第2868話 大空遺跡編 ――大空を舞う――
皇都通信との事件が一段落して数日。飛空術の訓練を足掛け数ヶ月に渡って行っていた瞬とソラの要望を受けて、カイトは二人に最後の試験として超長距離を飛空術で飛翔するという試験を課していた。
というわけでソラと瞬は疲労困憊になりながらもなんとか超長距離の飛翔を乗り切り、試験は完了。今後は短距離や高機動戦闘だけでなく長距離の移動に関する訓練も行っていく事にして、飛空術の教練は終わりとなった。
「ふぅ……とりあえずこれで自由に飛んでも良いのか?」
「ああ。と言ってもこれで馬鹿みたいに遠くまで飛んでみよう、なんて思わないだろ?」
「流石にしたくねぇな……」
カイトの問いかけに対して、ソラは心底同意するように肩を落とす。今の試験で彼も嫌というほど長距離を飛翔する難しさを理解したようだ。あの試験にはこうやってある程度出来るようになったと思い込む素人達に現実を突き付け、バカをしないように抑止する意味合いもあるのであった。
「あはは……そうだろうな。街の近辺であれば普通に飛んで良いし、高さ制限はほぼ無い。但し、飛空艇にはぶつかるなよ?」
「あ、そっか。飛空艇は要注意だな……でも飛べるってだけで一気に行動半径広くなるな」
「そうだな。まぁ、流石に遠征隊が出るような距離には行けないが、万が一の場合にはこれで救援に駆けつけられやすくもなる。練習しておいて損はない」
「そっか……それも出来るよな。そっか。それ以外にも衛星都市なら行けるのか」
本当に長距離の飛行が出来るようになるだけで一気に出来る事が広がる。ソラはカイトからの助言に心底そう思う。
「うわー……なんか一気に楽しくなってきた」
「それは良いが、本当にやらかすなよ? 年に何人かは調子に乗って飛びすぎて遠くにこそ行かなかったが歩いて帰ってきた、って話があるぐらいだからな」
「うあ……それはやっちまいそう」
冗談めかしつつも割りと本気で忠告するカイトに、ソラは笑いながらそうならないように胸に刻む。というわけで、そんな彼は身を屈めながら瞬に問いかける。
「先輩はどうします? 飛んでみます?」
「いや、俺はもう少し改良しようと思う」
「そっすか」
どうやら瞬は自分の力を試したくてウズウズしていたらしい。瞬の返答を聞いて、ソラは数時間前と同様に大空へと飛び立つ。そうしてマクスウェルの街の結界を潜り抜け、ソラは更に上昇。いつもなら見る事のない高度数千メートルまで到達する。
「うおー……」
初めて見る高度数千メートルの光景に、ソラは僅かな感動を得ていた。これ以上ないファンタジーな光景。そう言っても過言ではなかった。と、そんな彼の横に向かうように蒼い光が立ち昇り、停止する。
「ふぅ……」
「カイト……どした?」
「いや、オレも気晴らしに飛ぶかと思ってな」
「お前さっきまで呑気に飛んでただろ……」
先の試練ではカイトはエドナに乗って移動していただけだ。なので疲れるという事はほぼないはず――もちろん乗馬に近いのでその意味での疲労はあるだろうが――だった。
「それはそれだ……ふぅ。やっぱこの高度にまでなると見晴らしが良いな」
「ああ……そういやさ。ふと思ったんだけど。この高度に飛空艇待機させて巡回とかしないのか? かなり遠くまで見張れそうじゃん」
周囲に行き交う飛空艇の姿はあるが、そのどれもこれもがもっと下を飛び交うのだ。まぁ、マクスウェルの街に降り立つ事を考えれば何を当たり前な、と思う所であるが周囲の偵察などが目的であればもっと上空を飛んでも良いと思ったのである。
「それか……まぁ、やった所はあるがなぁ」
「なにか問題あったのか?」
「あんまり住人の受けが良くなかったらしい。なんか自分達が見張られているみたいだ、ってな具合でな。よくディストピア物とかだと上から住民達を監視する飛空艇が描かれてるだろ?」
「あー……確かに見張るなら上からだもんな……」
カイトの挙げた例にソラもなるほどと思ったらしい。そして更にカイトはため息を吐いた。
「確かに住人達も自分達を見張ってるわけではない、とはわかってるらしいがな。それでもどうしても、住民の中には潜在的に為政者に対する不信感が存在している。そこの兼ね合いから評判は良くなかったそうだ」
