第2866話 大空遺跡編 ――試験――
皇都通信との諍いに端を発する一連のゴタゴタを片付け、更に現在秘密裏に開発中の飛空艇の試験に立ち会ったカイト。そんな彼は改めて日常に戻ると、そこで飛空術の練習をある程度終わらせたソラと瞬から試験を頼まれる事になる。
というわけで、ひとまずの試験に合格点を与えた彼は二人に最後の試験として、超長距離を無補給無休憩で飛翔する事を課題として与え、自身はそれを先導する形でエドナと共に異空間を進んでいた。そしてそんな二人の背を追っかける形で、ソラと瞬の両名は草原の上を飛んでいた。
「……やっぱまだ楽っすね」
「ああ……が、少し気になるのは何故そう幾つものエリアがあるか、という所か」
「そっすね……」
この異空間に入った時、カイトからはこの異空間は広大な面積の中に草原や雪原、大海原など多種多様なエリアがある事を聞かされている。それの意図はなにか。二人はまた魔力にも体力にも余裕がある内に話し合っておこうと思ったようだ。
「なにかの節目……というわけじゃないとは思うんっすよね」
「何故だ?」
「それならカイトがそう言うと思いますし、距離を忘れるってこともまず無いと思うんで……」
あの様子は完全に自分でも把握していない時の感じだった。ソラはカイトとの数年来の付き合いから、雪原の長さを覚えていない事が嘘や演技ではない事を見抜いていた。
実際、カイトとしても興味はなかったので覚えていない。いや、覚えていないは嘘だが、即座に出てくるほど浅い領域に記憶していない。そこから導き出されたのが、この節目でないというソラの結論だった。
「なんかはあると思うんっすよ、なんかは」
「……魔物が出てくる……とかか?」
「どうっしょ……確かに実戦ベースで考えて完全武装させるなら、魔物が出てきても不思議はないっすね」
それならいつでも武器を手にできるようにしなければ。ソラと瞬は見えてきた可能性に僅かな警戒感を露わにする。が、これにカイトから念話が飛んできた。
『あ、悪い悪い。告げるのを忘れていたが、今回の試験じゃ魔物は一切出ない。攻撃ももちろんされない。終盤そんな余裕もなくなるだろうしな』
「あ、そうなの?」
『ああ。流石にキツい、ってわかってる試験でそんな無情な事はせんよ』
「良かったぁ……」
「あはは」
カイトの明言にソラは胸を撫で下ろし、瞬はそれを見て笑う。そんな二人に、今度はカイトが冗談めかして告げた。
『もしして欲しいのなら、オレが前から弓矢で攻撃してやるが? 縦横無尽な射撃を約束しよう』
「やめてくれ」
「あはは……まぁ、流石に俺も遠慮しておこう」
カイトの問いかけに心底嫌そうな顔を浮かべるソラであったが、瞬もまたやはり先を見据えて遠慮したようだ。そしてもちろん、カイトもそんな事をするつもりはない。自信過剰に言った所で彼の方が却下するだろう。というわけで、暫くの間二人は何を警戒するべきかと考えながら、超長距離の飛行を行う事になるのだった。
さて二人が試験を開始してから暫く。ある程度草原地帯も過ぎた頃だ。やはり超長距離の飛行は普通とは違う所が多々あったらしく、二人も色々と考えさせられる状況になっていた。
「ふぅ……長時間飛空術を使うとやはり身体の節々が固くなるな」
「っすね……なんってか下手に身動きが取れないっていうか……」
飛空術を最も効率的に使うのに重要なのは、やはり如何にして空気抵抗を軽減させるかだ。空気抵抗とは即ちブレーキ。それが働けば働くだけ余分に力を使わねばならなくなるのだ。
なので基本的にはある程度姿勢を固定させねばならないのだが、それを長時間続けると今度は身体が痛くなり精神的な負担が大きくなる。そして精神的な負担が大きくなれば、魔術を維持するのが難しくなるのであった。
「ふむ……もしかしたら長距離で移動する場合は前面に展開している風防を最小にするではなく大きめにしておいた方が良いのかもしれないな」
「あー……それはあるかもっすね……」
微動だにしないというのは肉体的にも精神的にもキツい。長時間の飛翔でそれを理解した二人は、今まで魔力消費の観点から身体に張り付くほどに極小に留めていた空気抵抗を抑える障壁を大きくする。そうして少し大きくなれば身動きが取れるようになり、瞬もソラも堪らず手足を振って身体をほぐす。
「ふぅ……」
「あー……やっぱこっちのが良いっすね。維持が楽っていうか……」
「だな……そうか。速度は求められないから、そこまで小さくしなくても良いのか……ん?」
「どうしたんっすか?」
「いや、ふむ……」
なにかに気付いたらしい瞬であるが、ソラの問いかけにどうなのだろうかと考える。やはり精神的に余裕を得た事により、色々と考える余裕が出てきたというわけだろう。というわけで少しあれやこれやと考えていた瞬であったが、ソラにふと確認する。
「思えば速度を求めないなら別に流線型である必要は……無いよな?」
「障壁っすか? いや、流線型が一番空気抵抗を受けにくいって話だからそうしてるわけで……あ、そっか。そっすね。速度を求めないなら流線型じゃなくても良いっすね。まぁ、それ以前として空気抵抗を受ければその分魔力を消費するんで、結局効率の面でも流線型が良いとは思いますけど」
