第2863話 幕間 ――乗機――
皇都通信の暗躍をきっかけとして起きた様々な暗闘。それを片付けグリント商会の内通者の処罰とヴァディム商会による提訴を聞いたカイトはグリント商会にて世話になると、再びマクスウェルへと帰還。そこでいつもの日々に舞い戻っていたわけであるが、当然彼には冒険部の長としてだけではなく公爵としての仕事も待っていた。というわけで、帰還して早々。彼はその公爵としての仕事でマクダウェル家が隠し持つ幾つかの秘密の工廠を訪れていた。
「お、来たね。ほら。これがあんたの旗艦。試験運用の準備も完了……動かせはするよ。動かせはね」
「外壁の素材は?」
「外壁にはあんたがあくせくと大量に持って帰ってきた『夢幻鉱』を使って、繊細な加工が必要な部分には『緋緋色金』……正直、この一隻だけでエネフィアの全艦隊を相手にしても勝てる強度だろうね。まぁ、艦長があんたなら、って大前提があるんだけど」
二人が見上げるのは、現在カイトの旗艦として運用されているマクダウェル家の旗艦ではない。あれはあくまでも試作艦。あれで得られたデータをこの飛空艇にフィードバックする目的で作られているものだった。ただそれでも十分な性能を有しているので、暫くはあれを旗艦として運用するつもりなのであった。
「そうか……これで器そのものは出来上がったって所か」
「僚艦はまだまだ未完成だけどね……おまけに言うとこいつに乗っける武器も全然未完成。未完成未完成未完成の未完成品だ」
「だがそれでも、動かせはするんだろう?」
「正直、ティナをしてなんで動くかがわからなすぎると言わしめたオーパーツだ。理論が違いすぎる。あのリルさんさえ、手を挙げた。正直、私達じゃ手に負えない」
僅かな畏怖を滲ませて、オーアは未だ産声を上げる事さえ許されぬ飛空艇を見る。完成しているのは操作系のみ。動く事さえ本来はままならないはずなのだ。なのに、飛ぶ事は出来るのだという。彼女の畏怖は尤もなものだろう。
「正直、こいつと同型艦を今後作ってくれと言われても無理……いや、嫌と言うかもしんないね。これは流石に総大将にしか使えないし、使えない。いや、それこそ専用機って言っても良いかもしんない」
「まぁ、専用機扱いで良いだろ。オレの乗艦になるんだから」
「そういう意味じゃない。旗艦にせよ何にせよ、本来は誰が乗っても同じ性能を出せるのが飛空艇の強みだ。飛空艇なんて所詮デカいだけの魔道具の集合体だからね……でもこいつは違う。私の直感が告げてる。こいつは総大将以外には全部の性能を使いこなせないってね」
「動かせはするだろう。飛空艇なんだから」
「そうだね……」
でもそういう事じゃない。オーアは産声さえあげられない飛空艇の器を見て、そう思う。確かにこの飛空艇はカイトが乗らなくとも十全の働きをしてくれるだろう。その点は他の飛空艇と変わらない。では、何が変わるのか。それはこれだった。
「でも総大将が乗ったら、こいつはおそらく120の性能を出す。いや、120なんて突破は容易だろうね。到達出来る限界なんて無いかもしれない。何が起きるかわからない……そんな感じだ」
「エックスナンバーなんぞすべてそんなもんじゃ。そういう意味で言えばこいつは正しくエックスナンバーのフラッグシップモデルに相応しい飛空艇じゃろうて」
「ティナ……調整は?」
「終わりはした。意味があるかどうかもわからんがな」
どこか拗ねた様子を滲ませながら、ティナはカイトの問いかけに答える。先にオーアも言っていたが、この飛空艇は彼女らさえ手が及ばない部分があるという。それが虚数物質を使った事による弊害なのかそれとも効能なのかもわかっていないのだ。拗ねるのも無理はなかった。
「まぁ、良い。とりあえず付いてこい。艦橋部分に関しては完成した。要望通り、魔導炉は乗っけとらん。飛翔機は現行機の予備を搭載。飛べはする……飛べはな」
「試験運用だ。それで十分だ」
「それでも余はやりたくない」
何が起きるか未知数の所が多すぎる。ティナはカイトに対してはっきりとそう告げる。そんな彼女は更に告げた。
「正直、余はこれをアルゴナウタイ艦隊の標準とせい、と言われぬかヒヤヒヤしたぞ。こんなもんこの一隻限りにしたい。お主が是が非でも、と言うからやってやったがな」
