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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第98章 演習編

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第2917話 闇で蠢く者編 ――最終戦――

 冬前最後の大規模依頼の統率をソラと瞬に任せ、自身はいつもの様に空いた時間を利用して手間ではあるものの時間の掛かる依頼を請け負う事にしたカイト。そんな彼は今回の依頼がマクシミリアン領からの依頼であった事からマクシミリアン領南西部のとある小さな街を経由地として、依頼の攻略に臨んでいた。

 その道中で殺し屋ギルドから刺客を差し向けられてしまいつつも難なく依頼の攻略を終えていたカイトであったが、そんな彼は殺し屋ギルドの刺客との交戦でエドナを呼び寄せる事になり、彼女と共に経由地としていた街に帰還する事になっていた。


「ふぅ……」

「そういえば……私ずっと疑問だった事があるのだけど良い?」

「ん? そういえばお前とこうやって宿屋で過ごすのは初めてだったか」


 エドナはそもそもかつて存在した『もう一人のカイト』が騎乗していた天馬だ。そしてその当時は人の形を取る事なぞ出来るわけもなく、野営地で野宿か馬小屋で待機だった。というわけで、何気に一緒の宿屋で一泊は今回の旅路が初体験だった。


「あら……初体験貰われちゃった?」

「あはは……で、何だよ」

「昔からそうやってたの? 昔はそんな事思う事もなかったのだけど、私も旅をする様になって宿屋に泊まって、あなたはどんな気持ちで夜を過ごしていたのだろう、と思う様になったのよ」


 昔からそうしていたのか。そう言われたカイトの様子であるが、それは簡単だ。いつもの様に窓辺にロッキングチェアを置いて深く腰掛け、ゆっくりとオフホワイト色の液体を傾けていた。

 今日の気分は甘いお酒だったのか、リモンチェッロと呼ばれるイタリアの地酒を炭酸で割った物だった。とある縁でイタリアのとあるレモン農園と懇意にしていたのだが、そこから送られてきたものだった。とまぁ、それはさておき。エドナの問いかけにカイトは双子の月を眺めながら考える。


「んー……そうだな。昔はこうやって飲んでなかったな。多分、こうやって酒を覚えたのは今になってからだ。こうやってちびちび飲める様になって大人になったなー、と思わないでもない」


 これは仕方がない事だったのかもしれないな。カイトはもう一人の自身が過ごした日々を思い出し、そしてあのままの自分が成長していたら、こうなったのだろうか。そう想像して笑う。そしてそれを想像し、しかし首を振った。


「でもまぁ……うん。そうだな……多分、こうはならなかっただろう」


 存在の根源は同じで、そしてその根源に喩えもう一人の自身が居たとしても。自分が培ってきた物はすべてかつての彼を形作った物とは別のものだ。そして何より、とカイトは笑う。


「それに何より……うん。あいつがいたら、多分オレを殴って止めてくれてたんだろう。そして実際止めてくれた。これはああならなかったある意味ではもう一つの未来。お前や、みんなが居てくれなかったからこそのオレだ。だから、こうはならなかった」

「……そう」


 誰を思い浮かべたか。そして何を思い浮かべたか。常にその旅路を共にしてきたエドナにとって、それは手に取る様にわかった。そうして、そんな彼女が一つふと問いかける。


「一口、貰える? 地球のお酒はまだほとんど口にしていないから」

「ああ……こいつは温暖な土地で作られた地酒でな。その中でも最高の一家が作ってる名酒だ」


 こうして飲める様になったのは、ある意味では一番良かった変化なのかもしれないな。カイトはエドナの問いかけに応える様に、自らが口にしていたグラスを回す。そうして、暫く。のんびりとした時間が過ぎゆくわけであるが、予見されていた通りの事態が起きる事になるのにそう時間は必要なかった。


「……無粋なものね」

「それを理解出来れば、殺し屋なんてそもそもやってないだろう」


 二人の耳に聞こえるのは、無数のカタカタと蠢く何かの音だ。それは木と木がぶつかり合うような音にも聞こえるのだが、詳しい事はまだわからない。が、少なくとものんびりとした空気をぶち壊しにする無粋さはあったようだ。と、そこに。ストラが現れた。


