第2860話 企業暗闘編 ――その後――
かつて天桜学園が開発に協力したスマホ型通信機とヘッドセット型通信機。この二つの開発により市場ニーズの変化が起きて天桜学園は幾らかの企業との間で諍いが生じてしまう事となる。
が、それもカイトが皇都とマクスウェルの往来をしながら方々に手を回した結果終わりを迎え、後はそれに協力した者たちの処罰を残すのみとなっていた。
というわけで、グリント商会にてその処罰を言い渡す場に呼ばれたカイトは案内にやってきたランテリジャ、そしてここまで同行したエルーシャの姉弟と共にグリント家の実家へと足を運んでいた。
「豪邸だな」
「まぁ……ウチも色々と儲けさせて頂いていますので」
「それはそうだろうがな」
たどり着いたグリント商会の実家であるが、これはかなりの豪邸だった。まぁ、何百年と続く商家の本邸だ。当然だろう。というわけで重厚な鉄の門扉の前にたどり着いたわけだが、当然そこでは門番が警備していた。
「坊っちゃん。おかえりなさいませ……それに……お嬢様。おかえりなさいませ」
「ただ今戻りました。先に伝えていた客人をお連れしました」
「ただいまー」
「かしこまりました」
どこか驚いた様子ながらも穏やかな顔で出迎えた門番に、エルーシャが軽く挨拶を行う。どうやら彼女自身は家人達から好かれていたらしい。というわけで、その二人に続いてカイトは門扉を潜って中庭へと入るわけだが、カイトはそこでぴくっと顔を上げる。
「ん?」
「結界です。ウチも敵は少なくありませんので……それでせっかくならと気候も制御しているんですよ。まぁ、費用対効果の関係で必要な時だけですが」
「なるほど。歓迎されていると考えて良いかな?」
「歓迎しないはずがないですよ」
少しだけ冗談っぽく笑うカイトに、ランテリジャが笑う。というわけで、結界のお陰で暖かな中庭を歩いて重厚な木製の扉の前にたどり着く。
「おかえりなさいませ、坊っちゃん。お嬢様」
「ただ今戻りました。姉さんと客人を連れてきました」
「かしこまりました……お通りください。旦那様とお祖父様がお待ちです」
きぃ。重厚な木製の扉が開いて、豪邸のエントランスが露わになる。そこで待っていたのは、姉弟の父親と一人の老人だった。
「おかえり、エル」
「ただいま、パパ。こんな状況じゃなければと思うのだけど」
「ああ……それと天音さん。良く来てくれました」
「いえ……では確かに、護衛任務はこれで完了とさせていただければ」
今回カイトが招かれる上で、やはり問題となったのはここに来る理由だ。いくらなんでも裏切り者を処罰します、という理由で招くわけにはいかない。なのでその理由としてエルーシャを自宅まで護衛するという依頼が出されたのであった。
「ええ……それと皇都通信の件、ありがとうございます。お陰でこちらもなんとかなった」
「いえ……今回の一件を誰が描いたのかはまだこれからですが、皇都通信が描いていた場合は我々こそが巻き込んだ側だ。そういった事はいいっこなしにしておきましょう」
現状、どちらがきっかけとなって今回の一件が引き起こされたのかはわかっていない。なのでどちらが悪かったかとかは言わない事にしたようだ。そして本家当主とカイトの話し合いが終わった所で威厳のある声が響いた。
「ダビド。挨拶はそれぐらいに」
「っと……そうですね、お義父さん。ああ、こっちは妻の父でグラントリー」
「グラントリー・ダグラス。お会いできて光栄だ」
「いえ……こちらこそ光栄です」
あれ。何か妙に親しげな感があるな。カイトは威厳ある声や風貌から少しかけ離れた柔和な笑みを見て、僅かに小首を傾げる。と、すぐに彼がはっとなった。
「ダグラス家の……昨日はお世話になりました。急な申し出にも関わらず快く受け入れて下さった事、感謝致します」
「いや、あれはあくまでも一介の客としてだ。私は何もしていない」
