第2855話 企業暗闘編 ――圧倒――
かつて天桜学園が開発に協力したヘッドセット型とスマホ型通信機。この協力により得られている定期的な収入は基盤が脆い天桜学園にとって重要な資金源となっていた。
そしてその登場によりエネフィアの市場ニーズが大きく変化したわけであるが、その結果幾つかの企業では利益を大きく損なわれる事になってしまう。
というわけで、そんな企業の一つである皇都通信――正確にはその一部門――との間で諍いが起きてしまっていたわけであるが、それもカイトの対応により皇都通信の依頼を受けた皇都のギルドは撤退。最後の手段として裏ギルドが動く事態になっていた。
「さて……」
天桜学園側に戻したソラ達からの報告を聞きながら、マクスウェルのギルドホームに待機するカイトは楽しげに笑っていた。そんな彼に、横のティナが告げる。
「楽しげじゃのう」
「楽しいだろ。自分達がバレてない、って思って馬鹿なことをしてる連中をあざ笑うってのは」
「それは否定せんな」
趣味が悪いなぁ。楽しげな自分の本来の主人とその伴侶の様子に、アルは内心でそう思う。今回の割り振りであるが、上層部と部長連は天桜学園側。カイトとティナは別にして、天桜学園所属でない者たちはギルドホーム側だった。とまぁ、それはさておき。そんな二人の前には小型のモニターが置かれており、裏ギルドの冒険者達の姿が映し出されていた。
「いっそ今から後ろに回り込んでぽんぽん、って肩をたたいてやりたいね」
「昔は良くやったのう」
「そーそー。ウチを舐めるな、って感じなんだよな」
今でこそそんな事をした所で無駄と誰しもがわかっているが、カイトが貴族に叙された頃はまだまだ周囲の貴族や冒険者から舐められていた。なので公爵邸に襲撃を仕掛けられた事は山ほどあり、その一つも漏らさず迎撃していたのであった。というわけで楽しげに昔話を繰り広げる二人に、アルがおずおずと問いかけた。
「えーっと……あの、爆発は大丈夫……なんだよね?」
「ん? ああ、問題無い。そういえばウチに仕掛けられている結界って二人に教えていたか?」
「む? そういえば詳細は語っておらんかったかのう……どっちか。取り込み式の結界について聞いた事は?」
「取り込み式……? 姉さんは?」
「いえ……私も聞いた事は」
なんだろう、それは。どうやらアルもリィルも現在の冒険部で使われている結界を知らなかったらしい。といってももちろん、ティナである。この一つだけしか設けていないわけがなく、他にも何十と結界を設けていた。
「そうか……なれば見ておけばわかる。あ、後それと。アルは覚えて使いこなすのも良いやもしれん。後で詳しくは教えよう」
「う、うん」
どんなものなのだろうか。ティナの言葉にアルは一抹の不安――ティナが開発した魔術を自分が使えるかどうかに対して――を覚えながらも、ひとまずは頷いておく。というわけで、待つこと更に暫く。天桜学園側の裏ギルドの冒険者達も整ったらしい。タイミングを合わせる様子が映像に映し出されていた。
「よし……二人は爆発と同時に爆弾を仕掛けた連中の背後から攻撃を仕掛けてやれ。舐め腐った連中にウチが普通じゃない事を知らしめろ」
「「はっ!」」
「ティナ。全体の修正は頼む。オレも前衛に出る」
「うむ……ま、お主が出るほどの相手ではないが」
「オレが出るのが一番利くだろ?」
「あまりはっちゃけすぎるでないぞー」
立ち上がって肩を回すカイトに、ティナがまるで散歩に出るのを見送るような気軽さで手を振る。というわけで、そんな彼はまるで鼻歌交じりにエントランスへと向かう。そして、彼がエントランスに到着すると同時。爆音が鳴り響いて、地面が大きく揺れ動く。
「なんだ!?」
「爆発!? デカいぞ!」
「どこのバカだ!? こんな派手に!」
「また上の連中か!?」
鳴り響いた爆発音と地響きに、周囲が何事かと警戒を露わにする。まぁ、その中には上層部がまた何かしでかした――新技の研究などで一番揺らしていた――と思われていた様子もあったのだが、そこはご愛嬌という所だろう。そうして周囲が何事かと警戒する中、ギルドホームの扉が蹴破られて吹き飛んだ。
「っ! なんだ!?」
「誰だ!?」
「アラート!? 襲撃か!」
これは職業柄当然の事なのであるが、冒険部のギルドホームでは襲撃が行われた場合に備えて全館に襲撃を知らせるアラートが鳴り響くようにしていた。
というわけで扉が蹴破られると同時に鳴り響くアラートで襲撃を察した冒険部の冒険者達であるが、彼ら彼女らが対応するよりも前に裏ギルドの冒険者達がなだれ込む。が、そんな彼らを待っていたのは言うまでもなく、カイトであった。
「うげっ!」
「「「……は?」」」
「うぃーっす。こんな時間までお仕事ご苦労さん。いや、おたくらの場合はこの時間からの方が多いかな?」
騒然となるギルドホームのエントランスにいの一番に突っ込んできた一人をアイアンクローで捕縛したカイトであるが、そんな彼はまるで王者の如くに豪奢な玉座を魔力で編み出してそこに腰掛ける。
