第2912話 闇で蠢く者編 ――三日目――
冒険部に持ち込まれた冬前最後となりそうな大きな依頼。それはミナド村を含めたマクダウェル領北部の穀倉地帯などから食料を確保し、皇都に輸送するというものであった。
これに関しては経由地の中にミナド村が含まれていた事から総指揮をソラに任せると、自身はいつもの様に手間や危険度などから長時間放置されている依頼を受諾し、ソロ冒険者としての行動を行っていた。
が、そんな中で殺し屋ギルドから刺客が差し向けられる事になってしまったカイトであったが、彼は二人組の殺し屋を武力で制圧。その後は刺客が差し向けられるより前から自身を監視していた刺客を色々とあって昏倒させる形となり、活動開始二日目を終わらせていた。というわけで、ソロとしての活動開始から三日目。この日彼は朝方も朝日が昇る前から、行動を開始していた。
「寒い……超絶寒い」
まぁ、朝日が昇る前。それもエネフィアという星で見れば比較的北側にある皇国だ。カイトが領有するマクダウェル領より南とはいえ、それでも朝日が昇るよりも前であればマクシミリアン領もかなり寒かったようだ。というわけで、彼は凍えながらも昨日日がある間に探し出していた依頼の薬草の採取に取り掛かる。
「あった……冷たっ! てか痛い! やっべ……水が凍えるような冷たさだわ……」
すでに吐く息は真っ白だ。その時点で寒さなぞ察するに余りある状況ではあったのだが、そこに川の水に浸った薬草を採取していくのである。その冷たさは正しく刺すような冷たさで、そしてこういった自然現象による物体の温度の低下になると流石に大精霊達の力も効果が薄い。
というわけでカイトであっても魔術で対応していくしかないのだが、そうなると今度はここが危険地帯であるという問題が付きまとう。長時間魔術を展開すると朝飯前の魔物達を触発する事になってしまう。
これもまた厳禁だ。結果、我慢するか道具を用意するしかない。そしてカイトは道具を用意する事が出来る立場だし、用意する冒険者だった。
「うぅ……手袋持ってきて正解だった……でもこいつ、固いのが難点なんだよな……」
カイトが用意した手袋はとある海魔の皮で作られた手袋で、本来は寒冷地で使うためのものだ。海魔である事からその皮は防水性にも優れているため、氷河などを渡る際の荷物の保護にも利用されるのだが、それを手袋として使えばこうして冷たい水からある程度手を保護してくれるのであった。
というわけで、手袋を装着したカイトは動かしにくい手袋に四苦八苦しながらも、十分な数の指定された薬草を確保。専用の容器に入れて、仕事を終わらせる事にする。
「よし……うぁー……寒い……」
薬草の採取を終わらせたカイトは朝日が昇り切る前に地面を蹴って空中に浮かび上がると、空中に待機させておいた飛空艇に舞い戻る。毎度毎度の事であるが、基本的に冒険者が活動を開始するのは魔物達が朝食を終わらせた後だ。
しかもこの一帯は危険地帯。薬草の採取を終わらせたからと即座に行動開始とはならず、朝日が昇りきって魔物達の活動が一段落するまではカイトも待機するしかないのであった。
というわけで、彼は暖房の効いた飛空艇に戻るともう一眠りする――それでも十分な時間があった――事にして、そこから次の行動に移る事にするのだった。
さてカイトが朝一番に薬草の採取を終わらせてから数時間。再度起きた彼は十分に日が昇っている事を確認。神陰流を活用して周囲の魔物達の活動が一段落している事を確認すると飛空艇を自身に追従させる形とすると、再びバイクに跨って今日の冒険者活動を開始していた。
(さて……これで依頼は三つ完了。残りは魔物の討伐二種だけか)
