第2913話 闇で蠢く者編 ――追撃戦――
冒険部に持ち込まれた冬前最後となりそうな大きな依頼。それはミナド村を含めたマクダウェル領北部の穀倉地帯などから食料を確保し、皇都に輸送するというものであった。
これに関しては経由地の中にミナド村が含まれていた事から総指揮をソラに任せると、自身はいつもの様に手間や危険度などから長時間放置されている依頼を受諾し、ソロ冒険者としての行動を行っていた。
というわけで殺し屋ギルドから刺客を差し向けられながらも単身依頼の攻略を行っていた彼は請け負った五つの依頼の内四つを達成。最後の一つとなる手配された魔物の討伐に向けてバイクを走らせていた。
(さて……どこに居るのやら。牙獣種だから活動範囲が無茶苦茶広いってのはしゃーないが)
今回の五つの依頼の最後の一つ。それは冒険者達が俗に言う牙獣種という魔物の討伐だ。まぁ、牙獣種というと分かりにくいが、手っ取り早く言ってしまえば狼型の魔物やサーベル・タイガーに似た虎型の魔物などの牙を持つ四足歩行の魔物というわけだ。そしてそういうわけなので保有する縄張りはかなり広くなりがちで、今回手配されている魔物の活動範囲も相当に広かった。
(どうするかな……いっそ匂い袋とかでおびき出しても良いが。ただそうすると他の牙獣種まで呼び寄せちまう可能性があるから面倒くさいな……というか、可能性じゃなくて確定だけど)
広大な活動範囲を持つ今回のターゲットを呼び寄せようとすると、どうしても使う匂い袋も効果範囲が広くなってしまう。となるとその範囲にある魔物も見境なしに呼び寄せる事になってしまうのは、致し方がない事だろう。無論カイトなので何千体、何万体と押し寄せようがすべて殲滅してしまうだろうが、面倒くさいのもまた事実だった。
(匂い袋は最後の手段だな……何より周囲の魔物を触発する場合、周囲に影響が無いかどうか調査してからの使用が望ましい。ぶっちゃけ周囲にキャラバンでもあったら無茶苦茶面倒くさい事になりかねんからなぁ……)
それならいっそ地道に探した方がまだ楽だ。カイトは匂い袋を使った場合に起きるだろう様々な面倒事を考えて、あくまでもこれは最後の手段と考える事にする。
実際彼の考える通り、周囲の魔物を一気に呼び寄せるという事はその途中に誰かしらが居た場合はその誰かしらにまで迷惑が掛かってしまう。安易な使用は避ける様にユニオンでは推奨されていた。
(しゃーない。取り敢えず地道に探していく事にするかね……)
時間は掛かる事になってしまうが、それもまた致し方がない。カイトは色々と考えてはみたものの、結局は周囲への影響などを鑑みてすべて取り下げる事になっていたようだ。というわけで、彼はひたすらにターゲットの活動範囲と目される一帯でバイクを走らせる事になるのだった。
さてカイトがターゲットの活動範囲と目される草原でバイクをひた走らせる様になって二時間ほど。何度かターゲット以外の牙獣種の群れと遭遇しその度に殲滅を繰り返し、彼はようやくターゲットと遭遇する事に成功していた。
「おっと! 危ない危ない!」
ターゲットと遭遇する事に成功したカイトであったが、そんな彼はバイクを降りずに交戦を繰り広げていた。というのも、ターゲットはどうやら単独行動をしていたわけではなく、それが率いる群れが一緒だったのだ。というわけで遭遇に気付いた時には群れに追走される形となってしまっており、彼は色々と考えた結果バイクに乗ったまま戦う事にしたのである。
というわけで猛烈な速度で自身に追い縋り飛びかかった牙獣種の一体の攻撃を半ばドリフトの様にバイクを寝かせてその下を潜る形で回避。バイクを右手一つで操りながら上に見える牙獣種の腹に向けて、左手に持った魔銃の引き金を引く。
「おらよ! っと!」
頭上を通り抜けた牙獣種を消し飛ばし、カイトは更に地面を軽く蹴って寝かせていたバイクを元通りに立て直し再度アクセルを全開。追走する牙獣種の群れを引き離す様に加速する。
「これは面白いというかなんというか!」
再び加速していくバイクとそれに追走する様に走る牙獣種の群れ。そんな状況にカイトは楽しげに笑う。まぁ、普通に見れば群れに遭遇したソロの冒険者が必死で逃げているようにも見える光景であるが、その実カイトは完全に遊んでいる。全くもって余裕の様子であった。
というわけで再加速を行うバイクに跨るカイトであるが、そんな彼はバイクの後ろ側の左右に搭載されている飛翔機を利用して一瞬だけバイクを浮遊させ前後を逆転させる。
「照準良し! 食らいやがれ!」
自分を追いかける牙獣種の群れを正面に見据え、カイトは今度はバイクの前面に搭載されている機関銃型の魔銃の引き金を引き絞る。すると無数の魔弾が発射され、カイトを追いかけていた牙獣種を一気に殲滅していく。と、そんな魔弾の嵐を抜けてくる赤い影が一つあった。
