第2907話 闇で蠢く者編 ――財宝を守る魔――
冬に入る前最後の大仕事をソラと瞬に任せる事にしたカイト。そんな彼は空いた時間を利用して、いつもの様に受け手が少ない高額報酬ではあるが手間が掛かる上に面倒な依頼を終わらせる事にする。
というわけで、今回の依頼がマクシミリアン領から流れてきた物であったため、彼は飛空艇にてマクシミリアン領南西部へ移動。そこを経由地として更に南西へバイクで移動。マクシミリアン領の境目にあるとある山々にやってきていた。そこで森の長と僅かな会話を繰り広げた彼であったが、その後森の中を歩いて移動していた。
(これは……腐臭? 冬だから落ち葉が……という臭いとも些か違う感じがあるな)
暫く森の中を歩いて山を目指していたカイトであるが、そんな彼の鼻が何かが腐り落ちるような臭いを嗅ぎ分ける。これにカイトは改めて依頼書に書かれていた内容を思い出した。
(今回のターゲットは確か……『財宝を守る屍竜』だったか。こいつもこいつでネームドだが……倒す必要は決して無い、か)
今回カイトの失せ物探しの魔物だが、これもすでに何人もの冒険者を返り討ちにしている事から手配書も出されている魔物だった。だが、今回の依頼はあくまでも失せ物探し。失われた遺品を探索し持ち帰る事だ。
なので実は魔物の行動パターンを見極める事が出来たなら、この手配書の魔物を倒す必要はなかった。まぁ、そんな事をしていると手間に対して報酬が見合わない事になってしまうので、今まで放置されてしまっていたのであった。
(つってもまぁ、オレの場合は面倒だからぶっ潰して全部回収するんですけどね)
倒さなくても良いが、倒せるのならいっそ倒してしまった方が報酬は魔物の報奨金まで手に入るのだ。なので魔物もついでに倒してしまおう、と考える冒険者は多かった。
そしてその結果何人も返り討ちにされているわけなのであった。が、カイトである。本来ランクEXの冒険者である彼にとってランクA程度の魔物は物の数ではなかった。というわけで、まるで森に遊びに来ているかのような気軽さで歩いて行くカイトであったが、暫くすると不自然なまでに落ち葉が目立つ区域にたどり着いた。
(……縄張り、わかりやすいな……)
漂う腐臭はもはやカイトでなくてもわかるレベルだったし、周囲の木々からは葉が完全に落ちている。これがこの魔物の影響だとするのなら、明らかにその縄張りに入った証拠だった。とはいえ、まだ気配はしていないし、姿も見えない。なのでカイトは更に奥へと歩いて行く。
(……こりゃアンデッド系か、それとも毒に特化した魔物か……はたまたその両方か。竜というのだから竜種……か? ちっ。もう少し情報集めてくれりゃ良いものを。相変わらず情報が無い時のユニオンは当てにならん……いや、こんな事言ったらお前の所の冒険者が優秀すぎるんだよ、ってバルフレアに泣かれるんだけど)
何を当たり前な、という所であるが、冒険者と一言で言っても出身地によって能力は異なる。なので教育が広く行き届いている皇国のマクダウェル領の冒険者は比較的様々な面で優秀と言われており、そこと皇都の天領に挟まれるマクシミリアン領も優秀なはずだった。
だったのだが、今回はハズレくじを引いてしまったという所だった。というわけで、そんな現状に愚痴を言いながらも進むカイトであるが、暫くして足を止めた。
「……こりゃひどい……木が完全に腐り落ちてる。いや、腐り落ちてる分にはまだ良いか。これが変質してたら面倒だったが……動物達の死骸も腐ってるな……人の死骸もちらほら……腐臭はこれか。そしてまだ真新しい物もある……」
近いな。カイトは周囲を見回しながら、一度だけ意識を集中する。そうして彼はすぐに、『財宝を守る屍竜』の居場所を見つけ出した。
「……寝てる……って所か? まぁ、良いか」
寝てるなら寝ている内に討伐してしまうだけだし、単に何かしらの理由で留まっているだけならそれはそれでも良い。カイトは刀を取り出すと、ゆっくりとなるべく物音を立てない様に歩いて行く。そうして、歩くこと少し。開けた場に異様な四足歩行の魔物が姿を現した。
(こいつが……『財宝を守る屍竜』……竜? 竜っていうか……いや、これは……いや、竜じゃねぇなぁ……)
こいつは竜というよりもリザード種の魔物に近いような気がする。カイトはこちらに背を向ける『財宝を守る屍竜』らしき存在を遠目に見ながらそう思う。
その姿であるが、屍竜というぐらいなのだからやはり肉は腐っていたし骨もそこかしこで覗いていた。更には皮も爛れており、明らかにまともな魔物ではない様子が見て取れていた。但し竜の様に馬に近いような四肢ではなく、トカゲなどに似て四肢は地面にベッタリと着くような感じだった。
