第2853話 企業暗闘編 ――襲撃/訓練――
皇国でも有数の大企業である皇都通信との間でひと悶着起きる事になってしまったカイト率いる冒険部とその母体となる天桜学園。それを受けてカイトは皇都とマクスウェルを頻繁に行き来しながら対応を行っていたわけであるが、そんな彼は皇都のギルドのマクスウェル進出を退けると今度は本丸である皇都通信の動きを確認するべく軍の情報局からの報告を受け、裏ギルドが動く事を知る。
とはいえ、これに関しては冒険部や天桜学園における有事の対応の訓練に使えると判断し、情報局での対応については断って自ら動いていた。
「と、いうわけだ」
「いや……お前本気で言ってる……?」
「本気じゃなけりゃこんな会議開いてねぇよ」
盛大に顔を顰めるソラに対して、カイトは笑いながらはっきりと本気である事を明言する。まぁ、ソラの考えも無理もない事ではあっただろう。なにせカイトはあえて襲撃させると言っているようなもの――正しくそうだが――なのだ。犠牲が出る可能性はあった。
「ま、そう言ってもかつてのような事態は起こさんよ。今回は完全にコントロールする……というか、かつての事態で不測の事態が発生したのはお前が勝手に外に出たからだろ」
「うぐっ……それを言われりゃ痛いんだけどさ……」
「だが今だとより一層起きる可能性があるぞ? かつては夜だったし、こちらも警戒があったからな」
カイトの指摘に言い返せなかったソラに対して、瞬はエネフィアという世界に対して警戒の薄れた今だからこそかつての襲撃の時と同じ様な不測の事態が起こり得ると口にする。そしてこれについてはカイトもまた認めて頷いた。
「そうだな。それに関しては起きる可能性はあるだろう……が、それについても踏まえた上で行動する必要がある。何より先輩なら知っているだろうが……ギルドを運営すると数年に一度は抗争が起きる。こればかりは職業柄仕方がない事ではある」
「まぁ……たしかにな。ウルカで話した<<暁>>傘下のギルドも何度か抗争になった事があると口にしていたし、俺がウルカに居た時も一度だけ襲撃された事がある。その時はオーグダインさんが全員を一撃でのしたから被害はなかったが」
あれはすごかったな。瞬は当時を思い出したのか、オーグダインの手際の良さに思わず称賛を口にする。
「そうだ。が、あの時先輩は対応出来ていたか?」
「……すまん。あの当時は無理だった。今ならもっと素早く対応出来るとは思うが」
「そうだろう。今はかつてとは全体的な能力が異なるからな……が、上層部だけが警戒出来ていても意味がない。全体の気を引き締めさせるためにも、ここらで一度訓練をさせておかんとな」
あの当時はギルド同士の抗争なんて本当に起きるとは思ってもいなかった。そんな様子で首を振る瞬に対して、カイトはそれ故にこそこの訓練をしなければならないと説く。これに瞬も納得と同意を示した。
「そう……だな。確かにあれを一度経験しているからこそ、俺は警戒出来るようになったと言っても良いかもしれん」
「そうかもしんないっすけど……」
カイトの意向に同意を示した瞬に対して、ソラはやはり賛同しかねたらしい。そしてこれはもちろんカイトとしてもわからないでもなかった。
「まぁ、当時の苦い記憶を持つお前がそう思うのはわかる。が、今のお前らなら十分に対応可能だろうし、当然だが戦力はコントロールして対応出来る程度にしかしない。後それと」
「それと?」
「本気でガチ目の訓練やるならお前らにも話してねぇよ。今回は下の連中に警戒を促すためだけの避難訓練みたいなもんだ。ちょっと手荒だけどな」
「「「あー……」」」
今更であるが、こうやって襲撃を起こすと語っているという事は上層部は完全に統率が取れるようにしておくつもりだという事に他ならない。
まぁ、確かにかつての天桜学園の襲撃においては冒険部という組織そのものが存在していなかった、エネフィアがどういう世界か正確に認識出来ていなかった――あれはその差異を叩き込むためのものではあったが――などの違いはあるが、それでもカイト以外誰も襲撃が起きる事は知らなかった。その時に比べれば断然訓練と言われても納得出来る状態ではあっただろう。
「で、流石に前みたいにオレだけでやろうとすると無理が生ずる。だからお前らにもサポートを頼むってわけ。どっちかっていうとお前らがミスると被害が生ずると考えた方が良い」
「避難訓練で誘導の先公がミスると生徒が怪我するってことか」
「そうだ。そして冒険部における教師ってのはオレ達上層部であり部長連であり、というわけだ。そこには情報共有をしっかりと行わせて、避難誘導やら守るために必要な色々を考えさせる必要もあるだろう」