今回請け負った依頼は五つで、その内一つは遺品の捜索で付随していた手配された魔物の討伐を含めて完了済み。薬草の採取に関しては昨日今日と終わらせたので、残っている依頼は手配された魔物の討伐だけだった。そして手配された魔物に関しては手配がされた段階である程度生息地域と活動する時間帯も特定されており、探すのは特段苦労する事はない。というわけで、カイトは後はさほど広くないエリアを捜索するだけと気軽な様子だった。
(えっと……二体の内一体は牙獣種の魔物か。こいつは活動範囲が広いから、ちょっと注意しておく必要があるな。もう一体は剣鬼の類か。こっちは逆に活動範囲はかなり狭いが……かなり強いから要警戒とされてるんだったか)
冒険者として対応し易いのは後者だな。カイトは活動範囲が狭い事からそこを避ける事も容易いと判断する。とはいえ、だからと見過ごすつもりはないし、何よりどちらを先に討伐するかはここから街に戻るまでの道のりでどちらの活動範囲が近いかという所に依存する。そして近いのは後者だった。
(取り敢えずここから近いのは剣鬼の方だな……流石にバイクを壊されるとティナに何を言われるかわかったもんじゃないから、近付いたら降りないとな。何より壊されるとオレが移動に困るし)
いくら飛空術を使えて超長距離の移動が出来る腕前だろうと、バイクの方が楽である事は間違いない。というわけでカイトは剣鬼との遭遇によりバイクが壊されない様に活動範囲に入る前にバイクから降りる事を決めると、バイクを加速させる。そうして移動すること一時間ほど。剣鬼の活動範囲が近付いてきたのか、彼はバイクを停止させて徒歩に切り替えていた。
「……見晴らしの良い草原……そして遠くに見える荒れ果てた地面とその中央の黒い影……わかりやすいな」
これは交戦を避けるなら避けやすいが、戦うなら戦いやすい相手と言えるだろう。が、それは逆説的に言えば見つけ出せず撤退はなく、戦うと決めた腕利き達を何人も撃退してきた事が察せられる相手と言えた。
(とどのつまり無茶苦茶強い、と……殺し屋達より楽しめれば良いんだが)
まだ剣鬼はこちらを認識していない。カイトは動きを見せない黒い影を遠くに見ながらも、一歩一歩確かめる様に歩いて行く。そうして歩くこと数分。縄張りに近づく存在に気がついたのか、まだ数百メートルの距離があるにも関わらず剣鬼がカイトの方を振り向いた。
(ほう……この距離で気付くか。まだ警戒状態という所だが……後百という所か)
確かに事前情報の通り、活動範囲は極小らしいな。カイトは半径数百メートルでしか動きを見せる様子の無い剣鬼にそう判断しつつも、逆にそれ故にこそ相当な強さを持つだろうと判断する。というわけで、気付かれた以上はもはや隠れる必要もないと二冊の魔導書を取り出して魔術をセットする。
「さて……どうする?」
二つの強大な力の宿る光球を生み出すと、カイトは楽しげに牙を剥いて笑いながら誰ともなく問いかける。そうして、彼は一切の容赦なく光球を剣鬼に向けて投げつけた。
『グゥオオオオオ!』
剣鬼の雄叫びが、蒼天に響き渡る。そうして、その直後だ。地面が大きく砕け散って、巨大な斬撃が地面を這う様に迸る。それはカイトの放った光球を飲み込むと、力を減衰させながらも彼方まで大きく地面を抉る。
「良いね……近接戦で行くか」
カイトは大きく抉られた地面を見て笑うと、魔導書を懐にしまって刀を取り出す。そうして、自身に向けてすでに地面を駆けていた剣鬼と正面から激突する。
「おぉ!」
『!?』
真正面から剣鬼と激突したカイトであったが、そんな彼が少しだけ気合を入れて腕に力を込める。するとそれだけで何人もの腕利き達を撃退してきた剣鬼が押し込まれ、その幽鬼の顔に驚きが浮かび上がった。それを見て、カイトは獰猛に笑う。
