第2910話 闇で蠢く者編 ――仕事の続き――
冬に入る前最後の大仕事をソラと瞬に任せる事にしたカイト。そんな彼は空いた時間を利用して、いつもの様に受け手が少ない高額報酬ではあるが手間が掛かる上に面倒な依頼を終わらせる事にする。
というわけで、仕事の中心となる南隣のマクシミリアン領へと移動したカイトであったが、そんな彼は今まで積もりに積もった出来事から殺し屋ギルドによる襲撃を受ける事になってしまっていた。
「はい、終わりと……」
「閣下」
「おう……こいつらの回収を頼む。戦っている最中にふと気付いたんだが、このガキは兎も角こっちの男はどこかで見た覚えがある。多分何かしらの手配が掛けられてると思うんだが……」
ジェレミーという殺し屋ギルドの少年を昏倒させたカイトであるが、その直後に現れたマクダウェル家の従者に二人を引き渡す。流石にこのままこの場に放置はあまりよろしくないし、殺し屋ギルドの情報が欲しいのもまた事実だ。
立場上はリトスが上司と言っていた所を見るに大した情報は無い可能性は高いが、それならそれで服役させれば良いだけの話でもある。というわけで回収されていく二人の若い男達を見ながら、従者もそういえばと口を開いた。
「そういえば確かにこの男は見覚えが……どこかで手配されている可能性は高そうです。すぐに情報を精査させます」
「頼む。こっちのガキの方に見覚えはないが……お前は?」
「……見覚え、というほどではありませんが心当たりが無いわけでは」
カイトの問いかけに対して、従者はどこかはぐらかすような言い方で答える。これに、カイトはおおよそを察したようだ。
「……そうか。まぁ、真っ当な道は歩いていないだろうとは思ったが」
「この年頃で殺し屋なぞさせられる子供に真っ当な者なぞいません……特に、刺客として放たれるようでは真っ当な道なぞ歩めはしなかったでしょう」
呆れながらもどこか僅かな怒りの様子を覗かせたカイトに、従者は僅かな酷薄さを覗かせつつも同時に僅かな怒りも感じさせる様子があった。
やはりどう見ても十代前半から半ばの少年だ。それが殺し屋、それもカイトに差し向けられるような刺客なのだ。今までの道のりが真っ当ではないだろう事なぞ察するに余りあった。というわけで、少年を見ながら従者は問いかける。
「この少年に関しては如何なさいますか?」
「情報は提出しろ……それが例え糞の上でタップダンスでもさせられるものであってもな」
「……良いのですか?」
「良くはねぇがな……そこから掴める情報もあるだろう。ああ、出処は勿論提出しろ。そっちがメインだ」
「かしこまりました。その後については?」
「いつも通り、厚生施設に叩き込め。殺しを覚え込まされようがケツを変態共に掘られてようが、まだ子供だ。ガキを見捨てるようじゃ、ウチは成り立たねぇさ。やんちゃ坊主すぎるってんなら、ルーナさんに預けろ。変態共にケツ振った方がマシ、って思える経験をさせて貰えるだろうさ……ま、ルーナさんにケツ向けたらぶっ叩かれるけどな」
「かしこまりました」
それでこそ。楽しげに笑うカイトに、従者も少しだけ楽しげに笑って了承を示す。昔からマクダウェル家では色々と訳ありな少年少女が引き取られてくる、もといカイトやバランタインが殴って気絶させて連れてくる事が多かった。
故にこういった訳ありな少年少女用の厚生施設を持っており、今回のように完全に裏社会で育てられたような少年少女はそこに叩き込まれる事になっていたのであった。というわけでこの少年の未来に関して笑うカイトに、従者は気を取り直して問いかける。
「それで閣下。報告に関しては如何いたしますか? おそらくお戻りになられるよりも先に上げられると思いますが」
「んぁ? ああ、別に急ぐわけでもないから、帰ってからで良いよ。どうせ見ないでも大体はわかるし、まだ仕事も残ってるからな」
「かしこまりました」
どうせこんな少年に殺しを覚え込ませるような展開だ。胸糞悪い、という一言で良いというのは考えるまでもなかったし、カイトとしても今請け負っている仕事を放り出してまで殺し屋ギルドの対応をせねばならないわけではない。というわけで、彼は殺し屋二人を回収させると再び冒険者としての仕事に戻る事にするのだった。