「ふーん……でも日本でも必要なら監視カメラとかは使ってるよな?」
「だからそれで十分だろ、って言われたわけ。更に言うとレーダ系も整ったおかげで警戒を上からやる必要がなくなったってのも大きい」
「なるほどなー」
確かに言われてみればレーダもあるし、街中の監視であれば監視カメラがエネフィアにもある。なのでこの二つに加えて飛空艇で上から監視していれば住民達はそれがいくら自分達のためと言っても過剰な印象を得てしまったのだろう。というわけで、カイトは為政者の悩みを少しだけ吐露した。
「結局、よほど悪意ある為政者でない限りは住民達を抑圧しようなんて考えてない。確かに住民の安全を最優先に考えるなら上空からの監視網ってのは有用だ。が、住民達の安寧を考えればある程度は監視の目を緩めないと駄目なんだ。本当にそこらが難しい所でな。非常時に住民達が上空からの監視を認めてるのはその良い証拠だろう」
「た、大変だな……」
「……すまん。聞かせても意味ないな」
この様子ならカイトも一度は考えた事があるという所だったのだろう。ソラはため息を吐くカイトの様子からそう思う。なお、先にカイトが言っている通り、結局彼は抑圧しているように思えてしまうと上空からの飛空艇による警戒網の構築は却下したらしい。
「まぁ、それは良い。とりあえず……よい眺めだろ?」
「おう……って、お前結構頻繁にここまで来てるのか?」
「割りとな……ここだと何も無いだろ? まぁ、何もなさすぎてうっかりしてると超上空を飛んでる魔物に見つかって強襲食らうんだけど。あいつらランクA級とかランクSとかザラだから割りと面倒ではあるんだよな」
「……え゛?」
なにそれ。カイトの言葉にソラの表情が凍り付く。これにカイトの方が首を傾げる。
「当たり前だろ。こんな見晴らしが良いんだから、向こうからも丸見えだ。さっきの飛空艇の話。もう一個には見付かる事が多くて被害が馬鹿にならんってのもある」
「聞いてねぇよ!?」
「いや、飛空術の勉強してる中で一回ぐらいは出てるだろ。あまり高く飛びすぎないようにって」
「そ、そういやあった気が……」
あの時は空気圧やらの話にばかり目がいっていて、魔物についてはあまり注意していなかったかもしれない。ソラはそう思う。ちなみに彼が読んでいた教本の問題で魔物の襲撃は書かれていてもその半数以上がランクA以上だという点は書かれていなかったため、なおさら印象に残らなかったらしい。
「まぁ、そういうわけだからな。あまり高く飛びすぎないように注意するか、見付からないようにしっかり隠形を施すかだな」
「気を付ける」
「そうしておけ。ランクAはまだしも、ランクS級に襲われると面倒って話じゃ済まん」
それでも完璧じゃない。カイトはソラに対してそう忠告しておく。なお、いくら見付かりやすいと言っても流石にそんな頻繁に見付かるわけではない。
何よりランクS級の魔物が街付近に近寄ればカイト達がわからないはずはないし、基本的には彼らが人知れず対処する。マクスウェル近辺に限って言えば問題はほぼないと言い切れたが、万が一は起こり得る。注意はしておいて正解だろう。
「そっか……たしかにな。やっぱそうなるともっと魔術の勉強しないと、か」
「そうだな。特にお前の場合はこの高さまで行くと地脈からの魔力補充に難しい点が出てくる。その点も踏まえて色々と練るべきだろう」
「おう」
上空数千メートルの所に居る時点で、地脈からの魔力補充はどうやっても望めない。それはソラも飛空術を学ぶ上で前提としてわかっていたようだ。
「にしても……マクスウェルって本当に草原のど真ん中にあるんだな。遠くまですっげぇ見える」
「まぁな……割りとこの眺めは悪くないだろ? あまり知られていないが、オレのお気に入りの一つだ」
「ああ」
彼方まで広がる草原とそこの中で放牧したり田畑の手入れをしたりする農夫や牛飼い達の姿は牧歌的で、非常にのどかな風景でとても絵になった。というわけで、それから暫くソラはカイトと共にマクスウェルの牧歌的な一面を心ゆくまで楽しむのだった。
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