第2849話 企業暗闘編 ――潜入――
かつて天桜学園が組織として動き出すにあたって活用されたヘッドセット型通信機とスマホ型通信機の特許関連。これにより得られた資金は初期費用として重要な役割を占めた上、今でも天桜学園と冒険部の重要な資金源となっていた。
が、この二つの開発により市場ニーズの変革が起きた事により幾らかの企業の恨みを買う事になってしまったわけであるが、その企業の一つに皇国でも有数の大企業である皇都通信が存在していた。
というわけで、その意向を受けた皇都のギルドとの間で交戦状態に陥った冒険部であったが、カイトは宗矩の手を借りてそれを追い返すと自身もまた皇都入りして追い返した冒険者達が所属するギルドへ偵察に出かけていた。
(やっぱ周囲は大騒ぎか……さて、どこまで情報が手に入れられているか、という所だが……)
やはり自分のギルドに所属する冒険者達が為す術もなく追い返されたのだ。彼らが所属する冒険者ギルドのギルドホームでは蜂の巣をつついたような騒動になっていた。そんな様子を見ながら、カイトは一つの事に気が付いた。
(にしても……なんだ。全員が知ってるってわけでもないのか。いや、当然か。情報は広く広まれば広まるほど露呈の可能性が高くなる。結構高い地位に居たってわけか……? いや、それはそれであり得んか。一人二人は幹部も居たのだろうが)
おそらくギルドマスター直下の幹部が遠征隊や別働隊のような形でマクダウェル領に連れて出かけたという所だろう。カイトは遠征隊が軒並み倒され情けない姿を晒されている様子を自分達への攻撃と見做して殺気立つ若い冒険者や、逆に事情を知っていればこそ安易に動くわけにはいかないとそれを宥めている壮年の冒険者達を見てそう思う。そしてそんな様子を見ながら、カイトは少し楽しげに笑う。
(さて……ギルドマスター殿はどう動く? 自分達の仲間がここまで虚仮にされたんだ。若い連中は黙ってない)
これを放置していれば求心力の低下に繋がるだろう。さりとて血気盛んな冒険者達に好きにさせてしまえば、自分達が裏で画策するマクダウェル領への進出が露呈しかねない。更には周囲のギルドに喧嘩を売られでもすればギルド同士での抗争もあり得る。非常に難しい選択を迫られている状況だった。
というわけで楽しげに動きを見守るカイトであったが、やはり幾らかのギルドが絡む関係からこのギルドのギルドマスターも単独で判断は出来なかったようだ。暫く何かしらを言い合う怒声が響いていたのだが、静けさを取り戻して暫くして一人の年嵩の冒険者がギルドホームの外へと姿を現した。
(……あれか)
資料にある男だな。カイトはギルドホームを後にする壮年の男性冒険者の姿を見て、資料を確認する。彼が今回自分達に密かに襲撃を仕組んだギルドのギルドマスターである事を確認する。そうしてカイトの見守る中で、壮年の男性冒険者はギルドホームの中に向けて怒声を飛ばした。
「いいか、てめぇら! 勝手な事すんじゃねぇぞ! おい」
「ああ、わかってる。若い連中の手綱はしっかり握っておく」
ギルドマスターの言葉に、おそらくギルドの最高幹部に位置するだろう冒険者達が頷いた。どうやら今後の対応を協議する間、若い冒険者達が暴走しないように見張るように頼んでいたらしい。
「頼む……それとおそらく長くなる。もしかするともしかするかもしれん」
「わかった……例の男の可能性があるか」
「ああ……そうだとすると厄介って話じゃない。最悪の可能性も想定せにゃならん」
幹部達とギルドマスターは小声でそう話し合う。どうやら彼らは送り返された部隊の面々から聞き取りを行う中で、今回遠征隊を病院送りにしたのが宗矩である可能性に気付いたらしい。
そしてそうなれば即ちマクダウェル家に今回の一件が露呈している事に他ならず、足並みを揃える他のギルドも座視はしていられない事は間違いない。対応は慎重にせねばならなかった。
(ふーん……柳生但馬守宗矩の名は知ってたってわけか。武蔵先生が捕らえた後を知っている奴ってのはかなり珍しいが……いや、冒険部に手を出そうとするならそのつながりを調べるのは大前提。宗矩殿の事は知っていないと駄目か)
一応宗矩が現在カイト達の所で指南役として働いている事は大陸会議で話された事がある。なのでその話を聞いた事があれば、彼ほどの凄腕剣士が冒険部に助力する可能性は考慮に入れられるだろう。