「すまん」
「むぅ……」
カイトからの謝罪に、ティナは口を尖らせたままだ。まぁ、オーアにせよティナにせよ周囲がここまで嫌がっていたのに開発を進めさせた最大の理由はカイトの要望が大きい。
正直カイトが望んだから、という一つがなければ誰も『夢幻鉱』なぞという未知の物質を使って飛空艇を作ろうなぞ考えなかっただろう。『夢幻鉱』とはそれほどの物質だった。というわけで、ティナに案内されてカイトは艦橋にまで移動する。
「随分簡素な艦橋だな」
「お主の要望に従ったんじゃろうがい!」
「あはは……ありがとう」
「む、むぅ……」
当初眦を決するティナであったが、カイトからの素直な感謝に思わず頬を朱に染める。というわけで、彼女は改めて今回据え置かれた艦橋についての簡単な話を行った。
「まぁ、これはこの艦橋に限った話ではないが、この飛空艇は全体がまだ未完成品じゃ。というより、『夢幻鉱』を使って飛空艇を作ってくれ、なぞと本来ならバカも休み休み言えと言うしかない。何が起きるか全くの未知数なんじゃぞ。それを使うなぞ……」
そもそも『夢幻鉱』というか虚数物質は存在さえ証明されていないのだ。ただ結論として存在している、という答えが与えられただけだ。そんな状況でそんな物質を使って飛空艇を使ってくれ、なぞ彼女でなくても巫山戯るなと怒鳴りたくなるだろう。
「はぁ。お主が珍しくわがままを言うから仕方なしに付き合ってやっておると承知せいよ。本来ならこんなもん、この先百年は作りとうないものじゃ。実際、『夢幻鉱』を使って飛空艇を作っている最中も未知の現象がどれほど観測された事か」
ティナでさえ何が起きるかわからない。それは先にオーアが言っていた通りだ。なのでティナとしても未知の現象が多すぎて、カイトが是非にと言わなければ作るつもりは一切なかった。
「正直、何故動くか余もわからん。いや、確かに普通の飛空艇同様に動かせるようにはベースは拵えた。が、ここまで未知の現象が起きてるというのに、何故これだけ通用する。もうわけがわからん」
「それは追々調べていってくれ。とりあえず使えれば良いよ」
「むぅ……言っておくが、本当に何が起きても不思議はないぞ? それこそ飛翔が次元や時空に対する飛翔となっても不思議はないかもしれん」
本当に頭が痛い。ティナは何が起きるかわからない物質に対して頭を痛める。とはいえ、こうしてある程度の完成がなされた以上、ティナとしても試験をするだけであった。
「わかってる……ふぅ」
「うむ……では余らは外で解析に入る。一応、異空間を拵えるので万が一の場合でも大丈夫は大丈夫じゃ。大丈夫かと聞かれればわからんがな」
「あはは……大丈夫。こいつの扱いには慣れてる。問題は起こさない」
「実際、お主がそうでなければ殴り飛ばしてでもこの飛空艇の開発は止めさせたわ」
おそらくカイト以上にこの『夢幻鉱』を使える人物は居ないだろう。それがわかればこそ、ティナ達もカイトのわがままを承諾したのだ。というわけで、艦橋にて一人になったカイトは改めて一息つく。
「ふぅ……さて」
『私達の乗機にピッタリだな……良く馴染む』
「お前らの性能を完璧に活かすためにわざわざ周囲の反対を押し切って『夢幻鉱』で作らせたんだ。失敗はするなよ?」
アル・アジフの言葉に対して、カイトは少し挑発するように告げる。どうやら『夢幻鉱』での飛空艇の開発はカイトその人だけの要望だったわけではなく、彼の娘達である魔導書達の要望もあったらしい。というわけで、この二人専用のケース――重特機の応用なのでこれは普通に設けられたらしい――もあり、カイトはそれに二冊の魔導書を据え付ける。
「これでどうだ?」
『問題無い……この身体なら全性能を使える』
『ああ……よし。おおよそは掴んだ。いつでもテストに取り掛かれる』
「そうか……ティナ。こちらの準備は完了した」
『わかった。では、試験運用を開始してくれ』
カイトの返答を受けて、外で待機していたティナが試験の開始を明言する。こうして、未だ産声を上げる事さえないカイトの未来の乗機のテストが開始される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




