第2914話 闇で蠢く者編 ――3戦目――
冬前最後の大規模な依頼をソラと瞬に任せたカイト。そんな彼はいつもの様に空いた時間を利用して、受け手の居ない依頼の攻略に臨む事にする。というわけで、今回はマクダウェル領の南隣。マクシミリアン領から流れてきた依頼の攻略に臨む事にしたわけであるが、彼はその途中で殺し屋ギルドの刺客に狙われる事になってしまう。
といってもそこは最強を謳われる男である。殺し屋ギルドの刺客達との戦いをまるでついでの様に終わらせながらも、請け負ったいくつもの依頼を攻略していた。そうして依頼の攻略を開始して三日目。彼は最後の依頼であった『真紅の餓狼』という手配された魔物の討伐を終わらせて帰路に着く事になっていた。
「良し……今回はまぁそこそこ楽しい依頼ではあったかな」
並み居る冒険者達が嫌厭するような、そして何人もの腕利きの冒険者達が倒れてきた依頼の数々。それをして彼には少し楽しいかな、ぐらいでしかなかったらしい。まぁ、経験も戦闘力も並の冒険者とは段違いなのだ。こうもなる。
「これで後は帰るだけ、と……」
『真紅の餓狼』を討伐して少し早めの昼を摂ると、カイトは再びバイクに跨る。そうして更にゴーグルを取り出すと飛空艇とリンクさせ、現在位置と周辺情報を取得。どこに向かえば良いかを割り出した。
(良し……さて、帰るか……そういえば殺し屋ギルドの刺客って後何人ぐらい居るんだろ。街には数人居たのは確認しているが……内一人は昨日勝手に気絶したしなぁ……)
あれは笑えた。カイトは結局戦うまでもなく終わってしまった殺し屋ギルドの刺客を思い出し、堪えきれない様に笑う。彼も色々な刺客に狙われて長いし数も並の貴族と比較にならないほどに多いのだが、こんな経験はほとんどなかった。ほとんどなかった、なあたり彼らしいのはご愛嬌だろう。
(道中後一戦ぐらいは来てほしいもんだな。帰り道に暇つぶしの一つや二つはあっても良い……街では一戦で終わって欲しいなぁ)
やはり為政者。気にするのは無辜の民達に被害が及ばないかどうかだ。なので彼は来るなら道中にして欲しいものだ、と思いながらバイクに搭載されている魔導炉に火を入れる。そうして彼は僅かに前傾姿勢を取り再びバイクを走らせる。
(……遠くに一人居るから、こいつがどう出るか、か)
こいつはおそらく道中のどこかで攻めてくるな。カイトは自身を見る非常に遠くからの視線に対してそう判断する。この視線の主は相当に遠くから彼を見ており、しかし昨日の夜の刺客の様に攻めあぐねているという様子はない。どちらかと言えば機を見計らっている様子があった。
(ここから街まで大体……四時間。飛ばせばもっと速いが……別にその必要もないか……どうにせよ休憩は取るべきだしな。その後か、先か。ま、休憩中じゃなけりゃ良いや)
そうと決まればさっさと行くか。カイトは改めてどうでも良いと判断すると、バイクに乗って移動を開始するのだった。
さてカイトが『真紅の餓狼』を討伐した場所から出発してから二時間ほど。相変わらずバイクに跨って移動していた彼がそろそろ休憩を取るかと考えていた頃の事だ。まるで彼の疲労を見計らっていたかのようなタイミングで、遠くで馬の嘶きが響き渡る。
「うん? すごいな……」
単なる馬の嘶きにしてはかなりの力強さがあった。カイトは先程の嘶きに対してそう思い、僅かに顔を上げる。ここら、やはり彼も為政者だ。優れた馬にも興味はあった。というわけで彼はブレーキを引き絞り急減速。見つかれば儲けもの、という様子で周囲を見回す。
(流石に少し判断が遅かったな……目視じゃ見付けられんか。今の馬の嘶き……かなりの名馬だ。幻想種やらかもしれんが……どっちにしても野生なら欲しいな……マクシミリアン家には黙っとこ)
こういうのがあるから、気まぐれはやめられない。カイトは久方ぶりに当たりを引いた事に上機嫌だ。まぁ、それで考えているのがマクシミリアン家には黙って連れ帰ろうというあたり、彼も中々肝が据わっているだろう。というわけで、先程聞こえた場所から離れてしまっていたこともあり彼は来た道を少しだけ戻る事にする。
「さて名馬ちゃんはどこですかー……と」
もし誰も飼っていない野生の馬なら儲けものだし、よしんば誰かが飼っているというのならその飼主と知己を得ておくのも儲けものだ。
特に飼馬であるなら誰かがこれを育成したという事であり、飼馬の主人の近辺にはそれを育てられる技術を持つ者が居るという事だ。どちらでもカイトが捨て置けるものではなかった。というわけで良縁が得られる事に上機嫌になっていたカイトであるが、そんな彼を狙う影があった。
「……ちっ。空気を読まない奴だな……」
何かが来る。カイトは自身の背後に猛烈な勢いで迫り来る敵意を感じ取り、僅かに舌打ちする。この状況下で攻めてくる者なぞ一つしかない。
というわけで、カイトは非常に後ろ髪を引かれながら――それこそいっそここで立ち止まって迎撃するかと思うぐらいには――も、もし飼馬だった場合に主人に迷惑は掛けられないとバイクを再加速させる。距離を取ろうと思ったのだ。が、そんな彼をも遥かに追い抜く速度で、彼の真横を黄金の影が駆け抜ける。
「っ!? 速い!」
『やるな! 俺の速度に追いつくか!』
「っ」
