第2921話 闇で蠢く者編 ――刺客達――
昨日はすいませんでした。
冬前最後の大依頼をソラと瞬に任せ、自身はいつものように報酬は高額であるものの危険だったり手間が掛かってしまったりと受け手の少ない依頼の攻略に臨んでいた。
というわけで、依頼の経由地としてマクダウェル領の南隣。マクシミリアン領の南西部にある小さな街へとやって来ていたわけであるが、そんな彼が単騎で動いたことを掴んだ殺し屋ギルドにより刺客を差し向けられることになっていた。
が、そんな殺し屋ギルドからの刺客をすべて捕縛した彼はその翌日。道中で合流していたエドナとともにマクスウェルへと帰還。今回の依頼の間にあった色々な出来事の報告を受けていた。
「まーた興味深いサンプルを入手してきたもんじゃ。余も一応世界最高の魔術師として多くの先天性の魔術師……俗に言う超能力者たちとは相見えてきたが。異界化の先天性とは。いや、まぁ、こういう話は得てして裏の方がよく知っておるので自然……不思議はないと思うは思うが」
「まぁなぁ……って、それは一旦どうでも良い。眠り姫様は実際のところどうなんだ?」
当然だが、カイトも『人形使い』を眠らせたままではいられない。彼女の魔力保有量とそれを背景とした抗魔力の関係から彼女に睡眠を維持する魔術を掛けられる者は少なく、ティナに引き渡して以降は彼女が眠らせていた。一応彼女なので一つ常時で展開する魔術が増えても問題はないが、やらないで良いならそれに越したことはなかった。
「ああ、それか。ひとまず先ごろ目覚めさせはした。流石にここがどこかわからず困惑していた様子じゃが……」
「それは仕方がないことだろう。フォローに関しては可能な限り行うように」
「心しよう……それで話を戻すと、まず『人形使い』じゃがどうやら相当蝶よ花よと育てられたようじゃな。かなりおっとりとした様子があるのと、教養もかなりのものじゃ。所作にそれが現れておる」
「ふーん……なんでだろうな」
何がどうしてそうなっているかはわからないが、どうやら殺し屋ギルドは『人形使い』を箱入り娘として育て上げたらしい。とはいえ、ティナはわからないではない様子だった。
「まぁ、わからないではない。『人形使い』の特性は異界化。その精神は大きく影響する……とどのつまり、現実が悪夢のようであれば下手をすると起きたままでも現実が侵食されかねん。現実逃避……というところじゃ」
「なるほど。確かに自分達が制御できなくなってしまえば元も子もない」
『人形使い』はカイトら超級と呼ばれる冒険者でなければ危うい存在だった。それは殺し屋ギルドにとっても変わらないはずで、もしその矛先が自分達に向けられればと考えればコントロールするために現実では蝶よ花よと育てたとて無理はなかった。
というわけでひどい事――そもそも寝ている間に殺しに利用された事は横にして――はされていないだろう、というティナにカイトは一つ笑い、すぐに気を取り直す。
「で、現状はどうだ? マクダウェル家に保護されている事を含めて伝えたのか?」
「マクダウェル家に保護されたと聞いても落ち着いておったな……さっき所作に優雅さがにじみ出ておる、と言ったがそれがわかったのもその際じゃ。振る舞われた紅茶を飲む動作が様になっておってな。おそらく上流階級のお茶会に出ても一流で通ろう」
「そ、それはまた……」
トンデモなく一流のお嬢様として育て上げられたものだ。目的がなんであれおおよそお嬢様として育て上げられたらしい『人形使い』に、カイトは思わず頬を引き攣らせる。
「で、彼奴らのおかげかおそらく異界化に関してのコントロールは容易じゃろう。侵食に関してはお主が考えた通り、ただ眠るだけでは起き得ぬようじゃ。当人にその意思がなかったり、偶発的なものでもなければ単に寝てるだけ、というところじゃのう」
