第2878話 大空遺跡編 ――地下へ――
飛空術を習得し、その試験運用を兼ねて救援に出る事にしたソラと瞬。そんな両名に監督役として同行していたカイトであったが、彼はその帰路に大空に浮かぶ謎の遺跡を発見する。
というわけで、その後の少しの調査によりこの遺跡が現在マクダウェル領では未発見であると結論付けた彼は竜騎士部隊を独自に保有する事から冒険部での先行調査の実施を決定。種々の準備を経て、実際の調査に乗り出していた。
そうして表層部の調査の結果機能停止したゴーレムの下に地下への入り口が埋没している事をつかむと、遺跡の再起動に注意しながらゴーレムを撤去。ついに遺跡の地下に続く道のりが姿を現していた。
「結局なーんも起きなかったなー」
「放棄されてかなりの時間が経過しているからな。仕方がないんだろう」
「まぁ、それに関しては俺達にとっても良かったと言えるのだろうが……が、そうするとこの扉はどうすれば良いんだ?」
危惧されたゴーレムの撤去に伴う遺跡の再起動がなかった事に安堵するソラとそれを致し方なしと結論付けるカイトに、瞬は遺跡の地下への入り口を見ながら問いかける。そんな彼の見る遺跡の入り口であるが、確かに入り口だろうという形状は見受けられたが同時に扉だか隔壁だかが閉じてしまっていてびくともしなかった。
「壊す……しかなさそうっすかね? ルークさん。解析とか出来ます?」
「うーん……流石に厳しいかな。基盤にせよ何にせよ、もう摩耗しきってしまっていて……扉という機能そのものが失われてしまっていると言っても良いかもしれない。埋没しているから大丈夫かと思ったけれど……」
「そうは問屋が卸さないと」
「流石にね」
ソラの問いかけを受けたルークは困った様に笑う。すでにそこかしこでそんな影響は見て取れていたが、やはりこの遺跡が放棄されてから途方もない時間が流れていたらしい。
そうなると外部に露出していた部分に刻まれていただろう刻印も風化してしまい、元の力を失ってしまっていたようだ。というわけで、そんな状況にカイトが一つ推察する。
「ふむ……高高度による風の影響を加味しても、やはり風化の度合いが激しい。ティナ。おそらくこれはルナリア文明やらの俗に言う古代文明の物ではなさそうだ」
『みたいじゃのう……今しがた、ユリィより先のサンプルに関する調査結果が届いた。見たら笑うぞ』
「何があった?」
『地質学者や植物学者の意見も踏まえての結論じゃが、数千年前に存在していた植物である可能性が高いとの事じゃ。地質学者は兎も角、植物学者共は興味を示しまくっておるぞ』
「うっわ……ガチ当たり引いたのかよ」
どうやらとんでもないものを見付けてしまったらしい。カイトは自分が立っている遺跡が数万年近くも昔に構築されたものである事を理解して、盛大に顔を顰める。そんな彼らの会話に、ソラが思わず口を挟む。
「え? 何? まさかこの間の超古代の、って話……冗談じゃなかったのか?」
『冗談なわけあるまい……極稀にじゃが、数千年以上……それこそルナリア文明初期以前の文明の遺跡が見付かる事はある。それが何か。どのような文明があったのかに関しては現在も学者によって意見が分かれておるが、存在していたのではないかという事では意見は一致しておるよ』
どうやらあまりに突拍子もない話だったため、ソラは半ば冗談としてこの話を捉えていたらしい。それに対してティナは改めてこの話が冗談でもなんでもない事を明言する。
「まぁ、それはそれとして置いておけ。今はどうやって地下に入るか、という所だ……さて、どうしたものか」
「君なら斬り裂けるんじゃないか?」
「やれるがやりたくはないな」
冗談めかした調子で笑いながら告げるルークの提案に、カイトもまた笑いながら同意しつつ懐からいつものピッキングツールを取り出す。が、これに瞬が首を傾げた。
「それで無理だから今の話になっているんじゃないのか?」
「わかってる……まぁ、ここからは個人芸になるから参考にはならんよ」
かんっ。瞬の問いかけに答えながら、カイトはいつもの様に遺跡の隔壁の付近にピッキングツールを突き立てる。そうして浅くだが傷を刻んで内部構造に接触すると、そこから意識を集中。魔力を流し込んで、流路の残滓を確認していく。そんな光景に、ルークが思わず嘆息した。
