第2919話 闇で蠢く者編 ――影と傀儡――
冬前最後の大仕事をソラと瞬に任せ、自身はいつもの様に高額の報酬ではあるが様々な理由により放置されていた依頼の攻略に臨んでいたカイト。彼は今回の依頼の多くがマクダウェル領の南隣であるマクシミリアン領から流れてきた物であった事から、マクシミリアン領に移動。
そこで依頼の攻略に臨んでいたわけであるが、その最中に彼は今までの敵対行為から殺し屋ギルドによって刺客を差し向けられる事になってしまう。というわけで何人もの殺し屋ギルドの刺客を退け依頼をすべて達成した彼であったが、その日の夜。ついに殺し屋ギルド最後の刺客と思われる『人形使い』なる有名な殺し屋の襲撃を受けていた。
そうして『人形使い』との交戦の果て。彼女の展開した異界の中に捕らえられたカイトであったが、その様子は当然殺し屋ギルドに直接報告されていた。
「……」
「どう見る」
「女が一人増えていたのは想定外だったが……一人増えたところで何なのだ、というところではあろう」
幹部の一人の問いかけに、別の幹部はしかめっ面でそう答える。が、しかめっ面は彼だけではなくこの場に集まっていた全員がそうだった。が、それはここまで刺客を退けてきたカイトに向けたものではなく、自分達が差し向けた最後の札である『人形使い』に対しての物も多分に含まれていた。
「あの小娘まで出させるとは」
「化け物か、奴は」
「街の被害のほどは」
「マクダウェル家が介入した……被害は抑えられている」
できる事ならば『人形使い』は使いたくなかった。幹部達の顔にはそれがありありと表れていた。まぁ、無理もないだろう。あれだけ無数のマリオネットを町中で繰り出していたのだ。
そしてこの様子だと、超広域に渡って結界を張ったのは『人形使い』ではなく彼ら殺し屋ギルドだと察せられる。もしあの結界がなければどれだけの被害が生まれていたかわかったものではなかった。
「今回ばかりは、マクダウェル家に礼の一つでも言わねばならんな」
「そもそもの発端は奴らにあるがな」
「違いないが……それはそれとして。状況は」
『状況は変わらず。異界化は解かれていません』
「存外、頑張るものだ……いや、あの小娘の事だ。敵が張り切れば張り切るほど力を増す。問題はないが」
どこかそう信じる様に。殺し屋ギルドの幹部は現地からの報告にため息を吐く。まぁ、発動に手間も時間も掛かるが発動さえ出来てしまえば数千体から数万体のランクA冒険者並のマリオネット軍団だ。
ランクS冒険者でさえ堪える事は本来は出来ない領域で、組織の切り札としては十分過ぎるだろう。正しく必勝を確信しても無理はなかった。
「取り敢えず事が済み次第、即座に撤退しろ。マクダウェル家からの報復は必ずある。撤退できるチャンスは戦闘の直後だけだ。それと小娘の回収は絶対に忘れるな。あれは我ら秘中の秘。マクダウェル家に捕らえられるわけにはいかん」
「さりとて奴は傀儡を操っている間は一切動けん。逃げる事もできん……即座に回収しろ」
その特殊性から組織の情報を持っているわけではないが、組織の戦力としては最上級。状況次第では代わりはいないほどの特記戦力だ。何を差し置いてでも、組織にとって彼女の回収だけは必須だった。
「「「……」」」
後は『人形使い』がカイトを殺すのを待つだけ。心底嫌になるほどの沈黙の中、殺し屋ギルドの幹部達はその報告のみを待ちわびる。そうして、彼らの見守る闇の中で戦いは続いていくのだった。
さて所変わって異界化した空間の中。強化された無数のマリオネット軍団に対して、もはや勇者カイトである事を隠す必要のなくなったカイトもまた影の軍団を呼び寄せていた。そんな光景に驚きを露わにしていたのは、他ならぬエドナであった。
「あら……何、これ」
「ああ、お前には言ってなかったか。ちょっと今回のオレは色々とあってこういう力もできる様になった。まだまだ出せるし、まだまだ出てくるぞ」
カイトの影から現れるのは無数の影の戦士達。それが無数のマリオネット軍団に対して隊列を整え相対し、カイトの号令を待っていた。
「ま、本来はもっと高度にもできるんだが……こんなもんで良いだろう」
実際のところとしては武器の投射だけでも勝利する事は可能だったカイトであるが、興が乗った事とせっかく自分の正体を隠す必要をなくしてくれたのだからと使っただけだ。というわけで、カイトはどうやら自身に合わせるつもりらしい『人形使い』に対して影の軍団に号令を下した。
「さぁ、戦闘開始だ」
まるで王様の様に。カイトの号令と共に影の軍団は音もなく疾走を開始して、それに対してマリオネット軍団は相変わらずカタカタと不気味な音を立てて行軍を開始する。そうして無数の木片と影の欠片が舞い散っていく。
「ふむ……」
「何か気になる事でも?」
「いや……あの女の子を見てて、少し気になってな」
「可愛らしい女の子だから?」
「違う違う……確かに可愛い女の子だが、あれはパジャマ……だろう? 多分」
流石のカイトも女の子の寝巻きまでは詳しくはない。なのでそうではないかと思うばかりだ。というわけで、そんな彼の言葉にエドナは改めて『人形使い』を見た。
「……あら。確かにそうね。趣味かしら。似合ってるわね」
「趣味……かね。何か違和感があるんだよな。ふむん……」
そういえば色々と思い返してみればおかしいぞ。カイトは『人形使い』のマリオネット軍団と影の軍団を戦わせながら、自身が感じる違和感を洗い出す。が、洗い出して早々に理解した。
(いや、やっぱそうだわ。こいつ殺意も殺気もない……)
カイトが一番違和感を感じていたのは、自分達が気付いた時にはすでに数千体のマリオネット軍団に完全包囲されていた事だ。確かにある程度増殖した時点で気付いていたが、そもそも彼らだ。
街の住人に被害が出かねないほどの規模にはさせないだろう。それを見過ごした以上何かがあるのであるが、それがこの殺意も殺気も感じられないという点であった。
(交戦の今に至ってさえ、殺意も殺気も感じない……ある意味一番怖い殺し屋だ。が、なぜだ? 殺し屋だろう。オレを殺すために放たれた存在のはずだ。なのに殺すつもりはない?)