「閣下……支度のほどは整っております。その気になれば下手人も捕らえられますが」

「お前が直々に動いた、ってのはわりかしマズい。捕まえた後に回収だけで頼む」

「……かしこまりました」

「不満げね」

「あはは」


 自身の指示に不承不承という様子で消えたストラを見て笑うエドナに、カイトもまた笑う。まぁ、彼の場合は自身が近くに居ながらカイトの手を煩わせる事態が起きている時点で機嫌が悪くなるのだ。立場上仕方がないとはいえ、動けない事に不満だったのである。勿論、だからといって動かせるわけもない。


「さて……どうにもこうにも派手なのか派手じゃないのかわからない奴みたいだな。超広域に渡る催眠結界……外の様子をわからない様にするための物か。ついでに若干位相もずらしてるな。完全に包囲されているか」

「打って出る?」

「面倒だが……部屋を壊されるのも堪ったもんじゃないだろう」


 この宿屋は言うまでもなくカイト自身とはなんら関係はない。一応冒険者向けに商売をしているので敵対者からの襲撃による破損は考慮されているし、その場合はユニオンから見舞金のような形で修繕費用などはきちんと提示される。今回の場合は殺し屋ギルドが相手という事もありその条件に該当するが、だからと破壊されて良いわけではないだろう。というわけで、カタカタと鳴り響く音を聞きながらカイトは椅子から立ち上がる。


「どこに出る?」

「その姿でも次元は裂けるのか?」

「姿かたちが変わっても、私そのものが持つ力は失われていないわ……あの子達は使わないけれど」

「なるほど」


 日向も伊勢も共に少女の姿を取る時は魔物の時に使っていた力を使う事はないが、やらないだけで出来ないわけではないらしい。次元を斬り裂く力を指先に宿したエドナにカイトはそれを理解する。というわけで、そんな彼女にカイトは行き先を告げた。


「屋上で。どれだけ派手にやらかしてくれたか、一つ見てやろうじゃねぇの」

「了解」


 ふっ。エドナが指を振り下ろすだけで次元が裂けて、この宿屋の屋上に通ずる道が出来上がる。そうして二人は次元の裂け目を通って屋上に上がったわけであるが、見えたのはとんでもない光景だった。


「これは……凄まじいな。完全ホラーじゃねぇか。何十……いや、何百だな。これは……」

「街全域だとするなら何千……になりそうじゃないかしら」

「街全域は流石に考えたくはないが……マリオネット、か」


 いくら小さめの街とはいえ、半径で言えば数キロはある。それがすべて敵の操るマリオネットで覆い尽くされているとなると数千どころの騒ぎではない。下手をすると数万単位の可能性はあった。そんな光景を見ながら、カイトが口を開く。


「オレも聞いた事がある……『人形使い(ドールマスター)』。そんな名前の殺し屋が居るってな。どうやら殺し屋ギルドも相当な殺し屋を差し向けてくれたようだな」


 カタカタカタ。鳴り響く木々のぶつかり合う音はマリオネットが不気味に動く際に鳴り響く音だった。とはいえ、単なるマリオネットが何千体集まろうと相手になるカイトではない。そして彼を最も彼たらしめているのは、武器を魔力で編める力だ。故に彼は指を一つスナップさせ、無数の武器を顕現させる。


「生憎、オレは大軍の掃討が得意でね。雑兵が何千集まろうと意味はない」


 何千体だろうと何万体だろうと、無尽蔵にも等しい魔力を保有しそれを背景として無数の武器を創れてしまうカイトにとって数は大した意味を持たない。というわけで、彼は指揮者がする様に手を振り下ろすと、それと共に無数の武器が一斉に射出され無数のマリオネットを破壊していく。


「これだけあると後の掃除、大変そうね」

「おそらくマリオネットは魔力で編まれてるんだろ……おっと。どうやらちょっとはやるらしいな」


 破壊したマリオネットが破壊された部品を破棄し、無事な部品同士で新たなマリオネットを形作るのを見てカイトは僅かに笑う。そうして無数の武器の嵐の中に、マリオネット達が突っ込んでいく。そんな様子に、カイトは頬を引き攣らせる。


「うわー……やっぱホラー……」

「どうするの?」

「これで抜けるほど甘くはない……次の一手を打ってくるまで現状維持だ」


 自分達の損害を気にせず突っ込んでくるマリオネット達に対して、カイトは特段の興味は見せなかった。彼の言う通り、この程度で武器の嵐を抜けるほど甘くはないからだ。

 というわけで、カイトは『人形使い(ドールマスター)』の次の一手が見えるまでまるで津波の様に押し寄せるマリオネット軍団を単身で押し返すのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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