第2880話 大空遺跡編 ――固定――
ソラと瞬による救援活動に監督役として同行したカイトがその帰路に発見した大空に浮かぶ謎の遺跡。それはルナリア文明などの一般的に知られている旧文明と呼ばれる文明よりも更に前。『星神』が滅ぼしたとされる超古代の文明の遺跡であった。
というわけで、そんな文明の遺跡を発見したカイトは当時を知る魔導書であるエテルノを保有するルークと共に遺跡の先行調査を実施。最初の部屋である風の吹く間へとたどり着くと、無策に突っ込む事はせず一旦引き返して準備を整える事にしていた。
「と、いう感じだった」
『なるほどの……それは興味深い。何より構造材は興味深いのう。削ってサンプルを持って帰れそうか?』
「やれと言われりゃやれなくはないが」
『じゃろうのう……ま、少々予定とは違うが余も赴こう。何よりその特殊な構造材を使って作られた施設はこの目で見ておきたい』
単にサンプルを持ち帰って貰うだけでも良かったは良かったのだが、ティナとしてはこの遺跡をしっかりと自分の目で確かめたかったらしい。というわけで、彼女は本来残ってサンプルなどを調査するつもりだったらしいのだが、色々と興味深い事になりそうなので来る事にしたようだ。
「そうか。それに関しては好きにしてくれ……とりあえず本隊の物資に関しては?」
『それについては問題無い。ああ、それと固定具に関しても調整は終わった。とりあえずこれで固定しておけるはずじゃ』
「そうか。まぁ、動かれたら周辺の領地に迷惑になるからな。しっかり固定しておかんと」
『それでなんとかなれば良いがのう』
「ならんかったらならんかったで次の手を考えにゃならん。最悪はどこぞの遺跡の様に物理的な鎖を作らないとって話になる」
あれは面倒そうなんで嫌だがな。カイトはその昔見た事があるとある遺跡を思い出して、深くため息を吐いた。そんな彼にティナも何を思い出していたかを理解する。
『あれは維持費用も結構掛かりそうじゃからのう。まぁ、噂によれば国からの補助金というか国がやっとる事業になっておるそうなのじゃが』
「その場合はウチもそうして貰いたい所だ……とはいえ、どうにせよその手はこの遺跡では取れん。高度が高すぎる。物理的な鎖で固定出来たのは高度が低かったという点が何より大きい。数千メートルになると流石に無理だ」
『それもそうじゃな……兎にも角にも固定具に関しては余も同行するからこちらで調整もやっておこう。特殊な構造材を用いているのであれば、普通とは違う調整もせねばならんかもしれんしな』
「それを考えればどうにせよ来て貰った方が良かったか」
思い返せば特殊な構造材を使っているということは、先にカイト達が俎上に載せていた遺跡と同様普通の固定具では通用しない可能性があるという事だった。それを理解したカイトはどちらにせよティナに来て貰った方が良いと判断したようだ。というわけで、ティナは急ぎ出発の準備を整える事にして通信を終わらせる事になるのだった。
さて明けて翌日の朝。桜が支度をしていた冒険部の調査隊本隊と共に、遺跡を現在の位置で固定するためのマクダウェル家の輸送隊が到着していた。
というわけで、冒険部の本隊に関してはソラと瞬に任せるとカイト自身はティナと共に輸送隊が持ってきた固定具の設置と調整に勤しむ事になっていた。いたのだが、その前に遺跡の構造材に興味を持ったティナを遺跡に案内する事になっていた。
「ほぅ……これが件の特殊な石材か。確かに数千年大空に放置されておったにも関わらず、原型をかなり留めておるな。これはやはり普通の石材とは言い難い」
こんこん。ティナは遺跡の石材を試しに叩いてみて、確かな感触に感心していた。
「そういえばカイト。先の表層部の調査で倒壊した柱があったと言っておったな? そちらは見れるか?」
「ん? ああ、可能だが……そっちも見るのか?」
「うむ。この石材が風化したらどの様になるか。それも興味深い」
「わかった」
兎にも角にも固定具を設置しない事には始まらないが、固定具を設置するためにはこの石材の性質を知っておかない事には調整が出来ない。そう述べたティナの言葉に道理を見たカイトはひとまずは彼女の要望に従う事にしたようだ。というわけで、二人は表層部の調査で見付かっていた倒壊した柱を確認する事にする。
「ふむ……かなり埋没してしまっておるな」
「そりゃ、数千年も放置されてたんだ。しかもこの通り土までどこからか運ばれてきている……いや、放置されてたから風に乗って運ばれた土が降り積もったんだろうけどな」
「それもあるじゃろうが一部は元々あった草木が生い茂った結果じゃろうて……ふむ……」