「そうか……なら暫く彼女は隔離室に隔離しつつ、封印具が完成次第客室に。暫くは殺し屋ギルドからウチが匿う形を」
「それが良いじゃろう」
流石に『人形使い』に関しては当人は自分の夢をある種の道具として利用されただけだ。包丁で人が殺されても包丁に罪はない様に、喩え何人殺されていようと道具として使われただけの彼女に罪は問えなかった。というわけでティナの同意にカイトは一つ頷いて、更に突っ込んだ話を問いかける。
「ああ……それで、その侵食の情報は何か掴めたか?」
「うむ。リーシャとミースの問診によると、どうやら昨夜はメイドから最近寝付きが悪い様子ですので、とお香が焚かれたとの事じゃ。当人によると生来のものとの事で、そういう時にはお香を焚いてくれていたそうじゃ」
「……つまり、そういうことと」
「そういうことじゃろう」
このお香がすべての元凶というわけだろう。カイトの言葉にティナもまたため息混じりに同意する。というわけで、彼女はそのまま続けた。
「このお香に関しては現在ミースが調査中じゃ。あれの専門分野でもあるから、そうは時間は掛かるまい」
「試験する際は必ず声を掛けろよ。ウチに帰ったらマリオネットがうようよ、というのは悪夢でしかない」
「わかっておるよ」
対応策を考えるにも封印具をチェックするにしても、どうにせよ一度は発動して異界化を貰わねば話にならない。というわけでそれを念頭に置いたカイトの発言にティナも頷いて了承を示す。そして今度は彼女の方が問いかける。
「で、その他の奴らに関してはどうなんじゃ?」
「一人はやっぱ思った通り有名な殺人犯だった。いや、殺人犯なんて生ぬるいもんじゃないな」
ばさっ。カイトは情報によれば収監されているはずの男の資料を見て、盛大に顔を顰める。それは最初に襲撃を受けた二人組の片方。若い男の刺客の方だった。カイトが見覚えがある、と言っていた様に相当昔であったがかなり有名な事件の犯人だったのだ。
「強盗殺人。強姦致死……なんでもありだ。大半が致死のあたり、たちが悪い。軍による大捕物の末に捕縛され、裁判により一切の情状酌量の余地なく、それこそ当時の国選弁護人が上訴を諦めるぐらいに反論の余地なく死刑判決が確定してたはずなんだがな。どうやら、裏で何かしらの力が働いたという事なんだろう」
「仕方があるまい。古来よりそういう事が裏で起きるのは今更の話じゃ。ウチもやっとると言えばウチもやっとる」
「まぁなぁ……有能な人材ってのはどこもかしこも引く手数多。一芸を有していりゃ、多少の罪は許されるのがエネフィアの悪い所でもあり、良い所でもあるか」
自身がそうと言えばそうなのだから、なんとも言えない。カイトは自身が一芸どころか二芸も三芸も有していたが故に許された罪の数々を思い出し、苦笑するしかなかった。
「功罪で功績の方が多けりゃ罪科が多少許されるのはどこの世界も一緒じゃ」
「まぁな……それで相方のガキ。今頃楽しい事になってるだろうが」
「お主が楽しそうじゃぞ」
「帰り際見てきたからな」
うひひひ。凄い楽しげな笑みを浮かべ、カイトはその時の事を思い出す。先の殺人犯の相棒として動いていた少年だが、こちらは案の定というか腕も鑑み一旦はルーナ預かりとなったらしい。
一旦なのである程度調教が終わればまた別の担当が付くのだろうが、そこは教育室の室長。子供だろうと容赦なかった。
「もう容赦なく鉄拳制裁されてたわ。ありゃいくつかの地雷踏んだな」
「そうか……で?」
「……ま、聞くまでもなかろうよ。変態どもの玩具が戯れに殺しを覚え込ませられた結果だ。ミースによると人格障害が見受けられる、とのことだ。より正確には解離性同一性障害。多重人格か。確認されているのは今暴れているガキを含め二人。が、三人目の可能性は高いし、四人目も可能性が見られるとのことだ」
