第2899話 闇で蠢く者編 ――売買――
少しだけ、時は遡る。それはソラと瞬がカイトにより飛空術の最終試験が言い渡されるよりも更に昔。ソラがブロンザイトの実弟にしてラリマー王国の要人であるクロサイトと共に行動していた頃の事であった。
「なんだかこうして殺し屋ギルドの連中の話をしていると、久しぶりにお兄様がお戻りになられた実感というものが感じられますね」
「なんだよ。夜毎愛を囁く程度じゃ実感は足りないか?」
「そちらでは十分に。ですが……まともな考えでは殺し屋ギルドに喧嘩を売るなんて考えませんから」
楽しげに嘯くカイトに、クズハもまた楽しげに笑う。殺し屋ギルドに喧嘩を売る。それは言うまでもなく殺し屋ギルドの幹部であるリトスを拿捕した挙げ句、メイドとして雇うなぞという酔狂をしている事だ。普通なら隠すなりなんなりするのだろうが、カイトはさも平然とメイドとして雇用していたのである。
「ウチと殺し屋の連中とはバチバチに喧嘩しまくってるだろ……周りは全面戦争はやめてくれー、って思ってるだろうけど。まー、ウチの領民に手ぇ出したら全面戦争は三百年前でわかってんでしょ」
「あはは」
「……あ」
「どうした?」
「どうしました?」
楽しげに談笑を行う二人であったが、唐突に声を漏らしたアウラが異空間の中に手を突っ込んだのを見て小首を傾げる。そうしてそんな彼女が取り出したのは一つの封筒だった。
「お爺ちゃんからまた資料を送るから裏で〆といてって。最近殺し屋が動いたってイリアからも連絡あった。お金の動き探ってるから報告は少し待ってって」
「あいよー……え、あれ? その封筒は関係ないの?」
「無関係」
「そなのね」
相変わらずわからなすぎる。カイトは長い付き合いのはずの義姉の行動に思わずあっけにとられながらも、取り敢えずハイゼンベルグ公ジェイクからの要請を胸に刻んでおく。
まぁ、真っ当に生きていれば殺し屋なぞ利用する事もないしお目にかかる事もない。それの常連客の時点であくどい事をしていたし、そういうあくどい連中を始末するのもまた五公爵の裏の仕事だった。
「まー、取り敢えず。そろそろ殺し屋の連中も動きを見せそうだな」
「流石にそろそろ……となると」
「そのためにわざわざ、このオレが直々に喧嘩を売って差し上げたんだ。来てくれないと困るね」
獰猛な、それでいて楽しげな闘士の笑みをカイトは浮かべる。リトスの件。今回のクロサイトの件。これで二回は殺し屋ギルドにマクダウェル家は喧嘩を売っている。
が、殺し屋の連中とてマクダウェル家と直接やり合おうとして勝ち目が薄いぐらいはわかっている。なら、どうするか。婉曲的なやり方を取るしかなかった。それが、カイトを狙うというマクダウェル家側からすれば大笑いの判断だった。
「では一戦そろそろ?」
「そろそろ、お楽しみの時間があっても良いだろう。ま、そこらはお金やらが絡むからサリアさんが楽しげに報告をくれるだろうね」
「かしこまりました。では、そろそろ支度に入る様に……必要ありませんか、彼らなら」
今更言うまでもないが、カイトの周囲には基本常にストラ・ステラの兄妹を筆頭にしたマクダウェル家の暗部とも護衛部隊とも言える部隊が付き従っている。その彼らは常に戦える様にしており、支度する様に言われなくてもすでに出来ていた。
「そりゃそうだろう……よし。じゃあ、この話はこれでおしまい、と。あ、椿。そういえばラリマー王国からの戻りの便の手配だが……」
「そちらでしたら……」
「ああ、いや……二人共疲れてるだろうから、もうワンランク上に……」
所詮カイトにしてみれば殺し屋ギルドとの抗争なぞいつもやっているどこかしらとの喧嘩の一つに過ぎない。なのでそろそろデカい喧嘩が一つ起きるな、ぐらいの認識を共有するとすぐに他の仕事に取り掛かっていた。というわけで、その後は暫くは何も起きる事なく日々は過ぎていくのだった。
