第2851話 企業暗闘編 ――撤退――
かつて天桜学園とカイトが主導で開発されたヘッドセット型通信機とスマホ型通信機。この二つの存在はエネフィアにおける通信機の市場ニーズを大きく変化させたわけであるが、その結果として一部の企業では利益を損なう事になってしまっていた。
というわけでその企業の一つである皇都通信との間で少しの諍いが生じてしまったわけであるが、それを受けたカイトは皇都とマクスウェルを行き来しながら忙しなく対応に追われる事になっていた。というわけで皇都のギルドの尖兵を追い返した彼はその成果の報告を受け取っていた。
「よし……これで皇都のギルドに関してはケリが付いたな」
「なんだ? 良い報告なのか?」
「ああ。やはり思ったとおり、協定から抜けたギルドが幾つか出たらしい」
わずかにほくそ笑んだ自身を見た瞬の問いかけに、カイトは一つ頷いた。やはり宗矩が動いたという一件は今回の一件に対してマクダウェル家が動くかもしれないという懸念を皇都のギルドにもたらしたらしい。カイトの読み通り、協定から抜けるギルドが出たそうであった。
「柳生但馬守宗矩……俺も兼続から嫌ほど聞いたが、こっちでも名前は通用するのか」
「するようになった、という所だろうな。先の大陸会議で彼がこちら側に下ってマクダウェル家の管理下にある事は然るべき伝手さえ持ち合わせていればわかる。その管理下にある彼が独断で介入を決める事があるか、と考えあり得ないと判断するのは妥当な判断だろう」
「だがそれだけでは介入と確定出来ないんじゃないか?」
「可能性だけで十分だ。よしんば宗矩殿に好きにするように指示が出ていたとて、マクダウェル家が把握している事は確定だ。下手を打ってマクダウェル家の勘気を買うぐらいなら引いた方が良いと思うギルドは少なくない……特にマクダウェル家はユニオンに対する影響力はとてつもなく強いからな」
「そうか……今更だが八大の三つは確定で動かせるのか……」
ある意味ではマクダウェル家を祖としている<<暁>>。カイトこそを長と据える<<熾天の剣>>。クズハが代行であるがゆえに彼女の指示であれば動かざるを得ない<<森の小人>>。
この三つはマクダウェル家が声を掛ければほぼ確実に動くのだ。そしてこの三つを敵に回せばエネフィアのどこにも逃げ場はなかった。
「そうだな……まぁ、そう言ってもこの三つが限界だ」
「それで十分だと思うが……いや、それは良いか。とはいえ、そうなるともう皇都の連中からの襲撃の警戒は解いて良いか?」
やはりいつまでも警戒態勢を続けるというのは各所に無理が生じてしまう事だろう。なので瞬としては皇都のギルドが組織的に動いてこないなら、さっさと元通りの体制に戻しておきたい所だった。が、これにカイトは首を振った。
「いや……あと少しだけこのままを維持してくれ」
「まだなにかあるのか?」
「後最後の本丸だけが残っている……ここさえ片付ければ、後はどうとでもなる。が、間違いなく最後の一発……悪あがきだけはしてくる」
「本丸?」
本丸こそ皇都の連中だと思うんだが。カイトの言葉に瞬は小首を傾げる。とはいえ、これは冒険者という存在が傭兵に似ている事を考えればわかる事ではあっただろう。
「本丸は皇都通信だ。そこの経営者の一人を潰せれば終わる。金さえ払えば、という組織はどこにでも居るからな」
「なるほど……確かに資金源を潰さない限りは動くのか。だがその資金も有限。だから最後の一発か」
「そうだ。失うものが無い、というのは怖い……いやまぁ、失う事が決まったから逆恨みされてるんだけど」
自身の言葉に道理を見た瞬に対して、カイトは少しだけ苦笑するように肩を竦める。そんな彼に、瞬はふと思う事を問いかけた。
「グリント商会やらの敵対者は良いのか?」
「そっちは別にウチがやらなきゃならない事じゃない」
「そうなのか?」
「オレ達だって慈善事業じゃないし、そいつらが後ろ盾にしているのも結局は皇都通信だ。そこさえ潰せば勢いは失われる。その後は自分でなんとかして貰うさ。依頼があれば動くがね」