「なるほど……実演は初めて見るが、これはおそらく職人芸なのだろうね」
「職人芸とまでは言わんよ。隠し芸ぐらいにはなるだろうが……」
薄く魔力を浸透させていくカイトであるが、やはり流石は彼という所なのだろう。魔力の浸透にはある程度の規則性が視えていた。そんな光景を見て、ソラも瞬もカイトがすでに風化してしまっていた部分を再構築、ないしは再現している事が理解出来た。というわけで、ソラが思わずと言った具合でカイトに問いかける。
「すげっ……どうやってるんだ?」
「確かに風化はしているが、風化しても跡が完全に消え去るわけじゃない。いや、ある種の賭けにはなるがな。完全に痕跡が消えるほどの時間が経過してしまっているとこれももう無理だから破壊するしかないが……埋没していたからまだ行けるんじゃないか、と思ったが案の定だったらしい。早い話、足跡の化石を見付けてその化石に石膏を流し込んでるみたいなもんだ」
「ってことは……これが元々あった元の流路というわけか」
「そういう事だな……ルーク。これだけ視えてれば刻印の復元ぐらいは出来るか?」
「無論だとも。役に立たせて貰えて有り難いよ」
カイトの問いかけに、ルークはウキウキ気分で作業に取り掛かる。すでにどういう魔術がこの扉に仕込まれていたかはカイトが浮かべている。後はそれを再度扉に刻んでやるだけだった。
そしてそれに関しては魔術師の中でもトップクラスと言われる実力を持つルークだ。ものの十数分で、昔存在していた刻印を再度刻み終えた。
「出来た。これで大丈夫だ」
「よし……後は物理的に中に何か入り込んでなけりゃ、という所だが」
「そこに関しては私も何も保証は出来ないね」
「オレも保証は出来んさ……さて、動いてくれよ」
元々この隔壁はゴーレムの覆いこそあったが、完全に埋没してしまっていたのだ。なので内部に土埃が入り込んでしまっている可能性は非常に高かったが、どの程度入り込んでいるのかを確かめる術は現状存在していない。なので後はもう動いてくれ、と天に祈るしか誰にも出来なかった。
そうして僅かに祈りながら先にルークが刻印を刻んだ近くにピッキングツールを突き立てたカイトは、刻まれた刻印に魔力を通す。すると、ぷしゅっという音と僅かな土埃を上げて隔壁が半分より少し大きく開く。
「完全には開かなかったか……まぁ、それはしょうがないか」
「動いただけ御の字だろうね……遺跡全体が再起動する様子も……なさそうだね。やはり完全に死んでしまっているのだろう」
「だろうな……はぁ。そうなると調査はかなり難航しそうだな」
「なるべく現状を保全した状態で調査しないといけないだろうしね」
ため息混じりのカイトに対して、やはり人生初の未知の遺跡への潜入とあってルークは非常に楽しげだ。後の彼曰く子供心が疼きまくっていたとの事であった。というわけで、そんな彼を横目にカイトは瞬に視線を送る。
「先輩。流石にここからは何が起きても不思議はないし、いくら風化してしまったとしても内部までそうとは限らん。戦闘はおそらく起きる物と考えて良いだろう」
「内部は無事な可能性が高いのか?」
「風化ってのは風に晒されるから起きるものだ。中は直接風に晒されない分、風化は遅い。これは魔術関連の刻印でも変わらん……おそらく侵入者防止のトラップやら撃退のゴーレムやらがお出迎えしてくれるだろう」
「わかった。戦闘員の選定を行う……ソラ。手を貸してくれ」
「うっす」
「よし……ルーク。すまんが、調査隊の事前調査の前に安全性を確認したい。オレとタッグで行けるか?」
「光栄だよ」
カイトからの直々の指名に、ルークは即座の快諾を示す。彼はエテルノの支援さえあればランクSクラスの冒険者にも匹敵する実力を有する。しかも純粋な魔術師でありながら近接戦闘も可能とカイトとの相性は非常に良かった。というわけで、カイトとルークは人員の再選定を行うソラ達の情報を持ち帰るべく、二人で先行調査に乗り出す事になるのだった。
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