さてカイトが殺し屋二人の襲撃を退けてから数時間。彼は道中で昼食を摂りながらも、再びバイクに跨って移動していた。
(そろそろのはずなんだが……大気に水の魔力が多くなってきてる。川が近い証だな……確か草原の川の近くだったな……にしても、こっちの依頼は超絶面倒くさいな……というか、請け負いたくないよなぁ……)
そりゃ長く放置もされるだろう。カイトは今回自身が請け負った依頼の中でも一際面倒くさい依頼を思い出して、内心で少しだけ笑う。これは採取の依頼で採取の依頼にしてはかなり高額な依頼なのだが、とある理由から嫌厭されてしまっていた依頼だった。
(流石に今の時期に危険地帯で一晩、ってのは嫌厭されるわな……一番嫌な時期だし……朝露を吸った状態でないと効力が出ない薬草だからしゃーないっちゃしゃーないんだけど……今の時期だけはなぁ……)
朝方に採取しないとならない、となると薄暗い中で薬草を採取しながら朝食前で苛立つ魔物達の警戒までしなければならないのだ。しかも時期が時期。最悪は冬眠前の魔物まで居るのだ。
この時期は危険度が跳ね上がる事になってしまい、殊更嫌厭されてしまっていた。まぁ、そう言っても誰かがやらねばならない依頼ではあったので、カイトが請け負ったのである。
(冬になる前に一度何か考えないとダメだな、こういう依頼は……なんかあるか、って言われてもなんもないんだけど……)
どうしたものかね。カイトは時期的に仕方がない物がある事はわかりながらも、さりとてこの時期に何かがあった場合の事を考えると何か手は打つべきだと考える。そうしてそんな対応策を考えながらバイクを走らせる事少し。どうやら件の危険地帯にたどり着いたらしい。早々に歓迎を受ける事になる。
「……おっと」
どうやら魔物に捕捉されたらしい。カイトは自身に迫る気配に気が付いてバイクから飛び出して、バイクは異空間へ即座に収納。自身は慣性の法則を応用して空中を舞う。そして、それとほぼ同時。彼が居た場所の真下から、無数の牙が生えた巨大な口が現れる。
「ほいやっさ!」
現れた巨大な口に対して、カイトは空中を舞いながら無数の武器を叩き込む。そうして内部からワーム種の魔物をズタボロに斬り裂くと、着地と同時に魔物の体内に叩き込んだ武器を一斉に爆破する。
「はい、終わり……のっけから盛大な歓迎をしてくれてサンキュっと」
一応ランクBに相当する魔物だったのだが、カイトにとってはランクEもランクSも基本何も大差ない。なので瞬殺と言って良い状況だった。そしてこのクラスの魔物が襲いかかってくるという事は即ち、現地に到着したと彼は判断する。
「あいつが出てくるって事はここが薬草の群生地か……つってもどこに生えてるかをまずは確認しないとな……しまったな。ユリィを連れてくればよかったか」
あいつなら楽に見付け出してくれるのに。カイトは一人で動く事にした事を少しだけ後悔する。普通なら殺し屋の襲撃の方で後悔するはずだろうが、この依頼の達成で手間になる方で悔やむあたり彼らしいだろう。といっても、ユリィの手がなかろうと探す方法はいくつも持っていた。
「ま、居ないものはしゃーないな。えっと……依頼書を再確認と……」
今回採取の依頼は二つ。どちらも別の薬草で、片方は朝方にしか採取出来ない薬草だ。というわけでそちらについては群生地を見付けるだけしか出来ないので、ひとまず後回し。もうひとつの薬草を探す事にする。
(えっと……もう一つは……ああ、『紅水仙』か。特定の毒の治癒に使われる物だな……これだと見付けやすい)
『紅水仙』は水仙に似た花を付ける薬草で、花が赤い水仙に似ている事からそう名付けられた薬草だった。というわけで赤い花を付けている草を探せば良いのだが、やはり赤い花だ。目立つのであった。そうしてカイトはそれから一時間ほどを掛けて『紅水仙』を探し出し、必要数を採取するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




