第2904話 闇で蠢く者編 ――気配――
ソラと瞬の飛空術の実用試験の最中に見付かった超古代の文明の遺跡。その早期復旧を目指す事になったカイトであったが、彼はそれをマクダウェル家が組織した調査隊に任せると自身は普通の冒険者としての日々に戻る事になっていた。
というわけで彼は冬前最後の大きな依頼として持ち込まれた商隊の護衛任務をソラと瞬に任せると、自身はいつもの様に空いた時間を利用して手間の掛かる依頼を請け負う事にしていた。そうして手間の掛かる依頼を請け負った彼であったが、そういうわけなので単身マクダウェル領の南隣。マクシミリアン領南西の小さな街へやって来ていた。
「こんなところ……でしょうか」
「ふむ……こっちも薬草の採取か。薬草、足りてないのか?」
「昨今の情勢から薬草はかなり不足しがちですね」
カイトの問いかけに対して、ユニオンの受付嬢は少しだけ困り顔だ。他に手間の掛かる依頼はないか。カイトの問いかけに対して彼女が提示したのは、これまた薬草の採取に関する依頼だ。
こちらもまた先にカイトがソーニャから紹介して貰った薬草の採取と近いエリアに生える薬草なのだが、それ故に受け手が居ないらしかった。
「わかった。じゃあ、こいつもついでに受けておくよ」
「大丈夫ですか? この依頼はこの支部への提出となりますが」
「構わない。どうせこいつの討伐が終わったらこっちに一度戻ってこないといけないしな」
「それは……確かにそうですね」
カイトの述べたのは、一番手間が掛かりそうな失せ物探しの依頼だ。こちらは魔物の討伐後に回収した遺品類をユニオンに提出しなければならないのだが、その提出先はこのユニオン支部になっていた。これに関してはそもそもの失せ物の依頼がこの支部から発注された以上、仕方がない事ではあった。
「よし。じゃあ、この五つの依頼全部受注処理をお願いします」
「かしこまりました……それで改めてになりますが、これらの依頼はすべて危険度が非常に高い物となります。万が一の場合はすぐに救援要請を発してください」
「了解」
まぁ、オレが無理な時点でエネフィアの誰も無理なんだけど。カイトは自分が救援要請を出す事はまず無いだろうと思いながらも、そんな事は知る由もない受付嬢にそれを言うわけもなく素直に助言に従う素振りを見せておく。というわけで、ソーニャから紹介された四件に加えて追加で薬草の採取を請け負った彼はそのまま依頼の受注処理を進めて貰う事にする。
「……あの」
「なんです?」
「完全にこれは私個人の興味本位なんですけど……こんな請け負ってどうするんですか?」
「まぁ、確かに使う事はないですね。私、何分武器にお金掛からないタイプの冒険者ですし……」
というか今更考えればオレ本当にお金掛からないな。カイトは受付嬢の問いかけに改めて自分が冒険者の頂点に居るにも関わらず、武器にお金が掛かっていない事を思い出す。
まぁ、これに関しては本当に彼の特殊性が大きいだろう。魔力でありとあらゆる武器を編めてしまう上に、彼個人の戦闘力も高すぎてまともな武器を使う相手が滅多にいないのだ。というわけで今更ながらお金の使い道が無い事に気がついた彼は困った様に笑う。
「というか、オレも今更こんな請け負ってどうしよ、と思いました……どうしましょ。実は単なる暇つぶしなんですよね」
「え、えぇ……」
こんな超高額の依頼を五つも受注しながら、カイトにとっては単なる暇つぶしでしかないのだ。かといってユニオンとして問題があるかと問われるとそれもない。というより、高額でありながら放置され続けているというのは体面上良くない。暇つぶし感覚でも請け負って終わらせて貰った方が良かった。
「まー、取り敢えずそういうわけなので。死なない程度には頑張りますよ」
「は、はぁ……」
やはり冒険者でも頂点と呼ばれるランクSに近い冒険者はこういうものなのかもしれない。ユニオンの受付嬢は高難易度の依頼を前にあっけらかんとした様子のカイトにそう思う。やはりこの小さな街ではランクSどころかランクA冒険者でも珍しいらしく、こう思ったようだ。
