第2846話 企業暗闘編 ――帰還――
かつて天桜学園が協力する形で開発されたヘッドセット型とスマホ型通信機。この二つの登場によりエネフィアでは市場ニーズの変革が起きたわけであるが、その結果失われたニーズは確かに存在し、天桜学園、ひいてはその案件を主導したカイトは幾らかの企業より恨みを買う事になってしまっていた。
というわけで、その一つにして皇国でも有数の大企業である皇都通信と争う事になってしまったカイトはその誘いに乗った皇都のギルドの暗躍を掴むと暦達の支援として自らの兄弟子である宗矩に協力を要請。皇都のギルドの尖兵の撃破に成功。そこで宗矩は暦との会話で自らの思い至らなかった視点を認識すると、マクスウェルに帰還して早々にそれを調べに取り掛かる事にする。
「宗矩殿。ありがとうございました」
「いや、良い……よい弟子を持ったようだな」
「ありがとうございます」
当然であるが、この時点のカイトは暦と宗矩の間で何があったかを知らない。なのでこの言葉は単なる世辞と捉えたようだ。あくまでも社交辞令として頭を下げていた。と、そんな彼に宗矩が問いかける。
「それで弟弟子よ。一つ問いたいのだが、良い医師は知っているか?」
「医者……ですか? どこかお怪我でも?」
「いや、暦という少女より自らの見えていなかった点の指摘を受けてな。改めて自らが何なのかを知り直す良い機会になった」
カイトの問いかけに対して、宗矩は自らの手を見据えながらそう告げる。なお、彼は別に自らが柳生宗矩でないという疑いを抱いているわけではない。自らの身体がどう変化しているのか、と知りたいだけだった。というわけで、宗矩は仕事の報告がてら先程の一幕を語る。
「なるほど……そういう事でしたら、かつて御身が受けられた検査の中に求める答えがあるかと思われます。専門医に話を通しておきますので、そこで詳細をお聞きになられるのが良いかと」
「構わぬか?」
「隠すように言われているわけではありませんので」
「そうか。世話を掛ける」
「いえ……また一手指南を頂ければそれで結構です」
「それは俺にも得にしかならんがな」
くすくすくす。宗矩はカイトの言葉に笑う。兄弟弟子は多くとも一切見知れる事のなかったカイトにとって同門と戦えるというのはこれ以上ない鍛錬だったし、宗矩からしてみれば唯一師が後継と認めた男と戦えるのだ。どちらにとってもこれ以上ない鍛錬の場だった。
というわけで、宗矩はカイトの手配に任せる事にしてその場を後にしてまた鍛錬に戻っていく。その一方、カイトは深くため息を吐いた。
「ふぅ……そうか。わかってはいたが、やはり剣呑な話になってしまうか」
少し見通しが甘かったか。カイトは宗矩からの言葉に僅かな自省を行う。とはいえ、この事態も想定の範囲内ではあったので宗矩に支援を要請していたのだ。そしてもちろん、彼女からの報告も忘れない。
「ソレイユ」
「はーい! とりあえずやっぱりあの人物凄い」
「そりゃそうだろ。オレが技でやってボロ負けしてたんだからな。後は心技体が整われればオレ以上の剣士だろう」
「クオンがルンルン気分っぽいねー」
なにせクオンからしてみれば自分と同等の技術を持つだろう剣士だ。今はまだ交戦が許可されていないのでしていないが、早く一戦交えてみたいとすでにカイトに何度となくねだっていた。
「まぁ、そりゃ良い……どうだった?」
「にぃの読み通り……でも転移術で外されたっぽい。多分、私達が監視してるのもお見通しっぽいね」
「なるほど。甘くはみていなかったか」
ソレイユの報告にカイトは一つため息を吐く。が、その顔には笑みが浮かんでおり、楽しげである様子だった。
「楽しそう?」
「少しな……どうやら敵はオレの事を甘くはみていないらしい。そりゃそうか。そうでもなけりゃ転移術を使えるような術者を監視に配置してないよな」
敵が甘くみていないのが冒険者としてのカイトか、それともギルドマスターとしてのカイトか。それがどちらかはこの一幕を見れば一目瞭然だった。間違いなく、敵はギルドマスターとしてのカイトを有能と捉えていた。
「おそらく敵はウチの組織の運営方法をある程度理解した上で動いているな……さて、どうしますかね」
「そういえば捕まえた人達ってどうするの?」