(宗矩殿が動かれている事がマクダウェル家が今回の一件に対する介入を決めたかどうかの一つの指標にはなる……が、彼が単独で動いている可能性も十分にあり得る。そこの見極めを失敗すると皇国最大にして冒険者ユニオンにも絶大な影響力を持つマクダウェル家を敵に回す。引くか進むか……難しいな)
おそらくここで幾らかの冒険者ギルドは脱落するだろう。カイトは宗矩が動いたという事実からマクダウェル家が介入を決めたと考えるギルドが居ても不思議はないと判断していた。
(これでもう少し情報は手に入れられやすくなりそうかな……後は依頼人の動きもあるか)
これで諦めてくれればとも思うが、失うもののない相手が依頼人である限りその可能性も低くはあるだろう。カイトは敵の勢力を削れは出来ただろうが、確実な決め手ではないだろうと判断する。
(やはり失うものがない状況って相手は怖いな。完全に逆恨みかつダメ押しの一手にしか過ぎなかったわけだが……後は勢力が削がれた事で他の経営陣がどう動くかに掛けてみるか。一度イリアに掛け合ってみても良いかもしれんか……後は情報局の報告も待つか)
ある程度勢力が削がれた今なら、皇都通信の他の経営陣も別の動きを見せるかもしれない。カイトはそう考える。というわけで大局的な動きについてはこれで決まりとなったわけであるが、彼は少しだけ考えていた。
(もう少しこいつらの情報が欲しい所ではあるが……どうしたものか)
大局的にはギルド同士の会合の結果とそれを受けての皇都通信の動きを見守るで良いのだろうが、現在一番暴走の可能性があるこのギルドがどう動くかが気になる所ではあった。
万が一襲撃が考えられる場合には乗り込んで威圧するのも手と考えやってきているわけであるが、ある程度の統率は取れているらしい。ならここは幹部達の面子を考え介入はせず、とした方が良いわけであるが、もし交戦する場合に備えて少し情報は聞いておきたかった。というわけで、彼はこのギルドの周囲の建物を観察する。
「……あれは。おっけ。良いのがあった」
カイトが見つけたのは、冒険者とは切っても切れない仲である酒場だ。この距離であれば件のギルドの冒険者達がよく利用しているだろうことは明白だろう。そして依頼がなければ、もしくは大きな依頼を達成したなら朝から飲んでいる事も少なくないのが冒険者だ。今日がそうかどうかは定かではないが、近隣に店を構える以上は何かしらの情報が入っている可能性は高かった。
というわけで、隠れていた場所から出たカイトは偶然近くを歩いていた冒険者の一人に自らを偽装。殺気立つギルドホームを横目に訝しむ様子を見せながら、店に入った。
「いらっしゃいませー! お一人様ですか?」
「ああ……なぁ、何があったんだ? 依頼でこっちに来たんだが、あそこえらく殺気立ってる様子なんだが……ギルドのホームか?」
「あー……」
カイトを出迎えたのは、若い女性だ。そんな彼女は何事かと訝しむカイトに苦い顔だった。とはいえ、流石に冒険者ギルドのギルドホーム近辺に店を構えていればこんな話はよく聞く話なのだろう。慣れているのか肝が座っているのか、半笑いで答えてくれた。
「なにか喧嘩? みたいですよ。さっきからうるさくて」
「ふーん……抗争?」
「どうなんでしょう。さっき偉い人が来て騒がせて申し訳ない、そこまで大事にはならないので安心してくれ、って謝罪されてたんですけど……どうなんでしょう」
どうやら幹部の連中は周囲を威圧してしまっている事は良くない状況と認識しているらしいな。カイトは謝罪行脚に出ているのだろう幹部達の一部をそう理解する。
とはいえ、そうしなければやっていけないのが一つの所に拠点を構える冒険者ギルドというものだ。何よりここは皇帝のお膝元である皇都。皇帝レオンハルトを怒らせれば、皇国で活動出来なくなってしまう可能性さえあった。
「そうか……よく来るのか?」
「ええ、まぁ……あ、飲まれますか?」
「あ、おう。貰うよ。何か美味い酒とかはあるか?」
「あ、それなら……」
あまり下手に話していると今度はこちらが訝しまれる事になりかねない。カイトはそう判断すると、あくまでも付近を偶然通りかかっただけの冒険者を演ずるべく気にしていない素振りを見せる。
というわけで、彼はいつもの口八丁手八丁で酒場の従業員達から自分達に襲撃を仕掛けてきた冒険者ギルドの生の情報を収集し、マクスウェルに帰還するのだった。
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