第2882話 大空遺跡編 ――風の吹く間――
ソラと瞬の飛空術の試験運用に同行したカイト。そんな彼がその帰路に発見したのは、マクダウェル領では未発見の遺跡だった。大空に浮かぶ遺跡の調査を竜騎士部隊を独自に保有する冒険部での請負を決めた彼は、その噂を聞き付けたルークを調査隊に含め、先行部隊として出発。いくらかの調査の結果内部へ通ずる道を見つけ出すと共に、本隊の到着を待って遺跡が動かない様に固定すると共に改めて内部への潜入を試みる事になっていた。
「なんか……ゲームとかだとかなり後半に出てきそうなダンジョンってか……遺跡? そんなのだよな」
「わからないではないな」
「そもそも大空に浮かぶ、という時点で後半ステージって感じがするのう」
「大空、って時点で何かしらの移動手段が必須になってくるからな」
未知の石材で出来た大空に浮かぶ古代の遺跡。そんな中を進むカイト達であるが、やはり遺跡調査にも慣れが見え始めていた。ソラにせよ瞬にせよ警戒心はあるが、同時に余裕というものが見て取れる様になっていた。そんな彼らに、ルークが思わず肩を震わせる。
「き、君たち慣れてるね。瞬、君までそんな冗談に乗ってくるとは思わなかったよ」
「まぁ……大小様々な遺跡には潜ってるからな。流石に遺跡だからといつもいつも緊張してもいられんさ」
少しだけ恥ずかしげな瞬であるが、ルークの問いかけに密かに指折り数えてもう何度目だろうかと考える。
「もう十数回は遺跡に潜っているか。まぁ、小規模なものや訓練での潜入も含むが」
「大規模なのだと……まぁ、五個ぐらいっすかね」
「そんなものか」
基本訓練を大事にする冒険部では、練習用の遺跡というものを幾つか用意している。それはすでに調査がほぼほぼ行われ安全性が確保されている遺跡で、新入り達にあくまでも訓練という形で実地調査を積ませるためのものだ。期間は数日と非常に短いが、やはり訓練で使うのならその前に一度は挑まねばならなかった。結果、上層部の面々は大小含め十数個の遺跡にすでに潜入している実績があったのである。これにルークは目を丸くする。
「すごいな。やはり専門職というのは侮れない」
「そう……なのか? 比較する事が無いからイマイチわからなくてな。比較対象も無いしな」
「すごいさ。私なんて今まで一度も行った事がなかったのだからね」
「それはルークが専門じゃないからだろう?」
「それはあるけどね」
どうやらこの様子だとルークにも緊張はなさそうだな。カイトは会話の輪に加わるルークの様子を後ろで感じながら、ひとまずの安堵を浮かべる。というわけで、そんな彼を交えて先へと進んでいく一同であるが、暫くすると先にカイトとルークがたどり着いた最下部にたどり着く。
「着いたか……ここから先が割りと面倒なんだが。アル、リィル。二人も油断はするなよ。下手するとお前らでも飛空術が使えないかもしれん」
「「了解」」
現状この先で飛空術が確定的に使えるのは自分かティナ、ルークだけだろう。そう判断していたカイトは改めて二人にも注意を促す。立ち入ったタイミングではまだ二人でも大丈夫そうだったが、ここは未知の遺跡だ。何が起きても不思議がない以上、警戒はしておくべきだった。というわけで、一度だけ注意を促したカイトは改めて各員の顔を見て状態を確認。全員が頷き返したのを見て、扉を開いた。
「「「っぅ!」」」
扉を開くと同時に吹きすさんだ魔風に、一同が顔を顰める。が、そんな中でも涼しい様子だったのは言うまでもなくティナであった。
「おぉおぉ。これはまた凄まじい魔力を帯びた風じゃのう。しかもこれは……面白い。行けるものなら行ってみよ。そう言わんばかりの状況じゃ」
「……うわっ……下が見えねぇ……え? 見えない? どういうこと?」
確かにこの遺跡は高度数千メートルの所にあるので、地上まではかなりの距離がある。が、あくまでも上空にあるだけなので地上が見えないというのは明らかに道理に反していた。というわけでそんな疑問を呈したソラに、瞬がそもそもの指摘を行った。
「いや……それ以前にここはまだ最下層じゃないはずだ。なのになぜ外が見えているんだ?」
「あ、そういえば……」
「そういう仕掛け、という事じゃろうな。落ちたらどうなるかはわからんのう。良くて外に放り出される。悪ければ……ま、どこぞの空間に放り出される事になるやもしれんな」
「うわぁ……」
絶対に落ちない様にしよう。ソラは改めて下を覗き込んで、顔を顰める。と、それと同時に再度魔力を帯びた風が吹き荒び、彼の顔を打ち据える。
「うぉっ! すっげぇ風!」
「みたいだな……この乱気流の中を飛ぶのは中々困難そうか」
「それにこの風……魔力が乗ってるから、術式がかなり乱される事になりそうっすね。アル……お前らでなんとかなりそうか?」
「……ちょっと僕は怖いかな。姉さんは?」
「私も、可能なら飛びたくはありませんが……戦闘時を考えるのなら飛べねばならないでしょう」
「あー……確かにそれはそうかなぁ……」
確かにこの魔力を帯びた風の中を飛びたくはないが、同時にこの中を飛ばねばならない状況は今後普通に考えられる。リィルの指摘にそれを理解したアルは少しだけ嫌そうな顔をしつつも、諦める様に気合を入れた。
「……それを言われては俺達も飛ばざるを得んか」
「……すね」