「来たな……」
こいつが今回のターゲットだな。カイトは一体だけ異様に赤く、そして体躯も他に比べて異常に大きな個体を見付け、僅かにほくそ笑む。これこそが今回のターゲット。手配された魔物だった。
(『真紅の餓狼』……異常進化を遂げた牙獣種か。似た魔物は多いが……)
真紅の狼型の魔物は非常に多いが、この個体はどうやらそういったある種一般的な狼型の魔物ではなくベースとなった狼型の魔物が普通の進化とは全く別種の進化を遂げた個体らしい。
なので情報が少なく冒険者達には嫌厭され、更には活動範囲の広さや似た魔物の多さなどから発見も難しかったようだ。というわけで広く冒険者を募るべく、マクスウェルにまで依頼が流れてきたというわけだった。
それはさておき。そんな『真紅の餓狼』を確認したカイトは自身の魔弾の掃射をくぐり抜けて来る『真紅の餓狼』に意識を集中する。
「っ」
やはり異常進化を遂げた、というだけの事はあったらしい。『真紅の餓狼』が率いる群れの平均的な個体の強さがランクCだとするのなら、『真紅の餓狼』の速度やら身に纏う障壁の硬さなどはランクAの魔物に匹敵していた。
というわけで、魔弾の掃射をその速さと堅牢な障壁でくぐり抜けてきた『真紅の餓狼』がカイト目掛けて飛び上がる。
「おら……よ!」
飛び掛かってきた『真紅の餓狼』に対して、カイトは今度は左手一つでバイクを操縦。空いた右手で大剣を異空間より呼び寄せると、『真紅の餓狼』と斬り結ぶ。そうして『真紅の餓狼』の全体重が彼の右腕一つに伸し掛かるわけであるが、そこはカイトだ。持ち前の馬鹿力で一気に押し返した。
「よっと」
『真紅の餓狼』を押し返して距離を取らせると、カイトは自分達の激突で大きく穿たれた地面をジャンプ台にして飛び出す形でバイクを加速させる。そうして僅かに浮遊するバイクで再度彼は飛翔機を点火。空中で一気に加速して再度追撃戦を開始する。
(普通に戦えばよかったか? ま、良いか。楽しいから)
いくら異常進化を遂げて手配されていようと、相手はカイト。最高位の冒険者である。バイクという普通ならありえない乗り物を駆りながらの戦闘でも問題はなかった。が、相手も流石は手配された魔物というだけの事はあり、バイクの速度に追従出来たらしい。再加速したバイクに並走する形で、カイトの真横までたどり着く。
「ほぅ……やるね」
猛烈な速度で自身の真横までたどり着いた『真紅の餓狼』に、カイトは僅かな笑みを見せる。そうして彼が笑うと同時に、『真紅の餓狼』が飛び上がって再度カイトへと襲いかかった。
「おっと! はぁ!」
笑ってばかりもいられない。カイトは襲いかかってくる『真紅の餓狼』に向けて再度右腕一つで大剣を操って押し戻す。そうして一瞬だけ『真紅の餓狼』を突き放すわけであるが、どうやら『真紅の餓狼』は群れの仲間を何十体も殺されおかんむりだったらしい。地面を抉るほどの力強さで再加速。カイトを追撃する。
「そろそろ本気でやりますかね」
別に片手間で倒せない相手ではないが、如何せんバイクでものすごい距離を移動しながら戦っている。なのでいつどこかのキャラバンや冒険者達と遭遇するかわかったものではなく、カイトもそれはあまり好ましくないと思っていたようだ。
一応『真紅の餓狼』が手配されているのでその活動範囲一帯は――交戦の意図が無い限り――避ける様にするのが一般的だが、何事も限度がある。そろそろ決めねばならない頃合いだった。というわけで、彼は先程同様にバイクを僅かに浮かせて前後を逆転。再度『真紅の餓狼』を正面に捉え、今度は下半身だけでバイクを制御。大太刀と大剣を構えた。
「ふぅ……はぁ!」
これで何度目か。飛び掛かってくる『真紅の餓狼』をカイトは右手に持った大剣で受け止める。そうして全体重が彼の右腕に伸し掛かってくるわけであるが、それを堪えて彼は『真紅の餓狼』を後ろに放り投げる様に打ち上げた。
「はぁ!」
『真紅の餓狼』を放り投げる様にして打ち上げたカイトであるが、その反動を利用してバイクを今度は進行方向側に寝かせる。そうして打ち上げられた『真紅の餓狼』を頭上に見据えると、右手の大剣を異空間へと収納。下半身と右腕で制動を取りながら、残る左手の大太刀で『真紅の餓狼』の腹目掛けて斬撃を放つ。
「良し」
自身の斬撃を受け『真紅の餓狼』が両断されるのを見て、カイトは一つ頷く。そうして前後に両断されて地面に落下した『真紅の餓狼』に向けて、カイトはバイクから飛び上がって武器を双銃に切り替える。
そうして容赦なく引き金を引き絞り、『真紅の餓狼』の牙を残して――討伐の証明とするため――完全に消滅させるのだった。
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