第2872話 大空遺跡編 ――遺された物――
飛空術を使っての救助要請への支援活動を行った帰り道に偶然発見された大空に浮かぶ古代の文明の遺跡。それが既知の物か未知の物かは定かではなかったものの、カイトはひとまずソラと瞬の両名を連れて表層部の調査に乗り出す事となる。
というわけで、二人と共にこの遺跡の調査を行う場合は何に注意するべきかなどを話し合いながら表層部を歩いていたわけであるが、結論から言えば表層部は数千年単位で放置されていたからかかなり幻想的な状況だった。
「……」
「何を見てるんだ?」
「え、あ……いや、これ……」
「ゴーレム……か? いや、だがそれにしてもこれは……ゴーレムか?」
屈み込んでなにかを見ていたソラであったが、そんな彼が少しずれて見ていたものを瞬にも見せる。それは言うなれば石で出来た手のようなものだ。但し完全に苔むして一部には花まで咲いており、放棄されてかなりの時間が経過してしまった古代のゴーレムの様相を呈していた。
「多分……でもゴーレムって石材で出来るもんなんっすかね?」
「こっちに来るまでのイメージで言えば、ゴーレムは石……というか鉱石で出来ている気はするが」
「あー……確かにそう言われればそうっすね」
今でこそ二人もエネフィアを基準としてものを考えているので、ゴーレムと言えば金属の体躯を持ちある程度の自律性を有している謂わばロボットのような存在と捉えている。
が、エネフィアに来るまでのゴーレムといえば土塊や石材などの鉱物の身体を持つ魔法で動くファンタジーの存在だ。その認識で考えるのなら、この苔むした手を持っていただろう何かはゴーレムと考えられた。と、そんな二人の違和感に気付いたのか、少し離れた所で生えていた木を調査していたカイトが小首を傾げて問いかける。
「どうした? 二人共。そんな所で男二人で屈み込んで」
「あ……いや、これ。なんか手っぽくね、って思ってさ」
「ふむ?」
なんだろうか。ソラの言葉にカイトは調査していた木から離れ、そちらに移動する。そうして二人に場を譲ってもらった彼もまた、石材で作られた手を確認する。
「ふむ……確かにこれは手……だな。サイズからして……全長は3、いや4メートルほどか。ティナ。そっちから全容はわからないか?」
『うむ。少しやってみよう……むぅ。少し厳しいのう。どうやら時間経過により見えている部分より先は地面に埋没してしまっておるようじゃ。まぁ、もう少し時間を掛ければ問題はないが』
「いや、良いよ。解析に反応して動かれても困るしな」
『それもそうじゃのう』
おそらくゴーレムの手だとは思われるが、詳細というか全体は埋もれてしまっていて確認が難しいらしい。が、これに驚いたのは瞬だ。
「ユスティーナでも確認は難しいのか」
「どっちかっていうとこの場合は石材で構築されているから、というのが大きいな。周囲も似た物質で構築されているせいで、どこまでがこのゴーレムの身体でどこまでが付着した土やらなのかの判別が難しいんだ」
「なるほど……ん? ということはこれはやはりゴーレムの腕で良いのか?」
「ああ、それは確定で良いと思うぞ。流石にこんな切り揃えられた石材を手のようにしている以上、ゴーレム以外には考えにくいからな」
自身の説明に納得した後に僅かに驚いたような表情を浮かべた瞬に、カイトは生えていた苔を少しだけ毟ってみて答える。するとやはりかつては磨かれていたのだろう石材が薄っすらとだが姿を覗かせており、これが人工物である事が察せられた。そしてその言葉にティナもまた同意する。
『そうじゃのう。これはかなり古いタイプのゴーレムではあるが、同時にこういった遺跡においての有用性は認められておる。まぁ、それでも現代でこういった鉱石タイプのゴーレムを使うのは非常に稀と言わざるを得んがのう』
「そうなのか? 素材集めが非常に楽そうなんだが」
『素材という意味では楽じゃよ。それこそやろうとすれば戦場でも急造出来るじゃろうし、やる者もおる。戦場で言えばこのタイプが一番多い……が、やはり物理的強度やら風化への耐性などを考えれば石材より鉄。鉄より鋼となるし、魔術への耐性や相性を考えれば魔鉱石系が良いのは自然な話じゃろう』
