第2852話 企業暗闘編 ――報告――
現在の天桜学園において重要な資金源となっている通信機の特許料。この定期的な収入は不安定な冒険部を主軸とする天桜学園にとって、重要な固定収入となってくれていた。
これについてはそれで良かったのであるが、その開発に伴ってエネフィアでは市場ニーズの変革が起きて結果として幾つかの企業の利益を損なう事になり、天桜学園は皇国でも有数の大企業である皇都通信の通信機開発部門より多大な恨みを買う事になってしまっていた。
というわけで、皇都通信との暗闘を受けて皇都とマクスウェルを行き来しながら対応をしていたカイトであったが、そんな彼の行動の結果皇都通信を後ろ盾にした皇都のギルドの進出を阻止するに至っていた。というわけで、彼はマクスウェルでの指示を出すととんぼ返りに皇都に入って軍の情報局からの報告を受けていた。
「さてと……報告を聞こうか」
「は……こちらを」
カイトの要請を受けた情報局の軍人が備え付けのモニターに一つの映像を映し出す。それは皇都通信のお偉方何人かの会話だった。
『いつまで奴を好きにさせるつもりだ?』
『わかっている……軍の一部に件の彼がどこまでやれるか見たいと言ってきていたのだ』
『連中の言うがままになるな。開発部門は落ち目だが、ウチはマクダウェル家に太いつながりがある。更に言えば天桜学園もウチの上客だ。今期の北部方面の新規顧客の半分以上が彼が連れてきてくれたようなものだ。彼の意見を参考にした所も加えれば、開発部門の損害なぞ帳消しに出来るほどの利益だ』
どうやらカイトが太い客だと営業部門を取り仕切る経営者は考えているらしい。彼の機嫌を損ねる事で彼の連れてきた客ごと別の通信事業者に乗り換えられる事をかなり危惧している様子だった。が、これにまた軍と強いパイプを持つらしい経営者が苦い顔で答えた。
『それはわかるが、軍の連中も無碍には出来ん』
『だがそろそろ手を打たねば我々までマクダウェル家に睨まれるぞ』
『それはわかっていると言っているだろう』
どうやら軍と冒険者達への影響力の間でせめぎ合いが起きて、経営陣も動くに動けなかったらしい。とはいえ、先に宗矩が動いた事でマクダウェル家が介入する姿勢を見せたと多くの経営陣が判断したのだろう。趨勢はそろそろ潰す方向で動こうという方向で一致している様子だった。
というわけで、カイト達を重要視する経営者の苦言に苦い顔で応ずる軍に強いパイプを持つ経営者という姿を見ながら、カイトは笑った。
「なるほど。大変だねぇ、経営者ってのも。言えた義理じゃないがな……で?」
「は……どうやら中央の連中が閣下に興味を抱かれている様子。そこに加えて閣下……いえ、教国のヴァイスリッターの子女二人を良く思われない西部の連中が横槍を入れている、という所でしょうか」
「なるほど。中央の連中ならアベルもあまり強い伝手が無いか。西部の連中に関しては?」
「こちらは准将が対応されています」
であれば西部に関しては無視で構わんか。カイトは情報局の軍人の報告にそう判断する。何より軍の暴走を抑止するようにアベルとは話が付いているのだ。カイトの出る幕でもなかった。
「そうか……中央は?」
「そろそろ彼らも引く頃かと。ただその動きを嗅ぎつけ、案の定裏の連中が動きを見せています」
「ふんだくる気か。乗ると思うか?」
「流石に後には引けないでしょう」
「そうか」
ならやはり最後の一戦は覚悟しておいた方が良さそうか。カイトは少しだけため息を吐きながらも、どこか楽しげだった。そんな様子に情報局の軍人が問いかける。
「なにか策でも?」
「いや、どうせ冒険者ギルドなんて長くやってると抗争の一回や二回は経験するもんだ。ちょうど良い。訓練に使わせて貰おうとな」
「では放置で良いと?」
「ウチの軍は待機させるさ……あとウチの上の方もそこまでバカじゃない」
おそらく自分がここまで見通した上でやっているのだとすぐに気付いて、即座に落ち着きを取り戻してくれるだろう。カイトは今まで何十ヶ月も共に過ごした経験とここまで育てた感覚からそう判断していた。
「左様ですか」
「ああ……詳しい情報は入り次第マクダウェル家経由でオレに送ってくれ」
「かしこまりました……こちらについては?」
「皇都の事でオレが手出しすると角が立つだろう。そっちで頼む」
「かしこまりました」