「どうもせんよ。病院送りだから、自分で帰るだろう」
「面子丸潰れだねー」
「仕掛けてきたのは向こうだ。それで潰れる面子なら乗ってくるな、って話だ」
ソレイユの問いかけに対して、カイトは昨夜の間にマクスウェルの病院に搬送された冒険者達の一団を思い出す。宗矩としてもあのまま放置して魔物の餌にでもと思ったようだが、死体が周囲に散乱しては要らぬ心配を掛けるとカイトに連絡して回収させたのだ。その後彼はもう少し鍛錬したい、と今朝方まで残っていたのである。
「それはそうだけどね。警戒して損は無いんじゃない?」
「起きると同時に威圧はしたし、ギルドホームとはいえ街中で大々的な襲撃を仕掛けりゃマクダウェル家の追求は免れん。流石にそうなると皇都の本隊も一網打尽……それぐらいの分別はあると思いたいね」
「ギルド同士の戦争で街中気にせず、って良く聞く話だけどねー」
「良く聞くは聞くが、大国の大都市じゃ滅多に無い話だ」
ソレイユの言葉にカイトは再度ため息を吐いた。確かに良く聞く話であるが、皇国であればマクダウェル領やハイゼンベルグ領などの大貴族の領地ではまず聞かない話だったらしい。無論、カイトも小競り合い程度は聞いても戦争ほどの大事件はここ数十年見た覚えがなかった。
「そうだけどねー。でも街の外だとそれなりには聞くよ?」
「流石にマクスウェル近辺で仕掛けりゃ生きて帰れるとは思わんだろう。更に言えばウチが察知しやすい大依頼は基本商人ギルドやらの組織が絡む。その依頼に妨害行為なぞしちまったら自分達も無事じゃいられん」
「ふーん……あれ? でもそれならどうやって暦は追わせたの?」
カイトのいう事は尤もではあったが、同時にそれなら何故こうも上手く行ったのかソレイユには疑問だったらしい。というわけで、カイトはそのネタバラシをしてくれた。
「ウチのだとわかるようにしてたんだよ」
「どうやって?」
「側面にウチのギルドの紋様を入れたのを使った」
「あー……」
流石に敵も冒険部のギルドの旗印を知らないとは思わない。なのでそれを使った馬車なり竜車なりが出ていけばこれが冒険部の関係だと追っても不思議はなかった。
「基本ウチも紋様を入れた馬車は使わん事が多いが、今回みたいな新入り達の訓練だと軍やら他のギルドやらにウチだとわかるように入れた物を使う。新入り達が迷わないような目印にも出来るしな……敵にしてみれば新入りのような弱い奴と狙いやすい状況だってわけだ。実際、昨日一日観察して新入り達とわかった事だろう」
「まんまと嵌められたってわけかー」
新入り達という事は即ち、自分達よりは遥かに格下。皇都のギルドに所属する冒険者達はそう考えた事だろう。カイトは自分の作戦にまんまとハマってくれた彼らを笑う。
「そういうこと……さて。皇都の連中、次はどう出るかね……」
「なにか予想ある?」
「まぁ、これで威力偵察は難しいぐらいはわかっただろう。何より向こうもすでにこっちが警戒態勢に入った事は察したはず。街の付近での刃傷沙汰では軍が出て来る。流石にここらで一度作戦会議を開いてくるだろう」
「で、にぃとしては?」
「向こうの奴に情報収集は頼んだ……ここらで少し変化が生まれてくれれば、と思う限りだ。後はまぁ、こっちで病院送りにした奴が暴走しないように見張るぐらいかね」
カイトは指をスナップさせると、病院に貼り付けたドローンの映像をモニターに映し出させる。そこでは顔に怒気を滲ませた冒険者達が退院の手続きを行っている所だった。ソレイユの言う通り、面子が丸潰れと怒っている様子だった。そんな様子を見て、ソレイユが嘲るように笑う。
「バカだねー……負けた理由がなーんにもわかってない」
「言ってやるな。所詮は使い捨ての駒ってわけだろう。そうじゃなけりゃ急いで逃げ帰る方を選択する」
これはウチのギルドメンバーを見つけ次第攻撃を仕掛けてくるだろうな。カイトはそう思いながら、立ち上がる。当然だがこのまま見過ごしてやるつもりは一切なかった。
「にぃ直々に行くの?」
「オレが一番手慣れているし、そっちの方が恐怖を煽れるだろう?」
「なるほどー。ご愁傷さま」
わかってるくせに。カイトはまるでそれはわからなかった、と言わんばかりのソレイユに楽しげに笑いながら、その場を後にして病院へと向かうのだった。