というわけで、ある意味ユニオンの受付嬢を圧倒しながらカイトは依頼の受注処理を終わらせてこの日はこの街に滞在する事にするのだった。
さてカイトがマクシミリアン領南西部の小さな街へやって来て数時間。彼はユニオンで追加で紹介して貰った宿屋にて一泊していた。
「ふむ……」
大通りに面した宿屋にて夜空を眺めながらウィスキーを傾けるカイトであるが、その様子はどこか剣呑な雰囲気を帯びていた。
(居る……な。こりゃ思った以上に本気かもしれん)
カイトが注視していたのは、自身を見る何者かの影だ。とはいえその視線には殺気はなく、あくまでも監視に留まっている事を察せさせていた。
(この視線の主じゃオレは絶対に倒せん……あくまでも殺し屋達に情報を送る監視役か。腕は悪くはないな……オレが相手じゃなければ、だが)
殺気はない以上、普通は気付けない。カイトが気付いたのはその視線に滲む敵意と僅かな気配の揺れがあるからだ。というわけで今日の襲撃は無いと判断するカイトであるが、それ故にこそ思考の海に沈み込む。
(さて……どこから情報が漏れたか、だが……ここまで早いとなると完全にユニオンから情報が抜かれてるか。オレの依頼の受注処理が漏れた感じか……ここまで早いと人から漏れた、というよりシステムの穴があってそこから漏れてる感じに感じられるな……一度バルフレアに調査させるか。システムの穴なら改修しないと他の冒険者の情報も抜かれちまう可能性が高いし……いや、レヴィならあえて見過ごしてる可能性もあるんだけど……)
どうなのだろうか。カイトはその穴をあえて塞いでいないパターンを考え、そこから自分の次の動きを考える。
(とはいえ……うん。冒険部を離れて正解は正解だったか。殺し屋の連中もウチの中では手が出せん。戦力としては十分な領域だしな……となるとやはりこっちに一度戻る形を取って正解か。終わった後には盛大な出迎えが期待出来そうかね)
おそらくこの様子だと自身がこの街にもう一度戻ってくる事も筒抜けになっている事だろう。カイトはそう考える。というわけで、それならと彼は暗闇に声を掛けた。
「ストラ」
「はっ」
「おそらく依頼が終わった後にお出迎えがある……割と監視役の腕が良い。街の出入りの見張りを頼めるか?」
「構いませんが……それだと外に出られた際に万が一が」
「構わんよ。外で仕掛けてくれるならこっちとて被害を気にせずボコれる。オレにとって問題はやりすぎて街を破壊しないか、という点だけだ」
いつもの事であるが、最強と謳われるカイトにとって一番の問題はその高すぎる出力ゆえに街では本気で戦えない事がある。なので街から遠く離れた場所で仕掛けてくれればいっそ問題無いのだ。
無論敵からしてもおせっかいな増援が見込めないというメリットがあり、仕掛けてくる可能性は十分にあった。というわけで、いつもといえばいつもの返答にストラが笑う。
「かしこまりました。要らぬ心配、申し訳ありません」
「良いさ……そのかわり、こっちの街で留まって仕掛けようとする工作は頼む。戦力の逐次投入は良い事じゃないとはわかってるだろうが……おそらくそこらは気にしない奴らが大半だろう」
「連携は取らないと」
「取らないというより取れない、だろうな……まぁ、もし向こうが結界を展開してくるならそれで良し。しないならこっちが結界を展開出来る様に頼む」
「かしこまりました。街への被害を最小限に抑える様に手配を進めておきます」
「頼んだ」
カイトは為政者側だ。ここが他領地であれば尚更、被害を出すわけにはいかなかった。というわけで、そこらの手配をストラや彼が率いる裏方の者たちに任せると、カイトはこの日はそのまま殺し屋達の動きを肴にマクシミリアン領の宿屋で一泊する事にするのだった。
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