皇都は皇帝レオンハルトのお膝元だ。一応カイトはマクダウェル公ではないというのが公的な立場なので彼が動いても良いのだが、やはり内々にはマクダウェル公で通している以上軍は面白くないだろう。しかも今回は表沙汰にこそなっていないが軍やらを巻き込んだかなり大きな事件だ。彼らの顔を立ててやる必要もあった。
「それで、件の男は?」
「この通りです」
『くそっ! 冒険者の連中め! 存外不甲斐ない!』
ドンガラガッシャン。そんな大音を立てて備え付けられている備品が壊れる。映し出されているのは先に退任が内々で告げられたというエピシリキという老年の経営者だ。彼はやはり退任を言い渡されているからか先の経営陣の会合には一人呼ばれておらず、このように荒れ狂っていたのであった。
「荒れてるな」
「荒れております……まだご覧になられますか?」
「見る価値があるのなら」
画面内で暴れまわる老年の経営者の醜態に、カイトは肩をすくめてそう告げる。そしてどうやら、これ以上有益な情報は何一つとしてなかったらしい。情報局の軍人はモニターの映像を終わらせた。これにカイトは一つ頷いた。
「そうか……他に報告は?」
「邪教徒関連が幾つか」
「ほう……聞こうか」
そちらはそちらで重要な話だな。カイトはこれぐらいで良いかな、と思い上げかけていた腰を下ろす。というわけで、そんな彼に情報局の軍人が報告した。
「以前に報告させて頂きました『振動石』の紛失分について、行方が掴めました。そちらについては現在軍の特殊部隊が襲撃の準備を進めております」
「ほう……連中じゃなかったか」
「今のところは、です」
これは皇国も組織である以上仕方がない事であるが、『振動石』の横流しが発覚していた。あれだけ各国が血眼になって探しているのだ。どんな効果があるかわからずとも、有益と判断した者が居て不思議はなかった。
これについてはカイトもどんな組織だろうと起こるだろうと判断し、発覚次第すぐに動けるように手配は怠っていなかった。そしてその結果、早々に横流しの先が判明したのであった。というわけで、邪教徒につながらない様子の横流し先については明言を避けた情報局の軍人が続けた。
「そちらについては回収後、改めて軍が検査を行います。その際、おそらく閣下の所にも協力要請が飛ぶ事になるかと」
「それについては拒む理由がない」
「ではそのように……それでもう一件」
「続けてくれ」
「は……邪教徒の一団に動きがありました。皇国南西部にてなにかを企んでいる模様。活発に活動する姿が報告されております」
「ふむ……」
妙だな。カイトは邪教徒達の動きが自分から遠く離れていた事から、なにかの意図があるのだと判断する。そうして少しだけ考えて、答えはすぐに出たようだ。
「南西部はおそらくオレを釣るための釣り餌だろう」
「乗ってみますか?」
「いや、乗らん。南西部だと……ブランシェット家。アベルか。連続して申し訳ない気もしないでもないが」
「それが准将の仕事ですので」
「ドライだねぇ」
今回の自分達の一件での軍の強硬派の抑止に続いて、今度は邪教徒達がカイトを釣りだそうと釣りをしているというのだ。この案件まで立て続けに対応させられるアベルに僅かな同情を見せたカイトであったが、続いた情報局の軍人の言葉に少しだけ呆れたように笑うだけであった。というわけで、そんな彼が問いかける。
「その話をここでするという事は、アベルはまだこの話を知らないのか?」
「この後、准将にはご報告を」
「なら必要なら戦力の供与は行うと伝えておいてやってくれ。必要無いとも言うだろうがな」
曲がりなりにも同格の貴族で、軍の名門というプライドもあるのだ。これが本隊であるのなら話も違っただろうが、せいぜい陽動。陽動にマクダウェル家の手を借りてはブランシェット家が赤っ恥だった。
「かしこまりました。それと……」
「まだあるのか?」
「閣下はあまり我々の報告を受けられる事がありませんので。このタイミングで出来る報告をさせて頂ければ」
「はいよ……」
どうやら邪教徒以外にも山ほど報告内容は溜まっていたらしい。まぁ、カイトとしてもヴィクトル商会を抱えているからか情報局から情報を得ないでも良いか、と思っている所がある。
とはいえ、それで良いのはカイトだけだ。多くの皇国軍が彼らから情報を得ているため、彼らと情報共有する事もまた重要だった。というわけで、カイトは今までのツケが回ってきたのかこの後は二時間ほど掛けて情報局から山のような報告を受ける事になるのだった。
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