自分達からしてみれば天桜学園を目の敵にしている皇都通信の開発部門のトップさえ叩き潰せば、それで火の粉は飛んでこなくなるのだ。これ以上やるのはカイトの言う通り慈善事業に他ならなかった。とはいえ、所詮は冒険部も冒険者なので依頼があれば話は別というのもまた道理であった。
「それもそうか……もし依頼があった場合はお前に言った方が良いか?」
「ああ……ただヴァディム商会からの場合は先輩が動いてくれ。オレはグリント商会側で動く事になってる」
「なってる?」
「エルの親父さんから話があってな。皇都通信の件が片付いたら謝罪とお礼を兼ねて、と本家に招かれたんだ」
やはり組織規模であればグリント商会はまだまだヴァディム商会より上で、伝手も彼らの方が非常に広いらしい。というより、当然ながらマクダウェル家にも伝手は持っているのだ。
マクダウェル家が座視しない事を掴んだ時点で、皇都のギルドの撤退を予見。皇都通信も遠からず引くと判断したのである。というわけで、瞬はこの話の流れからとカイトに問いかける。
「行くのか?」
「ああ……あんまり気乗りはしないがな」
「エルーシャの件でか?」
「違う違う。流石に今回はグリント商会の当主としての立場で、冒険部のギルドマスターとして招かれた。エルの事も気にはしてるだろうが……流石に公私混同はしていないと信じたい」
見当外れな答えを述べた瞬に、カイトは笑いながらまさかと首を振る。とはいえ、それならそれで彼としても別の意味で気後れはする事もまた事実ではあった。
「そ、そうか……なら何なんだ?」
「裏切り者の粛清」
「っ……」
「いや、流石に粛清は言葉が過ぎるか。だが処罰は見せねばならんだろう」
「組織として、か」
「ああ。本家に弓を引いて敵を引き込んだ挙げ句、マクダウェル家にまで迷惑を掛けたんだ。ヌルい処罰はできん。最低更迭。商家だから血の雨は降らさんだろうがな。その上でどこまで見せしめとするかは当主次第だろう」
その見せしめの場にオレを同席させ、マクダウェル家に報告させたいんだろう。カイトはエルーシャの父親の思惑をそう読み解く。そしてそんな想定を聞いて、瞬はやはりエルーシャの父も優雅さや柔和さを持ち合わせながらも組織の長なのだと理解した。
「そうか……やはり組織の長であれば時には非情さも必要なんだな」
「そうだな……こればかりは組織の長としてな」
「そうか……」
おそらくこの非情さは今の自分達には無いもので、そして頑張ってどうにかなるものではないのだろう。瞬はおそらくカイトも持ち合わせているのだろうその非情さに対して、そう思う。そしてそう思えばこそ、瞬は口を開いた。
「カイト。その場合なんだが……いや、やめておこう」
「そうしておけ。あまり気分が良いものではないし、見た所で自分の物には出来ん」
「だろうな……」
「……まぁ、あまり深くは考えるな。これと決めてしまうと今度は人間味の消失にも見えてしまう。その場その場で最適解を探せ」
その時になってどうすれば良いだろうか。そう考えそうになる瞬に、カイトは少しだけ苦笑いを浮かべながらそう助言を与える。先に彼が言う通り、考えた所でその場になってその判断が下せるかは当人さえわからないのだ。そして絶対的な正解が無い以上、ある程度の臨機応変さは必須だった。そんな彼の助言に、瞬は一つ頷いた。
「そうか……そうだな。わかった。とりあえずヴァディム商会から護衛の依頼があった場合はこちらで処理する。報告だけで良いんだな?」
「それで良い……ああ、そうだ。その場合、アルかリィルは隊列に含めておいてくれ。向こうもそれが有り難いだろう」
「そうなのか?」
「彼らがウチに依頼する場合の最大の目的はマクダウェル家に対してヌルい対応はしていませんよ、と言いたいがためになる。なら、だろう?」
「なるほどな」
それなら納得だし、瞬としてもアルとリィルという巨大な戦力を動かせるのであれば願ったり叶ったりだ。拒む意味もなかった。
というわけで、瞬はもう暫くの間警戒態勢を続けさせると共にヴァディム商会からの話があった場合は自分に持ってこさせる事にして、一方のカイトは今度は皇都通信の動きの報告を待つ事になるのだった。
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