今のは殺し屋ギルドの刺客か。カイトは追い抜く一瞬に一撃を放った者が殺し屋ギルドの新たなる刺客だと理解する。と、一撃そのものは刀を抜き放ち防いでいた彼であったが、その次の瞬間だ。先程聞いた馬の嘶きが、再度響く。
「……む。っぅ!」
どうやらこの嘶きは殺し屋ギルドの刺客の乗った馬のものだったらしい。嘶きの直後に再度黄金の閃光が走り、更にその直後に訪れた衝撃でそれを理解する。と、そうして二撃目を防いだカイトに、殺し屋ギルドの新たなる刺客は馬を止める。
「おい、走ろうぜ! お前のそれも変なナリだけど馬みたいなもんだろう!?」
「おぉ! すっげぇな!」
「お? お前わかる口?」
どうやら殺し屋ギルドの新たなる刺客は自身が跨る馬に対して相当な自信と誇りを有していたらしい。思わず発せられたカイトの称賛の言葉に敵同士である事も忘れ上機嫌に目を見開いて問いかける。これにカイトもまた相手が殺し屋ギルドの刺客という事を忘れ、うなずいた。
「わかるわかる……すげぇ名馬だ。どこの血統だ? そいつ、幻想種の一角だろ?」
「それは流石に教えれねぇよ……でもお前なら絶対に知ってる血統だ」
「ってことはあのどれかか……あー……おっしい。マジで惜しいなぁ……お前が殺し屋ギルドの刺客じゃなけりゃぁなぁ……」
こんな名馬に主人と認めさせながら非合法の殺し屋ギルドに所属するなんて。カイトはあまりに惜しいこの男の選択に、心底の嘆きを浮かべる。というわけで、彼はこの男を殺すのが――というよりこの名馬を失うかもしれないという事実に――惜しく感じられたのか、一縷の望みを掛けて問いかける。
「なぁ、今の内に聞いておくぜ……お前、マクダウェル家に鞍替えする気ないか? オレの立場上、紹介する事は出来る。リトスの執り成しもあれば十分可能だろう。それだけの名馬を扱えるんだ。精兵揃いのマクダウェル家でも騎馬隊のエースになれるぞ」
「やめてくれよ。俺は好き勝手に走りたいんだ」
「惜しいなぁ……マジで惜しい……」
こうじゃなければ。カイトは新たなる刺客の返答に心底肩を落とす。と、そんな彼に密かに付き従っている従者の一人がおずおずと掣肘する。
『あの……閣下。悪い癖が……』
『え……ダメ? ちょっとこいつ欲しいんだけど』
『あの……危険かと……いえ、閣下にとって危険でもなんでもないのでしょうが。周囲の者が……』
『えー……』
カイトの悪い癖はいくつもあるわけであるが、その一つはリトスの時の様に優秀な存在と見ると状況や相手を考えず確保しようとする所だろう。無論それが悪逆の限りを尽くす相手なら話は別だが、この男はそういう手合ではなさそうではあった。というわけで、少し不満げな彼に従者が告げる。
『……まぁ、馬を連れ帰るぐらいならなんとか』
『あー……ダメだ。こういう名馬は主人に従順でな。連れ帰るなら一緒じゃないと厳しい……主人は捕縛するから、馬は確保でダメ?』
『同じですよ……はぁ。軍に引き入れるのでなければ』
『よっしゃ』
この主人も持つ物はあるが、何よりこの馬は是が非でも欲しい。カイトは新たなる刺客より何より馬の方が目当てだった。というわけで彼は従者からの了承を得られた事もあり、ウキウキ気分で改めて刺客に向き直る。
「どうした? 走るか?」
「走る」
「よっしゃ。じゃあ、さっさと乗れや」
『閣下』
『良いから良いから』
どうしてこうも簡単に敵の手に乗っていくのか。不用心としか思えないカイトの行動に再度従者から抗議の声が飛ぶが、それにカイトは楽しげだ。そしてそんな彼は嬉しそうにバイクに改めてしっかり乗る事を勧める刺客に対して、手を突き出す。
「ちょい待ち。流石にお前の馬にこのおもちゃじゃどうしようもない。ウチで一番良いのにさせてくれ」
「良いのって……どうするんだ?」
「こうする」
小首を傾げる刺客の問いかけに対して、カイトが取り出すのはオカリナだ。それに魔力を纏わせ特定の音色を奏でると、次元が裂けてエドナが現れる。
『呼んだ?』
「おうさ……ちょっと騎馬戦になっちまってな」
『あら……良い脚ね。私には劣るけれど』
「だろう? 流石にバイクで走るにはな、と思ってな」
どうやらカイトが自身を呼び寄せた意図をエドナもすぐに理解したらしい。カイトを乗せるや否や、刺客とその馬の鼻に合わせる様に移動する。そうして真横に移動してきた主従に、刺客は思わず目を輝かせた。
「それが噂の天馬か! すっげー!」
「だろ? せめてこいつぐらいは用立てさせてくれや。それとも、おもちゃじゃないと不満か?」
「良いねぇ。相手にとって不足無し。全力で走れそうだな」
ぽんぽん。どうやら刺客はエドナの事を聞き及んでいたらしい。自分が全力で戦っても不足無い相手だろう、と自らの馬の背を撫ぜる。
「……先に俺も言っとく。お前殺すの惜しいわ。仕事だからしゃーないけど」
「あははは……それは出来るなら言え」
二人は楽しげに。そしてまるで殺し合う事を感じさせない様子で笑い合う。が、どちらも身に纏う殺気は濃厚で、これからの戦いを予感させるものだった。
「「はぁ!」」
両者は同時にそれぞれの愛馬の腹を蹴る。そうして、白銀と黄金の閃光となった二組の主従が草原を駆け抜けていくのだった。
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