無論、捕縛した一人はそのままだ。というわけで、彼の有り余る魔力を背景にした剛力を頭部に受けた冒険者の絶叫が、エントランスホールに響いた。
「ぐっ、ぎゃぁあああああ!」
「うるせぇな……ちょっと黙れや」
「ぎゃっ!」
ばちん。紫電が舞い散り、頭部を掴まれた裏ギルドの冒険者が昏倒する。そしてそうこうしている間に、気付けば冒険部側の準備は終わっていた。
「マスター……敵で良いのか?」
「客に見えるか?」
「いいや、全然……っと!」
「後でごみ処理業者に引き渡すから縛っといてくれ」
自身に問いかけた冒険部所属の冒険者に対して、カイトは昏倒した裏ギルドの冒険者を投げ渡す。別に両手両足縛られていようと全員倒す事なぞ容易だが、格の違いを見せ付けるなら両手が空いている方が都合が良かった。そんな圧倒的な姿を見せるカイトに、裏ギルドの統率役らしい一人が顔を顰める。
「っ……てめぇ」
「あまり舐めてくれるなよ。大元がわかってりゃぁ、そこの周辺は見張る。通信事業者だから通信が傍受されない、とでも高を括ってたんだろう。一般企業が持つ秘密裏の回線なんぞ、そんなもんだぞ」
「ボス……どうする?」
完全に包囲されている。カイトが話す間にも周囲を埋めていく冒険部の冒険者を見て、裏ギルドの冒険者達はしかめっ面を隠せないでいた。その一方、カイトの方はというと手にしていたストップウォッチを停止させる。
「完全包囲まで1分弱……包囲完成までの速度としては中々か。実際には不意打ち食らってるはずだから、もう少し初動は遅くなるだろうが」
『初動、遅くね? 3秒ルール守れてないじゃん』
「3秒ルールの意味が違うな……」
カイトはソーラの苦言にも似た言葉に思わず苦笑する。彼らの言う3秒ルールというのはどれだけ遅くとも敵襲から3秒以内に迎撃の準備を整えろ、という昔ソーラ達が叩き込まれたルールだ。が、様々な魔道具類が整った現代でそれに追いつくのはいくら何でも無理があった。
「まぁ、それはそれとして。ウチの場合、初動はともかく第二陣第三陣は準備を可能な限り整えさせてから迎撃に出る。第一陣は無理せず防御に徹させるしな。今回は流石に初撃を食らうと怪我ではすまん可能性があったから、第二陣第三陣の包囲完成まで見たかった。そこが一分以内なら十分だ……それに実際にはソラや先輩らも居るからな。そっちの反応速度はこの場にいれば十分と言えただろう」
本来こういった場合の第一陣として出るのは瞬やソラらだ。が、それら上層部の面々はすべて天桜学園の防衛に回していたので、混乱状態からの立て直しに関しては度外視したのであった。
『あー……確かにあいつらなら十分そうか。それにあいつらの腕なら立て直すのも出来るか』
「そういうこと……まぁ、いっそルーとアリスの反応速度でも見てやろうかと思ったが」
『俺は構わなかったが』
「流石に他所様から預かってるのに付き合わせるわけにもいかんさ」
ソーラ達と共に突入してきた裏ギルドの冒険者達を挟み撃ちする形で立ち塞がったルーファウスの言葉に、カイトは再度笑う。なお、ルーファウスも今回の『訓練』を聞いた時一瞬大丈夫かと心配したそうだが、カイトの事なので問題は無いだろうとソーラ達と共に退路を断つ役目を即座に引き受けたらしい。
というわけで、前面にはカイト。背後にはソーラらに加えルーファウスという組み合わせまで居る状況を背後に、カイトが問いかける。
「さて……どうするんだ?」
「っ……おぉおおおおお!」
「「「おぉおおおお!」」」
「ほぅ」
自身の問いかけに対して裂帛の気合で答えた裏ギルドの冒険者達に、カイトは僅かな気概を見て獰猛に笑う。そうして、直後。裏ギルドの冒険者達が遮二無二包囲網に切り込もうとする直前。その前に今度は側面から突っ込んだ男が居た。
「おらよ!」
「ぐぅ!」
「中々骨のある奴らじゃねぇか! 爺さんも混ぜろよ!」
「っ、カルサイト!? まさか貴様まで!?」
当たり前の話であるが、カイトが前後だけに腕利きを配置しているという手抜かりをしているはずがない。包囲網の各所にカルサイト然り、カナン然りで天桜学園所属以外の腕利き達を配置していたのであった。
「おうよ! 何分今は飯食わせて貰ってるんでな! 飯代ぐらいは返させて貰うぜ!」
「全員、今だ! 一気に揉み潰せ!」
「「「おぉおおお!」」」
カルサイトが気勢を挫いたと同時に、カイトが号令を下す。それに合わせてエントランスホールの各所で鬨の声が上がる。そしてこうなれば、多勢に無勢だ。一息に飲まれるだけであった。
しかも裏ギルドの冒険者の腕利きに匹敵する腕利きまで完全装備で待ち受けていたのである。裏ギルド側に勝ち目なぞ万に一つもあろうはずがなかった。というわけで、襲撃の開始から十分以内には趨勢は完全に決して、二十分以内には捕縛まで完全に完了する事になるのだった。




