第2897話 大空遺跡編 ――再起動――
ソラと瞬の飛空術の実用試験の帰路でカイトが発見した大空に浮かぶ謎の遺跡。それは『星神』により滅ぼされた数千年前の超古代の文明の遺跡であった。
というわけでその調査を行ったカイトは第一次報告を皇国に提出したわけであるが、そこで彼は契約者の確保を目的として皇帝レオンハルトより遺跡の早期復旧を命ぜられる。それを受けてティナらに相談し再起動に必要な支度を整える様に頼むと、彼は軍や学者達に再調査の準備を進めさせると共にとある理由から単身遺跡に戻っていた。
「というわけで戻ってまいりましたよ単身で……なんでわざわざオレ一人でなんだよ」
『しゃーなかろう。推測を重ねる中でちょっとした予想が出たんじゃが、それが正しいかどうかを検証する場合はお主が適役となる。この場合のお主は勇者としてのお主じゃな。流石にお主の正体を学者共に明かすわけにもいくまい? そうなると調査隊が入る前に確認しておいてほしかったんじゃ』
「ふーん……その推論って?」
とりあえず詳しい説明は後でするから遺跡に向かって欲しい。カイトはティナよりかなり時間が差し迫った状況――明後日には調査隊が出る所だった――で言われたため、取るもの取り敢えずで出てきたのだ。というわけで到着してからオペレートを務める彼女にその推論とやらを聞く事にしたのである。
『うむ。非常に簡単じゃ。この施設の最大の目的を鑑みるに、もしやすると神官ではなくとも契約者やそれに類する者であれば遺跡の立ち上げに際して何かしらの特異な反応があって不思議はないのではないか、と思うたのよ』
「なるほどね……確かにそうなるとオレが適役になるが、反応するとなんで反応したんだ、ってなるか」
『そういう事じゃな。それを考えればお主が事前に入っておかねば困るじゃろう』
「確かに」
言われてみればそれはそうだ。カイトはティナの指摘に思わず笑う。確かに彼としてもこの点は見落としており、もし万が一そういう事があった場合には隠蔽が非常に面倒になってしまう事は間違いない。
特に今回の調査隊はあくまでもマクダウェル家が通常の活動の一環として組織しているものだ。彼の正体を知る者は軍の上層部のみ。学者達は一切知らなかった。
「で、到着したはしたんだが、まずはどこに向かえば良い?」
『まずは制御室じゃな。あそこで頼む』
「あいよ」
遺跡の表層部に降り立ったカイトは、取り敢えずティナの指示に従って遺跡の中へと向かっていく。そうして先に復活させた昇降機を使って地下に降りて、制御室に到着する。
「制御室に到着した……それでまずは何をすれば良い?」
『先に渡した小型デバイスがあるな? それを制御装置にセットしてくれ。こちらから遠隔が可能になる』
「了解……セットした」
『うむ……良し。正面のモニターに注目せい』
「これは……この施設の全体図か?」
『うむ。データの解析を行う中で全体図があった事を確認しての……いや、普通に考えりゃ当然じゃろうが』
モニターに表示されたのは、この施設全体の全体図だ。元々彼女は小型デバイスにある程度の情報をダウンロードしていたわけであるが、その中に入っていたというわけであった。
『まぁ、これに関しては調査隊にもすでに渡しておる。無論お主らから提出された情報を解析した形でにしておるがの』
「そうか……で、オレはどこを目指せば?」
『うむ……現在位置がここ。で、これが先にお主らと共に入った探索室……で、今回目指してもらいたいのは、この最上部にある艦橋……とでも言えば良いか。そんな所じゃな』
「艦橋という事は、この施設全体の動きを統括する場所という事か」
『そういうことじゃな』
元々この施設の性質上、高度の変更や位置の移動は出来て不思議ではないと言われていたのだ。であればどこかにそれを可能にする場所があって不思議ではなく、それをティナは便宜上艦橋と言ったのである。
『よし……ではそのデバイスはそのままに、いつものウェアラブルデバイスをそれにリンクさせよ。やり方は今更良いな?』
「何度目だって話だな……良し。リンクした」
『うむ。今後はそれを介して基本的なナビゲートは行う……まぁ、いつも通りヘッドセットを介して話はするから、なんも変わらんっちゃなんも変わらんがの』
「あはは……良し。じゃあ、艦橋を目指して移動する」
取り敢えずは艦橋に移動してから。カイトは制御室を後にすると、以前とは別のルートを通って艦橋を目指して歩いて行く。と、その道中の事だ。ティナが彼へと問いかける。
『そういや、お主。本当に契約者の件はどうするんじゃ?』
「どうするもこうするもない。この遺跡が使い物になるのならそこで考える」
『使い物ねぇ……まぁ、それはそうとしても使い物になるかどうかは未知数じゃが。使い物になった場合じゃ』
「その場合はどうもこうもない。試練に挑むなら挑むでも良い。そこはオレが関与するべき事じゃない」
どこか無感情に、カイトはティナの問いかけにそう答える。基本彼は試練に挑むなら挑むで良いと当人に任せるつもりだ。というより、本来の彼の立ち位置的にも試練に挑む事を止めたりは出来ないのだ。
