第2858話 企業暗闘編 ――その後――
かつて天桜学園として開発に協力したヘッドセット型通信機とスマホ型通信機。この二つは不安定な地盤しかない天桜学園の重要な資金源となると共にエネフィアの市場に大きな変革をもたらしたわけであるが、その結果として天桜学園では市場の変化で利益を失った幾らかの企業との間で禍根を残す結果となってしまう。
というわけでその一つにして皇国でも有数の大企業である皇都通信との間で諍いが起きていたわけであるが、それも元凶であった開発部門の長の逮捕により終わりを迎えていた。
そうして事件が一件落着となって数日。天桜学園と冒険部が共に落ち着きを取り戻した頃。カイトはランテリジャに頼まれて、エルーシャと共に彼女らの実家がある北部へと向かっていた。
「ふぅ……寒いな。飛空艇の暖房が良く利いていた事がわかる寒さだ」
「これでもまだあたたかい方よ。本格的に冬になれば私の背ぐらいなら普通に積もるし、吹雪く日も珍しくない」
「ふーん……」
知っているが、あくまでも知らないフリを。カイトはエルーシャの語る彼女の地元の話について、そんな反応を見せる。
「まぁ、それはそれとして。寒くはないのか?」
「寒いは寒いわよ。それでも気で新陳代謝を活性化させているから思うほど寒くもないけれど」
「……そういえばその手があったな」
「貴方はしてないの?」
「恒常的に気を使う発想はいまいちなくてな」
やはりカイトは一番最初の段階で魔力を中心として鍛えられたからだろう。しかも彼の場合、大精霊達の力もある。気を使えば解決すると言われて感心する様子が時折見受けられていた。
「とはいえ……それなら。あぁ、かなりマシになった」
「でしょう? まぁ、もともと師匠に気を教えてもらうようになったのってこれがきっかけだし」
「そうなのか?」
「師匠は完全に戯れのつもりだった、っていう事らしいんだけどもね」
実際今日もというかここ暫くはそうなのだが、マクダウェル領の北部はすでに積雪が見られている。エルーシャの地元であるここらもすでに薄くではあるが雪が積もっており、冬の到来を告げていた。
「ふーん……にしても、雪を見ると冬の到来がわかるな」
「そうなの?」
「まぁ、オレの生まれ育った場所は積雪さえなかったが……東京じゃ時々見たな。だからか冬の訪れを感じさせる……いや、本当に大阪で積もった印象無いな……あっち、積もらないのか……?」
「ふーん……」
どうだっただろうか。カイトは幼少期に生まれ育った故郷を思い出し、神妙な顔を浮かべていた。ちなみに。気候の関係で大阪では積雪がほぼ無いので、カイトも記憶にないのであった。とまぁ、それはさておき。彼もまたこんな事はどうでも良いかとすぐに気を取り直す。
「……いや、どうでも良いな。すまん……で、ここからどう行けば良いんだ?」
「ああ、流石にここからは歩きか馬車になるわ。でも流石に今からだと……ちょっと無理そうね」
「ふむ……」
エルーシャが見上げた曇天を見て、カイトもまたこれは荒れそうだと判断する。時刻としては昼を少し回った所。ここからもし万が一吹雪くなどという事があった場合、馬車などは確実に立ち往生してしまうだろう。そうなると流石に御者達も堪ったものではない。なのでこういった場合は運転見合わせになるのが、この地方の常だった。
「今日の夕方ぐらいは厳しそうだな」
「ええ……多分、夜には少し吹雪くわね。そんな流れがある」
「そうか……地元出身の勘に従う事にしよう」
いくら自領地とはいえ、カイトはここらの地元民ではない。故にここは地元出身かつ去年までこの地域に住んでいたエルーシャの判断に従う事にしたようだ。
「ええ……ホテル、取れるかしら」
「流石にこの寒空で野宿は御免被りたい」
「最悪は二人で肩を寄せ合う事になるわね」
「寄せ合ってもくたばらない程度である事を願うよ」
大精霊達の力を借りるのならまだしも、カイトにも今日の夜どれだけの積雪がありそうかを知る術はない。最悪は本当に万が一もあり得るのだ。宿の確保はほぼ必須事項と言い切れた。
というわけで、天候の悪化を受けた二人は空港のある街で一泊する事にしてまずは宿の確保を行う事にするわけであるが、そうなるとやはり地元民に従うのが正解とカイトが問いかける。
「どこか良い所は知っているか? 流石にオレも来た事がない街じゃ伝手がない。ここらでも有数の空港があるから、エルなら知っているだろ?」
「うーん……まぁ、知ってるっちゃ知ってるけど。割りと高いわね」
「この際文句は言えん。さりとて安宿を確保して泣きを見たくはない」
「それはそうねぇ……」
この時期のマクダウェル領北部はギリギリ安宿でもなんとか我慢出来る寒さだ。が、それはあくまでなんとか我慢出来る、であって厳しい寒さである事に間違いはない。可能なら少し高い金を払ってでも良い宿を確保したほうが、明日からに備えられた。