心底侮蔑する様に、カイトは提出された報告書を思い出す。どうやら件の少年は相当な目に遭ってきたらしい。
「殺しをやっていたのは?」
「言うまでもなく別人格。今はこいつが表に立っている事が多い様子だな」
「主人格は?」
「ミースの催眠により主人格は確認済みだ……その主人格が女の子の名前を呼んでいた事から、三人目が存在する可能性は高いそうだ」
「女の子……変態共の玩具にされるのを押し付けた、というわけか」
「そういうことだな」
「カイト」
メキメキメキ。机でも椅子でもなく、空間そのものが上げる音に気付いて、ティナが制止の声を掛ける。この立場にありながら、こういった話に誰よりも怒りを抱くのがカイトの良い点であり悪い点だ。
それこそ彼女が止めねば今からその変態共を殺しに行きかねなかった。というわけで、そんな自身の怒りがにじみ出ている事に気付いたカイトが一つ深呼吸をして気を取り直す。
「……すまん。取り敢えずそいつらに関しては追々始末を付ける」
「それで良い。ここで当たり散らす事が無いだけで良い」
「ああ……で、他二人だが一旦は情報待ちだ。が、あの馬野郎に関してはかなり協力的なんで、早々情報は出揃うだろう」
先にカイトを気に入っていた事もあり、どうやらあの騎兵に関してはかなり聴取に協力的らしい。まぁ、真正面からカイトと戦って敗北したのだ。その上で馬にまで気を遣われた以上、自分が下手に抵抗するのは得策ではないと理解していた様子だった。これにカイトは将来的な期待も含め、少しだけ機嫌を持ち直す。そんな彼にティナがついで問いかける。
「そうか……最後の一人は?」
「こっちが難航しててな……一応目覚めはしたが、なんというかもう、コミュ障も良い所だそうで。聴取には応じてくれているそうだが……」
「ま、まぁ……聴取に応じておるのであればそれで良かろうて」
「まぁな」
僅かに苦笑する様に二人は笑い合う。と、そんな所に部屋がノックされた。そうして入ってきたのは、彼ら彼女らと同じく殺し屋ギルドの刺客だったリトスだった。
「失礼します」
「おーう……ああ、丁度よい。丁度この数日で捕まえた刺客達の話をしていてな」
「ああ、あのクソガキ」
「おぉう」
どうやらすでに少年の方とは会っていたらしい。盛大に顔を顰めていた。ちなみに。将来的にであるがなんとこの少年はリトスに預けられる事になるのであるが、それはまた別の話だ。とまぁ、それはおいておいて。そんなリトスが良い笑顔でカイトに告げる。
「あんな変態共の玩具を拾ってくるなんて。酔狂も良い所ですね、御主人様は」
「手酷いな……はぁ。まぁ、それは兎も角……ん? 知ってたのか?」
「知ってるわよ。あのクソガキは。何度かあのクソガキが変態に犯されている所を後ろから殺した事あるもの。クソガキの割にはかわいい声で媚びてて可愛かったわね……確か今は少し前から胸糞悪い変態と組まされてたはずだけど……そいつは殺した?」
「そいつも捕まえたが……そっちも知ってたか」
「あいつを捕まえた?」
なんで殺さなかったんだ。そんな様子でリトスは顔を顰める。まぁ、カイトからしても殺しておけばよかったと思わないでもない手合だったが、あの時知らなかったのだから仕方がない。
「知らなかったんだ」
「でしょうね」
知っていればこの男が生かしておく事はなかっただろう。リトスは殺し屋であった自分が聞いても胸糞の悪い罪の数々を思い出し、カイトの言葉に納得する。というわけで、その後は彼女からも情報を聞き出して、この日は一日殺し屋ギルドへの対策に追われる事になるのだった。
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