さて時は戻って現在。ソラと瞬の飛空術の実用試験に端を発する超古代の遺跡の調査をマクダウェル家の調査隊に引き継いだカイトであったが、彼は軍の上層部と共に万が一の場合の指示や遺跡の再稼働の日程などを綿密に打ち合わせるとその日の内にマクスウェルに帰還していた。
「この遺跡は良くも悪くもマクスウェルから近くて助かったな……」
かなり手を抜いた飛空術を使ってもものの十数分。積荷を載せた飛竜達でも片道三十分足らずだ。流石に天桜学園よりは遠い――方角も違う――が、それでもかなり近い事に間違いはない。
多少今回みたいに会議が長引いて若干暗くなっても、少し気を付ける程度で良いのだ。カイトは赤く染まる夕日を見ながら、そうぼやく。
「……やはり良いな、夕暮は。蒼天に魅せられ、紅天に飲まれた日を思い出す」
どうやらカイトはかなり上機嫌――別に会議で良い事があったわけではない――だったらしい。翼をはためかせながら飛翔する彼は夕日を見ながらまるで踊る様に――というか正しくそうだが――くるくると回転しステップを踏んでいた。
まぁ、こんな事をしながらでも飛空術の術式が一切乱れないあたり、やはり彼とソラ達との間では地力の差というものが如実に現れていた。というわけで、踊りながらも一切飛翔速度は落ちないというかなりすごいテクニックを誰に見られるわけでもないのに披露していたわけであるが、そうなるとすぐにマクスウェルに到着。ギルドホームに帰還する。
「ただいまー……って流石にもう店じまいか」
「おかえりなさいませ。皆様は本日の業務はすでに終わられております」
「だろうな」
執務室に入ったカイトを出迎えたのは椿一人だ。ソラ達はすでに業務を終えたのかそれとも何かしらの依頼か会議が入って出たのか、誰も居なかった。とはいえ、全員居ないわけではなくソーニャは普通に残っていた。
「で、ソーニャはご挨拶も無しと」
「ですからたんは……ぐっ」
「いつもいつもたん付けすると思うな。うおっ! なんで!?」
「そのドヤ顔がムカつきました」
「ひでぇ!」
おそらくソラが居たらあえてムカつくようなドヤ顔を浮かべてたよな、と思った事だろう。楽しげなカイトはそんな様子であった。とまぁ、それはさておいて。全員が終わって少し経過しているだろうにまだ残る彼女にカイトはギルドマスターとして問いかける。
「で、それはおいておいて……どうした? 結構営業終了から時間が経過してると思うんだが」
「少し大きめの依頼が入りました。冒険部指名というわけではありませんが、依頼規模からユニオンより冒険部に話が」
「ほぅ……」
こればかりは仕方がないが、やはりユニオンとしても商売としてやっている。なので規模によっては下手に色々な所に発注を掛けるより一つのギルドで賄って貰った方が有り難い事も少なくなく、そういう時には相手側が指定していないでもユニオンが指定する事があったのだ。
この場合の指名料に類する物はユニオン負担になるのだが、その利率やそもそもの報酬などが妥当かどうかのチェックはソーニャの仕事だった。
「まぁ、それはそちらの専門だろうから任せるよ。ただあまり根は詰めない様にな」
「わかっています。今日中には終わりそうにないので、このページが終われば終わりとします」
「そうしろ……ん? はぁ……」
どうやらオレはまだまだ仕事が終われそうにないらしい。カイトは自身の机に備え付けられているコンソールに表示されるサリアの名前に、深くため息を吐いた。この時間に掛けてくるとなると急ぎか重要な案件である可能性が高かった。そうして彼は彼で再び仕事に取り掛かる事にするのだった。
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