「おらよ!」
どんっ。僅かに押し込んだのをきっかけとして剣鬼の剣を弾くと、がら空きとなった胴体に向けてカイトがミドルキックを叩き込んで吹き飛ばす。が、これに剣鬼は手にした剣を地面に突き立てて急減速。再び地面を打ち砕いて、カイトへと肉薄する。
『グゥオオオオオ!』
「ほぅ……」
どうやらこいつはランクB以上の魔物にありがちな特殊能力を持たないが、単純だからこそ基礎的な戦闘力が非常に高い類か。カイトは強烈な圧と共に再度自身に肉薄する剣鬼に僅かに楽しげな笑みを浮かべる。おそらくこの魔物の推定される戦闘力は冒険者でいう所のランクSの壁の上か少し超えた所に居るだろう。並み居る腕利き達が撃退されてきたのも納得だった。そしてそうであるのなら、カイトとしても油断はしない。
「はぁ!」
雄叫びと共に自身に襲いかかる剣鬼に対して、カイトも裂帛の気合でそれに応ずる。そうして再度刀と剣が激突するわけであるが、やはり今度もカイトの勝ちだ。故に今度は剣戟の激突だけで剣鬼が吹き飛ばされていくわけであるが、剣鬼が地面に剣を突き立て減速するよりも先にカイトが武器を切り替えて魔銃を取り出す。
「おまけだ」
吹き飛んでいく剣鬼に向け、カイトは容赦なく引き金を引く。そうして発射される無数の魔弾に対して、剣鬼は空中で斬撃を放ってその反動で大きく跳躍。魔弾を回避してみせる。が、この流れはカイトには読めていた。
『!?』
「遅い」
魔弾はあくまでも囮。カイトからしてみればこの程度で討伐出来る相手でない事は明白だ。なので魔弾を追い抜く速度でカイトは剣鬼の着地地点に肉薄しており、剣鬼の着地と同時に彼が容赦なく剣戟を叩き込む。
「む……」
防がれたか。着地と同時に剣戟を叩き込んだカイトであるが、手応えから剣鬼がギリギリ剣による防御を間に合わせていた事を理解する。が、こんなものは所詮は無駄な抵抗だ。彼は剣鬼が吹き飛んだ方向を見て、しかし僅かに目を見開く。
(居ない……なるほど)
どうやらただでやられるほど、剣鬼もヤワではないらしい。このままでは先程同様着地地点を狙われる事を察したのか、剣鬼は軽く剣戟を放ってその場を離脱。何かしらの方法でどこかへと消え去っていた。
とはいえ、それは逃走したわけではなく、カイトの不意を打つための行動だったらしい。が、相手はカイト。気配を読む事に掛けては超一流と言える男だ。即座に気配を見抜かれていた。
「……ふぅ」
次の一撃で終わらせる。カイトは刀を鞘に仕舞うと、僅かに腰を落として居合い切りの姿勢を取る。そうして彼が姿勢を整えてコンマ数秒。剣鬼が再び姿を現す。
『グォオ』
「ふっ」
剣鬼が雄叫びを上げてカイトに切り込もうとした直後。正しく神速としか言い表せない速度でカイトが刀を抜き放ち、剣鬼を逆袈裟懸けに切り捨てる。その威力たるや凄まじく、ランクSにも届かんとする剣鬼の堅牢な肉体を完全に消滅させていた。
「……ふぅ。これで一体目の討伐完了、と」
あとに残るのは剣鬼の持っていた剣とそれを握りしめていた剣鬼の右手だけ。左手を含めそれ以外は完全に消滅していたようだ。というわけでカイトはその二つを回収し、手配された魔物の討伐の証とする。
「よし……じゃあ、残る最後の一つの依頼に入るとしますか」
こいつは中々に楽しめたな。カイトは四つ目の依頼を完了させると、異空間に収納していたバイクを取り出す。そうして、彼は最後の依頼となる魔物の活動範囲を目指して再度バイクで移動する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