「はーい、スト―ップ。流石に二人は命綱有りにしとけ。ほら、ソラ。お前にオーアから」
「っと……これは……アタッチメント? なんのだろ」
やるか。そんな気合を漲らせた二人を制止したカイトがソラに手渡したのは、彼の篭手に装着するアタッチメントだ。先にオーアがソラに提案していた外付けの武装の一つで、必要になるだろうからとカイトが持ってこさせておいたのだ。というわけで、ソラは慣れた手付きでアタッチメントを右腕に装着。試しに起動してみる。
「お……これクローか」
「クロー? 鉤爪……か?」
「そうっすね。謂わば鉤爪っす。敵を引っ掴んだりこうやって何かを引っ掴んで移動したりするのに使うアタッチメントっすよ」
ガシャンガシャン。ソラは右腕のアタッチメントを何度か起動してみて、クローの開閉を確認する。まぁ、これについては元々存在は知っていたのでソラも使い方は熟知していたようだ。と、そんなクローを見て、瞬はしかし少しだけ不安そうだった。
「……だが大丈夫なのか? かなり鉤爪が小さい様子だが」
「ああ、これはメインパーツっす。ここから魔力で爪が出来て、敵やら物やらをしっかり掴む、ってわけっすね。魔力で大きさを変えられるんで、色々な物や敵を掴めるってわけっす。勿論鎖も魔力で編むんで、長さも自由自在っすね」
「へー……すごいな」
確かに一言で魔物と言っても多種多様な形やサイズがあるのだ。それを掴もうとすると物理的な鉤爪では対応し切れない事は必ず出てくる。魔力の爪で掴もうというのは正しい発想と瞬にも思えたらしく、彼は感心した様に頷いていた。と、そんな彼に今度は魔銃が差し出される。
「ん?」
「先輩はこっち。いつもので悪いが、アンカーショットだ。飛ばされそうになった時にはこいつを使え」
「ああ、こいつか」
カイトから差し出された魔銃とその先端に取り付けられた小型の鉤爪に、瞬はいつものあれかと理解する。こちらもやはり使い方は理解しており、即座に使う事も勿論可能だった。とはいえ、そんな彼であるがゆえに苦笑混じりだった。
「まさか飛空術を習得してからもこいつの世話になるとはな」
「仕方がないだろう」
「まぁな……良し。大丈夫だ」
「よし」
瞬とソラはこれで大丈夫と。カイトは二人に問題が無い事を確認すると、更にアルとリィルをちらりと確認。こちらはこちらで軍用に使われているアンカーショットやクローに似たアタッチメントを装着し、どちらででも対応出来る様にしていた。というわけで、全員問題無い事を確認するとティナへと問いかける。
「どっちが先に行く?」
「どちらでも良いが……しいて言えばお主の方が良いじゃろうて」
「まぁ、そうなるか。対応力、オレのが高いし」
「じゃろうのう……それに罠がある場合、余が傍から確認した方が良かろう」
おそらくこの遺跡であれ自分達の力を上回る事は無いだろうが、この後に続く者たちをどうやれば安全に通せるか考えればカイトが先行。ティナが罠やらを見極めるのが一番安全と言えた。
というわけで、一番手がカイト。二番手がティナ、三番手にルークと並びを決めるとカイトは魔風が吹きすさぶ部屋に足を踏み入れる。と言っても、流石に彼も無策に足を踏み入れるつもりはないらしい。一歩目はしっかりと確かめる様に部屋に踏み入れていた。
「……まぁ、見えない足場がありますよ、ってオチは流石に無いか」
「あったら楽じゃがのう……で、行くか?」
「おうよ」
ティナの問いかけに一応足で先を確かめていたカイトはそこに何も無い事を確認すると背に半透明の翼を生み出して穴へと飛び込む。そうして一瞬だけ彼の身体が沈むが、次の瞬間には風を踏んで空中へと舞い上がる。
「……特には問題はなさそうだが」
「まぁ、最初から何かがあっては警戒されるだけじゃろうし、もし正規のルートで通る者がおっても危ないじゃろう……いや、ここがそもそも正規のルートではない可能性もあるが」
「それだったら最悪だな」
このルートそのものが正規ルートを知らない侵入者専用のルートかもしれない。そんなティナの言葉にカイトは楽しげに笑う。とはいえ、それを確かめるために自分達が居るのだ。入らない事には始まらなかった。
「では、余も続くとするか……む。まぁまぁな風じゃな」
「まぁ、この程度の風で吹き飛ばされるほどやわな戦闘はやってないからな」
「そうじゃのう」
彼ら二人はこの程度の魔力であれば模擬戦で飛ばす程度でしかない。多少風で顔を顰める事はあっても、この程度では問題にはならなかった。というわけで至って平然とした様子の彼らに続いて、ルークは少しだけ呼吸を整えていた。
『珍しいですね。緊張とは』
「初めては何事でも緊張するものさ……それがこの程度と思える状況でもね」
確かにカイトの見通した通り、ルークにとってこの程度の魔風は特段問題にはならないものだ。が、彼はそれとは別。これが遺跡の罠である事を気にしていたようだ。
『問題ありませんよ。あなたがいつもの実力を発揮出来るのならば』
「それが出来るか、というのが問題なのだけどね……良し。行くか」
おそらく自分が三人目に回されたのはそういう事なのだろう。カイト達の気遣いを理解しつつ、ルークは一つ気合を漲らせてカイト達同様に空中へと躍り出る。そうして、彼が進んだ事を最初として他の面々も続々と風の吹く間へと進んでいくのだった。