というわけで、エルーシャの案内に従ってカイトは彼女が唯一知っているというホテルへと向かう事にした。そして幸いな事に部屋に空きはあったらしく、飛び込みではあったがなんとか部屋の確保に成功する。
「ふぅ……ここが空いてくれてて助かった」
「知り合いだったのか? 妙に向こうも察しが良かったみたいだが」
「まぁ……知り合いといえば知り合いね。ママの実家が経営してる所だから」
「そ、そうだったのか」
それは流石に気付かなかった。カイトはどこか気恥ずかしさを滲ませるエルーシャにわずかに頬を引き攣らせる。やはり北部には強い伝手を持つグリント商会。母方の実家であれかなりのコネクションになっている様子だった。
「と言っても、経営しているのはかなり遠縁だから。こっちに来た時には使わせてもらう事がある程度よ。きちんとお金も払ってるから客としてよ?」
「それはまぁ、そうだろう……で、聞きたいんだが」
「何?」
「なんで家族用? 明らか部屋数余るよな」
「しょうがないでしょ!? 今空いてる部屋って家族用かカップル用になるって言われたんだから!」
すでにホテルの部屋も取り終えて部屋に入っているのだ。なのにこうやって二人で喋っている時点で同室である事は明白だろう。というわけで、そろそろ良いかと問いかけたカイトにエルーシャは顔を真っ赤に染め上げる。まぁ、それでもカップル用にしなかったのは英断ではあっただろう。
「そ、それはまた……いや、この時期になると流石に個室は満杯になるか。特にこの状況だとな……」
カイトは段々と雲行きが怪しくなる外を見ながら、早い内に部屋を確保できて良かったと胸を撫で下ろす。まだ雪が降っている様子はないが、遠からず雪が降るだろう事が想像される様子だった。
「でしょうね。早めに動いて正解だったでしょう。多分、夕方にはカップル用も満室になるんじゃないかしら」
「雪国の特徴と言えば特徴か……」
降雪の中で眠るのは本当に色々とキツいからなぁ。カイトは高かろうとお構いなしで自分達が宿泊するホテルに駆け込んでくる冒険者達を見て、苦い顔だ。そんな彼に、エルーシャが訝しげに問いかける。
「嫌な思い出でもあるの?」
「何度か雪の中で寝た事がある……あれは経験したくない」
「うへぇ……馬鹿なの?」
「うるせぇよ。やりたくてやったわけじゃねぇよ」
そもそも泊まる宿どころか街そのものが無かったんだよ。カイトはしかめっ面のエルーシャに盛大に顔を顰めながら、内心でそんな悪態をつく。まぁ、彼がこんな経験をしていたのは当然三百年前の戦争時代だ。冒険者達が多少高かろうと宿を確保したい、と思う心情は嫌ほど理解できた。事実、彼とユリィの二人でさえ冬の野宿は可能な限り避けた。
「それに、これからのシーズンは嫌な依頼が出るだろうからな。その仲間入りはしたくない」
「あれか……」
確かにあの依頼を見知っているのなら、絶対に雪空での野宿はしようと思わないだろう。エルーシャはそう思う。と、そんな彼女であったがふと小首を傾げる。
「って、あれ知ってるの? まだ出るには早いと思うんだけど」
「え? あ、あぁ……まぁ、前に聞いた事があってな。ある種の注意喚起としてそういう依頼が出る事があるって」
「そう……でもま、そういうことよね。よほどの事情が無い限り、降雪地帯での野宿は厳禁よ。せいぜいギルド単位で野営地を作った方が良いでしょうね」
カイトの返答に納得するエルーシャであるが、彼女はそのまま一つの助言としてそう述べておく。と、そんな彼女がそのまま話の流れで問いかけた。
「そういえば、受ける気ないの?」
「凍死者の回収任務か?」
「そう」
「受けたくはないな……張り出されはするだろうし、後は個々人の意思を尊重するが」
凍死者の回収任務。それがカイト達の言っていた嫌な依頼だ。先に二人が述べているように、この時期で野営を行うと死の危険性は高い。が、それでも冒険に出るのが冒険者だし、依頼があれば外に出る事も珍しい事ではない。
というわけで、年に数度は各所で魔道具などの設定ミスなどで凍死者が出てしまっており、その遺体の回収の依頼がユニオンから出ているのであった。本来死して屍拾う者なしがユニオンなのだが、この依頼だけは定期的に注意喚起として出されているのであった。
「暖房の温度はオッケー? 可燃物を燃やしたまま寝ようとしてない? テントの密閉度と通気性は大丈夫?」
「何だ、いきなり」
「ユニオンの会報に乗ってた謳い文句よ」
「へ、へー……って、なんでここに会報が?」
「置いてあった。家族用だけどパーティで泊まるとかも想定されてるんでしょうね」
会報をペラペラとめくるエルーシャは、カイトに向けて会報を振る。興味があったわけではないが、せっかく置いてあったので読んでみようと手にしたのであった。というわけで、その後はのんびりとした時間を過ごす事にして、明日からの旅路に備えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