この倒壊した柱を構築している構造材はどういう物だろうか。ティナは試しに触れてみて、その状態を確認する。そうして彼女は一つ頷いた。
「なるほど。これは大理石に近いが……ふむ……」
「何かわかったのか?」
「うむ。これは先に見た吸魔石を錬金術で合成した石材とは違うのう。こちらはこちらで興味深い」
「違う素材なのか」
「うむ……これは不思議でもなんでも無いが、やはり吸魔石を使った石材は加工が難しいのやもしれん。なのでこういった見栄を重視する場所には不向きと別の素材が使われて、結果として倒壊したのやもしれんな」
「なるほどな……」
あり得る話だ。カイトはティナの語る話に道理を見て、自身もまた倒壊して埋没している柱に触れてみる。まぁ、触れた感触としては有り体なひんやりとした石の感触というだけだ。別にティナの様に触れて魔術的な特性などを読み取るつもりがあったわけではないので当然であった。
「……で、何が興味深いんだ? こいつは」
「いや、この柱の構造材そのものにはさほどの興味は無いぞ。この程度であれば今のエネフィアの錬金術でも普通に作れるじゃろう」
「あ、そうなのね」
「うむ……が、ほれ。柱に刻まれておる紋様があるじゃろ?」
「うん? あ……」
ティナの指摘にカイトは目を凝らしてみて、かなり削れてしまってはいるが柱にはなにかの刻印が刻まれている事に気が付いた。
「何かわかるか?」
「流石にまだわからん。この超古代の遺跡に関しては余も実地調査は初。そうでなくとも情報があまりに少なすぎる。特にこういった刻印などに関してはほぼほぼ情報が無い。この刻印が文字なのかそれとも何かしらの意味がある記号なのか……それもわからん」
「それはそうか」
「逆にお主の方は何かわからんのか? お主の使う翻訳の魔術は大精霊様らのお言葉や他世界の言語にもある程度対応した物じゃろう」
「流石にわからんよ。わかるならそう言ってる」
「それもそうか」
確かに何かと隠す事のあるカイトであるが、こういった調査で隠す意味も必要性もない。というより彼自身が調査してくれと頼んでいるのに情報を隠しては元も子もないのだ。というわけでティナも笑うカイトに納得。柱に関しては一旦置いておく事にする。
「うむ……とりあえずこの柱は放置で良かろう。後ほど公爵家の調査隊が入った際に発掘させるべきではあろうがな」
「その予定はすでに立てている……さて……固定具に取り掛かるとするかのう」
「頼む」
当たり前であるが、夜寝ている内に遺跡が流されてしまえば調査も何もない。遺跡を探す所から始めなければならなくなる。固定具を設置しない事には始まらないのだ。
というわけで、カイトを伴ったティナは遺跡の端に移動。100センチほどの一抱えもある大きな筒状の魔道具を取り出すと、その場に設置する。
「さて……こちらユスティーナ。地上側応答を」
『こちら地上側のオーア。聞こえてるし見えてる』
「うむ。こちらも見えておる。まずはその位置の固定具とのリンクを行う。そちらは?」
『こっちは合ってる。そっちは?』
「こちらももう合わせられる」
空中に浮かんでいる遺跡を固定するための固定具であるが、これは遺跡側と地上側両方で専用の設定を行う必要があった。なので遺跡側をティナが。地上側をオーアが担当する事になっていたようだ。
本来オーアも来る予定はなかったのだが、遺跡が特殊な石材で作られているという事なのでサンプルの確保と共に彼女もやって来たらしかった。というわけで調整を行う二人であるが、接続が出来た所で顔を顰める事になった。
「む……」
『これは……』
「どうした? 物理的な鎖が必要だ、って話なら聞きたくないぞ?」
顔を顰めた二人に、カイトは盛大に嫌そうな顔で問いかける。これにティナは首を振る。
「そうはならんじゃろうが……どうやら石材の放つ力場のような何かで鎖の構築が邪魔されておるみたいでのう。後は距離が離れておる事もあるか……オーア。そちら側の出力を上げられるか?」
『出来るけど……別のにした方が良いね。流石に怖い』
「それもそうか……うむ。確か飛空艇にもう少し大きいのが積んであったじゃろ。そっちにしよう」
『そうしよう』
どうやら今の物だと万が一が起きた場合が怖いらしい。ティナもオーアも今の固定具ではなく、更に大型の物を使う事を決める。というわけで、この日は昼まで遺跡の固定やらの調査の前段階で終わりを迎える事になるのだった。
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