第2879話 大空遺跡編 ――地下へ――
飛空術を習得し、その実用性を示すべく救援部隊として活動する事にしたソラと瞬。カイトはその監督役として救援活動に同行する事になったのであるが、その帰り道。彼は偶然にも大空に浮かぶ謎の遺跡を発見する。
少しの調査の結果それがマクダウェル家では未確認の遺跡である可能性が高いと結論付けた彼は、独自に竜騎士部隊を保有する事から冒険部での調査任務を決定。そんな話を聞き付けたルークを隊列に加えて調査隊本隊が活動するために必要な情報を集める先行部隊としての行動を開始する事にしていた。
というわけで、先行部隊として活動を開始して暫く。表層部にて機能停止していたゴーレムの下に埋没していた入り口を見つけ出した彼は、ソラと瞬に本隊の到着に備えた準備を行わせると共に自身はルークと二人で遺跡の先行調査に乗り出していた。
「ふむ……壁面は見たことの無い素材だね。これは……」
「見たことがない、というよりも……これは……少しお待ち下さい。圧縮したメモリーの中に記載があったかと」
地下へ続く階段を降りていく一行であったが、その最中にルークはエテルノを実体化させていた。これに関しては冒険部と行動する際にエテルノを常に連れていると説明が面倒であるため魔導書状態にしていたのだが、カイトしか居ないので良いだろうと判断したのだ。
「そういえばふとした疑問なんだが、エテルノさんはいつの時代に書かれた魔導書なんだ? いや、女性に年齢を聞くのが失礼である事は百も承知で聞くんだが」
「構いませんよ……もう数千年ほどになりますでしょうか。父の名は……おそらくご存知ではないでしょう。もはや誰も……いえ、元より誰も知らぬ魔術師です。愚かで哀れな……」
どこかの憐憫を伴って、エテルノは自らを執筆した父の事を僅かに明かす。それが何故なのかはカイトにはわからなかったが、それを聞くルークの顔に苦笑が滲んでいる所を見ると彼はわかっていたようだ。
「だから君が居て、娘である君が伝えていくべきだと思うのだけどね」
「……それはまたの機会に……兎にも角にも今はこの石材です。記憶の解凍が完了しました。やはり私に記載されている情報に存在していました」
「そうか……教えてくれ」
話を逸らされたか。ルークはそう思いながらも、エテルノの言葉が正しくもあったのでひとまずは仕事を優先させる事にする。
「この石材ですが、やはり私の父が存命だった頃に主流だった石材です。と言っても勿論普通の石材ではなく、特殊な錬金術を用いて製造された石材です。数千年雨風に晒されてなお原型を維持出来ているのはそれ故と」
「なるほど……相当高度な錬金術と思うが。そんな高度な文明がかつては存在していたのか」
「そんな彼らでさえ『星神』に敗れ、滅びてしまったのです」
感心した様に石材に触れるカイトに、エテルノは僅かに真剣さを滲ませながら告げる。まぁ、彼女はその滅びから数千年もの間戦い続けていたというのだ。こうもなるだろう。
「そうか……まぁ、裁定者であるがゆえに『星神』が油断ならんのは今更な話か」
「それは横に置いておこう。この遺跡はお父君の時代の遺跡という事で間違いなさそうかな?」
「そうですね。間違いないでしょう」
ルークの問いかけに対して、エテルノははっきりとこの遺跡が彼女が執筆された頃の遺跡である事を明言する。というわけで、ひとまずはこの石材の性質を確認する事にした。
「では、エテルノ。この石材の性質もわかるかい?」
「ええ……まず先に述べた通り、風化に対する非常に強い耐性を有している事が上げられます。また同時に魔力に対しても非常に強い耐性を有しているため、当時の文明では重要な施設ではこの石材を使って建築が行われていました」
「ということはかなり普遍的だったんですか?」
「いえ……先にもお話しましたが、この石材は特殊な錬金術を使って作られています。なので量産性はほぼ皆無だったと言って良いでしょう」
カイトの問いかけに対して、エテルノは特殊な錬金術を用いて作られたという石材の表面を触れながら首を振る。それは確かにホコリに塗れてはいるものの、原型をかなり良い状態で留めており劣化に対する耐性の高さを示していた。というわけで、そんな彼女は当時を思い出しどんな建物に使われていたかを語る。
「この石材が使われたのはもっぱら政府施設か、軍事施設……後は一部の神殿施設という所でしょうか。ここがどれかまでは流石にわかりかねますが」
「軍事施設だったら面倒だね……」
「有り得そうなのが嫌な話だ」
上に何十体ものゴーレムの残骸が倒れていた事を考えれば、ここが軍事施設であったとしても不思議はない。カイトは僅かに苦笑するルークの言葉に肩を竦める。と、そんな二人にエテルノは首を振った。
「いえ、それは一概には言えないかと。この石材が使われている施設では先の形式のゴーレムが多用されていました。先にも述べた通り、この石材の耐性の高さを見込んでですね。ですので軍事施設のみではなく、政府施設や神殿でもあのゴーレムは見受けられたようです」
「なおさら嫌にしかならないよ、エテルノ……」
「いや、全く……」
とどのつまりどの施設でもこの石材が使われた時点で軍事施設並の防衛システムが構築されている。そう言い換えても過言ではないエテルノの言葉に、ルークもカイトもガックリと肩を落とす。これに、エテルノがはっとなった。
「あ……えっと……失礼しました」
「はぁ……他には?」
「あ、はい……えっと……あ、そうだ。この石材は吸魔石が素材の一部に使われています」
「吸魔石を錬金術で加工したのか? それも他の素材と混ぜ合わせて?」
「ええ。だから特殊な錬金術で、と」