確かにそれは尤もな話だ。ティナの解説に瞬は急場凌ぎでないのなら、と納得を露わにする。とはいえ、そうなるとやはり疑問なのはこれだった。
「でもここで使われてるのって石材を利用したゴーレム……だよな? なんでだ?」
『ふむ……そこが興味深い点ではある。内部まで見ておらぬのではっきりとした事はなんとも言えぬが、金属を使ったゴーレムも比較的古代から存在しておる。無論難易度の関係から鉱石型の開発から始まり金属型に至っておるから、鉱石を使ったゴーレムの方が古い事は否定はせんがのう』
「ってことは、この遺跡を作っただろう文明の技術力を考えれば石材を使う事は考えにくい、と」
『一概にそうとは言えぬよ』
ソラの出した結論に対して、ティナは一つ首を振る。そうして、彼女がその理由を語ってくれた。
『お主らが知らぬのも無理はないが、エネフィアにおいてこういった浮遊する大地はそれなりに存在しておる。なので竜を使いそこに至り、遺跡を作った文明も確認されておる。今のエネフィアよりずっと未熟な文明じゃ。なれば技術的にこうやって鉱石系をメインとしても不思議はあるまいな』
「へー……」
やはり長いように見えて、ソラ達もまだエネフィアに来て一年も経過していない。ある程度常識は備わったとはいえこうやって一般常識から離れてしまった知識の部分では知らない事が多かったようだ。ティナの語る内容に僅かに驚きながらも頷いていた。
『それはそれとして。カイト。先の木はどうじゃった? 何かわかるか?』
「ああ、いや……すまん。系統としては欅だと思うが、流石にオレでは詳しい事はわからん。ユリィを連れて来れば良かったか、という所だな」
『それは言うても始まらぬ。何かサンプルでも持って帰るなり写真でも撮るなりして確認させればよかろう』
今回、カイトは緊急事態で出るソラと瞬の二人に急遽同行した形だ。なので今日も今日とて学園長の仕事で不在だったユリィはそもそもカイトが出ている事さえ知らず、未知の遺跡に足を踏み入れている事も知らないだろう。というわけでティナの指摘にカイトは一つ同意する。
「わかってる。すでに写真は撮影済みだし、サンプルとして幾らかの花も回収した。それでおおよそどこでこの遺跡がどこから流れてきたかはわかるだろう」
『うむ。植生は重要な判断材料じゃからのう……よし。それについてはお主が必要と思う分だけ回収しておいてくれ。最悪後で本隊が出た際にユリィを同行させる手もあろうが』
「場合によっては学術調査も必要になる可能性はあるな。シャルには声を掛ける気だし、場合によってはアンブラあたりにも声を掛けるか……」
先にカイトも言っているが、草花がどこで付着したか次第でこの遺跡がどこから流れてきたかを推測する事が出来る。が、同時にこの遺跡の上に降り積もった土からもそれを類推する事は出来たし、遺跡となるとやはり古い女神であるシャルロットの助力は欠かせないかもしれない。そういった事を考えれば、やはり学術調査が可能な人員を連れて行きたい所ではあったのだろう。
『そうじゃのう……アンブラやオーアには声を掛けても良いやもしれん。その遺跡の構造が何で出来ておるかも気になる。まぁ、どうにせよそこはお主らが持ち帰った情報から考える事にして良いじゃろう』
「それもそうか……わかった。少しサンプルを持ち帰ることにする」
『うむ……で、一つ問いたいが。入り口は見つからんのか?』
「今のところそれらしい物は見つかっていない……埋もれてしまったのか、それともやはり大本がどこかにあってこれが剥離した形になってしまったが故に無いのか……調べん事にはわからなそうだ」
『ふむ……そこらの調査が行える道具も用意した方が良さそうか。わかった。それも支度に含めておこう』
「頼んだ」
一応もう少し確認はしてみるつもりだがな。カイトはそう言いながらも、ティナにそこらの調査が可能な支度は頼んでおく事にする。というわけで、三人はそれからも少しの間表層部の調査とサンプリングを行ってギルドホームに帰還するのだった。