(……お食事中……って所か。一撃でやり切れりゃ良いんだが……)
僅かに響く何かを咀嚼するような音から、カイトは『財宝を守る屍竜』が食事中だと判断。幸い巣の場所は報告されているらしく、割り出す必要もない。なので重要なのはうまく一撃で倒しきれるか、という所であった。
(ま、やってみますか。威力はこんなもんで……良し)
後は野となれ山となれ。そんな心算でカイトは魔力を蓄積させて光球を生み出す。そうしてそんな魔力の蓄積に気付いたのか、『財宝を守る屍竜』がこちらを振り向いた。
「お食事中の所、失礼しまーす! おらよ!」
完全に先手必勝。カイトはこちらを振り向いた『財宝を守る屍竜』の顔面目掛けて、光球を思いっきり投げつける。そうして巨大な閃光が巻き起こり、衝撃が周囲の落ち葉を巻き上げる。
「……やったか? やってませんよね!」
どうやら思ったより強かったか。カイトは閃光を斬り裂いて迸る紫色のモヤに気付いて、業風を巻き起こす。そうして紫色のモヤとカイトの業風が激突しカイトを除く周囲に紫色のモヤが巻き散らかされるわけであるが、モヤが触れた所が腐り落ちていったのをカイトは見た。
「……ほう。こりゃ珍しい」
基本的に息吹系の攻撃では燃やしたり凍らせたりするのが大半なのであるが、毒素を巻き散らかして物を腐らせるというのは比較的珍しかった。それに感心するカイトであったが、その次の瞬間彼を目掛けて白い尖った物体が飛来する。
「む!? って、マジか!」
その攻撃も割りと珍しいな。カイトは飛来する白い尖った物体の正体が骨である事を理解すると、大きく目を見開きながらも刀を振ってそれらを切り捨てる。そうして足を止めた彼の所に、『財宝を守る屍竜』が突進して来た。
「おっしゃ! 来いや!」
骨の槍を放ちながら一直線にこちらに迫りくる『財宝を守る屍竜』を正面に見据え、カイトは楽しげに笑いながらしっかり腰を落とす。が、そんな彼は『財宝を守る屍竜』が僅かに身震いしている事に気が付いて、咄嗟に大きく飛び上がった。
「っ!」
何か嫌な予感がした。どうやら高位の冒険者が持ち得る危機を報せる勘が働いたようだ。そして、それは正解だった。カイトへと突進してきた『財宝を守る屍竜』はそのままカイトの居た場所まで肉薄すると、その全身から先の紫色のモヤを撒き散らしたのだ。
「やっばかった……あのまま迎撃してたらモヤの餌食だった……」
おそらくこの攻撃に何人かの冒険者は餌食になったんだろうな。空中に浮かび上がったカイトは僅かに垂れた冷や汗を拭いながら、一度だけ深呼吸する。と、そんな彼に向けて『財宝を守る屍竜』は再度骨の槍を発射しながら、背に爛れた翼を生み出した。
「!? 飛べるのか!?」
これは想定外。カイトは僅かに警戒しながら虚空をしっかりと踏みしめ、来る襲撃に備える。が、そんな彼に対して『財宝を守る屍竜』は再度口を大きく開いて、紫色のモヤを発射した。
「っと! めんどくせぇ! 意表を突く攻撃が多いな!」
背中の翼をはためかせて風を起こして遠くまで紫色のモヤを飛ばす『財宝を守る屍竜』に、カイトは盛大に顔をしかめながらもモヤの範囲から逃れる。その行動の多くが想定する行動からは離れており、油断していると痛い目に遭う事は請け合いだった。
「ちっ……火が使えりゃ楽だが。そうは出来んわな」
大半が枯れているとはいえ、森は森。そんな所で火属性の魔術を大規模に使えば延焼は確実だろう。というわけで、こういった魔物に有効な火の魔術は基本的には使えないのであった。とはいえ、だからとカイトに倒す手が無いかというとそんなわけがなかった。
「クトゥグア、インストール」
『クトゥグアのインストール了解……だが良いのか?』
「問題はない……加えてハスターもインストール」
『なるほど、了解』
カイトが取り出した二つの魔銃と指定する魔術の意図に気が付いて、アル・アジフが楽しげに笑う。そうしてカイトの取り出した二つの魔銃に竜巻と業火が宿る。
「ほいよ」
発射される紫色のモヤを避けて、カイトは『財宝を守る屍竜』を取り囲む様にハスターの力の宿った魔弾を発射する。そうして放たれた魔弾は地面に着弾すると、突風を生み出して『財宝を守る屍竜』を打ち上げる。
「じゃあ、終焉だ」
森の中で火を使えないなら、森から出してしまえば良い。カイトは大きく打ち上げられた『財宝を守る屍竜』をしっかりと見据えながら、クトゥグアの炎が宿る魔銃の引き金を引く。そうして、腐り落ちた屍竜は異界の業火により跡形もなく消し飛ばされる事になるのだった。
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