何かカラクリがあるはずだ。カイトはここまで殺しに来ているにも関わらず殺す意思も殺す気配もない『人形使い』に警戒を隠せないでいた。
(なぜあれだけオレに狂気を向けながら……いや、待て。何かおかしい……あの女の子から発せられていない……?)
確かに自身に狂気が向けられているのは事実。事実なのだが、改めて気配を辿ってみると『人形使い』からは狂気が発せられていないのだ。
(いや……今オレが居るのが異界化の中だとするのなら辻褄が合う……? いや、合わんぞ。確かに異界化では術者の心象世界が影響する事が多いが、本人から発せられる感情は別に存在する。当人から発せられていないという事はこの異界化からしか狂気は滲んでいない? このパターンはあり得るのか……?)
「どうしたの?」
「いや……少し気になる事があってな」
エドナの問いかけに、カイトは自身が感じている違和感と気になる点を伝えてみる。これにエドナもそういえば、と納得を露わにした。
「そういえば……そうね。あの子からは何の感情も感じられない……でも確かにあそこには居そうなのだけど」
「ああ。居るは居るだろう。それは確かだ。気配そのものは微かではあるが、確かにあそこに居る」
「微か……なのも気になる点ね」
「……む」
確かに言ってみて気付いたが、これだけ戦っているのに『人形使い』の気配そのものはわずかにしか感じられないのだ。今でこそ真正面から相対しているのでそこに居ると理解できるが、もしこれが隠れられでもしたらカイトでさえ見失いかねなかったほどに気配は薄かった。
「気配はどの程度?」
「そうだな。これは寝ている……程度か。寝ている……? っ! そうか! 先天性の魔術師か! しかも異界化の先天性!? オレだって見た事ないぞ! それを確保したのか、奴ら!」
先天性の魔術師。それは地球で俗に言う超能力者でも良い。エネフィアでは超能力者は先天的にある特定の魔術が使える者として考えられており、実際にカイトも今回の『人形使い』のような異界化でなければ見た事はあった。と、答えにたどり着いた様子のカイトに、エドナが小首をかしげて問いかける。
「どういうこと?」
「先天性の異界化……夢の侵食だ。オレも誰かは忘れたが、聞いた事があった。術者の見る夢が現実に侵食していくって」
「それは……どう考えれば良いか判断出来かねるわね」
「ああ……流石にそれをどうやれば殺し屋に仕立てられるかはわからないが、正直知らなけりゃ対処不能だ。おそらくオレらが見ているあの少女は偽物だろう。あれもまた彼女の夢だ。あれを介して夢を見ているのだろうから、近くに本物は居るだろうが」
『人形使い』の気配を読めるのは神陰流を学んだカイトだからこそだ。そうでない戦士であれば術者も殺せず、おまけに無数のマリオネット軍団にまで攻め込まれるのだ。為す術もないだろう。確かに、殺し屋ギルドの秘中の秘と言うに相応しい『殺し屋』だった。
「とはいえ。ネタが割れちまったら後は話は早い。エドナ。こっちはオレがやっておくから、外を頼めるか?」
「こちらからだけでは無理?」
「無理だな……いや、やれるけどさ。流石に力技でやっちまったら隠蔽も何もない」
「それもそうね……何をすれば良いの?」
「おそらく殺し屋ギルドの監視役とは別に回収役と『人形使い』を眠らせておくための魔術師。それと護衛が多少居るだろう。魔術師を潰してくれ。後は起き次第、『人形使い』をこっちで確保する。まぁ、色々と面倒な妨害はあるだろうが……もう今さらだ」
おそらく『人形使い』まで確保してしまえば本格的に殺し屋ギルドは動くだろうが、今更これ以上喧嘩を売っても何も変わらない。何よりここで『人形使い』を倒した時点でその次の段階に移行するだろうというのも確実なのだ。どちらでも一緒と言えば一緒だった。
「了解……じゃあ、行ってくるわ」
「あいよ……さぁ、お嬢様。もうちょっと遊びましょうか」
いつもの様に次元を斬り裂いて外に抜け出たエドナ――勿論密かにだが――に対して、残るカイトは楽しげに双剣を召喚する。どうせ中でやれる事なぞこの戦いを徹底的に長引かせるだけしかないのだ。ならば自身も乗り出すだけであった。というわけで、カイトは観戦を終わらせて自身もまた戦いに乗り出すのだった。
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