なるほど。確かに考えれば考えるほど避難訓練にも似ている。カイトの言葉に上層部の一同はそう理解する。そしてそうであるなら、とソラも最終的には納得したようだ。
「避難訓練って言われりゃ拒めねぇじゃん。わかった。俺も賛同する」
「あいよ……桜は?」
「異論ありませんよ。私自身、そういった襲撃からどうやって身を守るかと避難訓練は何度もさせられましたし。この世界はそういった避難訓練が重要な世界といえるでしょうし」
「そうだな……たとえ裏ギルドの連中でなくとも、魔物の襲撃だってあり得るかもしれない。それらを考えれば避難訓練はやっておいて損はない」
桜の言葉に納得を示したカイトであったが、そんな彼は改めて今回の襲撃を行わせる意義を語る。というわけで今回の一件に関しては上層部全体が許諾する事になり、カイトは続けて天桜学園側にそれを通達するべくそちらに向かう事にするのだった。
さて天桜学園に対する襲撃を起こす事を決めたカイトは今回の性質上自身が直々に報告するべきだろうと判断。桜を伴ってのどかな雰囲気を纏う天桜学園にやってきていた。
「ずいぶんと街っぽい雰囲気にはなって来たか」
「後は住人が増えてくれれば、という所ですね」
「あはは。流石にそれはまだ気が早い。何年か先には受け入れもやっていくだろうが……何より街を作るならもっと箱を作っていかないとな」
楽しげに冗談を述べた桜に、カイトもまた楽しげに笑う。が、これに桜は思わず頬を赤らめた。そんな彼女に、カイトは首を傾げる。
「……どうした?」
「あ、いえ……すいません。そっちも有り得たな、と」
「桜さん? ちょっと思考ピンク色になってません?」
「うぅ……」
どうやら桜の発想としては住人同士が子作りを行って人口を増やす事を考えていたらしい。が、この場合における住人とは天桜学園の生徒だ。流石にカイトもその考えはなかったらしく、桜当人も自分の発想に頬を赤らめたのであった。
「あはは……まぁ、それはそれとして。とりあえず当面の課題は住人用の住居の確保という所か。今後研究者を招くというのなら、より一層必要になってくるだろうからな」
「そうですね……あ、それなら一つ報告が」
「うん?」
「その住居と言いますか、宿泊施設と言いますか……それら箱物に関する報告です」
「それか。ん、確かに丁度よい。視察がてら聞いておこう」
ここ暫くカイトは皇都通信の案件に取り掛かっていたため、天桜学園に関する話はおざなりになっていた。というわけで桜からの報告を聞きながら、カイトは幾つかの建物を視察。一通りの生活空間としては整っていると判断する。
「うん。これだけあれば十分だろう。防音性も高い。個室としては十分だろう」
「はい」
やはり天桜学園という組織で集団生活を行うにあたって重要だったのは居住空間の確保だ。そもそもが学校施設という時点で居住性なぞ皆無。後追いで作らせはしたが、どうしても数を優先して居住性は犠牲になっていた。なので追々で作り上げてきたのであるが、それもずいぶんと出来上がっていたのであった。というわけで居住施設を確認していたカイトと桜であったが、そんな彼らが入った出来立ての空室の真横の部屋の扉が突然開いた。
「……おや」
「ルークか……なんでこんな所に?」
「いや、これから世話になるかもしれないからね。部屋がどの程度のものか見ておきたくてね」
現れたのは『サンドラ』にてカイト達と繋がりを持つようになったルークだ。彼は暫くして天桜学園の研究施設にて研究を行う事になっているのだが、そうなると住まいはこの新造させている居住施設になる。どの程度の事が出来るか気にするのは当然だっただろう。
「そうか……うん。ちょうど良いな。桜、校長達との話し合いはまだ先だったな?」
「ええ。少し早めに出ていた事と、どうせ色々とやる事になるだろうと思っていましたから」
「そうか……ならルーク。意見を聞かせてくれ。まだ内装工事やら色々とやる事はある。一流の魔術師から見てどうか、という意見を聞いておきたい」
「魔帝殿で良い気もするけどね」
「あいつはこと自分に関してなら居住性なぞ考慮せんよ」
ルークの言葉にカイトは心底呆れるようにため息を吐く。なお、これはあくまでも自分が過ごす上での話で、他人を住まわせるなら話は変わった。その点は王としての視点があるからか手抜かりはなかった。というわけで、カイトは外来の魔術師であるルークからの意見を聞く事にして暫くの時間を潰す事にするのだった。
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