐きたくないもんだ。が、今回ばかりはしゃーないか」
「にしては慣れているご様子でしたが」
「うるせぇよ……んぁ? リトス?」
「ええ……噂の『人形使い』の顔を見にね。まさかあんな女の子だったなんて」
やはり同じく殺し屋ギルドに所属していたのだ。特に有名な『人形使い』がどのような人物なのか興味があったらしい。勿論彼女が部屋に入る事も話す事も出来ないが、ちらりと顔を見る程度は出来た。
「あの子みたいなのは何人も居るのか?」
「『人形使い』みたいに完全に嘘で塗れて育てられた子?」
「ああ」
「他にも居るでしょうね。どうせそんなクソみたいな組織よ、殺し屋ギルドなんて」
カイトの問いかけに対して、リトスは吐き捨てる様に頷いた。一応幹部クラスではあったので組織の裏をある程度聞いており、『人形使い』の様にある種の隠し玉のような存在は聞いた事があったらしい。無論その詳細も数も知らないが、居る事だけは聞いていた。というわけで、改めて自身の古巣を吐き捨てる彼女にカイトも頷くだけであった。
「そうか……後何人居る事やら」
「全部助けるつもり?」
「助けられる限り、だ。全員なぞ馬鹿な事は言わん……何よりオレに出来る事には限度があるしな」
カイトは自身の事を絶対視していない。なので全員が救えるなぞ思っていなかった。と、そんな彼はすぐに気を取り直す。
「まぁ、それはともかくだ。取り敢えずは明日の依頼の事を考えにゃな。それにソラ達の遠征ももうすぐだし。というわけで、後はよろしく」
兎にも角にも今の自分がやらねばならないのは遠征に出るソラ達のフォローだ。というわけで、気を取り直したカイトは改めて冒険部のギルドホームに戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