「あ……そうか。そうだったな……ちっ。上手くいくかと思ったんだが」
どうやら瞬はなにかを思い付いたらしい。が、ソラの指摘でそれは上手くいきそうにない、と思ったようだ。舌打ちしつつも残念そうだった。そんな彼に、ソラが問いかける。
「どうしようと思ったんっすか?」
「いや……どうせならこの翼をもっと広げて横長に伸ばしてやるのはどうか、と思ったんだがな」
「いや、それありっすよ! そっか! 普通に考えりゃ飛行機って翼ありますもんね!」
確かに魔力と魔力で飛翔しているソラ達であるが、完全に物理法則から逃れているわけではない。ならばどこかしらで地球の科学が応用出来るのではないか。ソラはそう思ったらしい。
というわけで、彼は風防のように展開している障壁を変化させて飛行機の翼を模したような形を生み出す。が、これは俄仕込みの素人考えだ。途端に姿勢を崩す事になる。
「うわぁあああ!」
「ソラ!」
「と、ととと! ふぅ……すんません。失敗しました……」
心配した様子の瞬に、ソラは恥ずかしげに笑って謝罪する。何をか言わんやであるが、地球の飛行機の翼の形状には緻密な計算で生み出された最新の科学技術が使われているのだ。それを見様見真似で再現しようとして出来るわけがなかった。と、そんな様子を見て、前を行くカイトが告げた。
「あはは……まっすぐ一直線の翼を作ったな? いや、そうしようとはしたが完全にそうはなってなくて墜落した感じか」
「うぐっ……」
「飛行機の翼は基本的には上方が空気の流れが早く、底面側は空気の流れが遅くなるように設計されている。お前もどこかでは見た事があっただろう。それで揚力を生み出しているんだ。発想は悪くないが……知識が伴わなければ意味がない。しっかりと航空力学を学んだほうが良いな」
「くそぅ……」
「褒めてはくれたと思うぞ?」
「まぁ、そうなんっすけど……」
おそらく恥ずかしいという所か。少しだけ不貞腐れた様子のソラに、瞬は内心で笑う。というわけで、彼はそれならと助言を行う。
「俺の翼で良ければ参考にするか?」
「え?」
「いや……グライダーを真似る上でカイトから同じ事を言われて調べたんだ。ある程度は様になっていると思うぞ。俺の方はどこまで大型化するのが一番良いか、という所だが……」
今のバランスを割り出すのも苦労したんだが。瞬は自身の左右に展開している小さな翼を見てそう思う。
「可変式……でも考えてみるか」
「戦闘機みたいな?」
「ああ……あれにも何かしらの理はあるのだろう。ならそれを真似るというのは良い発想だと思う」
「そうっすね……」
せっかく先人たちが苦労して導き出してくれた答えがあるのだ。それを利用させて貰わない手は無いだろう。二人はそう考えていたし、カイトもそれを何度も推奨していた。というわけで、彼らはどうすれば更に長時間の飛翔に最適な形で飛空術を改良出来るかを考えながら、更に飛翔を続けていく事になるのだった。
さて二人が飛空術の改良を考え出して更に数十分。ついに草原地帯は終わりを迎え、灼熱の砂漠地帯に突入していた。
「暑い……いや、熱い」
「精神的に来るっすね……」
『長距離を移動する、という事は即ちそういう事だ。地形は変化するだろうし、時として川や砂漠に到達する事もある。そうなった時、精神的に乱れるだろうが、如何にして乱れないようにしておけるか。それが重要だ……後は……そろそろ来るぞ』
「「来る?」」
この異空間には魔物は居ないし、今のところ風も安定している。何が来るというのだろうか。二人は少しだけ身構える。そして、カイトの言葉から数秒。二人を熱砂の大地が生み出した乱気流が襲いかかった。
「うわぁ!」
「ぐっ!」
下から突き上げるような気流が襲いかかり、二人は思わず姿勢を崩す。特に翼を大きくしていた瞬は大きく舞い上げられ、かなりバランスを崩している様子だった。
「先輩! 大丈夫っすか!?」
「っ……ああ! 上昇する手間が省けた!」
「あはは」
明らかにバランスを崩して厳しそうだったが、気丈に振る舞う瞬にソラが笑う。が、そう言って二人同時に気が付いた。
「「あ」」
これを利用出来るのでは。下から突き上げる力を上手く使えれば、それだけで上昇する事が出来るのだ。無論そのためには事前準備や風を読む力が必須になってくるのだが、ソラこそ最もそれが得意と言えた。
「ソラ。出来そうか?」
「微妙っすけど……まぁ、突風が吹くぐらいならなんとかなるかもっすね。それでも何回か見極めはしないと駄目っしょうけど」
「頼んで良いか? 俺は何も情報が無いからな」
「うっす」
これから先、どれほどこの持久力を試す試験が続くかはカイトしかわからない。なら一秒でも体力と魔力の消耗を抑えられる手は手に入れておきたい所だった。
というわけで、その後も二人は風を読む訓練やそれに合わせた飛空術の改良などを繰り返しながら、ただひたすらにカイトの後ろを追いかける事になるのだった。
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