驚きを露わにしたルークに対して、エテルノは改めてこの石材が特殊な錬金術で作られた事を明言する。それにルークは多大な感心を露わにした。
「すごいな……それなら魔術に対する高い耐性も納得だ。どんな錬金術なんだい?」
「申し訳ありません。詳しくは……極秘とされていた事と、特殊な施設を必要とした事ぐらいしか。これに関しては専門外ですので……」
「そうか……何かわかればと思ったんだけど」
エテルノの専門が時間に関する魔術である事はルークが他の誰よりも一番理解していた。なので彼女に聞いても仕方がない事はわかっていたが、それでも彼は少しだけがっかりした様子が見て取れた。と、そんな彼であったが、少しして気を取り直す。
「まぁ、仕方がない。兎にも角にも、面倒な施設には違いないという事かな」
「そうですね。それは間違いないかと」
「……っと。下に到着だ。ルーク、エテルノさん。流石にオレが先陣を切る。二人は後ろから頼む」
どうやら話している間に階段の終わりまでたどり着いたらしい。カイトが二人を制止し、それに従って二人もまた歩みを止める。
流石にカイトは近接戦闘が主体だし、遺跡への潜入経験も豊富だ。一応客人であるルークを先に進ませるのも道理に反する事もあり、彼自身が一番手を務める事にしたようだ。というわけで、カイトが閉じられた隔壁の横にあったコンソールらしき物に手を当てる。
「……反応無し。こいつも駄目だな」
「というよりおそらく魔導炉に類する物が機能を停止しているんじゃないかな? 流石に数千年以上も経過していると安全装置の一つや二つは働いていても不思議はないだろうし」
「なるほど。道理だな……となれば、さっきと同じくピッキングするしかないか」
この調子だとここから先はほぼすべてピッキングしないと駄目そうか。カイトは一つため息を吐いて、ピッキングツールを取り出す。そんな彼が作業を行う傍らで、ルークを見たエテルノが問いかける。
「……なにをワクワクしているんですか?」
「いや、楽しくて仕方がない……やはり私は男の子なのだろうね。未知を前にしてワクワクが止まらないんだ」
「……何を今更。根っこは全然成長していないくせに」
「な、なんだい、その反応」
無茶苦茶酷評された気がする。そんな様子で慌てふためくルークに対して、エテルノはどこか楽しげだ。そんな主従を尻目に作業を行っていたカイトであったが、今回は存外すぐに作業が終わったようだ。二人の会話に笑いながら口を開いた。
「楽しげな所悪いが、開くぞ。幸い中だったから基盤が無事だった」
「っと」
「失礼しました……ルーク。一旦魔導書に戻ります」
「そうしてくれ」
流石にここからは戦闘があるかもしれないのだ。エテルノは即座に対応が可能なように、魔導書の姿に戻ってルークの手に収まる。そうして彼らの準備が出来たのを確認しルークが頷くのを受けて、カイトが隔壁を開いた。
「「っ!」」
隔壁を開いたと同時に二人に訪れたのは、かなりの強風だ。というわけで強風に顔を背けた二人であるが、即座に魔力で風防を展開。前を向く。
「これは……」
「……私は遺跡は初めてなので何もわからないのだけど。こういう場所は一般的なのかな?」
「なわけあるかよ……すっげぇな。こりゃ面白い……試しに落ちてみたいが」
「うん。その発想はなかった」
どうやら遺跡探索を何度も行っている伝説の勇者は自分とは発想が違うらしい。ルークは目の前に広がっている光景を見て落ちてみたい、とのたまうカイトに呆気にとられる。
「いや、流石に落ちたら一瞬で異空間に捕らえられてデッドエンドは無い……と思いたい。まぁ、デッドエンドでも脱出してやるけどな」
「君なら出来そうだ」
この遺跡を作った人たちには同情するね。楽しげなカイトに対して、ルークも笑いながら告げる。と、そんな彼は改めて目の前の状況を見て告げる。
「とはいえ……これどうするんだい? 空中に点在する足場がちらほら……下からはかなりの風が吹いているみたいだ。しかも単なる風じゃない。魔力を帯びた魔風だ。私や君ならこの魔風の中でもあの扉まで一気に飛空術で行けるだろうが、並の冒険者ならまず無理じゃないかな」
「無理だろうな……そのための足場なんだろうが。一体全体何なんだ、この施設は」
のっけから無茶苦茶な部屋にたどり着いた事にカイトは楽しげではあったが、同時に呆れもしていたようだ。というわけで、彼は確認のためエテルノに問いかける。
「エテルノさん……まさかと思いますが当時の一般人はこれを普通に踏破出来たんですか?」
『まさか。当時の一般市民は今の一般市民とさほど変わりません。軍人……に関しては私もはっきりとはわかりかねますが』
「良かった。もし踏破出来るならそいつは一般人じゃなくて逸般人か。軍人向け……か?」
『軍人向けでさえないかと……』
この魔風の中を一気に突き進めるとなるとルークほどの魔術師でないと不可能だ。そのルークはエテルノの歴代の主人の中でもトップクラスの才能を有している若き天才。その彼でようやく、という時点で状況は察せられた。というわけで、そんな彼がカイトに問いかける。
「どうする? 行ってみるかい?」
「やめておこう。流石に初手でこれだ。魔風の中を飛んでる最中に何が起きるかわかったもんじゃない」
「同意しよう。これは準備をしっかり整えた方が良さそうだ」
流石にこれを無策に興味本位で突っ込んで良いとは思えない。カイトもルークもそんな考えを一致させたようだ。というわけで、彼らは準備を整えるべく地上へと戻っていくのだった。
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