先にエルーシャが言っていたが、今日宿泊していたホテルは母方の実家が経営するホテルだったという。その母方の祖父という事は彼が経営者だという事だった。今回は事の大きさから両家の親族が勢ぞろいしていたのだろう。
「それと……エルーシャ」
「わ、わかってます」
「お義父さん。とりあえずお客様もいらっしゃる事ですので、身内の話は後ほど。立たせておくのはあまり」
「そうだな」
早速お説教という雰囲気が現れたわけであるが、そこに姉弟の父――ダビドというらしい――が割って入って制止する。というわけで、話し合いの場をエントランスから応接室――といっても正式な場ではなかったから――へと変更して話し合う。そうして移動した先で、ダビドが頭を下げる。
「まずは遠路はるばるありがとうございました」
「いえ……北部にはあまり来る機会に恵まれなかったので、良い機会でした。遠征隊を出すにしても一度は目で見ておくべきでしょうから」
「そう言っていただければ幸いです」
改めて挨拶から入ったダビドであるが、カイトのひとまずの社交辞令に頭を下げる。そうして少しの雑談の後、グラントリーが割って入った。
「ダビドくん。雑談はそのあたりで。会合までまだ時間があるとはいえ、お休みになられてもいないのだ。長々と話すのは負担が大きいだろう」
「っと……そうですね」
グラントリーの言葉に、ダビドが手持ち式のベルを鳴らす。すると壮年の執事が歩いてきて、カイトへと一つの封筒を差し出した。
「これは?」
「今回の処罰に関する書面です。正式にこれと同じ物が通達として出される事になります」
「拝見しても?」
「無論です」
やはり話が本題に入ったからだろう。先程までのどこか穏やかな様子とは一変して、ダビドは当主としての顔を覗かせる。というわけで、そんな彼に促される形でカイトは封筒の中身を確認する。
「……そうですか。内通者に関しては役職を剥奪の上、事実上の除名と」
「どう捉えますか?」
「妥当ではあるかと……本来なら損害賠償請求なども発生したやもしれませんが」
「今回はそこまでは、と」
今回なにか発生した損害はあるかと言うと、実はグリント商会単独であればなかったりする。彼らは今回噂に翻弄され、調査などを行った程度。なので発生した損害と言える損害はそれしかないのだ。
噂に関してもカイトが早々に収めた事もあり大した被害はなく、何よりあれで被害を一番被ったのはヴァディム商会。そのヴァディム商会とてグリント商会と揉めたくないので噂を流すのに協力した敵対企業に請求する事にしたらしく、グリント商会が裏切り者に請求できる損害がなかったのである。というわけで状況からすれば甘いとも見える結末に、ダビデは苦い顔しか浮かべられなかった。
「そうですね……まぁ、皆さん側に損害がなかったのは幸いな事でしょう。噂もまことしやかに囁かれている段階でなんとか抑え込む事に成功した。裏切り者の処罰としては妥当な塩梅……なのでしょうね」
「申し訳ない。本来ならもう少し厳罰に処すべき事ではあるのでしょうが」
「あまり厳しくし過ぎてもそれは私刑だ。ただでさえグリント商会という商会である以上、規則に則って処罰を下すべきでしょう。それにこれは見ようによっては完全な飼い殺し……下剋上を狙った者にとって、そしてこれから狙う者にとってこれは下手な処罰より有効だ」
先にカイトも口にしていたが、今回の処罰は取締役を解任の上でグリント商会からの実質的な追放だ。ただしこれはあくまでも実質的で、放逐などはしない。
下手に放逐してまた同じ事をされても困るからだ。首輪付きの状態にして見張れるようにする、という意味であった。
「そうお考え頂ければ」
「ええ……それでいつ正式に通告を?」
「本日の午後の一族の総会にて。そこにご同席頂ければ」
「わかりました」
拒む意味も必要もない。カイトはダビドの申し出に対して二つ返事で了承を示す。というわけで、その後は少しの間他愛もない話を繰り広げる事になるのだった。
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