『そうか……もし使い物にならんかった場合、クズハを経由して風の聖域に向かうのは一つ手ではないかと思うたんじゃがの』
「風のねぇ……まぁ、確かにそれが一番確実かつ一番知られている方法っちゃ方法だが」
先にも触れられていたが、一部の大精霊の聖域に関してはその眷属達が場所を知っている事がある。そのうちの一人にはクズハがおり、確かにそれを経由すれば不可能ではなかった。
『そういや前に聞いた話じゃが、お主が入った風の聖域の入り口はクズハの知る入り口とは別なんじゃったな?』
「そうだな。あっちは……ウチからじゃ無理だな。流石に遠い」
『まぁ、そうじゃろうな。それにそっちに行ってしまえば契約者となった際になぜ知っておったか、という疑問なども出るじゃろうて。それはあまり得策ではあるまいな』
実のところ、大精霊達の聖域への入り口は一つではない。というより、そうでなければ彼が荒れた海の中で辿り着いた海中の水の聖域への入り口なぞ誰もたどり着けないだろう。あれは沖から相当離れており、人魚族でも知っていなければ無理だった。と、そんな事を話しながら歩いて行くと、艦橋に到着する。
「……到着した……確かに艦橋っぽいな」
『ふむ……どんな感じじゃ? カメラの映像を回してくれ』
「あいよ」
ティナの要望に応じて、カイトは艦橋の中の様子を彼女に見せる。そこは椅子やコンソールがいくつもあり、周囲の状況が多人数で把握し管理が出来る様になっている様子だった。
『思ったとおりではあるか……うむ。おそらく中央のコンソールがメインじゃろう。そこに腰掛け、渡しておいたもう一つのデバイスをセットしてくれ』
「了解……セット完了」
『うむ……システムチェックなどは終わっておったからこれで立ち上がってくれるはずじゃが……上手く動いておれば良いんじゃが……』
カイトがセットしたデバイスを介して、ティナは施設の全体的な起動が可能かを確認していく。ここらどうしてもこの施設が数千年放置されていた事がある。不具合が起きて上手く起動出来ない可能性は十分にあったのであった。ということで、待つこと十数分。どうやらなんとか再起動が出来たらしい。部屋の全周の壁が唐突に明るく輝いて、周囲の様子を映し出す。
「これは……」
『どうした?』
「どうやら部屋の外壁はすべてモニターだったらしい。周囲の状況が良く見える。一部には欠損というかノイズも見られるが……それでも数千年ぶりの立ち上げとしちゃ見事なもんだ」
『ほう……全周囲モニターか。それは面白いのう』
確かにティナが魔導機を開発して以降、こういった全周囲を映し出すモニターは珍しくはなかったのであるが、遺跡などの巨大施設にこういった設備を設けているのは非常に珍しかった。なのでカイトもティナも少しだけ興味を持っていた様子であるが、兎にも角にも本題はそれではない。というわけで、カイトはすぐに気を取り直す。
「っと……取り敢えずそれは良い。で、どうなんだ?」
『ふむ……ちょい待て……あー。やはりか。そういう仕組みか……であればこの施設での大精霊様の聖域の調査方法とは……』
「何かわかったか?」
『まぁ、わかりはした。おおよその探索方法もな……とはいえ、なるほど。そうなればこの反応もまぁ、道理になるか……となると、一旦このログは抹消した方が良いか……今からとなると……こりゃ徹夜じゃのう』
「徹夜ダメ、絶対……お前も良い年なんだからさ。徹夜はやめようぜ」
少し楽しげに徹夜をしようとのたまうティナに、カイトはガックリと肩を落とす。そのために人材と人数は用意しているのだ。
『むぅ……まぁ、良い。どうせ到着まで時間はあろうて。明後日ならなんとか出来るか』
「そうしろ……で、何があったんだ?」
『どうやら探索室に入った時に各自のデータがスキャンされたらしくての。まぁ、データと言っても大したものではない。所謂魔力量の簡易測定に大精霊様の加護を持つかどうかなどのチェックじゃ。本来はそこ以外にもいくつかのポイントに計測器がある様子じゃが……今回起動出来ておったのがそこだけなので、という感じかのう』
「うーわ……そりゃ最悪だ」
カイトは今更言うまでもなく人類最大の魔力量を誇る。それをチェックされたデータが残っているなぞ、ここを学者達が起動した瞬間面倒にしかならないだろう。しかもそれに加えて大精霊達の加護云々までデータがあるというのだ。この二つが揃えばもはや言い逃れ出来ない勇者カイトの証明と言うしかなかった。というわけで思わず笑ったカイトであるが、だからこそ彼は問いかける。
「で、想定通りではあったわけだが。なんとかは出来る、ってわけで良いんだな?」
『取り敢えずこっちでログの偽装やらはやっておく。まぁ、追々バレはするじゃろうが……一応調査の主体はマクダウェル家じゃから、そこらはどうにでも隠蔽は出来る』
「貴族ってやだねー」
『その当人が言うでないわ』
さも平然と隠蔽をのたまう自身に楽しげなカイトに、ティナは少しだけ肩を震わせる。というわけで、彼女はそれからカイトが再びここに入って問題無い様に偽装工作を開始すると共に、カイトはもう暫く艦橋にて待機する事になるのだった。




